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プロローグ

 会議室に集められた面々は、冷め切った目をしていた。中年の男女が、数十人。疲れた様子で、部屋に並べられた椅子に座っている。

 正面には、資料を提示するためのスクリーンが下がり、そこへさくらテレビのプロデューサー、原口壮治が入室してきた。

 

 しかし壮治に対して、冷たく、中には軽蔑さえもその瞳に滲ませている者がいる。

 

「お集まりいただきありがとうございます。さくらテレビの原口壮治と申します」


 壮治は、集められた人々の冷たい目線にも怯むことなく、熱意に満ちた態度でプレゼンを開始した。


 AYA世代。それは、15歳から39歳までの若年世代を指す言葉。主には若年者のがんについて言及される時に使われる言葉だ。

 その世代では、就学・就職・結婚・出産など様々なライフイベントが発生する。それらががんによって妨げられることが社会問題となっていた。


 そんなAYA世代がん患者の保護者たち。白血病患児の親の会メンバーに向かって、壮治はこんな言葉を言い放った。


「AYA世代の白血病患者を集めて、泣ける(・・・)恋愛リアリティーショーを制作しようと考えています」


 親たちは、何の反応も示さない。親の会会長から無理に呼び出されてこの会議室へ集められただけの話だ。それも、白血病患者を集めての恋愛リアリティーショーなどと、下世話にも程がある。誰もが迷惑そうな顔を隠そうともしていなかった。

 けれど、それでも壮治は話を続ける。


「私の娘も、白血病でした」


 だが、その一言で風向きは変わる。

 ざわり、と部屋の空気が波だった。白血病患者を視聴率のための道具のように扱うテレビ局のプロデューサーのはずなのに、まさか同じ病気の子を持つ親なのか? 

 人々はスタンスを決めかねたように、戸惑いをあらわにした。


「娘は、12歳の時、亡くなりました」


 この親の会の面々は、子供達がまだ生きている人々だった。

 白血病で子供を亡くした親、そのあまりにも重く冷たい現実に、人々は息を呑む。


 しかし、白血病患者を使った恋愛リアリティーショーなんて、当事者の親が、どうしてそんなことを?

 不審と疑問で、親たちは互いに顔を見合わせる。


「私は、テレビ番組プロデューサーとしての立場を生かして、骨髄バンクのドナー登録推進に勤しんできました。けれども大して効果はなかった。そんな時、年間ドナー登録者数の推移を見て気づいたんです」


 白血病をモデルにした映画の大ヒット、有名スポーツ選手の、白血病公表。そんなことで、ドナー登録は一気に伸びる。コツコツとした宣伝よりも、ドラマや映画の『ブーム』が強い。

 そんな現実が、年間登録者数の推移グラフを持って示される。

 

 けれど……、と壮治は言う。

 ドラマや映画を作ろうにも、既に病気のネタはマンネリ化していて飽きられつつあった。


「だから私は、娘が亡くなるまでの間、常に願っていました。誰か死んでくれ、歌手でも役者でもスポーツ選手でも誰でもいい、誰か大物芸能人が白血病で死んでくれ。そしたらきっと、一気に骨髄バンクのドナー登録は増えるはずだから、と」


 ひどく下衆な願い。人として終わっていると言っても過言ではないようなそんな願いを、壮治は隠すことなく口にする。


「でも、そんなことを天に祈っていたって、現状は何も変わりません」


 だからこそ、恋愛リアリティーショーなのだ。

 創作物は既に飽きられた。なら、もっとリアルで、もっと泣けて、もっと胸にブッ刺さる。そんなものを作ってやる。そうして、骨髄バンクにドナー登録しようだなんて考えるくらいに、人々の心を揺さぶってやる。


 壮治が真意を熱弁していくにつれて、冷めていた親たちの表情が変わった。


 目が、ぎらぎらと輝きだす。もし登録者数が増えれば、その分だけ我が子が助かる確率が上がるのだ。

 

 移植は根治にも有効な治療方法だ。兄弟姉妹間で一致する相手がいなければ、骨髄バンクに頼ることになる。例えドナーが見つかったとしても相手が拒否する場合もあり、登録者数は多ければ多いに越したことはなかった。


「倫理的に問題があることはわかっています。それでも、それでも俺には人々を動かす方法がこんな下卑たやり方しか思いつかない。同情引いて、お涙頂戴して、リアルとエンターテイメントの狭間で楽しませてやらなきゃ、大衆ってもんは動かないのだと、いやというほど実感しているからです」


 テレビマンの見る大衆(マス)とは、そういうものだった。綺麗事も何もかも取っ払って、そこにあるのは娯楽でしか動かない人々の姿だった。

 

 ならば、と壮治は思う。

 だったら娯楽でも何でも、作るしかないのだ。

 

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