第3話
「第一印象マッチング」での話し合いは、雰囲気を出すためか夕陽の差すバルコニーで行われた。
沖縄の透き通る海が、西陽に照らされてキラキラと輝いている。テラス席にはビーチパラソルと白いテーブルが置かれていて、二人の前にはトロピカルジュースが差し出された。
潮風は思ったよりも柔らかく、南国の花の甘い香りがどこからともなく漂ってくる。
リゾート感満載のその風景の中、同世代の異性と二人きりで向き合っているというだけで、物慣れない彩香は真っ赤になってしまう。頼みのスタッフさんやカメラマンさんはおらず、なんと定点カメラとともに置き去りにされてしまった。
「いい雰囲気の所だね」
嬉しそうに拓海がそう言った。ロマンチックな雰囲気を意識してしまって、余計に彩香は恥ずかしくなってしまい、返答もできずにドギマギしていると、拓海は助け舟を出すように話を振ってくれた。
「なんで俺のこと選んでくれたの?」
「ギター弾くのが好きって言ってたから。私、作曲が趣味って言ったでしょ? 音楽の話とか、盛り上がれるんじゃないかなって」
「ああ、なるほど。実は俺も同じ理由なんだ。音楽好きなのかなぁって思って。どういうの聞くの?」
「うーんとね……」
彩香が何人かのアーティスト名を挙げると、拓海は、「あ、それ俺も好き」と言い、自然に会話は弾んだ。
彩香もいつの間にか恥ずかしさを忘れ、熱心に拓海に話しかける。こんな風に同世代の相手と仲良く話せるのは、久しぶりだった。なにせ彩香は、中学生から入退院生活を繰り返していて、ずっと学校では腫れ物扱いだったのだから。定時制高校では、中々友達を作るのも難しかった。
「彩香ちゃんの作った曲、聞いてみたいな」
だから、拓海がそう言ってくれた時には、嬉しいような恥ずかしいような気持ちで、自身のスマホを取り出して音楽を流した。
「いいじゃん、ここのフレーズ、俺好き」
お世辞かもしれないけれど、拓海が好きだと言ってくれたフレーズは、彩香にとってもお気に入りのポイントだった。
気が合うし、話していて楽しい。
そう、思った時、ふと彩香は不安になった。これは恋愛リアリティショーなのだ。完全なリアルではない。どこまで本気の恋ができるのだろう? 拓海の柔らかな笑顔は、どこまで本物だと思っていいのだろう?
不安が心に影を落としたその時、近くに設置されていたタイマーが鳴った。「第一印象マッチング」の時間はこれで終了だ。
モヤモヤした思いを抱えたまま、合宿所の待機室に戻っていく。
するとスタッフさんが近づいてきて、インタビューの撮影が次にあると案内された。
潮風で乱れた髪を軽く整えられて、個室へと向かう。真正面にカメラが陣取っており、思わず顔が強張った。これはやっぱり、恋の合宿ではなく恋愛リアリティーショーなのだ、と黒いレンズが容赦なく突きつけてくる。
だけれど、番組で使われるインタビューにそんな赤裸々な不安や愚痴などはこぼせない。
結局彩香は、ぼかした形でインタビューに答えた。
「拓海くんとは話も合うし、気になるんですけど、向こうの気持ちが読めなくてちょっと不安です」
そう言って俯く。これが放送される時は、スタジオの人たちが「きゃー頑張ってー」とか、色々コメントを言ったりするのだろうか。そう思うと、頭の中が妙に冷えていくような気がした。
夢のために恋愛リアリティーショーに出ると決めたのに、番組の構成に呑まれて、本気で気持ちが揺らいでいる。
——それはだって、同じ病気を生き抜いた相手で、音楽の趣味まで共通しているなんて、気にならないわけがないじゃない。
少し拗ねたような気持ちで彩香は思った。そもそもこの番組自体がズルいのだ。普通は分かち合えない体験を分かち合える仲間。そんな得難い相手を容赦なくぶつけてくる。
それでも彩香は、この作り物の世界に本気でのめり込む勇気もなく、宙ぶらりんな気持ちのままインタビューを終えた。
合宿所のリビングに戻ると、交代で光流と結衣がバルコニーに行ったらしく、残りの面々がソファに座ったりして思い思いに過ごしていた。
「おっかえりなさーい。彩香さん! どうでしたどうでした?」
マッチングしなかった愛菜は、それを気にした様子もなく好奇心たっぷりに目をキラキラさせて彩香に飛びついた。
「どうでしたって、拓海くんのいる前で聞かれても恥ずかしいんだけど」
