異世界から帰還完了
未来からの伝言:
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未来からの伝言(完結編):
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■ 2020年9月14日(月) - ワールドラインナンバー15の世界
「みなさん、起きてください」という声とともに目が覚めると真っ白な広い空間、つまり夢中会議室にいた。いつもと同じように俺の隣では莉奈が眠っており、向かいには二人の西浦真美が眠っていた。そしてホワイトボードの前に藤堂晃が立っていた。みんなが目を覚ますと藤堂晃は「はじめまして、世界線ナンバー11の藤堂晃です」と言った。
西浦真美(WL15)「本当に藤堂君そのもので驚いたわ!!」
西浦真美(WL17)「わたしも最初に会った時は不思議に思ったわ」
笹原莉奈「わたしは初対面です。はじめましてというべきでしょうか」
藤堂晃「ジャージ姿の真美、いや西浦さんがナンバー17から移動してきたのですね?」
西浦真美(WL17)「そっちの世界のわたしと結婚しているんでしょ?もう真美と呼んでくれてもいいわよ」
西浦真美(WL15)「そうね。わたしのことも呼び捨てで構わないわよ」
水嶋祐樹「ややこしいからナンバー15の真美、ナンバー17の真美と呼んでもらえるとわかりやすい」
藤堂晃「わかりました。では水嶋さんとナンバー17の真美のお二人を連れて僕のいるナンバー11の世界線へ移動しますが、その前にこれから何が起こるのかみなさんに説明しておきます」
西浦真美(WL15)「それってわたしや莉奈ちゃんにも影響することなの?」
藤堂晃「もちろん影響します。簡単に説明すると今回の出来事は全て無かったことにします」
それを聞いたナンバー15の西浦真美と莉奈は「ええーーー!?」と不思議そうな表情をしながら大声をあげたのが、何をするのかもわからないナンバー15の二人には理解できないのは当然かもしれない。
藤堂晃「今回の世界線移動の原因はナンバー15と17で同時に大参事の事故が発生したことによって、時空がねじれて似通った二つの世界線が繋がってしまったとしか考えられません。そしてここにいる水嶋さんとナンバー17の真美がこの世界に移動したことによって、ナンバー15の世界線も変動しています。そこでどちらか一方の世界で起こる事故を防ぐことによって過去を改変するわけですが、この二つは似通った世界でありながら全く違う点が一つだけあります。それはナンバー15の世界線には未来がありますが、ナンバー17の世界線は1年前に水嶋さんが分岐させた新しい世界なので未来がまだ存在していないということです。ですからナンバー15の世界線での過去を改変させるわけにはいきませんので、未来がまだ存在していないナンバー17の世界線での過去を改変します。ナンバー17の過去を改変することによって、今回の世界線移動がなかったことになって、ナンバー15も変動前の世界線に戻ります。そうすると、ナンバー15にいる真美と笹原さんの9月10日以降の記憶は書き換えられてしまいます。もちろんナンバー17の真美と水嶋さんの記憶も書き換えられて、今こうして話していることも全て忘れてしまうというか無かったことになります。唯一僕だけの記憶が残りますが、それは別に問題はありません。みなさんがそれを覚悟してからナンバー17のお二人と世界線移動をします」
藤堂晃の発言を聞いてナンバー15の西浦真美と莉奈は考え込んでいた。俺にはもう覚悟はできていることだが、他の人は全てを無かったことにする、記憶が書き換えられるということで困惑しているようだった。
笹原莉奈「なんだか水嶋さんとお別れになるみたいで涙が出てきちゃいました」
西浦真美(WL15)「そうね。わたしももう一人のわたしと話をしたことすら忘れてしまうのは淋しい感じがするわ」
西浦真美(WL17)「わたしも淋しい感じはするけど、覚悟を決めたわ!」
水嶋祐樹「まあ、全てが無かったことになるんだったらずっと悲しむことはないよ」
西浦真美(WL15)「それもそうね・・・記憶に残っているほうが残酷かもしれないわ」
笹原莉奈「それでも、わたし・・・あの、水嶋さん、元の世界のわたしのことをよろしくお願いします。あれ、忘れるってわかってるのに涙が止まらない・・・」
水嶋祐樹「莉奈ちゃん、こっちの世界でもがんばってね!」
笹原莉奈「はい!わかりました!!」
藤堂晃「みなさん覚悟を決められたようですね。それでは水嶋さんとナンバー17の真美は僕と手を繋いでください。座ったままで構いません」
ナンバー15と17の西浦真美はお互いに席を移動した。ナンバー17の西浦真美は俺の向かいの席に座ると藤堂晃の手を握った。俺もそのまま藤堂晃の手を握った。藤堂晃が「ではお二人ともそのまま目を閉じて眠ってください。それでは僕も眠りますので移動します」と言うと莉奈が涙をながしていながらなのか大声で「あの最後に質問させてください!わたしの世界にいる水嶋さんは必ず意識を取り戻しますよね?」と聞いてきた。俺は目を閉じながら「必ず意識は戻るから大丈夫だよ!莉奈ちゃん、がんばってね!」と答えた。莉奈の「はいっ!」という声が聴こえるとともに意識が薄れていき眠りについた。
俺達が夢中会議室から姿を消した後、しばらく莉奈は号泣していたようだ。
■ 2020年9月14日(月) - ワールドラインナンバー11の世界
目が覚めると再び20畳くらいの広い畳の部屋にいた。隣には西浦真美が眠っていたのが、バタバタとこの部屋に駆けつけてくるような音がした。そして障子が開くとピンク色のエプロン姿をした西浦真美が現れて「別の世界から来たわたしはどこよ?」と大きな声で言った。それは世界線ナンバー11の西浦真美で間違いないと確信した。その声で世界線ナンバー17の西浦真美はパッと目を開けて「あれ?わたし大声で寝言でも・・・ってまた違うわたしだ!!」と驚いた表情で言った。その後ろから現れた藤堂晃は「真美、気持ちはわかるけどこれは遊びじゃないんだ」と言った。そうするとナンバー11の西浦真美は「それはわかってるわよ。でも自分がもう一人いるなんて不思議な感覚だわ」と言った。藤堂晃は「お二人ともお目覚めのようでよかった。ではリビングへどうぞ」と言った。
