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第22話

「彩香!」


「彩香、心配したぞ。今起き上がって大丈夫なのか?」


「うん、今は体調はいいよ。電話でも話したけど、中枢神経再発だって。血液とか骨髄には再発してないから初期で見つかったみたい。運が良かったよね」


 あえてポジティブに話す彩香を、両親は痛ましげにみていた。

 そういう目で見られること自体が、少し負担ではあるのだけれど、娘が白血病を再発した親の気持ちを思えば、文句を言う気分にもなれなかった。


「彩香……」


 母がおずおずと彩香を抱きしめる。涙の再会にもカメラが入っていることに対して、戸惑いを隠せない様子だ。それでも、久しぶりにあった娘が病室で入院着になっている姿には堪えるものがあるのか、彩香を抱きしめながら涙ぐんでいる。


「今日一緒に先生の話聞こうね」


「えぇ、そうね……」


 彩香の頭を撫でつつ、何を話していいのかわからない様子で、母はただ彩香に頬擦りしていた。


「彩香……、なんて言ったらいいか……」


「お母さん、気にしないでなんて言っても無理だとは思うけど、私は諦めてないよ。番組に出て、同じ病気の仲間と出会って……、私よりもっと大変な思いをしている人だっていた。それでも皆一生懸命幸せに生きてたんだ」


「そう……、でも」


 そこでカメラを持ったスタッフは、「撮影はここまでにしますので親子での時間をお過ごしください」と言って去っていった。感動の再会シーンさえ撮れれば、あとは配慮してくれるらしい。


「ねえ彩香、本当にドキュメンタリーに出るの? お母さん、心配なのよ。沖縄ではあんまり周りの反応とか見る機会がないかもしれないけれど、一瞬出演しただけの律香ですら、街中で声をかけられることもあるくらいなの」


 スタッフの去っていったドアの方をチラリと見やりながら、母は低い声でそう囁いた。


「お母さん、元々私はシンガーソングライター志望だよ。有名人になるのは本望だよ。それに壮治さん、本気なんだ。あの人、娘を白血病で亡くしていて、本気で同じ病気の人たちを救おうと思っている」


 彼のやり口は、ある意味えげつない。再発リスクの高い若者を集めてインフルエンサーにし、再発したらそれをドキュメンタリーに撮り話題性を確保する。人によっては命を弄んでいると取られてもおかしくないようなものだ。

 けれど、他人の命を使った『賭け』に勝った壮治に、乗っかってみたいと彩香は思う。生き延びたいという思いは、少し投げやりだった番組出演前の自分と比べてはるかに強くなっている。

 夢を叶える一歩手前まで来ているのだ。番組中で放映された彩香と拓海の楽曲『Life』は、サブスクリプション配信でランキング一位を取っている。


 このままでは終われない。終わりたくない。


 前を向く強い意志と、死への恐怖と、不安と。それらが全て綯い交ぜになったまま、彩香はじっと母の目を見つめた。


「それにね、お母さん。正直私、ネットで何言われてもなんとも思わないの。だって13歳の時から命の危機と向き合ってるんだよ、私。そんなことに人生費やしてる人たち、暇で長生きなんだなって、それしか思わない」


 彩香があれこれ言い募って説得していると、母は諦めたようにため息をついた。

 

「全くもう、あなたって子は。一つだけ言っておくけれど、お母さん、彩香がこんな風に病気になっていなければ、シンガーソングライターの夢も、恋愛リアリティーショーに出ることも、多分反対していたわ。後悔しないように生きてほしいから受け入れているけれど、我が子が安泰とは到底言えない道を行く事、見守る親の気持ちはわかってね」


 母は諦めと心配が入り混じった表情で、彩香をじっと見つめた。


「うん、わかるよ、お母さんの気持ち。それでも私、決めたんだ」

 

「彩香、父さんは応援するぞ。……お前が助かるなら、俺は悪魔に魂を売ったっていいくらいなんだ。あのプロデューサーが悪魔なら、いくらだって甘言に乗ってやる」


 父は覚悟の決まった眼差しでまっすぐに彩香の目を見てきた。

 白血病患者のドキュメンタリーに、『家族』と『恋人』の存在は大きな影響を与える。ここからはチーム戦だ。頼もしい仲間の存在に、彩香は少しだけ肩の力が抜けるような感覚がした。


 (そうだ、拓海くんにも協力をお願いしなきゃ)


 拓海との関わりは、壮治が撮りたがるに違いない。

 正直、本当にこのまま恋人同士として続けられるのだろうか、という不安があった。拓海が真剣に想ってくれていることは、彼の誠実な人柄からしてわかりはするけれど、それでも白血病を再発した恋人を支えるだなんて、大変に違いないのだ。

 きっと彼は、何の躊躇もなく彩香のそばにいてくれるのだろうけれど、そのことに心苦しさもあった。

 

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