謎の世界線移動
未来からの伝言:
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未来からの伝言(完結編):
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■ 2020年9月8日(火)
この日、19:30から俺を含めたシステム開発部の社員全員で「システム開発達成の打ち上げパーティー」と「水嶋祐樹の結婚おめでとうパーティー」ということで会社近くの居酒屋の個室で飲み会をしていた。笹原莉奈と入籍したのは5月26日だが、結婚式は7月12日で標高3000メートルの大汝岳の山頂で行った。そう考えると俺の結婚おめでとうパーティーをするのはかなり遅い気がするが、池上有希と小松結衣の二人が強く提案して決まったのだ。お酒に弱いのか、もう酔っぱらっている日根野部長が「水嶋君、一度嫁さんを紹介してくれないか」と俺にやたら絡んでくる。俺は「いつか機会があれば」と適当にあしらっていたが、今度はほろ酔いの児島信二が「水嶋さん、子供はいつ作るのですか?」としつこく聞いてくるので「子供は作るつもりはないんだよ」と言ったら、池上有希と小松結衣の二人が「ええええええーーーーー!?」と大きな声をあげた。
池上有希「水嶋さん、どうして子供作らないのですか?」
水嶋祐樹「それは嫁さんの希望なんだよ」
池上有希「水嶋さんは子供がほしいと思わないのですか?」
水嶋祐樹「俺も特に子供がほしいなんて思わないね」
小松結衣「水嶋さんの奥さんって、たしか保育士さんでしたよね?」
水嶋祐樹「そうだよ。だからこそ自分の子供は別に作らなくてもいいらしい」
小松結衣「その気持ち、なんとなくですがわかる気がします」
そんな話をしているうちに時刻は21:15になって居酒屋の女性店員がラストオーダーを聞きにきた。日根野部長は既に眠っているが俺を含む他の社員達は最後の一杯を注文した。そしてみんなが「明るい未来に乾杯」と言って最後の一杯を飲み干した。それと同時に俺のスマホからメッセージの着信音が鳴った。メッセージは莉奈からで『店の前に到着!』という内容であった。
水嶋祐樹「みんな今日はありがとう。嫁さんが迎えにきたから俺はそろそろ帰るね」
池上有希「ちょっと待った!」
水嶋祐樹「ん?池上さん、何?」
池上有希「せっかくなので水嶋さんの奥さんに挨拶させてください」
小松結衣「水嶋さんの奥さん見てみたいです!」
水嶋祐樹「あのね二人とも、うちの嫁さんは見世物じゃないんだよ」
池上有希「いいじゃないですか!児島君は日根野部長を起こしておいて!」
児島信二「僕には興味がないのでいいですよ」
小松結衣「水嶋さんを見送りに行きましょう!」
水嶋祐樹「仕方ないなあ、ちょっとだけだよ」
そう言って、俺と池上有希、小松結衣の三人で店を出た。そしてエレベーターに乗って一階へ出るとグレーメタリックをした4WDの軽自動車が初心者マークをつけて停まっていた。俺はその車へ向かうと助手席の窓をトントンと叩いた。すると、濃い茶色のトレッキング用半ズボンを履いて濃いグレーの登山用のベストを白いTシャツに羽織った莉奈が出てきた。見るからに登山スタイルな莉奈の姿を見た池上有希と小松結衣が「もしかして、奥さんも登山バカですか?」などと言っている。
水嶋祐樹「莉奈、わざわざありがとうね」
水嶋莉奈「運転の練習にもなるから別にいいよ。ところで一緒にいる女性の方は同じ会社の人?」
水嶋祐樹「そうなんだよ。莉奈に挨拶させろって言って着いてきたんだよ」
莉奈が池上有希、小松結衣の前まで歩いて行って「水嶋莉奈です。いつも祐樹君がお世話になっています」と言うと池上有希と小松結衣は「いえいえ、こちらこそ」と言いながらペコリと頭を下げた。
小松結衣「すっごく可愛らしい奥さんですね」
水嶋莉奈「あ、ありがとうございます・・・」
池上有希「水嶋さんがロリコンだったとは気づかなかったです」
水嶋祐樹「ちょっと池上さん!俺は見た目で結婚したわけじゃないからね!!」
小松結衣「でも、見た目は高校生くらいに見えますよね」
池上有希「うんうん!」
水嶋祐樹「二人とも、それじゃあまるで俺が犯罪者みたいじゃないか!」
池上有希「それに近い物は感じますけど・・・ふふふっ」
水嶋祐樹「まったくもう・・・莉奈、そろそろ帰ろう!」
水嶋莉奈「わかった。それでは私たちはこれで失礼します」
水嶋祐樹「それとは別にお二人とも今日はありがとう」
莉奈は「それでは失礼します」と頭を下げて運転席へ乗り、俺もそのまま助手席へ乗った。莉奈は自動車免許を取得したばかりだが、俺が毎晩のように近くの山へドライブさせていたので、運転技術はかなり上達していた。莉奈が信号待ちをしながら「飲み会パーティーはどうだった?」と聞いてきたので、俺は「やっぱり酒は山の上で飲むほうが美味しいよ」と答えた。その後、車を走らせて40分ほど、莉奈とあれこれ話しているとマンションの駐車場に着いた。
ちなみにこの軽自動車は莉奈の運転練習用として中古で安く手に入れたものだが、二人で近くの山に登りに行く時には便利だし、雪道を走らせるとパワーがある。しかし、登山仲間で遠出をするときは実家においているいつも乗っていた普通車を使う。
家に帰るとすぐに俺はシャワーを浴びて着替えた。パジャマではなく半袖Tシャツに半パンのジャージだが、いつもこの姿で寝ている。莉奈もパジャマではなく俺と同じような恰好に着替えていた。俺は冷蔵庫から500mlの缶ビールを出して飲もうとした瞬間、莉奈が「祐樹君、まだ飲むの?」と聞いてきた。俺は「パーティーではあまり飲まなかったし、これ一本だけだよ」と答えると莉奈は「わたしにも少し飲ませて」と言った。俺はビールの缶を莉奈に渡して「先に飲むといいよ」というと莉奈はゴクゴクと半分くらい一気に飲み干して「はぁー」と満足そうな表情をした。
水嶋莉奈「シルバーウィークに登る神ノ平だっけ?一泊二日するほど長い道のりなの?」
水嶋祐樹「林道が激長い3時間で、がんばれば日帰りできるんだけど、山でまったりしたいから一泊二日にしたんだよ」
水嶋莉奈「林道が3時間!!それは長すぎだよ」
水嶋祐樹「あとはバリエーションルートで無理矢理登って行くんだけど、神ノ平は神秘的な高原だから楽しみにしておくといいよ」