リビングには三人分の朝食が用意されていたが、俺の座った場所には前回食べたおつまみ用のサラダと焼き鳥が数本置かれていた。俺の向かいには藤堂晃が座っており、その隣はナンバー11の西浦真美、俺の隣にはナンバー17の西浦真美が座っていた。
藤堂晃「まずは朝食でも食べてください。水嶋さんにはこの日本酒です」
西浦真美(WL11)「こうやって顔を合わせてみるとまるで鏡を見ているようだわ。もう一人の真美さんかな?遠慮せず朝食を召し上がってちょうだいね」
西浦真美(WL17)「このスクランブルエッグは誰が料理したの。わたし、いつも失敗して焦がしてしまうのよ」
西浦真美(WL11)「わたしが作ったのよ。独身の時はたしかに何度も焦がしていたわ」
西浦真美(WL17)「この世界のわたしが作った料理!?今のわたしには想像も出来ないわ」
藤堂晃「さて、水嶋さん。9月8日へのタイムリープ方法なのですが、17の世界線に水嶋さんの実家はまだありますか?」
水嶋祐樹「もちろんあるよ。俺の両親もまだ健在だしね」
藤堂晃「それでは眠る前に水嶋さんの実家の屋根裏部屋の風景を強くイメージしてください。その後、9月8日に出来事を強くイメージしながら眠りについてください」
水嶋祐樹「なるほどね。9月8日に俺が二人存在していないといけないということだね」
藤堂晃「そういうことです。そのことだけは水嶋さんの記憶に残ると思いますが次第に忘れていきます」
水嶋祐樹「ところで、一つ疑問に思ったことがあるんだよ。過去改変をしてこの11の世界に戻ってくるまではいいんだけど、それから俺達二人は元の世界のいつの日に戻れるの?」
藤堂晃「お二人は9月10日以降のナンバー17の世界を体験していないことになります。ですからここから元の世界線に移動すると9月10日の朝に目覚めるはずです。そうしないとつじつまが合わなくなりますので・・・まあそれと同時に記憶も書き換えられるでしょう」
水嶋祐樹「まだ今の段階ではナンバー15の二人の記憶も書き換えられていないということだね?」
藤堂晃「そうです。あの世界では9月15日に水嶋さんが昏睡状態から目覚めることであるのだとすれば、急がないといけません。今日中にナンバー17の9月8日にタイムリープして行動しないといけません」
水嶋祐樹「わかった。それにしてもこの日本酒はかなりまろやかで美味しいね。いくらでも飲めるよ」
西浦真美(WL17)「水嶋君、念のためにわたしのスマホと現金を貸しておくわ」
水嶋祐樹「そうだね。世界線の数値を確認しないといけないし現金も必要になるからね・・・じゃあ有難く借りておくよ」
さすが強い日本酒なだけあって、もう酔いがまわってきた。そんな俺を見た藤堂晃は「そろそろ、そこのソファーに横たわってください。タイムリープした後はネカフェにいって無料のメールアドレスを作って、そこからメールを送るようにすればいいです。あと、戻る時は必ず僕のいるこのナンバー11の世界線に戻ってくるようにすることを忘れないでください」と言った。俺は目を閉じると実家の屋根裏部屋の様子を強くイメージした。もういつでも眠りにつけると思った瞬間、9月8日の出来事を強くイメージした。だんだん意識が遠のいていって次第に眠りについた。
■ 2020年9月8日(火)二回目 - ワールドラインナンバー17の世界
俺は目が覚ますとまさに実家の屋根裏部屋にいた。まずは今日が何年の何月何日か確認することからはじめた。西浦真美から借りたスマホをポケットの中から取り出してWifi接続してブラウザーを起動させて大手の検索サイトを開いてみた。そこには間違いなく2020年9月8日となっていたのでタイムリープに成功はしている。続いて、ワールドラインナンバーアプリを起動させて数値を確認してみると17.28と表示されていた。目的の世界線と日時にタイムリープ移動ができたのだ。ここからが問題であるが、まず時刻は9時32分になっていた。この時間だと既に母親もパートに出ているはず。そう思った俺は屋根裏部屋から降りてこっそり部屋を抜け出した。昔履いていた靴が何足か残っていたので、比較的新しいスニーカーを履いて家の外へ出た。
たしか実家の最寄りになっている駅前には小さなネットカフェがあったはずだが、閉店していないか心配になっていた。駅前に到着してネットカフェがあった雑居ビルに行ってみると、今でも三階で営業していた。ネットカフェに入ってリクライニングシートの席が空いていた。そこのパソコンでまず無料メールの登録をしようとしたら、本来のメールアドレスの入力が必須項目にあった。ここで本来のメールアドレスを入力するわけにはいかないので少し登録を中断させた。何かメールアドレスを取得する方法はないかと考えていると、ワンタイムメールアドレスのことを思い出した。利用期間が限られているいわゆる捨てアドというやつだ。それだとすぐに使えるはずだ。
捨てアドでメールアドレスが使えるようになって、早速ここにいるもう一人の俺のスマホのメールアドレスにメッセージを送るようにした。文章を考えながらメッセージの内容を書き込んでいたら、時刻は既に11時30分前になっていた。この日の夜はシステム開発部の社員全員で「システム開発達成の打ち上げパーティー」と「水嶋祐樹の結婚おめでとうパーティー」が開催されることになっているので急がないといけない。ここでもう一つしておかないといけないのは西浦真美に連絡することであった。あくまで過去改変は俺一人ではなく、西浦真美のアイデアも必要になる。俺はネットカフェを出ると駅前に残っているたった一つの公衆電話に向かった。携帯電話やスマホが普及している時代だが災害時や通信障害が起こった時のために公衆電話は残しているのだろう。俺は会社に電話をかけると女性が出て「笹原と申しますが、西浦真美さんはいらっしゃいますでしょうか?」と聞くと「西浦はわたしですがどなたでしょうか?」と答えた。
