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第17話

 定期的にある完全休みの日が訪れた。出演者のストレスを軽減するために、一切カメラが入らない日が一週間に一度設けられているのである。


「やったー! お休み! 今日どうしようかな、せっかく沖縄だし」


 愛菜が休みにはしゃいでいる。今日は休みだけあって、高校生風の衣装ではなく、ドット柄の可愛らしいブラウスを着ていた。健康的なショートパンツ姿で、元気いっぱいに「お出かけ、お出かけ」と謎の鼻歌を歌っている。


「普段はカメラが入っているから異性との交流メインだけど、せっかくだから女子三人でショッピングでもしない?」


「いいですね! それ!」


 結衣の提案に、彩香も賛同する。


「どこに行きましょう? アウトレットモールも行ってみたいしー、有名な商店街も行ってみたいしー」


「那覇市の国際通り商店街でお買い物はどう!?」


「うわ、それ最高」


 話し合いの結果、商店街で買い物と食い倒れの女子旅をすることになった。少し贅沢だけれど、合宿所まで観光タクシーを呼んで商店街へと赴く。

 国際通り商店街は、真夏の沖縄らしく観光客で賑わっていた。

 少しケレン味のある派手な南国風の街並みに、クールで都会的なモノトーンコーデに身を包んだ結衣がアンバランスで、そんな光景すらも楽しくて、彩香は思わず笑ってしまった。


「ねえシーサーがありますよ! シーサーシーサー」


 愛菜もカメラのない休日の観光ということで、いつもよりもさらに元気いっぱいだ。

 石の台座に乗ったシーサーの像の前で愛菜がポーズを撮っていたので、彩香は早速記念写真を撮ってあげた。さらに他の観光客の人に頼み、三人で並んで記念写真も撮影する。


「なんか、こういうのっていいなぁ」


 彩香はふと気持ちが溢れ出すように呟いた。撮影クルーに囲まれた非日常の中で、こういった何気ない休みの日は肩の力が抜けるような安らぎを感じる。こういった休憩日がなかったら、ちょっとストレスでどうにかなっていたかもしれない。

 三角関係の演出など、壮治のやり方は時に強引ではあるけれど、こういったガス抜きの塩梅はしっかりしていた。


「ほんと! 最高の休日ですよね。では早速食い倒れにしゅっぱーつ!」


 ショッピングの予定は綺麗さっぱり消え、食い倒れがいつの間にかメインになっている。

 それも無理ないことか、と彩香は思った。なにせ、そこかしこから美味しそうな匂いが漂ってきているのだ。アグー豚のこんがりと焼ける香ばしい匂いに、サーターアンダギーの甘い香り。少し古びた屋台には、沖縄のソウルフード、ポーク卵おにぎりが陳列されている。


「どうしよ、何食べよ。全部食べたい!」


「私はやっぱりソーキそばが食べたいかな」


「いいね、それ賛成」


 そうして手近なソーキそばの店へ入ることになった。入り口の時点ですでに、甘辛く煮込まれば豚の美味しそうな匂いが漂ってきている。

 昭和めいた少しレトロな店で、中は人で賑わっていた。


「三名様ご案内でーす」


 足早に店内を歩き回る店員に案内され、ついたテーブルには具沢山なソーキそばの写真が乗ったメニューが鎮座していた。


「ねえ何選ぼ何選ぼ。ここはやっぱりおすすめのやつかな?」


「私このソーキダブルそばにする!」


「おっ、若いねぇ。やっぱり10代は違うわ」


「若いって、結衣さんも若いじゃないですか」


「私はソーキダブルは脂がキツいかなぁ」


 わやわやと騒ぎながら注文して、早速配膳されたソーキそばに、我先にと手をつける。


「んんー!」


 あまりの美味しさに、彩香は思わず声をあげた。

 あっさりとしたスープに、甘辛く煮込まれた豚の旨みが溶け出している。アグー豚は脂が甘く、舌の上でとろりと溶け出す。それをトッピングに散らされたネギの清涼感がさらりと押し流していって、いくらでも食べれてしまいそうだ。


「はあ、まさか沖縄旅行をお金をもらってできるとはねぇ」


 結衣が思いっきりソーキを噛みちぎりつつ、強かな笑みを浮かべている。

 