水嶋莉奈「てっきりアルプスを予定すると思ってたからびっくりしたよ」
水嶋祐樹「アルプス方面は物凄く渋滞するからね。あえて渋滞しない南側のエリアにしたんだよ」
水嶋莉奈「それにしても優ちゃん(黒岩優)、よく休み取れたよね」
水嶋祐樹「黒岩さん、最近は俺が山に誘うと無理してでも休みを取ってるみたいなんだよ」
水嶋莉奈「祐樹君の行く山にハマちゃったみたいだね。あと村瀬君もくるみたいだけど、いっしー(石岡秀之)さんは来ないんだよね?」
水嶋祐樹「いっしーは前に神ノ平へ行ってるし、シルバーウィークは仕事して平日に休みを取るみたい」
水嶋莉奈「へえー自由にシフトが調整できる仕事なんだね。ところで・・・」
莉奈が俺に向かって鋭い目をした。
水嶋莉奈「さっき二人の女性社員がいたけど、祐樹君に告白したのはどっちの人?」
水嶋祐樹「いきなり・・・俺のことをロリコンだって言った方だけど、莉奈と出会った頃くらいだったかな」
水嶋莉奈「あの人なんだ。祐樹君、泣かせちゃったんだよね?」
水嶋祐樹「あの時はまだ恋愛とか考えられなかったから咄嗟に嘘をついてしまったんだよ。それに俺は池上さんのことそんな目で見てなかったから、告白されてかなり動揺してた」
水嶋莉奈「そっかあ」
水嶋祐樹「昔の話だよ。それよりそろそろ眠くなってきたから先にベッドに行くね」
水嶋莉奈「うん。わたしも朝早いからそろそろ寝るね」
寝室はホテルで例えるとツインになっていて俺と莉奈のベッドは別々だった。新婚といえども俺は誰かが隣で寝ていると眠れないので、同棲時代からそのように決めていた。
■ 2020年9月9日(水)
朝8:00に目覚まし時計が鳴って目が覚めた。いつものように莉奈は既に出勤しているので俺一人で朝食をとる。昨晩のパーティーではあまりお酒を飲まなかったが、今朝はあまり食欲がないのでトースト2枚だけにしておいた。その後、部屋で着替えてマンションを出た。
今日は真っ青な快晴だが、秋晴れという感じではなく、まだ残暑が続いており、歩いているだけで汗だくになりそうだ。駅に近いのが唯一の救いなのかもしれない。駅に到着していつもの時間の電車に乗りこむと、すぐにスマホを取り出して山の情報を見ようとした。しかし、通信圏外で繋がらなかった。そういえば、今朝はSIMカードを元に戻してなかった。俺は何かあった時のために、寝る前には必ずSIMカードを反対に入れてから寝ている。もう何も起こらないだろうと思いながらも、それは寝る前の癖になっていた。SIMカードを元に戻して入れ直してスマホを再起動させると通信できるようになった。ところが山の情報を調べているうちに会社の最寄り駅に到着した。
会社には10:00前に出勤して自分の席に座ってパソコンの電源を入れた。開発が終わってからというもの、業務といえばサーバーの点検と保守くらいだが、それは児島信二と池上有希の二人がしてくれて、小松結衣はデザインのレイアウト崩れのチェックをしているので、俺の業務は待機するだけで、手を動かすことはほとんどない。まあ、こういう日があるとのんびりと山の情報を調べながらまったりできる。しばらくまったりしていると西浦真美から『休憩室に来てくれる?』とテレパシーが送られてきた。俺は西浦真美に『今日はすることがないのですぐに行くよ』とテレパシーを送った。
俺は休憩室に入るとすぐに缶コーヒーを購入して椅子に座って待っていた。いつもならすぐに西浦真美が入ってくるのだが、今日はなかなかこない。それから5分ほどしてバタバタと走ってくる音が聞こえた。そして休憩室のドアが開くと西浦真美が入ってきて「遅くなってごめんなさい。いきなり社長に呼ばれたのよ」と言いながら椅子に座った。
水嶋祐樹「社長のほうは大丈夫なの?」
西浦真美「大した用事でもなかったので大丈夫よ」
水嶋祐樹「それで俺を呼び出したということは、何かあったの?」
西浦真美「そういうわけでもないんだけど・・・水嶋君って現在の世界線の状態を数値化して見れるアプリを持っていたわよね?」
水嶋祐樹「今もアプリは入ってるけど、それがどうかしたの?」
西浦真美「わたしのスマホにもそのアプリを入れてもらえないかしら?」
水嶋祐樹「西浦さんのスマホってロイドだったよね?俺のスマホはアイエスだから直接アプリは入れることはできないんだけど、どうして?」
西浦真美「今後、わたしも何かあった時のために入れておきたいと思ったのよ」
水嶋祐樹「たしかに西浦さんもこのアプリは持っていたほうがいいかもしれないね。
西浦真美「でもスマホの機種が違うから無理なのよね?」
水嶋祐樹「このアプリはそんなに難しい仕組みではないし、既にアプリが壊れた時用にプログラムだけは完成させてはいるんだけど・・・」
西浦真美「プログラムを完成させているって、よく仕組みがわかったわね!?」
水嶋祐樹「実は別の世界線にいる藤堂君に教えてもらったんだけどね」
西浦真美「別の世界線にいる藤堂君にまた会ったの?」
水嶋祐樹「前に少し話したと思うけど、あっちの世界の西浦さんも復帰して会社の経営が安定したということをわざわざ伝えに来てくれたときだよ」
西浦真美「そういえばそんなこと言ってたわね!」
水嶋祐樹「世界線ごとにネットワーク信号の粒子が違う。だから、その粒子を数値化するようにプログラミングしてみた」
西浦真美「それをロイドで動かすことはできないの?」
水嶋祐樹「可能なはずなんだけど、俺はロイドに詳しくないんだよね・・・」
西浦真美「そう・・・無理そうだったら別に構わないわ。念のためと思っただけよ」
水嶋祐樹「う~ん・・・・・そうだ!たしか児島君もロイドだったから聞いてみるよ」
西浦真美「本当に無理だったらいいわよ?」
水嶋祐樹「とにかく聞いてみて、出来そうだったらまた連絡するよ」
西浦真美「わかったわ」
そうして、俺は休憩室を出てシステム開発部へ戻って行った。
自分の席に戻ると、隣の席でサーバーのチェックをしている児島信二に声をかけた。
水嶋祐樹「児島君、たしかロイドのアプリとか作ってたよね?」
児島信二「最近も暇な時に作っていますよ」
水嶋祐樹「そうなんだ。だったら今からプログラムソースをメッセンジャーで送るから、ロイドのアプリにできるか見てもらえない?」
児島信二「今ですか?池上さんとサーバーの点検をしている最中なのですが・・・」
水嶋祐樹「それは俺が代わりにするので、とにかくソースを読んでみてほしい」
