第2話
合宿所は沖縄の海辺にある保養所だった。白い砂浜の広がるリゾート地での撮影だ。旅費はかからないどころか、お給料までもらえる。それだけでも参加した甲斐があったと、彩香は昂る気持ちを抑えつつ合宿所に到着した。
まずは合宿所の控え室にてプロのヘアメイクさんに見た目を整えてもらう。鏡に映る自分は、いつもより少しだけ大人びて見えた。
周りを見渡せば、これから共同生活を送るメンバーたちが、同じように準備を終えて集まってきている。美男美女ばかりで、彩香は少し気圧されそうになった。
自分だって別に不細工とは思わないけど、素朴で可愛いとか、ナチュカワとか、必ず枕詞に芋っぽさを匂わせる褒め言葉しか向けられたことがないのだ。
(テレビ的な作り込まれた世界の中で、果たして自分は上手くやっていけるのだろうか……)
そんな彩香の不安をよそに、スタッフの張りのある声が響いた。
「ではさっそく、自己紹介のシーンから撮影を始めます! 男女別に一列に並んでくださーい!」
カメラが数台、彩香達に向けられる。いよいよ始まったんだ、と彩香はゴクリと喉を鳴らした。リアリティーショーの撮影なんて初めての経験だ。みんな、どこか緊張した面持ちで、でも少しだけ高揚しているようにも見える。
女子は三人、男子は四人。奇数になっているのは、意図的に一人あぶれるようにして三角関係などが発生するようにしているのだろうか、なんて裏側を考えてしまう。
最初に女子から紹介シーンの撮影が始まった。
「トップバッターは神山愛菜さん、お願いしまーす!」
スタッフに促され、一人の女の子がカメラの前に進み出る。
「神山愛菜でーす。最年少の18歳です。白血病になったのは16歳の時で、まだまだ維持療法中! 高校には通っていませんが、趣味はダンスでダンスサークルに所属してます。よろしくお願いしまーす」
明るくハキハキとした自己紹介。高校には通っていないという彼女は、なぜか制服を着せられ、ギャルっぽいメイクを施されていた。
派手な外見とは裏腹に、少し緊張している様子で、栗色のウェーブした髪を触りながら目が泳いでいる。
(もしかして、あの子……ウィッグなのかな)
発症から二年。髪が生え揃うには十分な時間だけれど、抗がん剤の影響でうねりがひどかったり、生え方がまだらになったりすることは珍しくない。そうするとどうしても、人の目が気になってしまうのだ。彩香自身も経験があるから、彼女の不安が少しだけ伝わってくる気がした。それでもカメラの前で笑顔を崩さない彼女は、強い子なんだろう。
続いて、彩香の番がきた。心臓が早鐘を打つ。
「桂木彩香です。19歳で、今は定時制高校に通っています。発症したのは13歳の時です。今はシンガーソングライターを目指して自分で作詞作曲したり、その曲をネットにアップしたりしています」
愛菜が、「えーすごーい! 聞いてみたいです!」と明るく合いの手を入れた。
「後で教えるね」と返すと、愛菜はグッと親指を立てた。カメラがすかさずその愛らしい仕草をアップで捉える。すると、愛菜の表情が一瞬こわばった。さっと手櫛で髪を抑え、生え際が映らないようにしている。
「そのうち番組にも流せたら嬉しいです!」
彩香が慌てて発言を追加すると、カメラは愛菜から外れ、彩香の方に向き直る。
愛菜はほっとしたように息をついた。
隣に立っていたショートカットの女性が、小さな声で「グッジョブ」と囁いた。振り向くと、クールな雰囲気の女性がかすかに微笑んでいる。
次はこの女性の自己紹介の番だ。落ち着いたハスキーな声で語られる言葉は、聞き心地が良くて少し緊張が解ける。
彼女は山岸結衣さんというらしい。21歳で、医学部を目指す浪人生。発症したのは18歳の時。受験という大事な時期に病気と闘っていたなんて、どれほど大変だったろう。すぐに愛菜のウィッグのことにも気づいていたみたいだし、この人とは仲良くなれそうだな、と彩香は直感的に思った。
(テレビの自己紹介って、こんな感じなんだな。みんな、どこか作っているような、でも本音も少し混じっているような……。短い言葉の中に、それぞれの人生が詰まっている)
女子メンバーの収録が終わり、次は男子メンバーの自己紹介に移る。女子と向かい合うように、彼らが一列に並んだ。
「幸村拓海です。21歳。5年前に発症して、今は2年遅れで大学生やってます。趣味はギター弾くことです」
そう言って、少し照れくさそうにエアギターの仕草をする拓海。真面目そうな印象だけど、おちゃめな一面もあるのかな。ギターという共通点に、彩香の胸が小さくときめいた。
「高野歩夢です。20歳で、発症したのは15歳。大学生で、趣味はまぁ、ゲームとか……。正直、病気にかまけてダラダラ生きてるっす」
どこか投げやりな口調の歩夢は、高そうな服を着ているけれど、表情は乏しい。気だるそうな様子で、番組出演に対して意欲があるのかどうかもイマイチわからない。読めないタイプの人だった。
「桐原光流です。23歳。発症したのは17歳で、まあ、一応三ヶ月前まで社会人やってました。体力全然追いつかなくて、今は無職です」
光流は落ち着いた話し方だけど、その言葉には切実な響きがあった。寛解しても、社会復帰には困難が伴う。そういう現実も、この番組では発信していくのだそうだ。以前プロデューサーが語っていた言葉を思い出す。
そして、最後に強烈なインパクトを残したのが、中村理央だった。
「俺、中村理央19歳! 発症は15歳で、18歳の時に再発して、姉ちゃんに骨髄移植してもらいました! 次再発したら死ぬっすね! なんで全力で生きて全力で恋したくてここに来ました。よろしくっす!」
あまりにも軽い口調で語られる、重すぎる現実。再発、そして移植。「次再発したら死ぬ」――その言葉が、彩香にも衝撃を与える。まだ未知でありながら、常に心のどこかで恐れている可能性。それを経験した人が、今、目の前にいる。彩香は思わず目を逸らしてしまった。
こうして、どこかぎこちなく、でもそれぞれの覚悟や期待が滲む自己紹介シーンの撮影は終わった。
これから、このメンバーでどんな物語が始まるのだろう。不安と、ほんの少しの期待を胸に、彩香はこれから始まる共同生活に思いを馳せる。
自己紹介の次に余興として、「第一印象マッチング」というものが行われることになった。最初の印象で気になった相手を選び、それが互いにマッチしたら、二人きりで話せるというものである。
マッチしたのは、拓海と彩香、光流と結衣である。
「えー、二人ともマッチして羨ましい!」
愛菜がそう言って彩香に戯れついた。
「結衣さんは、どうして光流さんのこと選んだんですか?」
愛菜がそう尋ねると、結衣はちょっと恥ずかしそうに髪をかきあげて、「別に、元社会人なら落ち着いてそうかなって思っただけよ」とぶっきらぼうに言った。