第13話
彩香と拓海の告白場面は、もちろん定点カメラで撮影されていた。
壮治が映像を編集している様子を、後ろから眺める。
彩香は普段通りのつもりだったが、実際には耳が真っ赤に染まっていた。それも容赦なくカメラに収められている。見ていると恥ずかしいが、見ずにはいられない、そんな心持ちだった。
編集作業をしていた壮治は不意に手を止めて、苦い表情を浮かべながら二人に話しかける。
「この先困難な道のりになるだろうが、二人は、出会えてよかったと思っているか?」
「もちろんですよ、壮治さん。どうしてですか?」
「いや、君たちが出会ったのはある意味俺の業みたいなものだからな」
壮治の重々しい口調に、彩香は疑問符を顔に浮かべた。
このリアリティーショーには、事情を抱えている人間を優先的に採用したのだ、と壮治は言う。
「恋愛リアリティーショーでは、人気が出ればインフルエンサーを多く輩出できる。その中から再発する人間が出れば、大衆心理を深く揺さぶることができる。だから再発リスクの高い人間をあえて採用した。——移植済みでもう後がない理央を採用したのもそれが理由だ」
俺は娘の無念を晴らすために、君たちの命を賭け金にしたんだよ——。
自嘲の笑みを浮かべ、壮治はそう呟いた。
彩香と拓海の恋は、苦しい恋ではある。愛する人を失うかもしれない、現実的なそのリスクに満ちた関係は、平穏とは程遠い。その苦しさは、壮治の業が生み出したものだ。そのことに罪悪感を抱いているのだろう。だけれど、この恋がなかった方が良かったなんて欠片も思わない、と彩香は壮治の謝罪に対してある種の対抗心を抱いた。
「別に私たち、大人に利用されるだけの存在じゃないですよ。自分の意思で、私はこの道を選んだんです」
「そうですよ、壮治さん。あなたが俺を利用するなら、俺だってあなたを利用してやる。もうフィクションじゃ大衆は動かないんですよね? だったら、もし俺が再発したら、本物の闘病生活をマスに見せつけてやる。あなたはそれを手伝ってください。俺の移植ドナーを見つけるために」
拓海は珍しく悪い顔でにやりと笑った。意外な一面に彩香は驚くも、そのおどけた仕草は壮治の罪悪感を払拭するための心遣いなのだと察した。
彩香達の出会いは壮治の用意した舞台の上でだった。その上で踊っているのも事実だ。だけれど、踊らされているわけではない。全ては自分たちの意思なのである。
「そうか」
「それに壮治さん。俺たちの命を賭け金にしたとか悪ぶってたって、お人好しなのバレてますよ。さっきだって飯島さんの話聞いて涙ぐんでた癖に」
「なっ」
不意を突かれて壮治は動揺する。実際、病気で子を亡くした親同士、共感できる部分が大きかったのだろう。飯島夫妻が亡くなった息子の話をしていた時、後ろで見守っていた壮治は、隠すように背中を向けながら何度も目元を拭っていた。
「私たちだって、この番組に賭けてるんです。伝えたい思いが、現実がある。だからお互い様ですよ」
それは、決して放映されることはない裏側の物語。
現実と虚構の間で起こる、舞台監督と踊り子の語らいだった。
その日の夜。彩香は合宿所の寝室で、愛菜と結衣と話していた。
ふかふかの布団の上に三人で雑魚寝をして、恋バナに勤しむ。
「えー! いつの間に! 拓海くんとカップル成立したの? おめでとうございます彩香さん!」
愛菜はきゃあきゃあとはしゃいで自分まで照れたかのように枕をぎゅっと抱きしめている。柔らかなシャンプーの香りが髪から立ち上っていて、もし修学旅行で同級生と話していたらこんな感じだったのかな、と彩香はふと思った。
一方で、結衣は「おめでとう」と言いながらも心ここにあらずだった。
「結衣さん、どうしたんですか?」
「ああ、ごめん。せっかく彩香ちゃんがおめでたいところなのに」
結衣は少しハスキーな低めの声で謝罪を口にする。その声はどこか元気がなさそうな響きだった。
「それは大丈夫ですけど……、何か悩んでいることがあるなら、聞きますよ」
「うん……。なんかね、光流がなに考えてるのか、いまいち分からなくて」
結衣は最初の「第一印象マッチング」から光流と組むことが多かった。映像制作課題も光流と共に取り組んでいたし、彩香はてっきり二人が上手くいっているものと思い込んでいたのだが。
「どこか壁があるっていうか。カメラがある時は普通に仲良くしてくれるんだけど、カメラがない時は距離感があるの」
それは彩香にも覚えのある振る舞いだった。まだ、同じ病気を持つもの同士、一歩を踏み出す勇気がなかった時のことだ。
「光流さんも色々悩んでいることがあるのかもね。でも、そういうのって実際にぶつかっていかないとわかり合えないと思う」
彩香がそう言うと、「そうね……」と言いつつも結衣は物思わしげに前髪を弄んでいる。
「それだったら、二人きりで腹を割って話ができるように私たちが協力しましょうか? ちょうど明後日は、洞窟でシュノーケリング企画ですよね!」
課題の制作がひと段落し、明後日は有名な青の洞窟へ行ってシュノーケリングをする予定となっていた。「あや恋」の放映も大分進み、合宿での共同生活と観光イベントをこなし切ったらあとは最終告白イベント、そして視聴者投票に基づくデート企画のみとなる。
結衣が光流に対して本気なのであれば、最終告白までに腹を割って話せるように協力したいと彩香は考えていた。