児島信二「わかりました」
俺は向かい側に座っている池上有希に「池上さん、サーバー点検の続きは俺がするので、チェックのほうはよろしくお願いね!」と言うと「わかりました」と答えた。
ちなみに世界線の数値を示すアプリのことを、ワールドラインナンバーと呼んでいる。
俺はいつも持ち歩いているUSBメモリをパソコンに繋いで、その中からワールドラインナンバーアプリをプログラミングしたソースコードを一式を圧縮して児島信二のメッセンジャーに添付して送った。児島信二はすぐにソースコードを開くと「アイエス用のアプリですか・・・」と呟くとひたすら黙り込んだ。それから10分程経過すると児島信二が口を開いた。
児島信二「水嶋さん、これネットワークアナライザではないですよね?」
水嶋祐樹「仕組みは同じに見えるけどちょっと違う」
児島信二「最後にネットワークシグナルを10万回ループさせている意味がわかりません」
水嶋祐樹「それをすることによってネットワーク信号の粒子の形式を算出させることができるんだよ」
児島信二「ネットワーク信号の粒子ですか・・・それを最後に数値化して表示させているわけですね?」
水嶋祐樹「そういうことなんだけど、俺もその数値化の原理はよくわからないんだよ」
児島信二「そもそも、これは何をするアプリなんですか?」
水嶋祐樹「ネットワーク信号の粒子の形式を表示するアプリだけど、単なる遊びで作ってみただけだから気にしなくていいよ」
児島信二「まあいいですけど、意味のわからないアプリですね」
水嶋祐樹「ところで、それをロイドのアプリにすることは可能かな?」
児島信二「そんなの簡単ですよ。有難いことにJavaで組まれていますし、プロトコルのところだけロイド用に変更すればいいだけです」
水嶋祐樹「プロトコルの部分だけでいいなら、すぐに変更してアプリにしてもらえる?」
児島信二「わかりました。コンパイルに時間がかかりそうですが、昼休み中にはアプリにしてお渡ししますよ」
水嶋祐樹「そんなに早くできるんだ!じゃあよろしくお願いするね!!」
児島信二はソースコードを少し変更しはじめた。それから数分経って昼休みになったので、俺は会社から外へ出て行った。
今日はチーズチキンランチだと思って、会社近くの定食屋に行った。チーズたっぷりのったチキンはいつ食べても美味しい。未だにこれがワンコインランチとは本当に安くて有難い。定食屋を出て外をブラブラしていると、ファミリーレストランから小松結衣が一人の男性と一緒に出てきたところに遭遇した。その男性とはアプリケーション事業部でプライドの高かった宮ノ下和宏だった。
小松結衣「み、水嶋さん!」
水嶋祐樹「小松さんがどうして宮ノ下さんと一緒にいるの?」
小松結衣「あの、えっと・・・これは違うんです!!」
水嶋祐樹「俺何も言ってないけど、違うって何?」
小松結衣「その・・・」
宮ノ下和宏「水嶋さん、お久しぶりです!」
水嶋祐樹「お久しぶりですね。そういえば宮ノ下さんは今やプロジェクトマネージャーになっているとかで大変そうですね」
宮ノ下和宏「プロマネは大変ですが、まだ現役でプログラムも打っていますよ」
水嶋祐樹「ところで、小松さんと宮ノ下さんって知り合いなの?」
宮ノ下和宏「先月、小松さんにデザインを依頼させていただいた時に知り合いになりました」
水嶋祐樹「ああー!そういえばそうだったね!!」
小松結衣「水嶋さん、えっと、勘違いしないでほしいのですが、わたしと宮ノ下さんはまだそんな関係ではありません」
水嶋祐樹「小松さん、だから俺は何も言ってないんだけど、”まだ”ってことはそのうちそういう関係になるの?」
小松結衣「そ、それは・・・まだわからないです」
水嶋祐樹「まあ、このことはみんなに黙っておくよ。宮ノ下さん、今後とも小松さんをよろしくお願いしますね!」
宮ノ下和宏「あっはい、わかりました!」
小松結衣「今後ともって・・・」
水嶋祐樹「じゃあ、俺は先に会社に戻るね」
俺はそのままニヤニヤしながら歩いていた。予想としては宮ノ下和宏は小松結衣に好意を抱いていて昼食を誘ったということであろう。まあ、小松結衣はかなり押しに弱いタイプなのは誰から見ても明らかなので、告白されて困惑してるといったところだろうか。そんなことを考えているうちに会社に戻った。システム開発部のフロアに入ると児島信二が「水嶋さん、アプリのほう送っておきました」と声をかけてきた。俺は「ありがとう」と言って席に座った。
児島信二のメッセンジャーからロイドの実行ファイルが添付されていたので、俺はそのまま西浦真美のスマホ用メールアドレスにそのアプリを送信した。それから数分後、西浦真美から『アプリ入れてみたわ。すぐ休憩室に来てくれる?』というテレパシーが送られてきたので、俺は『すぐに行く』とテレパシーで返信した。
休憩室に入ると既に西浦真美が座っていた。俺は「おまたせ」といって椅子に座った。
西浦真美「このアプリ開いてみたんだけど、数字がおかしいのよ」
水嶋祐樹「数字がおかしいって17ではないってこと?」
西浦真美「それは合っているんだけど、これみると17.28になってるのよ」
水嶋祐樹「それで合ってるよ。俺の数字も17.28になってる」
西浦真美「だって、莉奈ちゃんの運命を変えたあの時ってたしか17.03じゃなかったかしら?」
水嶋祐樹「そうだよ。でも俺たちはそこからさらに運命を変えたから変動したんだよ」
西浦真美「運命を変えた?」
水嶋祐樹「大塩山の山頂でスペリティーゴッドと交渉に成功させたよね?その時に変動したんだよ」
西浦真美「そうだったの?あの交渉も運命を変えることだったなんて気づかなかったわ」
水嶋祐樹「あのままの世界線だと西浦さんの存在は消えていたからね」
西浦真美「ああーたしかに!それもそうね」
水嶋祐樹「ちなみに、そのアプリのことは他言しないでね」
西浦真美「わかってるわ。そもそも特殊能力のことすら誰にも言えないことだから」
水嶋祐樹「あと、寝る前は必ずスマホのSIMカードは抜いておくようにしたほうがいいかも。何かの間違いでタイムリープしてしまったら、混線する可能性があるからね」
西浦真美「それも大丈夫よ。わたしも毎晩SIMカードを逆さにしてから寝るようにしているの」
水嶋祐樹「それなら安心だね。アプリも成功したみたいだし、俺はそろそろ戻るね」
