第23話
薬の効果で症状は落ち着き、血液検査上では免疫細胞も問題なく機能しているため、彩香は病院から外出できることになった。
緊急時を見越して一時的な外出であり、退院まではできないが、あの合宿所へまた戻ってメンバーと会うことが出来るのだ。
一時外出は彩香にとって、ここ数日の入院生活で一番楽しみにしていたことだった。
「みんなー! 会いたかったよー!」
合宿所に到着すると、送迎の車から飛び降りて、少し落ちた体力で走りながらみんなに抱きつく。出演者の面々もそれぞれに彩香へ駆け寄って、彩香はわやくちゃにされてしまった。それが暖かくて、何とも心地よい。
「彩香! 心配したんだから!」
「彩香さーん! うえーん!」
愛菜はズビズビと鼻を啜って、すでに号泣している。結衣も、彩香に抱きついてその髪を撫でながら、目がほんのりと潤んでいた。
みんなには既に、彩香の病名を伝えてある。悲しみを押し殺しながらも、それぞれが再会を喜んでくれていた。
「彩香ちゃん、会えてよかったよ。体調は大丈夫?」
そんな中で、目を真っ赤に腫らした拓海が優しい笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。毎日泣き暮れているのが透けて見えるような目の腫れ方だ。
彩香は拓海に対する申し訳なさと同時に、それだけ想ってくれていることに対する嬉しさもあって、少し複雑な気持ちだった。
「拓海くん。体調は大丈夫なの。これから東京に転院したら、抗がん剤を始めないとだから大変だけどね」
「そっか。一緒に頑張ろうね」
拓海が発したのは、頑張ってね、じゃなかった。一緒に頑張ろうという言葉が、途方もなく心強くて、彩香は体の奥から力が湧き上がってくるような感覚がした。
「最終告白、改めて撮ってくれるって。あの桟橋じゃないけど、聞いてくれますか?」
拓海が彩香を誘うように手を差し出し、あの最初のバルコニーへと向かう。
あの日と違い、風は強くて日は翳っている。けれど、海の美しさはあの時と同じ。そして、お互いの想いの強さは、最初の「第一印象マッチング」よりも遥かに強くなっていた。
「彩香ちゃん……。この先もずっと……、病める時も健やかなる時も、俺が一緒にいるから。負けないで一緒に生きていってくれますか?」
「……はい」
彩香は拓海の言葉に、まるでプロポーズのようだと驚きつつも、一粒の涙を流しながら頷いた。
拓海の唇がそっと落ちてくる。
夜の海辺の小さな裏切りとは違い、今日は定点カメラに撮られている。そのことが少しだけ恥ずかしいけれど、彩香は躊躇なく自ら拓海の方へと顔を寄せた。
第一印象マッチングで出会い、その後告白をされた。このバルコニーでの想い出が走馬灯のように蘇ってくる。
一度目は、照れながらの顔合わせ。
二度目は、互いに気持ちを確かめ合った。
そして今回のこれは、最終告白と銘打たれてはいるけれど、告白とはちょっと違うように彩香は思った。これは、一緒に生きていくという覚悟と誓いの時間だ。
(このあや恋に、私は賭ける。番組も、ドキュメンタリーも、もっと話題になって、もっとみんなが骨髄バンクに登録してくれれば、きっと大丈夫。——ずっと、拓海くんと一緒に生きるんだ)
それはロマンチックな恋というよりも、決戦に向かう兵士のような気持ちだったけれど、それでも二人の関係は、一つの区切りを見せたのだった。
愛菜と理央の最終回デートも撮影が終わっており、これで本当に沖縄合宿は終了だ。
途中で彩香が倒れるというトラブルはあったが、ひとまず番組完走まで駆け抜けたことを、出演者たちは互いに称え合った。
「ねーねー歩夢くん。そういえば歩夢くんの最終告白はどうなったの?」
理央と愛菜、光流と結衣のカップルが無事に成立したのは知っていたが、歩夢がどうなったのかは聞いていなかった。
彩香がそう疑問を口にすると、他の面々が気まずそうに目を逸らす。
「いや、……まあ、フラれたよ。もう他に付き合ってる人がいるって。でも両親のやったことを謝れたし、誤解も解けて和解できた。だから良かったと思ってるんだ」
「あ、そうだったんだ……」
「気にしないで。俺、ずっと親の言いなりだったけどさ、もういい歳だし、ちゃんと自分の意思を持って自立しなきゃって思ったよ。そういう意味では、一皮剥けたかな」
「歩夢くん、ちょっと大人っぽくなったもんね」
「……なんか適当に言ってない?」
そう言って笑い合う。これから進む道はバラバラになっていくけれど、この沖縄で過ごした夏を、彩香は一生忘れないだろう。
彩香と拓海がこれから先進んでいくのは、茨の道だ。それでも、仲間たちとの思い出と、何よりも頼りになる恋人、そして家族の支えがあれば、きっとへし折れないでいられる。
「また、同窓会しようね」
そんな約束をして、七人は合宿最後の時間を過ごした。