水嶋祐樹「西浦さん、驚かないで聞いて欲しい。俺は未来からやってきた水嶋祐樹なんだ」
西浦真美「未来から!どういうことなの?」
水嶋祐樹「今現在、システム開発部のフロアにはもう一人の俺がいるはず」
西浦真美「たしかに、さっき休憩室で話をしていたから変な感じだけど・・・」
水嶋祐樹「もう一人の俺には既にメールで知らせているんだけど、これから話すことを信じて行動してほしい」
西浦真美「その様子だと未来で何か大変なことが起こるのね!?わかったわ」
俺は明日の9月9日の15時31分に大参事の事故が発生することで、未来の俺と西浦真美が別世界に移動してしまって今のこの世界に戻れなくなることを説明した。それを避けるために明日起こる事故をもう一人の俺と協力して防いでほしいと伝えた。
西浦真美「事情はわかったけど、本当に防げるのかしら?」
水嶋祐樹「必ず防げるはず。事故の詳細はさっきもう一人の俺のスマホにメールしておいたので聞いてほしい。それと今日中にワールドラインナンバーアプリを西浦さんのスマホにインストールしておいてほしい。本来は明日にインストールする予定だったんだけど、つじつまを合わせておきたいから今日の午後にでもインストールしておいて!」
西浦真美「わかったわ」
水嶋祐樹「じゃあ、俺はさっさと別の世界に移動しておくので明日は必ず行動してね」
そういって電話を切った。これで明日の俺がなんとかしてくれるだろうと思った瞬間、なんだか自分の感覚が変わったような気がした。その後、俺は繁華街のほうへ行って昼からお酒が飲める居酒屋に入った。どういうわけか、ナンバー11の世界であれほど日本酒を飲んだはずなのに体にアルコールは残っていない。居酒屋でハイボールなど強いお酒を飲んで、ほろ酔い状態になってきたので実家に戻ることにした。
実家に戻ってさっさと屋根裏部屋に上がると目を閉じて、ナンバー11の世界の藤堂晃のリビングの様子を強くイメージした。ポイントは二人の西浦真美がテーブルについていた映像だ。それを強くイメージしているとだんだん意識が薄れていって眠りについた。
■ 2020年9月14日(月) - ワールドラインナンバー11の世界
目が覚めるるとタイムリープをする前に横たわっていたナンバー11の世界で寝る前に横たわっていたソファーの上だった。藤堂晃が「お目覚めになりましたか。今はまだ14時前ですが、無事に世界線17の9月8日へ飛ぶことはできましたか?」と聞いてきたので俺は「ああ、バッチリだよ」と答えた。
西浦真美(WL17)「さっきね、よくわからないんだけど自分の感覚が変わったような気がしたの」
水嶋祐樹「俺も電話で過去の西浦さんと話した後、自分の感覚が変わった気がしたんだよ」
藤堂晃「お二人とも9月9日に起こった事故の映像は思い浮かべることはできますか?」
水嶋祐樹「あれ?事故が起きるのはわかっているんだけど、今は思い出せなくなってる。西浦さんはどう?」
西浦真美(WL17)「わたしも映像なんて見た記憶がないわ。何か忘れているのかしら?」
藤堂晃「それなら過去改変は上手くいったことが証明されています。ただ、まだお二人はこのナンバー11の世界線にいますので記憶が完全に書き換えられていないのでしょう。それは今晩、お二人が元の世界に戻れば完全に今のことも記憶から消えます」
西浦真美(WL11)「わたしと話した記憶も消えてしまうわけなのね」
藤堂晃「ただ、僕とこの世界線にいる真美の記憶は残ったままですし、落ち着いたらまたこの世界線に遊びにきてください」
水嶋祐樹「そうだね。西浦さん、今度は莉奈と三人でこの世界線の藤堂君や西浦さんに会いに行こう」
西浦真美(WL17)「そうね。次回は是非、この世界のわたしから料理を教えてもらいたいわ」
西浦真美(WL11)「わたしがもう一人のわたしに料理を教えるなんて変な感じがするわね。でもいいわよ」
藤堂晃「既にナンバー15の世界線にいた真美と笹原さんの記憶は完全に書き換えられているはずです。どちらにしてもお二人とも今晩、夢中会議室から元の世界に戻れるようになっているはずです」
俺とナンバー17の西浦真美は「藤堂君、いろいろとありがとう」と声を揃えて言った。
■ 2020年9月8日(火) - 過去改変指示を受けたワールドナンバー17の世界
開発が終わって、今日は一日することがないが勤務時間が終わったらシステム開発部の社員全員で居酒屋に行ってパーティーが開催されることになっている。今さら俺の結婚おめでとうパーティーなんてどうでもいいことだったが、池上有希と小松結衣の二人が強く提案して決まったことなのだ。先ほど休憩室で西浦真美から『せっかくお祝いしてくれるんだから、それは有難く受け取っておくべき』と言われて納得していた。そんなことを考えていると、スマホからメールの着信音が鳴った。そのメールを見てみると”未来から来た水嶋祐樹だ”という件名であった。
”
未来からきた水嶋祐樹だ
突然、わけのわからないメールだと思うが、これから重要なことを伝えるので信じてほしい。
俺は9月14日の未来からやってきた水嶋祐樹だ。
その確証になるかわからないが、シルバーウィークは神ノ平に登る予定になっているはずだ。
明日、9月9日15時31分に会社のビル入口に大きなダンプカーが突っ込んで大参事の事故が発生する。
その事故は別の似通った世界線でも同時刻に発生した。
それによって、この世界線と別の世界線の空間にねじれが発生してしまう。