西浦真美「わたしも戻るわ。水嶋君、ありがとうね」
俺は席に戻ってまったりとサーバー点検作業を続けていた。隣の席に座っている児島信二はワールドラインナンバーアプリのプログラムを難しそうな表情をしながらずっと読んでいた。しかしそれは何も知らない人にとって、どれだけ解析しても意味不明なプログラムなのだ。
水嶋祐樹「児島君、そのプログラムはどれだけ解析してもわからないと思うから、さっさと消去したほうがいいよ」
児島信二「水嶋さんはネットワーク信号の粒子の形式理論をどのように導き出したのですか?」
水嶋祐樹「そこは適当だよ。ただの遊びで作ったものだから気にしなくていいよ」
児島信二「わかりました。解析してもわけがわからないので消去します」
児島信二には申し訳ないが、世界線の状態を数値化しているプログラムだなんて説明したところで、余計に意味がわからないだろうし信じてもくれないだろう。世の中にはわからないほうが幸せなこともあるって言葉はこういう時に使うんだろうと心の中で思っていた。
それから1時間程してサーバー点検作業が終わった。もうこれといった作業はないので、まったりと山の情報でも調べようと思っていたその時、突然、ドーンッという大きな音が鳴り響き、床が揺れた。日根野部長が「なんだ?地震か!?」と大きな声で言った。しかし、地震の揺れ方ではなかったと思った俺は「ちょっと音が鳴ったほうを見てきます」と言ってフロアを飛び出した。音はこのビルの入口のほうから聴こえてきたのでエレベーターのほうへ走っていくと、西浦真美が窓から下のほうを見ていた。俺が「西浦さん」と大きな声で呼ぶと西浦真美が振り向いて「水嶋君、大変なことになってしまっているわ!」と言った。窓から下を眺めるとグリーンの大きなダンプカーがこのビルの入口に突っ込んでいた。その周りは沢山のガラスが散らばっており、まるでこのビルの入口にダンプカーのフロント部分がのめり込んでいるかのような凄まじく悲惨な光景と化していた。
水嶋祐樹「西浦さん、ダンプカーの運転手の安否もだけど、このビルにいても大丈夫なのか心配になってきたよ」
西浦真美「そうね。崩壊する危険がありそうだから社長にすぐ伝えにいって判断してもらうわ」
そう言って西浦真美は社長室のほうへ走っていった。俺も急いでシステム開発部のフロアに戻ると日根野部長に事情を説明した。日根野部長は「ちょっと見てくる」と言って慌ててエレベーターのほうへ走っていった。それから間もなくしてパトカーや救急車のサイレンの音が響いてきた。システム開発部のメンバー達も何があったのかと騒ぎ出していたが、俺は「みんな、あんな光景は見ないほうがいい」と少し大きな声で言った。俺の頭の中では、まさに大参事ともいえる先ほど見た光景が脳にしっかりインプットされたように焼きついている。
それから10分程が経過して西浦真美から『今日は社員全員の強制帰宅になったわ』というテレパシーが送られてきた。俺は西浦真美に『そっか、ビルは大丈夫だと思うけど安全確認されてからじゃないと出勤できないね』というテレパシーを送った。しばらくして西浦真美から『水嶋君、どうしてもさっきの光景が頭から離れないのよ』というテレパシーが送られてきた。あんな光景を見ると誰でもフラッシュバックするのだろうか。そんなことを考えながら返事の言葉を選んでいると再び西浦真美から『もう一度、今日をやり直して事故を防ぐことはできないかしら?』とテレパシーが送られてきた。西浦真美が言ってるのはタイムリープをして今日という日をやり直すという意味だ。俺は『俺も頭に焼きついているからよくわかる。でも結果はわかっているけど、原因がわからないから防ぎようがないよ。それにあまりタイムリープで過去を改変させるのはよくないからね』とテレパシーを送った。すると西浦真美から『今夜、寝る前にさっきの光景が浮かんだら、わたし達の意思に関係なくタイムリープしそうで怖いわ』とテレパシーが送られてきた。たしかにその通りだが、勝手にタイムリープした経験は一度もない。ただ、こういう状況になると西浦真美は精神的に弱いので勝手にタイムリープをしてしまう可能性はありそうだ。何度も何度も今日という一日を繰り返していくうちに精神が崩壊されるかもしれない。そう思った俺は『心配だったら、今夜はホテルに泊ったら?万が一、勝手にタイムリープしても俺に相談してくれればいいから!』と西浦真美にテレパシーを送った。すると西浦真美から『そうね。そうすることにするわ』というテレパシーが送られてきた。その後、社長命令により社員全員が強制帰宅となった。もちろんエレベータは使えないので階段で一階まで降りてビルの裏口から外へ出ることになった。
俺が家に帰宅したのは17時前という早い時間であった。こんな時間だったので、たまには外で夕食をとってもいいと思ったので莉奈のスマホメールに『今日は早く帰宅したから夕食の準備はしなくていいよ』というメッセージを送っておいた。それにしても帰宅中の電車の中にいた時からずっと今日見た光景が頭によぎってしまう。あまりにも衝撃的すぎて思い出せば出すほど吐き気がしてきた。気分を変えるためにもパソコンの電源をつけてシルバーウィークに行く山の情報や以前に登った時の画像などを見ていた。
パソコンの画面から時刻を見ると18時21分になっていた。その瞬間、玄関からドアの開く音が聴こえてきた。俺はすかさず玄関に向かって帰宅してきた莉奈に「おかえり・・・待ってたよ!」と言った。莉奈は「ただいま。祐樹君、顔色が悪いけど何かあったの?」と心配そうな表情をしながら聞いてきたので俺は「今日、恐ろしいものを見たんだけど詳しい話は後でするね。それより気分転換に夕食は外でとろう」と言った。
今夜の夕食は家から車で15分ほどの場所にあるラーメン屋と決めていた。そのラーメン屋の豚骨醤油ラーメンが格別に美味しくて、まだ莉奈と出会っていない頃からずっと通い続けていた。有難いことに、ラーメン屋までは莉奈が車の運転をしてくれた。こういう時のために免許を取ってもらっといえる。俺は車の中で今日あったあの大参事の出来事を莉奈に話した。莉奈は「気持ち悪いほど衝撃的なものを見てしまったんだね。今夜は眠れそう?」と聞いてきたので俺は「大丈夫」と答えた。