「最高ですよねこの番組。少しストレスもあるけど」


「愛菜ちゃんもストレスとかやっぱり感じるんだ」


「そりゃあ、私だってカメラの前だと緊張しますよー!」


「愛菜も彩香も、堂々としてるように見えるけどね」


「結衣さんが一番堂々としてるじゃないですか」


 女子三人集まれば、おしゃべりは止まらない。

 冷たいお茶を飲んで「っくぅ!」などと言いながら、番組が始まってからのことや、それぞれの将来の話などをする。


「結衣さんは、医学部志望なんでしたっけ」


「そうよ。まあ、高校は卒業できずに、高卒認定試験を受けて、今は浪人生だけどね」


「それでも、夢に向かって進んでいるのってすごいです。私は将来のこととかまだ全然決まってないからなぁ」


 愛菜はおどけながらも、少し不安そうに宙を見つめた。ちょうど進路などを決める時期に発症した愛菜である。まだ将来のことが考えられていなくても仕方がない。ましてや、彼女はまだ維持療法を行なっている最中なのだから。


「彩香はシンガーソングライターだっけ? ネットにアップしてる曲にも、注目が集まってるんでしょ?」


「はい。でもあや恋効果なんですよ。自分の実力で評価されたわけじゃないから、少し複雑」


 彩香はそのことで少し悩んでいた。夢が現実に近づきつつある一方で、それは「あや恋」のネームバリューによるもの。実力で評価されたのでなければ、番組ブームの終焉とともに注目度もまた下がっていくに違いない。


 夢は本当に叶うのか。


 そして、彩香にとっては新たな夢も出来つつあった。拓海と一緒に活動していきたいのだ。映像制作の課題で、拓海とともに作曲をした時のあの高揚感。何も言わずとも全てが音で通じ合っているような、あの感覚。ずっと自分の音楽には何かが足りないと思っていた。その欠落を埋めるピースが彼なのだと、本能的に彩香は感じていた。


「あや恋効果って言ったって、本当に実力がなかったら注目もされないよ。楽曲のリスニング数、すごい増えてるんでしょ? それに、実力がなかったらチャリティイベントでのステージなんて任されないよ」


「うーん。でも、まだまだ未熟だなって思う。拓海くんも知識が豊富だから、色々相談してもっとブラッシュアップしたいんだ」


「いいですね。ストイックで」


 愛菜が、「それに比べて私はぁぁ!」と叫びながらテーブルの上にでろんと突っ伏した。ふんわりしたブラウスの袖が醤油の瓶に当たりそうになって、慌てて彩香は瓶を退ける。


「まだ若いんだから大丈夫だって」


「そうそう、18歳なんて眩しすぎて目に染みるわぁ」


 嘆きながら突っ伏している愛菜を揺り起こし、食べ終わった一行は店を出る。


「あーあ、サーターアンダギー食べようと思ったのに、お腹いっぱいになっちゃった」


「じゃあちょっと買い物してからおやつにしよ!」


「そうですね!」


 たとえ今お腹いっぱいだったとしても、食べること自体は決して諦めない彩香と愛菜であった。

 しばらく商店街を歩いていると、可愛らしいお土産用のアクセサリーが売っている店が目についた。


「ねえ、あそこのアクセサリー屋さん、可愛くない!? ちょっと寄っていこうよ」


 彩香がそう誘うと、二人も賛同してくれた。店先まで陳列されたアクセサリー類は、じゃらじゃらと風に揺れながら陽光を受けて輝いている。

 珊瑚などの沖縄特有の素材が使われたものも多く、記念に買っていくにはちょうどいいように思われた。


「ねぇ、これ……」


 彩香が指差したガラスの器には、『恋が叶う、桃色珊瑚のピンキーリング』と書かれたポップが立てかけてあり、器の上には桃色の珊瑚が埋め込まれたピンキーリングが無造作に入っていた。値段もさほど高くなく、彩香たちにも手の届く額だ。


「かわいいね、これ」


「買います買います買いまぁす! 恋、叶えたい!」


 直向きに理央に対して恋をしている愛菜は、勢い込んでリングを手に取った。


「三人でお揃いにしよ」


 それぞれ自分のサイズに合うリングを購入し、その場で包装を解いて着けてみる。ひんやりとした金属の感触が、盛夏の日差しを受けて火照った体に心地よかった。

 リングの中央に嵌め込まれた珊瑚は磨き抜かれていて、艶々と桃色のきらめきを放っている。


「恋、叶うといいね」


「お互い頑張りましょー! おー!」


 互いに激励をし合って、お揃いのピンキーリングを着けた手を写真に撮った。


 (この番組に出てから私、ずっと憧れてた青春ぽいこといっぱいっできてるな)


 もちろん撮影されていることが多いため、多少のストレスはあるけれど、中学二年生で病気になって以来、同世代との青春らしい青春はずっと出来ていなかったのだ。


 その日は一日、食べて、笑って、買い物して。そんな何気ない行動の一つ一つが、全て大切な思い出として濃厚に彩香の記憶に刻まれたのだった。

 

 

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