それが原因で、俺と西浦真美は9月10日に別の世界線に移動してしまい元のこの世界線に戻れなくなってしまう。
そこで明日発生する事故を西浦真美と一緒になんとかして防いでほしい。
事故の詳細情報を載せておくので、運転手を説得するか車両を動けなくするようにするか、
とにかく事故を防ぐ方法を西浦真美と話し合ってほしい。
事故を起こすダンプカーの所有している佐々波建設(場所はリンク先のマップを参照)
事故を起こすダンプカーのナンバーは1212でダンプナンバーは西神(建)3885だ。
運転手は小柳悟志という57歳の男性。
事故の原因は居眠り運転。
また、明日の9月9日は必ず西浦真美を自宅に帰宅させること、
未来とつじつまを合わせるためにワールドラインナンバーアプリを西浦真美のスマホへインストールしておくことの
二つが必須条件になる。
必ず、この事故は未然に防いでほしい。
”
これは2033年から送られてきたメールではなさそうだが、なにやら信憑性がある。しばらく考えていると西浦真美から『さっき、未来から来たという水嶋君から電話がかかってきたのよ』というテレパシーが送られてきた。俺は『そろそろお昼だからファミレスでも行って話し合おうか』とテレパシーを送った。それから俺と西浦真美は会社の近くにあるファミレスに入って話をしていた。明日の9月9日の事故を未然に防ぐ方法について話し合った結果、西浦真美は有休をとって、明日の早朝に佐々波建設へ行き、事故を起こすだろうというナンバープレート1212のダンプカーのタイヤをパンクさせておく。しかし、それだけでは不十分な感じがしたので、俺と西浦真美は医療関係者ということで佐々波建設に再度訪れて小柳悟志という人物に今日は運転をしないように説得することにした。
午後になって、俺は児島信二にお願いして、持っていたワールドラインナンバーアプリのプログラムをロイド用にコンパイルしてアプリを作ってもらうように依頼した。そしてアプリは無事に完成して西浦真美のスマホにインストールすることに成功した。
勤務時間が終わるとシステム開発部の社員全員が居酒屋に向かった。俺も同じく朝早く起きなければならないので、あまりお酒は飲まないようにした。
■ 2020年9月9日(水)三度目 - 過去改変指示を受けたワールドナンバー17の世界
朝5時に目覚まし時計が鳴って、俺は起き上がった。登山していることに慣れているせいか、睡眠不足でも目覚まし時計が鳴ったら目が覚める。まだ隣のベッドで莉奈は寝ていたが、俺は朝食もとらずにさっさと家を出て佐々波建設に向かった。始発の電車に乗って会社の最寄り駅の一つ手前の駅で下車して駅前で西浦真美と合流した。
佐々波建設の事務所に到着すると、二階建てのビルだったのだが、まだ出勤している人は誰もいない。ビルの裏側のほうへ行ってみると広い駐車場があってグリーンのダンプカーが数十台並んでいた。俺と西浦真美は塀を乗り越えて駐車場のほうへ入っていくことに成功したが、ナンバープレート1212の車両を探していた。よく見てみるとグリーンのダンプカーは8トンでタイヤもそれなりに大きかった。西浦真美は「こんな大きなタイヤをどうやってパンクさせるの?」と聞いてきた。たしかに、少し大きな針や釘を刺したところでパンクはしないだろう。逆にパンクしたとしてもそれに気づかず運転して事故を引き起こしてしまうかもしれない。俺は「とにかく車両を見つけよう!」と言って指示されたナンバープレートの車両を探していた。すると奥のほうから西浦真美が「見つけたわよ」と少し大きな声で言った。俺は西浦真美のほうへ駆けつけると、たしかにナンバーは1212でダンプナンバーは西神(建)3885の車両であった。しかし、事故を起こすだろう車両を見つけたのはいいものの、どのようにして動かないようにするかが問題だ。
しばらく考え込んでいると西浦真美が「もう説得するしかないんじゃない?こんな大きなタイヤを破壊するなんて超人しかできないわ」と言った。超人!?そうだ!と俺はふと思い出した。俺は「だったら俺がその超人になるよ」といってトランセンド状態になった。俺が左後輪のタイヤに勢いよくパンチをすると、大きな穴があいて車両が傾いた。西浦真美が「これはやりすぎなんじゃないの?」と言ったが、俺は他のタイヤ全てを同じようパンクさせることに成功した。そしてトランセンド状態から元に戻ると西浦真美が「水嶋君、相変わらず無茶するのね」と言った。その後、さっさとその場を去って佐々波建設の事務所を後にした。
そこから徒歩10程先の国道沿いにある24時間営業のファミレスを見つけたのでそこへ入った。佐々波建設の社員の出勤時間はわからないが、午前9時前に張り込みをしていたらわかるだろう。あとは運転手は小柳悟志という57歳の男性を見つけ出して今日は早退するように説得することが肝心だ。居眠り運転が原因と書いてあったので、おそらく昨日はろくに睡眠をとっていないのかもしれない。西浦真美は「あくまでわたし達は医療関係者になりきるのよ」と言って俺は「わかった」と答えた。
時刻が午前8時30分を過ぎると俺と西浦真美は再び佐々波建設の事務所前で待機していた。予想通り、社員と思われる人物がぞくぞくと出勤してきた。事故を引き起こす小柳悟志という人物の年齢は57歳とのことだったが、同じような年齢ぽい人がたくさんいてわからない。そして午前9時になると広い駐車場のほうからラジオ体操の曲が流れ始めた。西浦真美は「そろそろいくわよ」と言ったので俺も一緒に駐車場へ向かった。すると駐車場で前に立っている佐々波建設の社長である佐々波恭平という60代前後の男性が「なんだ君達は!?」と大きな声で言った。
西浦真美「わたしは看護師の金浦と申します。こちらは古嶋先生です。実はこちらの社員さんの出勤している姿を目撃したので気になってここへ入らせていただきました。突然のことで申し訳ありません」
水嶋祐樹「古嶋です。わたしは私立中央病院に勤務しています。この社員さんの中ですごく顔色が悪かった人を見かけたので伺わせていただきました」
