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第15話

 楽しみに待っていたシュノーケリングの日。青の洞窟へは大型のボートに乗って向かうことになった。

 ボートのエンジン音が潮風を切り裂いていく。海の匂いが濃厚に全身を包み込み、夏の気配に彩香は思い切り深呼吸をした。


「風が気持ちいいねー」


「うん、日差しが強い分、風があると涼しくていいね」


 カップル成立してからは、大きなドラマを起こせなどの指示もなく、ただのびのびと過ごしていた。彩香も拓海も、初めての恋人と、番組のお金で沖縄デートをしているようなものだ。これに乗っからない手はなかった。

 元々、「あや恋」は再発リスクや死亡リスクが高いなどの問題を抱えた人間を、優先的に集めているのだと壮治は言っていたのだ。必ずしも、いつまでも一緒にいられるとは限らない。

 彩香とて、あの必要以上に心配性な両親を思えば、本人に未告知なだけでなにかしらのリスクを抱えている可能性もある。壮治は両親への面接も行なっていたのだから。


 そう物思いに耽っているうち、洞窟の手前までボートが到着する。

 

 みなウェットスーツを着用して水中マスクを装着しており、普段とは違う姿に笑いが起こった。


「あはは、ダサめのスーパーヒーローみたい」


「なに、それ。ヒーローがダサかったら台無しじゃん」


 拓海と彩香は手を取り合って海へ飛び込んだ。光流と結衣を二人きりにするべく、愛菜とアイコンタクトをする。愛菜は心得たとばかりに頷き、理央と歩夢の二人を集めて彩香たちの方へと泳いできた。


「歩夢くんはインドアらしいけど大丈夫?」


「俺だって泳ぐくらいできるし……」


「ねえねえクマノミがいるよ! ほら、こっち!」


 わちゃわちゃと5人でシュノーケリングを楽しむ。

 水中に目線をやると、青い宝石のような魚がするすると優雅に泳いでいた。インストラクターが、「あれはルリスズメダイですね」と教えてくれる。


 彩香たちが洞窟の入り口あたりではしゃいでいると、視界の端に、洞窟の奥へ奥へと泳いでいく結衣と光流が目に入った。


 (うまく、やっているかな……)


 結衣たちのことを気にしつつもシュノーケリングを散々楽しんだ後、洞窟の奥の方から結衣と光流が帰ってきた。結衣の目元は少し泣いていたのか、赤くなっている。

 ヤキモキしている面々をよそに、結衣はぺこりと頭を下げて、片手で丸を作り、嬉しそうな微笑みを浮かべた。


 (あ、うまくいったんだ。一体どんな風に話がまとまったんだろう)


 その答えは、毎週恒例となっていた放映前の映像確認で明らかになった。


 青く薄暗い洞窟の中、結衣と光流が泳いでいく。


『光流、ここで少し話していかない?』


 洞窟の最奥、少し海水の浅くなっている岩の上に座って、膝下を水につけながらちゃぷちゃぷと遊ばせつつ、結衣はそう言った。


『うん? いいよ。綺麗なところだね』


 入り口からは強い日差しが差し込み、青く透き通った海面を神秘的に照らしている。


『あの、光流くんはさ、私のことどう思ってる? 番組とか関係なく、率直に教えて欲しいんだ。なんか距離を感じることが多いしさ』


『ああ、うん。伝わっていたよね、そういう僕の態度』


 光流は苦笑しつつも、改めて結衣の方へと向き直った。


『僕はさ、母子家庭育ちで、あんまりお金とかなかったんだ』


『なに? だから私が気にするんじゃないかってこと? そんなことで私、人を拒絶したりしないよ!』


 結衣は不安感からか、少し過敏に反応していた。


『いや、そうじゃなくて……』


 光流は結衣の疑問を否定しつつも、なかなか続きを話し出せないでいた。

 気まずげに頬を掻きながら、結衣にせっつかれてようやく重たい口を開く。

 

『お金がなかったから、抗がん剤の不妊予防治療が受けられなかったんだ。ほら、精子保存とか卵子保存とかあるでしょ? あれ、保険効かないもんな。助成金はあったけど、凍結保存だと将来的にお金もかかってくるし……』


 思いがけない言葉に、結衣も驚きを隠せないでいる。光流のその言い分は、結衣との将来をかなり真剣に考えていることの裏返しでもあった。

  

『だから、僕と付き合って、もし例えば将来結婚するとかなったとしても、子供は望めない。なんというか、まだ付き合ってもないのにこういう話するのも変だけど、やっぱり真剣に恋愛するなら話さないといけないな、と思ってさ。僕らもう成人しているし』


 光流は淡々と説明する。

 映像を見ている彩香にも、覚えのある話だった。妊孕性(にんようせい)温存対策として、説明を受けた記憶がある。彩香はそれを対策として問題なく行うことができていたが、保険は効かないのだということを初めて知った。彩香の両親は特にそのようなことは説明していなかったが、彩香が気にすると思ったのだろうか。

 一方で、光流はその妊孕性温存の治療を受けられなかったのだ。経済的に負担が大きいからと。そのような現実があることを、彩香は初めて知ったのだった。


 けれど、そのような事実があったとして、結衣がそんなことで光流を拒絶するだろうか?


 彩香の疑問に答えるように、画面の中の結衣は怒ったような顔で話す。

  

『そんなの、関係ないよ』


『いや、ちゃんとよく考えたほうがいい。結衣はまだ若くて、可能性がいくらでもあるんだから』


『可能性なんて、どうせ私たち大して長生きできるかもわかんなっ……。ごめん……』


 気まずい沈黙が落ちる。

 洞窟の中を、波の打ち寄せる音だけが響いていた。


『先のことを考えられないのはわかる。僕らはそういうものを背負っているから。けど、結衣には長生きしてほしいし、幸せになってほしいと思ってる。第一僕は中卒の無職だよ。スペックも低いし……』


『光流といるのが私の幸せよ。第一、自分が子供できないとかスペックが低いとかで人を拒絶するのはおかしいよ。恋愛ってスペックでするものじゃないでしょ。人間いつなにが起こるのかなんてわからないんだし、光流以外の人を選んで子供ができるとも限らないじゃない』


『それはそうだけど……』


『私さ、自慢じゃないけど、病気発症する前は、それなりに偏差値高い女子校で、国立の医学部、模試でA判定だったんだ。スペック的には高いでしょ? ……でも病気になって、高校も卒業できずに今はただの浪人生。大学に行けるかどうかもわからない。スペックなんていつどう変わるかなんてわからないもの。それより今を一生懸命生きたほうがいいじゃない』


 結衣は真っ直ぐで鋭くて、強い。一見冷たそうに見えるけれど、それは真っ直ぐさの裏返しなのだ、と彩香は思う。

 その結衣のひたむきさに絆されたのか、ついに光流は結衣との付き合いに頷いた。


「こりゃ、尻に敷かれますねー光流さん!」


 共に映像を見ていた理央が面白がって揶揄うのを、光流は恥ずかしそうにあしらっている。あのシュノーケリングの裏側でこのようなやり取りが行われていたのだ。あれ以来結衣がやけに幸せそうなのも頷けた。


 それと同時に、彩香は歩夢の存在が気がかりだった。これで「理央と愛菜」「拓海と彩香」「光流と結衣」のカップルがほぼ確定で成立した形になる。一人あぶれた状態である歩夢は、今なにを思っているのか。

 

 

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