駐車場がないので近くのコインパーキングに車を停めて、ラーメン屋に到着すると赤いのれん向こう側にあるドアの隙間から美味しそうな豚骨の匂いが漂ってきた。俺と莉奈は食の相性も良かったのか、このラーメン屋のこってり豚骨醤油が大好きなのだ。カウンターに座ってオーダーをしてから10分程経った頃、店主の「へいっ!こってり豚骨醤油二丁お待ちっ!」という力強い言葉が発せられた。そして俺と莉奈はラーメンを啜りはじめた。スープはどこかクリーミーかつ粘り気のある豚骨ベースの醤油味で、ここの店主がオリジナルで作り上げた他ににない超美味。麺は少し縮れ気味の中太ストレート麺で、このスープとの相性はバッチリすぎるといえる。トッピングには直火焼きしたチャーシューが二枚入っていて、これも絶妙な味といえる。ラーメンを啜っていると莉奈が「ここのラーメンを山の上で食べてみたいね」と言った。たしかに、こんなラーメンを山の上で作って食べれたら最高だろうと思う。俺は「そうだね」と呟いた。俺と莉奈はスープまで飲み干して支払いを済ませた後、ラーメン屋を出た。
車に乗って帰宅途中、黙っていると今日見た光景が何度も頭によぎってしまう。ラーメンを食べている時は忘れていたのだが、すぐにあの光景がフラッシュバックしてしまう。莉奈は「どこかドライブでも行こうか?」と言ってくれたが、俺はとてもそんな気分になれないので「いや、今日は大人しくしておきたい」と答えた。
帰宅して時計の針を見ると21時をまわっていた。莉奈が先にシャワーを浴びている時、ダイニングテーブルに一人座っていると何度も何度も今日の光景が頭から離れない。仕方がないのでテレビをつけると21時のニュースが流れていた。世の中にはもっと悲惨な出来事はたくさんあるはずだと自分に言い聞かせていた時、女性のニュースキャスターが「次のニュースです。今日、15時30分頃・・・」と喋り出した。まさかと思いつつニュースを見ていると今日見た大参事のことが報道されているのだ。俺はもうあんな光景は見たくないと思ったので、すぐにテレビのチャンネルを変えた。しかし、その行動が後悔する結果になるとは、この時はまだ知る由もなかった。
莉奈が風呂から出てきたので、続いて俺もシャワーを浴びた。着替えを済まして寝室へ向かうと莉奈が心配そうに俺を見た。
水嶋莉奈「祐樹君、まだ顔色がよくないけど、本当に大丈夫なの?」
水嶋祐樹「大参事の光景が何度もフラッシュバックするんだけど、そのうち忘れるから大丈夫だよ」
水嶋莉奈「今日は隣で寝ようか?」
水嶋祐樹「ありがとう。でも、それだと余計に眠れなくなるから・・・」
水嶋莉奈「無理だけはしないでね?」
水嶋祐樹「うん。こんな日は早く寝るに限るよ」
そんな話をしていると時刻は22時30分になっていた。いつもより1時間くらい早いがさっさと就寝することにした。この行動こそが間違いだったのではないかと後で思い知らされることになる。寝室の明かりを消して目を閉じると、しつこいくらいに大参事の映像が頭の中で流れる。しばらくすると莉奈の寝息が聴こえてきた。保育士という仕事は子供相手だからこそ一日中体を動かしているわけなので疲れていて当然かと思った。そんな中、俺の意識もだんだん無くなっていき、やっと眠りにつけた。長い一日だったと感じながら・・・
■ 2020年9月10日(木)
随分と長い時間眠っていたような気がした。意識がだんだんハッキリしていくが目は閉じたままの状態だった。周りからピッピッピッというリズミカルな音が聴こえてきた。なんだか身体が重い感じがしたのと同時にいつもの肌ざわりや感触とは違う気がした。どこか別の空間にいるような気がするけど、なかなか目を開けることができない。部屋の匂いも全く違うことは明らかにわかった。そう思った瞬間に目を開けると知らないところにいた。そして「祐樹、意識が戻ったのね!」と聴いたことのある女性の声が部屋中に響き渡った。声が聴こえたほうを見ると俺の母親が立っていた。身体中に何か装置が取り付けられていて隣には心電図モニターが設置されていた。俺は「母さん、どうしてこんなところにいるの?」と聞いてみると、母親は「あんたは前峰谷で莉奈ちゃんを助けようとして滝壺へ転落したのよ。その時に頭を強く打ったみたいでずっと昏睡状態だったの」と言った。前峰谷は2年程前にはじめて莉奈を沢登りに連れていって以来、行ってないはずだ。状況がいまいち飲み込めなかったがどこかの病院に入院しているということだけは明確だった。すぐさま俺は「母さん、今日は何年の何月何日?」と聞いてみた。すると母親は「2020年9月10日の木曜日よ」と答えた。昨日は莉奈とラーメン屋に行って早めに寝たはず。昨日は9月9日だったのでタイムリープをしたわけではなさそうだが、俺の記憶と世界の出来事がまるで違っている。俺は「母さん、俺はいつ滝壺へ転落したの?」と聞くと母親は「2年前の7月21日よ。それより意識が戻ってよかったわ。すぐに先生呼んでくるからね!」といって病室から出ていった。俺はこれと似た感覚を過去に一度体験している。それは2018年9月3日を二度体験したあと、高校生時代に恋していた片桐杏奈と結婚するという異世界に迷い込んだ時だ。しかし今回は2020年9月10日は俺にとってはじめての未来だ。いろいろ確認したいことがあるが、昨晩と状況が一変していてスマホも持っていない。
それから5分ほどして担当医師と思われる40代くらいの男性が看護師とともにやってきた。担当医師の名前は長瀬智則、担当看護師は早川佐奈という女性だった。
長瀬智則「祐樹君、意識が戻って本当によかったよ。君は2年以上昏睡状態だったんだけど覚えてることある?」
水嶋祐樹「いや、ちょっと昏睡前くらいの記憶はありません」
長瀬智則「そっか。でも検査の結果、体の異常は見つかってないから安心していいよ」
水嶋祐樹「それより、体中が気持ち悪いので、この装置はもう外してもらえますか?」
長瀬智則「そこまで意識がハッキリしているならもう大丈夫だね。早川、後で外してあげて」
早川佐奈「先生、わかりました。点滴ももう終わっているので一緒に外しておきます」
長瀬智則「ずっと昏睡状態だったから自由に体を動かせないと思うけど、リハビリすれば回復するからね!」
水嶋祐樹「先生、俺、体動かせますよ」