佐々波恭平「それは本当にうちの社員だったのかね?」
水嶋祐樹「それは間違いありません。えっと50代後半の方で、昨日あまり眠れなかった人はいますか?」
俺がそういうと5人が手を上げた。この5人の中に小柳悟志という人物がいるのかわからないが、とにかく少し診察させてほしいという理由でこちらに来てもらった。少しドキドキしていた診察しているそぶりをしていると3人目の人物に「あなたお名前は?」と聞くと「小柳悟志です」と言った。ついに事故を起こすかもしれない人物を見つけることができた。そこで俺は「あなた、相当不眠が続いているのではないですか?」と聞いてみると小柳悟志は「そうですね。この一週間はあまり眠れていなかったと思います」と答えた。それを聞いた俺は「今のあなたはとても運転出来る状態ではありません。今日は帰宅してゆっくり休んでください」と言った。そして俺は社長である佐々波恭平にも「この小柳悟志さんは現状運転できるような状態ではありませんので、早退させてゆっくり休ませてあげてください」と言った。佐々波恭平は「それだと予定が狂ってしまうんだが・・・」と言った。そこにダンプカーの担当整備士と思われる20代後半くらいの男性が現れて「社長、どういうわけか3885の車両のタイヤが四本ともパンクしています。今日はこの車両を動かすことはできません」と言った。それを聞いた佐々波恭平は「ダンプナンバー3885かね?今日は誰が運転する予定だったんだ?」と聞くと小柳悟志が「社長、それは僕です!」と答えた。偶然を装ってみたのだが通用するかどうか俺と西浦真美はドキドキしていた。佐々波恭平は「偶然かもしれないが、まるで今日は小柳君に運転させるなと言われているような気がする。それに一週間も不眠が続いている人に運転させるわけにはいかない。小柳君、今日はこのまま帰宅して静養してくれたまえ」と言った。小柳悟志は「僕は大丈夫ですよ」と言ったが、佐々波恭平は「これは社長命令だ!ゆっくり休んでくれたまえ!!」と大きな声で言った。そうして、小柳悟志は事故を起こすはずだった車両には乗ることもなく早退することになった。その後、俺と西浦真美は「では、こちらも仕事がありますので失礼します」と挨拶をしてその場を去った。
これで事故が発生することはないと思った俺はこのまま会社に出勤しようと思ったが、西浦真美は「まだまだ時間があるわね。水嶋君、今日はわたしとデートしてもらえるかしら?」と言った。俺は「俺は既婚者だから浮気になってしまうのはごめんだよ」と答えると西浦真美は「わたしだって藤堂君がいるから浮気になるのよ。いいじゃない、相手がわたしだったら久しぶりにデートくらいしても」と言った。結局、俺も有休を取ることにしてこの日は西浦真美に付き合うことにした。
■ 2020年9月15日(火) - ワールドラインナンバー11の世界
目を覚ますと真っ白い空間、つまり夢中会議室であった。藤堂晃が「みなさん起きてください」と声をかけると二人の西浦真美が目を覚ました。ナンバー17の西浦真美は相変わらずジャージ姿だったが、この世界線ナンバー11の西浦真美はコーラルピンクのパジャマ姿であった。
藤堂晃「ナンバー17の世界線から来たお二人から事故の記憶がなくなっているようですので、ここから元の世界に戻れると思います」
西浦真美(WL11)「名残惜しい感じがするわね。わたしだけはもう一人のわたしと話した記憶が残るのよね?」
藤堂晃「そういうことになると思うけど、正直、このお二人の記憶がどうなるか、僕にもわからないんだ」
水嶋祐樹「藤堂君、これは俺がナンバー15の世界線にいるとき、その世界の莉奈から聞いた話なんだけど、元の世界線で俺が莉奈と付き合うことになった出来事を、その同じ日に夢でそのシーンを見たっていうんだけど偶然なのかな?」
藤堂晃「つまりナンバー15にいた笹原さんが、ナンバー17で起こった出来事を全く同じ日に夢で見たというわけですね?」
水嶋祐樹「そういうことだね」
藤堂晃「それについての詳しいメカニズムはわかりませんが、別世界で起こった出来事を夢で見ることはあるみたいです。僕も一度だけそういう夢を見たことがあります。その人にとってとても印象深い出来事が別世界で起こったら、そのような夢を見るのかもしれませんね」
水嶋祐樹「だったら俺もそういう夢を見ることがあるかもしれないね」
西浦真美(WL17)「わたしもそういう夢を見たことがあるけど、内容は恥ずかしくて言えないわ・・・」
西浦真美(WL11)「1年前の5月12日にその夢を見たんじゃないの?」
西浦真美(WL17)「ど、どうしてわかったの?」
西浦真美(WL11)「だってその日は記念日だからよ。うふふ・・・一応内緒にしておくわね」
水嶋祐樹「記念日ね・・・俺もわかったけど内緒にしておくよ」
藤堂晃「ではお二人とも手を握って、目を閉じながらあなた達の世界線にいた自分の部屋を強くイメージしながら眠りについてください」
水嶋祐樹「藤堂君、今回は本当に助けてもらって感謝するよ」
藤堂晃「いえいえ、このくらいのことどうってことないですよ。僕は水嶋さんには一度助けてもらってまだまだ借りがありますから、また何か困ったことがあったらいつでも相談に来てください」
俺とジャージ姿の西浦真美は手を繋ぎ合いながら目を閉じて強く自分の部屋をイメージした。どちらかわからない西浦真美が「じゃあ、またね」と言った。それからしばらくして俺は眠りについた。
■ 2020年9月10日(木)- ワールドラインナンバー17の世界
目が覚めるといつもの寝室だった。俺はパッと起き上がって部屋を見渡すと、ここは間違いなく俺と莉奈の家にある寝室であるとわかった。何が起こっていたのか思い出せないが、昨日は確かダンプカーの事故を防ぐために西浦真美と一緒に佐々波建設に行っていたはず。しかし、どういうわけか世界線ナンバー11の藤堂晃と西浦真美に会っていた記憶もあって混乱していた。俺はすぐさま西浦真美に電話をした。
