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第19話

 最終告白イベントの場は、沖縄の竹富島にある、景勝地である西桟橋で行われることになった。


 沖へと長く伸びる桟橋の上に立つと、どこまでも広がる青空と碧色の海に囲まれて、異世界にでもいるような気分になってくる。

 理央と愛菜、光流と結衣がそれぞれに結ばれ、あとは彩香たち二人と、歩夢を残すばかりとなっていた。


「歩夢くん、元カノさんは番組出演を快諾してくれたんだね。よかった」


「うん、壮治さんに話してみて正解だった」


「それにしても、りおあいは強いなぁ」


 この最終告白を終えたら、視聴者投票で一位を取ったカップルが一日特別デート企画を撮影して、番組は終了となる。その一日特別デートでは、ヘリの上から花火を眺めるという特別な演出もあるのだ。彩香はそれを狙っていた。

 今の所、投票で一位を走っているのは「りおあい」の二人だ。それを抜かすには、この最終告白で思いっきり見せ場を作る必要があった。


 具体的には、キスシーンである。壮治から、「もしできるなら」と指示されたそれを、彩香はどぎまぎしながら受け止めた。もしかして本当はすでにファーストキスを済ませていることが、バレているんじゃないのか。

 あの時周囲には誰もいなかったし、バレているわけはないのに、動揺して挙動不審になってしまう。


 そうして迎えた桟橋での最終告白場面。拓海が名乗りをあげ、彩香を呼ぶ。


 けれど、期待していた最終告白イベントが成されることはなかった。


 朝から頭痛はしていた。


 吐き気も少しあった。


 それもこれも全て、台風が去った後の気圧の変化だと思っていたのだ。


 ——そう、思い込もうとしていたのに。


 痛みが限界を迎えた彩香は、桟橋まで歩いて行こうとして、けれど足はもつれたまま、うずくまる。視界が歪み、桟橋が遠く、黒い影に揺らめいている。


「彩香ちゃん!?」


「大丈夫!? きゅ、救急車!」


 場が騒然となる。スタッフが慌ただしく駆け寄り、彩香を介抱した。

 

「やだ……行かない。病院には行かない。なんでもないの……、ぜったいになんでもないはずだから」


 病院に行ってしまえば、何かが崩れるような気がした。せっかくチャリティイベントで歌えることになったのに、日比谷音楽堂のステージに立てる機会が得られたというのに。夢への第一歩を踏み出した途端、こんなふうになるだなんて。


「今日は風が強い、多分ドクヘリは飛ばないぞ。チャーターしている船でまず本島に行った方が早い。本島の港まで救急車に来てもらおう」


 壮治があちこちへ指示を出しているのが遠く聞こえる。

 耳鳴り、視野の異常、頭の痛み。

 自分の病気についてある程度調べていた彩香は、ただただ嫌な予感に支配される。


 中枢神経浸潤。


 白血病細胞が脳を侵していった時の症状が、彩香の体には出ていた。



 壮治に抱えられて、船へと乗り込む。


「彩香ちゃん、大丈夫だから。大丈夫だからね」


 自分に言い聞かせるように、拓海が彩香の手を握ってずっと話しかけていた。


「大丈夫。頭が痛いだけ。気圧のせいだよ」


 彩香は頭痛と、それに伴う吐き気でぐったりしながらも、気丈に答える。


「痛み止めは飲めるか? 寝れそうなら少し寝るといい」


「はい」


 水を渡され、鎮痛剤を飲む。これは頭痛で倒れただけだ。気圧の変動が激しかったり、女の子の日の前後はこういうこともある。大した問題じゃない。


 彩香は大袈裟な反応を示す周囲に苛立ちながらも、おとなしく休む。


 (なんでもないよ。こんなの。6年間ずっと大丈夫だったんだもん。今更こんなタイミングで再発するなんてこと、あるわけない)


 けれど、痛み止めを飲んで少しうとうととした後、不意に意識が戻ってきた時には、さらにひどくなった頭痛と吐き気に見舞われた。

 

 いつの間に移送されていたのか、ストレッチャーで救急車まで運ばれる振動が体に響く。頭の痛みが余計に悪化して、彩香は顔を顰めた。


「彩香、がんばれ。もうすぐ病院に着くからな」


 やけに優しい壮治の声が聞こえる。拓海は緊急事態故に合宿所に帰されたらしく、そばには居ない。そのことがやけに心細かった。


「桂木さん! 桂木彩香さん! ここがどこだかわかりますか?」


「がっしゅくじょ? 拓海くん、どこ……」


「意識状態が悪いな……、しかも既往ALLか……。緊急頭部CTと採血の用意!」

 

「やだ、検査しないで。おねがい、けんさしないで」


 病院についてからも、うわごとのように自分がつぶやいている声が耳の奥へと聞こえた。

 

「こちら、桂木さんの主治医からの紹介状です。番組出演にあたって用意してもらっていたものです」


 耳鳴りを伴いながら、壮治が医者と話している声が聞こえる。どうやら提携病院に到着したらしい。周囲をバタバタと看護師たちが動いているが、検査を受けたくない気持ちが強く湧き上がり、彩香は身じろぎをした。

 腕に刺さる針の感触が、やけに恐ろしい。何か嫌な可能性を確定させてしまう、それは死神の鎌のように思えた。


「ああ、紹介状……助かります。ずっと寛解状態だったんですよね? 今回は頭痛で倒れた形ですか……」


 遠くで医師と壮治が話している声が聞こえる。

 看護師も耳元で繰り返し励ましてくれているが、意識が朦朧として返事はできなかった。


「桂木さん、桂木さん。今から頭のCTを取りに行きますからね。指輪は外させてくださいね」


 看護師に声をかけられ、小指から珊瑚のピンキーリングが抜き取られる感触がした。幸せで大切な思い出の象徴。あの休みの日、恋が叶うと謳うこの指輪を買って、その夜に拓海と初めてのキスをした。それが指から外されていく。

 それが彩香には、どうしようもなく嫌だった。けれど、抵抗することさえできやしない。


「では今から移動します。ベッドが少しガタガタ揺れますよ」


 ガタン、と揺れる音を最後に、彩香の意識は闇へと落ちていった。

 

 

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