彩香が戻っているということは、拓海も戻っているということである。当然ながら、素直な気持ちなど話せそうにもない。
「あーあ、俺も彩香ちゃんの名前書いたんだけどなー。たくみんに取られちった」
理央が後頭部で手を組みながら、おちゃらけたようにそう言った。
「たくみんってなんだよ」
「あだ名だよ、中々良くね?」
「って、二人ともあだ名なんかどうでもいいんですよ! え、ここの二人って恋のライバルですか? ですか?」
愛菜がきゃーっと一人黄色い悲鳴をあげる。
「そういう私は理央くん書いたんですけどね! 四角関係!」
「え、マジで!? 嬉しい! 愛菜ちゃんちょっとこっちで話そ」
理央はチャラつきながら愛菜と二人きりになろうと誘う。彩香はなんとなくチャラ男には愛菜を渡せないという気分になり、愛菜の手を握った。
「チャラ男ブロック発動!」
「うわ、ズリぃ彩香ちゃん。自分がマッチングしたからって人の恋路を邪魔するのはんたーい」
ムードメーカータイプの愛菜と理央がいるおかげか、思ったより早く打ち解けることができた。
一方、やる気のなさそうなゲーマー歩夢だけは、恋愛リアリティーショーに参加している自覚があるのかないのか、一人ソファに座って携帯ゲーム機をいじっている。
それを見てスタッフさんが携帯ゲーム機を没収した。歩夢は切なそうな顔でそれを見ている。
「歩夢さん、切なそうな顔で見るのはゲーム機じゃなくて他の女性メンバーにしてください」
スタッフさんがそう注意すると、リビングにはどっと笑いが起こった。
「はあ、わかりましたよ。と言っても俺、書いたの山岸さんなんでここにいないんすけど」
「えっなになにあっちも三角関係?」
理央が興味津々に食いつく。彼はこの番組の撮影を心から楽しんでいるらしく、恋愛にも積極的なようだ。
「三角関係ってほどじゃないけど。ってかまだ初日なのにそんなんわかんないって」
「確かにまあ、まだ会ったばかりだもんね。ゆっくり仲良くなってこ」
彩香はそう言って歩夢の言い分に賛成した。少しばかり恋愛に臆病になっている彩香には、歩夢ののんびりした言い分がちょうどよかったのだ。
そうして、あまり恋にガツガツしていない歩夢とゲームの話をして過ごす。その様子を拓海がじっと見ていて、撮れ高とばかりにカメラは拓海の横顔に寄った。その姿を目の端で捉えて、彩香は少し微妙な気持ちになる。
——やっぱり、これは番組だ。本当の恋愛模様なんて、この合宿で発生するのだろうか?
その日の夜。
「リベンジカード」なるものがひっそりとスタッフにより用意されていた。
それは、「第一印象マッチング」で片想いだったものに配られるものである。もしカードで当たりを引けば、片想いだった相手と話すことが出来るというものだ。
理央が当たりを引き、彩香は星降る夜の砂浜へと呼び出された。定点カメラのみが設置され、スタッフは遠くから見守っている。
「な、なんか雰囲気あるね」
緊張する彩香に、理央はふざけて砂浜に「彩香LOVE!」と書いた。
「これでさらに雰囲気抜群っしょ?」
「いやあ、ダサくて逆に雰囲気ぶち壊しだよ」
理央のおちゃらけた態度は、相手に対する気遣いから発するものである、ということが彩香にもなんとなく察せられた。緊張していた彩香も、理央の邪気のない態度に、徐々に肩の力が抜けてくる。
「彩香ちゃんはさ、拓海とどーなの?」
けれども、しばらく話をしているうちに不意打ちで理央は真面目な質問をしてきた。クルクルとした茶色の巻き毛が潮風に吹き上げられて、前髪に隠れていた理央の意外なほどにまっすぐな眼差しが顕になる。
その真摯な顔に、彩香もふざけて答えることはできない。
「正直、わかんない。恋愛リアリティーショーだし、向こうが本気で恋をするつもりがあるのかもわからないし。でも、話しやすくていいな、とは、思ってる」
「そっか……。俺は本気だよ。本気でここに恋をしにきた。姉ちゃんから骨髄移植受けて、家族に生かしてもらった命なんだ。ダサくても必死こいて全力で生きなきゃ、損じゃん」
「意外と深いこと考えてるんだ」
「何おーう!」
なんだか、理央の真摯すぎる物言いに少し気圧されてしまって、ついふざけてしまう。理央もそれはわかっているのか、それ以降は、あの真剣で少し火傷しそうなくらい熱い眼差しになることはなかった。