第29話
予後のリスクこそあるものの、症状的には落ち着いている。
体力が徐々に回復してきて、主治医からの許可も出たため、彩香は本格的に活動を開始することになった。
今日は、関東近辺の「あや恋」メンバーと集まって同窓会だった。
拓海以外の関東組は、結衣と光流のため、四人で集まる。
「久しぶり! 彩香、退院したんだね。よかった、おめでとう」
「うん、もうこの通り、外にも出られるようになってるよ、結衣さん。光流さんも、元気だった?」
「うん。彩香ちゃんも拓海くんも、元気そうでよかった」
光流は少しくたびれた様子だけれど、元々大人っぽいのがさらに大人びた雰囲気になっていた。リクルートスーツなどを着て、就活帰りという様子だ
「働きながら夜間大学に通おうと思って、今は高卒認定試験の勉強中。就活もしてるんだ」
「そうなんだ。皆前に進んで行ってるんだね」
今日ここには来ていない愛菜などは、女子高生のカリスマとしてもてはやされていたりする。
結衣は受験勉強が佳境に入っているらしく、模試の結果が良好だったと、ご機嫌だ。
離れていた数ヶ月の間を埋めるように、口々に近況を話し合った。
「それで、彩香はチャリティイベントは出られるの?」
「うん、リハビリ続けつつ、出る予定。もちろんそれまで体調崩さずに、主治医から許可が出ないとダメだけどね」
「そっか、出れるといいね」
集まったお店で、パスタを食べながらおしゃべりをする。
ほんの数ヶ月前まではお粥も食べられずに、胃管から流動食を流されていたとは、信じられないくらいだ。
「トークショーの準備は進んでる?」
「ええ、私たちは学業と難病の両立の話とか、しようと思ってるの」
「そうなんだ。結構真面目なイベントらしいもんね、あれ」
「病気になってから、どんどん将来の可能性が閉ざされていく時の恐怖とか、僕らにしか話せないこともあると思うからね」
イベントの元番組となっている「あや恋」は恋愛バラエティだったけれど、チャリティイベント自体は真面目なものだ。光流と結衣は病気と学業の話、愛菜は病気とルッキズムについて、歩夢は周囲の人に病気を受け入れてもらうことの難しさ、そして理央は、移植経験者としての話をする予定になっている。
彩香と拓海の音楽ライブがむしろ異色といえた。
「そういうイベントで歌うの緊張するよー……」
彩香がそう言って結衣に情けない声で縋り付くと、結衣は「大丈夫大丈夫」と彩香の頭を撫でた。
「二人は、ユニット活動どうなの?」
「彩香ちゃんの体調優先だから、まだそんなに本格始動ではないかな。でもこれから音楽活動も増やしていければいいねって話してるんだ」
仕事の依頼自体は、すでに色々来ている。どこか事務所にも所属した方がいいという話も出ていたが、体調の問題で先延ばしにしていた。
「そっかぁ。でも音楽事務所には早めに所属した方がいいと思うよ。愛菜ちゃん、インフルエンサーとして活動し始めてから、マネージメント委託するまですごく大変だったみたいだから」
「そうなんですねぇ」
そんな話をして一週間後のことである。壮治から、マネージメントを委託してはどうかと勧められた。彩香の闘病ドキュメンタリーも話題となっており、色々な番組への出演依頼があった。
「今のところ私は、まずチャリティイベント出演を成功させることしか考えていないのですが」
「それはそうだろうな。だが、今後のことを考えるならそのあたりも含めて検討しておくといい。俺がいつまでも窓口になってやれるわけじゃないからな」
壮治にそう言われて、彩香は反省した。確かにいつまでもプロデューサーである壮治に頼りっぱなしでいるわけにもいかない。芸能事務所の人ですらないのだから。
やり口が少し強引なところがあるにせよ、彩香は白血病当事者として壮治のことを信頼していた。夢のことも味方してくれているし、母の説得も手伝ってくれた。これからはそこを巣立って、自力で道を切り開いていかないといけない。
「まあ、体調のこともあるしチャリティイベントまでは無理しなくてもいいだろ。だが、その後の活動のことも今から考えておくといい」
「そう、ですね。わかりました」
そして、チャリティイベントの準備も着々と進んでいく。もう、本番まで二ヶ月だ。
「っ、すみません! もう一回お願いします」
楽曲とパフォーマンスの練習で、彩香はミスをしてしまい頭を下げる。
落ちた体力と肺活量が、足を引っ張っていた。
音楽スタジオを借りて、運営を担うイベント企画会社のスタッフとともに、楽曲パフォーマンスの確認をしていく。
名のあるスタジオミュージシャンなども参加していて、夢を持つ彩香としては良いところを見せたいのに、上手くいかない。
「彩香ちゃん、無理しないで」
「うん……。こほっ、けほっ、なんか、風邪ひいちゃったみたいで」
「せっかくの綺麗な声なんだから、喉を痛めちゃったらもったいないよ」
「ではまず流れの確認と幸村さんの演奏を練習しましょう! 桂木さんは無理しないでくださいね」
スタジオに集まっている大人は、プロなのだ。仕事としてお金をもらって来ている。それに迷惑をかけているのが申し訳なくて、情けなくて、彩香は下唇を噛み締めた。