俺が手足を動かすと長瀬智則と早川佐奈が驚愕していた。ただ、いつもより体が重く感じるのは筋力が低下しているからに違いない。それより次に心配になってきたのは”莉奈はどうなったか?”である。2年前の7月21日といえば、まだ莉奈に告白もしていない時期だ。そう考えてみると、俺と莉奈はまだ結婚していないことになっているはず。長瀬智則が「では、しばらく様子を見させていただいてから退院ということになります」と言って病室から出て行った。そして早川佐奈が俺の体に取り付けられている装置を外して、少し湿らせたタオルで体を拭いた後「それでは失礼します」と言って病室から出て行った。そして、俺は「母さん、莉奈は?莉奈は何してるの?」と聞いてみると母親は「莉奈ちゃんは毎日のようにお見舞いにきてくれているわ。あんたの意識が戻ったことを電話で伝えておくから、莉奈ちゃんが来たらお礼言うのよ」と答えた。俺は「わかったよ。母さん、もう大丈夫だから帰っていいよ」と言うと母親は「そうね、そろそろ時間だから帰るわ。大人しくしておくのよ!」と言って病室から出て行った。俺的にはもう母親に聞くことはなかったのと、早くこの状況を把握したかったので一人にしてほしかったのだ。
まず、今はスマホもなければパソコンもないので何も調べられない。それに昨日の大参事があったこと、昨晩のラーメンの味は記憶に残っている。そしてタイムリープしたわけではないことも明らかだ。しかし昨日と今日では状況が一変し過ぎていて頭が混乱しそうだ。2年前の7月21日の土曜日に前峰谷へ沢登りに行ったことは間違いない。あの日はずっと莉奈のほうをチラチラみていて心の中では今にも告白しそうな勢いだったのでよく覚えている。ところがその後からの出来事が全く違っている世界だ。あの日は特に世界線が分岐するような出来事はなかったはずだが、どういうわけか俺が滝壺へ落ちたという結果になっている。この結果までのプロセスを聞ける人物は誰かを考えてみると莉奈ではなく西浦真美しかいないだろう。あれこれ考えても俺の記憶と世界の出来事に齟齬があるので現状を理解できないのは当然のことだろう。そもそも今は何時だろう?と時計を探していると右側の棚の上にアナログ時計が置かれていた。時刻は14時36分だが、昨晩眠りについた時間は23時頃だったと思うので13時間ほど寝ていたことになる。とにかく、西浦真美に連絡する方法を考えなければならない。しばらくすると病室のドアからノックする音が聴こえた。俺は「はい」と少し大きな声で言うと、病室のドアが開いて一人の女性が入ってきた。その女性を見た瞬間、俺は驚愕してしまった。なんと女優の新垣優こと黒岩優であったのだ。
水嶋祐樹「黒岩さんがどうして?」
黒岩優「水嶋さんはわたしにとって命の恩人ですから!」
水嶋祐樹「命の恩人?」
黒岩優「2年前の8月9日は黒ヶ岳に登ってはいけないと忠告してくださったじゃないですか?」
水嶋祐樹「ちょっとその前後の記憶がまだハッキリしないんだけど、俺はいつ忠告したの?」
黒岩優「日時までは覚えていないですが、7月の中旬頃だったと思います。わたしのSNSアカウントにDMしてくださいました」
俺は難しい表情をしながら考えていた。そもそも黒岩優と出会ったのは2年前の8月9日のことだから俺が滝壺へ転落した7月21日の後になる。未来からのメールが届いて8月の出来事が書かれていたのはその次の日である22日だったことはよく覚えている。つまり7月中旬地点で俺は新垣優こと黒岩優の存在すら知らなかったはず。それが8月9日に黒ヶ岳で行くことをその時点で知っていたことになるが、未来からメールで知らされていたことになっているのだろうか。その他に未来の様子が見えるとすれば予知夢共有現象だが、その能力だと1日後の未来しか見れないはず。しかも、その能力が現れたのは7月21日より先だった。
その後、黒岩優と15分ほど話をしていろいろ聞き出すことができた。2年前の7月中旬頃、俺は黒岩優のSNSアカウントにDMを送って、8月9日に黒ヶ岳に登ってはいけないと忠告したという。そのDMを見た黒岩優は”どうして水嶋という人は8月9日に黒ヶ岳に登る予定だと知っているのか?”を不思議に思いつつ、すぐ担当マネージャーの上条さんに電話して、そのことを誰かに話したか聞いてみた。ところが上条さんも「そのことは誰にも話していません」と答えたそうだ。その後、黒岩優は少し悩んでいたがDMに返事をして”どうして知っているのか?”を聞いてみた。すると水嶋祐樹からDMが送られてきたのだが、一行目には”詳しいことは電話でお話します!”、2行目には電話番号が書かれていた。電話をかけて聞いてみるべきかどうか考えていたが、気になって仕方がないので電話をかけてみた。そして黒岩優は水嶋祐樹から話を聞いてみると、8月9日の待ち合わせの日時や担当マネージャーの上条さんの存在、その日は山岳ガイドは同行しないことを知っており、稜線に出る時間帯に天気が崩れて滑落事故を起こしてしまうとのことだった。黒岩優は「水嶋さんは、どうしてわたしの未来での出来事を知っているのですか?」と聞いてみると、水嶋祐樹は「信じられないかもしれないけど、俺は未来のことを知っているから」とだけ答えたという。それからというもの黒岩優と山の話で盛り上がって、7月16日(月)の祝日に日本一の夜景スポットといわれている場所へ莉奈と三人で行ったらしい。
長く話を聞いていたせいかあっという間に面会時間が終わり、黒岩優は最後に「水嶋さんは運命の人だと思っています」と言って病室から出て行った。黒岩優が話した出来事と俺の記憶が一致しないのはいうまでもない。SNSでDMを送ったこともだが、7月中旬地点で、どうして俺は行ってもいない黒ヶ岳の天気を知っていて黒岩優が滑落事故を起こすのか知っていたのだろうか。タイムリープは過去には飛べるが未来には飛べない。そもそも未来にタイムリープをしたとしてもこの世界での俺は8月9日時点で昏睡状態のはずだ。この世界の一変も謎だが、黒岩優の存在も謎の一つとなってしまった。
それからしばらくすると再び病室のドアからノックする音が聴こえた。俺は「はい」と少し大きな声で言うと、病室のドアが開いた。そこに現れたのは黒いキャップをかぶってメガネとマスクをかけたロングヘアーの女性でかなり汗だくになっていた。この女性はどこかで見たことあるような気がしてたが「あなたは誰ですか?」と聞いてみると「水嶋君、わたしよ」と答えた。その女性はキャップやメガネ、マスクを外すと「これでもわたしのこと覚えてない?」と言った。その女性はまさに西浦真美そのものだった。俺は「こんな時間にどうして西浦さんがここに来たの?」と聞いてみると西浦真美は「信じられないかもしれないけど、もう一人のわたしが現れたのよ」と答えた。まさか分裂現象を起こしたのかと思ったが、今の西浦真美はそれを自由自在に出来るはずなので、この様子だとそういうわけでもないようだ。