西浦真美「水嶋君、こんな朝早くからどうしたのよ?」
水嶋祐樹「西浦さん、昨日のことを覚えてる?」
西浦真美「もちろん覚えているわよ。ダンプカーの事故を防ぐために朝早くから佐々波建設に行ったわよね」
水嶋祐樹「藤堂君と会った記憶はない?」
西浦真美「そういえば、藤堂君ともう一人にわたしに会ったような記憶があるわね。あれ、なんか頭の中が混乱してきたわ」
水嶋祐樹「どうにも先の未来で会ったような感じがするんだけど、あまり考えないほうがいいかも」
西浦真美「そうね。なんだか難しいことを考えることに疲れている感じもするし・・・」
西浦真美と電話を切った後、ワールドラインナンバーアプリを起動して確認してみた。数値は17.36になっていたので世界線が変動しているとすぐにわかった。おそらく何かしたのだろうが思い出せない。キッチンに行くと莉奈がテーブルに座って朝食をとっていた。俺は「莉奈!」と叫んで後ろから抱きついた。莉奈は「祐樹君、どうしたの?それに今日は起きるの早くない?」と聞いてきた。俺はなんだかこの莉奈に会うのが久しぶりのように感じていた。
■ 2020年9月15日(火)- ワールドラインナンバー15の世界
わたしの名前は笹原莉奈、年齢は26歳で保育士をしています。今の時刻は午後13時過ぎ、お昼休みが終わって園児たちのお昼寝時間がはじまったところでスマホの着信音が鳴ったの。わたしは他の先生に「ちょっと緊急の電話かもしれませんので少しお願いします」と言って外に出た。電話に出てみると水嶋さんのお母様で水嶋君の意識が戻ったという連絡だったの。その連絡を聞いたわたしは早退してすぐに水嶋さんに会いに行くことにした。いつどこで誰から聞いたのか覚えてないけど「自分を犠牲にした」という言葉が頭に残っていた。わたしの勤務する保育園から水嶋さんが入院している病院までは電車と徒歩で一時間くらいのところにあるけど、今は感覚的に遠いような気がしていた。
電車に乗っていろんなことを考えてみた。わたしは今でも独身だけど、それには理由があった。恋愛には興味がないけど、水嶋さんはわたしにとってかけがえのない大切な人。それは単に恋しているとか、好きだなんて軽い意味じゃないの。それにどこか別の世界でわたしと水嶋さんは結ばれているのではないかと強く感じている。どうしてそう感じるかもわからないんだけど、以前そんな話を誰かから聞いたような感じがするの。夢で見たのかわからないけど、この世界のわたしもがんばってほしいと聞いたような気がする。
やっと水嶋さんの病室の前に到着すると、なんだかドキドキしてきた。意識が戻ったといってもわたしのことちゃんと覚えていなかったらどうしよう?とかどういう話をすればいいんだろうって思った。でも、ここで立ち止まっていても何もはじまらないから、思い切って病室のドアをノックした。病室の中から「はい」という声が聴こえてきたけど、まさに水嶋さんの声だってわかった。わたしはドアを開いて病室の中を見ると、ベッドに座った水嶋さんが「莉奈ちゃん!」って大きな声で呼んでくれた。わたしはその声と姿を見て涙が溢れてきた。水嶋さんは「まあ、そこに座って」と言ってくれたから、わたしはベッドの横にある椅子に座った。
水嶋祐樹「莉奈ちゃん、今も健全なようで本当によかったよ!」
笹原莉奈「水嶋さんのおかげですよ。それより意識が戻られて本当によかったです」
水嶋祐樹「俺は2年間昏睡状態だったみたいだけど、どういうわけか体は自由に動かせるんだよ。さっき、先生と看護師さんが驚いてた」
笹原莉奈「あの・・・変な質問かもしれませんがいいですか?」
水嶋祐樹「変な質問?別にしてくれていいよ」
笹原莉奈「2年前の7月21日に前峰谷のあのトラバース地点でわたしが足を滑らせてしまうことを、水嶋さんはあらかじめ知っていたんじゃないですか?」
水嶋祐樹「どうしてそう思うの?」
笹原莉奈「これはいつどこで誰から聞いた言葉なのか覚えていませんが、水嶋さんは自らを犠牲にしてわたしを助けてくれたんじゃないですか?」
水嶋祐樹「そっか・・・もしかするとそれは別の世界にいる俺の言葉かもしれないね・・・詳しく説明するよ」
そういうと水嶋さんは知っていることを全て説明してくれた。未来の自分が健全に生きているから自分は死ぬわけないと思って犠牲になったこと、本来はわたしが永遠の昏睡状態になっていたこと・・・それを聞いたわたしは号泣してしまった。
笹原莉奈「どうして、わたしのためにそこまでしてくれたんですか?」
水嶋祐樹「それはその・・・莉奈ちゃんは俺にとって大切な人だからだよ」
笹原莉奈「本当にそれだけですか?わたし、結婚前提ということであれば水嶋さんとお付き合いしたいって思っています」
水嶋祐樹「いきなりどうしたの?俺も莉奈ちゃんとなら結婚したいとは思っているけど・・・」
笹原莉奈「だったらお付き合いするということでいいですよね?」
水嶋祐樹「それでいいというか嬉しいんだけど、目を覚ましていきなり莉奈ちゃんからそんなことを言われると思わなかったよ」
笹原莉奈「助けていただいてすごく感謝していますが、一つだけお願いがあります。二度とわたしを助けるためにこんな無茶なことはしないで下さい。わたし、この二年間すごく苦しみましたから」
水嶋祐樹「ごめんね。でももうこんなことはしないから安心して!」
笹原莉奈「約束ですよ!」
水嶋祐樹「うん」
そうしてわたしと水嶋さんは結婚前提を条件にお付き合いすることになりました。水嶋さんって彼氏というより旦那さんっていう感じだったしね・・・
■ 2020年9月20日(日)- ワールドラインナンバー17の世界