西浦真美「今朝、わたしは宿泊したホテルから会社へ出勤しようとしたの。表の入口は昨日の事故があって入れないから裏口に向かったわ。ちょうど裏口のある道の角を曲がった時にもう一人のわたしを発見したの。よく似た人物かと思ったんだけど、服装もヘアスタイルもわたしそのものだったわ。そのもう一人のわたしは裏口からビルへ入って行ったんだけど、このわたしは焦ってすぐその場を離れたのよ。もしタイムリープをしていて過去のわたしと遭遇してしまったら、深刻なタイムパラドックスが起こってしまうでしょ?それに他の人に見つかってしまってもまずいと思って近くのネットカフェに身を潜めていたわ。そこで今日は何月何日かをネットカフェの店員さんに聞いてみると2020年9月10日の木曜日だって答えてもらったからタイムリープしたわけではないんだと思ったの。やはり人違いかと思ってネットカフェから会社に電話して確認してみると、もう一人のわたしが通話に出たのよ。何も話さずそのまま電話を切ったんだけど、この世界にはもう一人のわたしがいるということは間違いないことが明らかになったわ。でも、どうすればいいのかわからなくなって、とにかく水嶋君に相談しようって思ったの。そしてもう一度会社に電話して水嶋君を呼ぼうとしたら、日根野部長が通話に出てきて2年ほど前に山岳事故を起こして以来ずっと入院中だって言われたのよ。それを聞いたわたしはさすがに驚愕してしまってそのまま電話を切ってしまったの。わけがわからない状況になってわたしはパニックになっていたのね。なんとか心が落ち着いた時に、さっきの電話で日根野部長から水嶋君がどこの病院に入院しているか聞いておくべきだったと後悔したわ。そのまま途方に暮れていてパソコンの時計を見るとお昼休みの時間になっていたの。わたしはネットカフェを出て、近くのコンビニでこのキャップとマスク、このメガネを購入したわ。いわゆる変装道具ね。そして、ビルの裏口近くでずっと待機していたら、ちょうど昼食を終えた小松さんが戻ってくるのが見えたの。わたしは大きな声で「小松さん!」と叫ぶと立ち止まってくれたわ。そして小松さんから水嶋君の入院先の病院名を教えてもらったんだけど、場所まではわからないとのことだったの。スマホで調べればすぐにわかると思ったんだけど、昨日寝る前にSIMカードを逆にしていたことに気づいたわ。でも、もう一人のわたしがいるということは同じ番号のスマホを持っているはずだと気づいたの。信じられないかもしれないけど、わたしの記憶の中では水嶋君は昨日、会社の休憩室でわたしと話をしているのよ。何かの間違いでタイムリープしてしまったら、混線する可能性があるって言ってくれたの。でも、そんなわたしの記憶とちがって水嶋君はずっと昏睡状態のままで入院しているということになっていてわけがわからないわ。この病院の場所は駅員さんに聞いたらすぐ教えてもらったんだけど、随分遠かったから今の時間になったの。看護師さんから意識が戻ったと聞いて安心したけど、水嶋君はこんなわたしの話なんて信じられないよね?」
西浦真美の話を聞いて涙がこぼれそうになった。やっと俺の記憶と一致する人物が現れたのだ。もう一人の西浦真美がいるということは、ここは別の世界線ということになる。そして、この世界の俺は昏睡状態のままだったので意識がなかったところに、別の世界線の意識が入って昏睡状態から目覚めたということになる。
水嶋祐樹「西浦さん、俺は信じるよ。というより、俺も昨日は会社に出勤したという記憶があるんだよ」
西浦真美「そうなの!?本当に!?」
水嶋祐樹「うん。だから昏睡状態から目覚めた時には動揺してわけがわからなかったよ」
西浦真美「水嶋君は一体何が起こっているのかわかる?」
水嶋祐樹「その前に記憶のすり合わせしたいんだけど、昨日の大参事になった事故のことは覚えてる?」
西浦真美「もちろん覚えているわ。昨日は何度も頭の中であの映像が流れていたのよ」
水嶋祐樹「俺も同じくあの光景が頭から離れなかった。もう一つ聞くけど、西浦さんのワールドラインナンバーは?」
西浦真美「小数点まで覚えてないけど、昨日休憩室で水嶋君と確認したとき整数値は17だったわ」
水嶋祐樹「それも俺と同じで安心したよ。俺の記憶だと17.28だったはずだからね」
西浦真美「わたしも安心したわ。それで水嶋君は一体何が起こったと予想しているの?」
水嶋祐樹「西浦さん、スマホは今持っているよね?」
西浦真美「SIMカードは逆になっているけど持っているわ」
水嶋祐樹「じゃあ、この病院にもおそらく無線LANがあると思うからWifi接続してみて!」
西浦真美「わかったわ」
この病院には無料Wifiがあったが、パスワードがわからなかった。西浦真美は一旦病室を出て看護師さんにパスワードを聞きに行った。それからすぐに病室に戻ってくると「Wifi接続できたわ!」と言った。
水嶋祐樹「ワールドラインナンバーアプリを起動してもらえる?」
西浦真美「昨日入れたアプリね。すぐ起動するわ!」
西浦真美はワールドラインナンバーアプリを起動すると「何これ!?」と大きな声で叫んだ。
水嶋祐樹「画面を見せてもらっていい?」
西浦真美「これ壊れていないわよね?数値が15.39って表示されているんだけど、これって世界線を移動したってことよね?」
水嶋祐樹「やっぱり俺たちは世界線移動していたんだ」
西浦真美「それにしても水嶋君とわたしだけが移動したのかしら?」
水嶋祐樹「まだ会っていないからわからないけど、莉奈は移動していないと思う。もししていたら西浦さんと同じく慌ててこの病院に来るはずだからね」
西浦真美「たしかに・・・でもこうなったら元の17の世界線に戻る方法を考えないといけないわね」
水嶋祐樹「それが今回は難しいかもしれないんだよ」
西浦真美「たしか以前、別の藤堂君がいる11の世界線から戻れたじゃない。同じ方法で戻るのはダメなの?」