午前4時30分に突然目覚ましが鳴った。俺は目を覚ましたが頭ばぼーっとしていた。今日から神ノ平へ一泊二日の登山予定だが、荷物を積むためにも実家に車をとりにいかないといけない。俺は莉奈を起こすとすぐに登山服に着替えた。昨日は土曜日だったので莉奈も十分に疲れはとれていたのか、さっさと起きあがって登山服に着替えた。
実家に車をとりに行った後、すぐさま駅のロータリーに着いた。始発の電車がもうすぐ到着するが、この様子だとまずはのぼりの電車が先に到着するので新垣優こと黒岩優が先に到着するはず。始発の電車が到着すると50リットルの大きな茶色のザックを背負った女性が降りてきたのが見えた。しかし今日は変装しているように見えなかったが人違いであろうか。そのまま車の中で待っているとその女性が駅の階段から降りてきたのが見えて、莉奈が「優ちゃん来たよ!」と言った。俺と莉奈は車から出てその女性のほうへ向かっていくと、変装も何もしていない黒岩優であった。
黒岩優「おはようございます。今日から二日間お世話になります」
水嶋祐樹「おはようございます。黒岩さん、変装しなくて大丈夫だったの?」
黒岩優「朝が早くて人もほとんどいませんので大丈夫ですよ」
水嶋莉奈「優ちゃんおはよう!こちらこそよろしくね」
水嶋祐樹「黒岩さん、早速荷物をトランクに積んで車に乗って!もうすぐ村瀬君もくるから」
水嶋莉奈「わたし、優ちゃんとお話するから後ろの席に座るね」
それから5分程経ってくだりの電車がやってきて、村瀬真也が駅の階段から降りてきた。
村瀬真也「おはようございます」
水嶋祐樹「村瀬君、おはよう!荷物をトランクに積んで助手席に座ってね」
村瀬真也「えっ!?今日は助手席ですか?」
水嶋祐樹「莉奈が黒岩さんと話がしたいからって言って後部座席に座ったんだよ」
村瀬真也「そういうことですか。わかりました」
村瀬真也はトランクに荷物を積んで助手席に座ると、後ろを振り向いて「二日間よろしくお願いします」と言った。そして車を神ノ平のほうへ走らせた。今日登る予定の神ノ平へのアプローチもかなり遠い場所にある。しかしシルバーウィーク真っ最中であるにもかかわらず交通量は少ない。やはり南側のエリアは有名な観光地も少ないので渋滞の心配はなさそうだ。
黒岩優「水嶋さん、今日と明日のルートをわたしのほうでも調べてみました。全工程が24キロメートルなのはわかりましたが、一日目の工程が17キロメートルってどうなっているのですか?」
水嶋祐樹「みんなにも伝えておくけど、今日の17キロメートルのうち、12キロメートルの約三時間は林道歩きになる。あの林道は精神的にも疲れるので覚悟しておいてほしい」
村瀬真也「ただの平坦な林道ではないですよね?」
水嶋祐樹「最初は標高700メートル地点から一気に標高1060メートルまで林道を登って、それから標高300メートルを下る。林道の終点がたしか標高800メートルくらいだったからね」
村瀬真也「明日もその林道を歩くのですか?」
水嶋祐樹「その林道の1060メートルくらいの地点、つまり途中に面識山への登山口があるんだけど明日はそこから下ってくることになるから、林道歩きは二キロメートルくらいだよ」
黒岩優「前々からお聞きしたかったのですが、水嶋さんはどうやってそのような場所を探しているのですか?」
水嶋祐樹「それは山情報をたくさん見ることとしか言えないかもね。まあ神ノ平なんて場所は誰がつけた名称なのかわからないんだけど、そういうあまり人がいかないようなところだからこそ神秘的な場所なんだよ」
水嶋莉奈「優ちゃん、祐樹君は登山バカだから変なところを見つけるのも上手なんだよ」
黒岩優「あはははははっ・・・そうだったそうだった!!莉奈ちゃんに納得!」
村瀬真也「ところで、本当にテント無しで大丈夫ですか?もし予定してる避難小屋に人がいたらどうしますか?」
水嶋祐樹「楊祥の避難小屋に宿泊する人なんてほとんどいないと思うよ。縦走路でも中途半端な場所にあるし、万が一人がいたとしても小屋の中は広いから大丈夫。ロフトスペースもあるぐらいだからね」
そんな話をしながら車を走らせて2時間程して道の駅で休憩した。後部座席で話していた莉奈と黒岩優も寝不足だったせいかすっかり眠っていた。その道の駅からしばらくいった先から左折して県道に入った。前回いっしー(石岡秀之)と二人で登った時、ここからいくつかの集落を通ってその先がアプローチポイントだったことを覚えている。県道でありながら車なんて走っていないがアプローチまでの道のりは長い。しかし、前回と違って長いと感じていたのは気のせいだったかのようにアプローチポイントに到着した。しかし、ここまで来るのに車で3時間半かかったのだ。
みんな登山準備を済ませると沢を渡り林道の入口についた。俺は「ここから長いので覚悟してほしい」と言った。林道の登りは急斜面がないが、景色が全く変わらないので一時間も歩いていると精神的に疲れてくる。すると莉奈が「はじめての道標だ!」と言った。そこから登山道に入って登ると面識山の山頂だが、今日の目的地はあくまで神ノ平なので、そこから入山せずにひたすら林道を歩いていく。村瀬真也が「さっきの道標があったところに下ってくるのですよね?」と聞いてきたので俺は「うん」と答えた。ここはまだ林道の三分の一地点であってここからがかなり長い。それから一時間程林道を歩いていくと広い場所があったので休憩した。
水嶋莉奈「ねえ祐樹君、まだこの林道は続くの?」
水嶋祐樹「あと一時間くらいは歩かないといけない」
村瀬真也「本当に精神的に疲れる林道ですね。車が通れていた時代がうらやましいですわ」
黒岩優「さすがのわたしも精神的に参ってきました。全く景色が変わらないので山を歩いている感じがしませんね」
水嶋祐樹「まあ、それ以上に感動する神秘的な場所に行くからみんながんばってね」
それから再び一時間ほど林道歩きをしていると沢筋に出た。この沢筋のもう少し先が林道終点になる。俺は「もうすぐ林道は終わるよ」と声をかけたが、みんなもう精神的に疲れているようだった。そこから10分ほど林道を歩いていると橋があったのだが、完全に崩れていた。林道の終わりはこの橋をわたったところなのだが、土砂崩れの影響かとても渡れそうにない橋だった。わずか数十メートルの長さだが、ここをどのように通過すればいいのか少し考えた。
水嶋莉奈「この橋は渡れそうにないけど向こう側に行かないといけないんだよね?」
黒岩優「水嶋さん、まさかここで引き返すってことはないですよね?」
水嶋祐樹「こういうところをどうやって通過するかを考えるのも登山の楽しみなんだよ」
水嶋莉奈「水なんて流れていない場所だけど、この下は結構深いよ」
村瀬真也「このくらいの距離であればトラバースしていけばいいんじゃないですか?」
水嶋祐樹「俺も今それを考えていたんだけど、ガレ場で浮石だらけだからどうしようか考えてた」
周りを見渡すとほんのわずかだが、下部に踏み跡のようなものを発見した。しかも大きな岩で浮石である可能性は低い。上からトラバースするより、少し下ってトラバースするほうが安全な気がした。俺は「村瀬君、少し下ってトラバースするほうが安全かもしれない。わずかながら踏み跡がある」と言うと村瀬真也は「あっそうですね。まず僕が行きます」と言ってトラバースを開始した。そして向こう側についた村瀬真也が大声で「全然大丈夫ですよ!」と言った。同じように最初は莉奈がトラバースしていき、続いて黒岩優も向こう側に行くことができた。そして、俺も同じようにトラバースしてみると、案外足元がしっかりしていた。そして林道終点に到着して少し休憩することにした。
水嶋莉奈「祐樹君、ここが林道終点なのはわかったけど、登山道なんてどこにもないよ?」
水嶋祐樹「莉奈、最初から言ってるけどこれはバリエーションルートなんだよ。登山道なんてあるわけないよ」
黒岩優「えっとGPSで確認してみましたが、この方角だとそこの植林地帯から入山ですよね?」
水嶋祐樹「そういうこと。そこの植林地帯に入って、無理矢理登っていくんだよ。黒岩さんも結構勉強しているんだね」
水嶋莉奈「こんなところに入って登っていくんだ!?本当に無理矢理って感じがする」
村瀬真也「僕は水嶋さんとこういうところも何度か登っていますので慣れています」
水嶋祐樹「樹林帯を抜けた先を楽しみにしておいて!」
休憩が終わっていよいよ入山となる。東側の沢沿いに登っていけばいいので方角はわかりやすいが、非常に登りにくい。整備されている登山道が有難く感じるが、そんな場所に秘境はない。20分ほど樹林帯を登り続けるとその先で明るくなっている。その地点まで反返るような斜面になっているが無理矢理にでも登るしかない。みんな息を切らしたところで、ようやく樹林帯から抜けた。ここは森林限界地点ではないが、だだっ広い高原地帯になっていた。標高は1150メートルくらいであろうか、すでに周りの樹林が色づきはじめている。そう、この高原地帯こそ神ノ平と呼ばれる場所なのだ。その神ノ平の真ん中あたりまで登ってきたところで立ち止まって景色を眺めると、まさに神様が下界の様子を見ているかの風景だった。
村瀬真也「これはすごいですね!!水嶋さんがここに僕達を連れてきた意味がよくわかりました。こんな場所は他にありませんよ」
水嶋莉奈「突然だったけど別世界にきたみたい!!すごい、すごいよこの景色!!!わたし達だけが独占してる景色なんだね!!!!!!」
黒岩優「林道を歩いている時は正直、水嶋さんへの信頼度が減っていましたが、すみませんでしたというしかありません。何ですかこの場所は!?」
水嶋祐樹「黒岩さん、林道歩きした苦労なんてとっくに忘れるでしょ?これこそが神ノ平、ほぼ人がこない神秘の場所だよ」
黒岩優「それにしてもすごい場所で驚きました。日本でこんな素晴らしい景色が見れるなんて想像できませんでした」
村瀬真也「知っている人だけ、バリルートならではの空間といえますね・・・しかもまだ9月の下旬なのに上のほうでは色づきはじめていますしね」
そこで30分程滞在してから、稜線に登っていった。特に莉奈と黒岩優は名残惜しいという感じで何枚も写真を撮っていた。稜線に出れば正規の縦走路があるのだが、最後のわずか5分足らずの急斜面がキツイのだが、無理矢理に登っているので仕方がない。稜線にある縦走路まで登ってきたときは、俺も含めた全員が息を切らしていた。そこから南の方角へ縦走路を歩くこと一時間、時刻は既に17時を過ぎていたが、今日の予定していた宿泊地である楊祥の避難小屋に到着した。ドアを開いてみると予想通り誰もいない。小屋の中に入ると早速みんなマットを敷いてとシュラフを出した。この避難小屋にはロフトエリアがあってのだが、もう誰も来ないだろうということでロフトの下で寝床を確保した。そして、山小屋での宴会がはじまった。
水嶋祐樹「今日は高級な牛肉を用意してきたからすき焼きを食べよう」
水嶋莉奈「うわー高そうな肉!!これって祐樹君のお小遣いで買ったんだよね?」
水嶋祐樹「そうだよ。黒岩さんへのお礼でもあるんだよ」
黒岩優「わたしに対するお礼って何ですか?」
水嶋祐樹「いや、わからないんだけど、なんとなくお礼をしなければいけない感じがしたんだよ」
黒岩優「偶然かもしれませんが、わたしも今日はすき焼きを楽しみにしていましたが、その理由がよくわかりません」
水嶋祐樹「まあ、とにかくすき焼きパーティーといこうよ。村瀬君もたくさん酒を持ってきているよね?」
村瀬真也「ええ、ビール12本だけですが持ってきました」
水嶋祐樹「俺はビール12本と焼酎を持ってきたからとりあえず乾杯をしよう!」
水嶋莉奈「優ちゃん、あのね、祐樹君はお酒がなければ山に登らないって言ってるんだよ」
黒岩優「あははは、その気持ちわかる気がします!」
みんな缶ビールを持って「乾杯!!」と言った。未だに記憶が混乱しているんだが、何かを忘れていたとしても、今こうして山で楽しめているんだからいいんんじゃないかと感じている。記憶が書き換えられていたとしても・・・