水嶋祐樹「そうだけど、今回の世界線移動した原因がわからない以上、何度も同じことを繰り返してしまう可能性があるんだよ」
西浦真美「つまり昨日9月9日の17の世界線に戻れたとしても、またこの世界線に戻ってきてしまうってこと?」
水嶋祐樹「そういうことだし、タイムリープしてもこの世界線の過去へ飛ぶだけだから意味がない」
西浦真美「それは困ったわね。わたし、元の世界線に戻るまで家にも帰れない。2日間くらいならホテルに行けるけど、手持ちのお金もそんなに持ってないのよ」
水嶋祐樹「それまで、俺の家で寝泊りすればいいよ。ちょうど妹の部屋が空いててベッドもまだあると思う。俺のほうから母さんにはうまく説明しておくから!」
西浦真美「それでいいならお願いするけど、ずっと水嶋君の自宅にいると不審がられない?」
水嶋祐樹「大丈夫だよ。母さんはパートで働きに出てるから昼間は誰も家にはいない。それと俺の部屋のパソコンの電源を入れておいてほしい」
西浦真美「水嶋君の部屋ってわかるかしら?」
水嶋祐樹「二階の妹の部屋の向かい側だからすぐにわかるよ」
西浦真美「わかったわ。それにしても早く元の世界線に戻らないと水嶋君も困るわよね?」
水嶋祐樹「困るけど、焦った行動は大きなミスに繋がるかもしれないから、ここは慎重に考えてみるよ」
西浦真美「大きなミスをするとどういうことが起こるの?」
水嶋祐樹「元の世界線に戻れなくなるか、俺たちの存在そのものが消えてしまうか・・・それに無理矢理タイムリープすると意図しない時代に飛んでしまって肉体がなくなってしまうか」
西浦真美「恐ろしいこと言わないでよ!」
水嶋祐樹「とにかくこの世界線での行動で一番気を付けないといけないのは、この世界線の自分とばったり会ってしまわないことだよ」
西浦真美「それはわかっているわ。それより、この世界線のわたしは水嶋君のお見舞いに来たりしないかしら?」
水嶋祐樹「それはわからないけど、週末は来るかもしれないから、ここに来るときはさっきの変装をしたほうがいいね」
西浦真美「そうね。変装していないわたしが来たら別人だと思ってくれればいいわ」
水嶋祐樹「あーーーそうだ、明日ここに来るときに俺のスマホを持ってきてほしい。そのことも母さんに伝えておくから。面会時間は今日と同じでいいと思う」
西浦真美「平日の昼間だとこの世界のわたしは仕事しているからってことね。スマホも了解よ。そろそろ面会時間が終わるから行くわね」
そう言うと西浦真美は病室から出て行った。それにしても唯一運が良かったことは、西浦真美のスマホにワールドラインナンバーアプリを入れていたということだ。あのアプリを手に入れたのは昏睡状態になるもっと先の未来だったので、この世界線の俺のスマホには入っていないはず。それにしても15.39という世界線数値を見て動揺しなかったのは、これまでさんざんおかしなことが起こっていたので慣れているのだろう。西浦真美が冷静な判断と行動したのもそういうことかもしれない。そうでなければ、パニックになって精神異常者として扱われるに違いない。
さて、西浦真美が言ったように早く元の世界線に戻らないといけないことはわかっている。このままの状態だとこの15という世界線の俺の意識と17という今の俺の意識が混在してしまうと何が起こるかわからない。そんなことになると深刻なタイムパラドックスを起こしているようなものになると思う。しかし、今回の世界線移動の原因が全くわからない限りは下手なことはできない。その時、ふと11の世界線から再び俺の部屋に訪れた藤堂晃の言葉を思い出した。それは『結果には必ず原因があるはずなんです。全ての結果は原因が作り出しているわけです』という言葉だ。今回の世界線移動が結果であれば、それを作り出した原因が存在するはず。それも俺と西浦真美に共通した原因であることがわかる。ただ共通した原因が何であるのかといえば、特殊能力の持ち主であるとか、同じ会社であるとかしか思いつかない。考えても答えがでなくて、だんだん精神的に疲れてきたので一旦頭を休めることにした。
それから俺はさっと起き上がって病室を出た。ナースセンターにいる看護師さんに緊急だからといって電話を一本かけさせてもらった。もちろん母親に電話をして西浦真美をしばらく妹の部屋に寝泊りさせてほしいことと俺のスマホを渡してほしいと伝えた。それを聞いた母親は不思議そうな口調で話していたが、ストーカー被害にあっているからということにして承諾させた。
その後、1時間ほどぼーっとしながらベッドで寝転がっていると時計の針は18時を過ぎていた。この病院の面会時間は14時から19時なのでもう誰も来ないだろうと思っていると、病室のドアからノックする音が聴こえた。俺は「はい」と言うとドアが開いて莉奈が入ってきた。莉奈は涙を流しながら「水嶋さん、意識が戻って本当に良かったです!」と言って病室に入ってきた。この口調からしてこの世界線では莉奈と俺は結ばれていないとハッキリわかった。
水嶋祐樹「莉奈・・・ちゃん。俺はもう大丈夫だから泣かなくていいよ」
笹原莉奈「わたしのせいで・・・水嶋さんをこんな目に合わせてしまって本当にごめんなさい」
水嶋祐樹「謝らなくてもいいよ。それより、まだ結婚はしていないの?」
笹原莉奈「結婚なんてしていませんよ!それにわたしは・・・あの、す、好きな人がいますし・・・」
水嶋祐樹「好きな人がいるんだ・・・どんな人?」
笹原莉奈「あのですね・・・水嶋さんって結構そういうこと鈍感ですね。わたしの気持ち、わかりません?」
俺はこの世界線での出来事についての一環として質問したのだが、まさかこの世界の莉奈が俺に好意を持っているとは予想していなかった。ここで俺は莉奈の気持ちにどう答えるべきなのか検討がつかない。その答えを知っているのは、この世界線の本来の俺だけであろう。適当にごまかすこともできないので本当のことを話すしかないと思った。
水嶋祐樹「莉奈、、、ちゃん、質問を質問で返して悪いんだけど、不思議な現象が起こったりしていない?」
笹原莉奈「それって特殊能力のことですよね!?もちろん不思議な現象を体験していますよ」
水嶋祐樹「特殊能力って誰から聞いたの?」
笹原莉奈「水嶋さんと同じ会社にいる西浦さんです。夢中会議室で説明してもらいました」
水嶋祐樹「それなら話は早い。莉奈ちゃんには残念なことかもしれないけど、俺は別の世界線から来た水嶋祐樹なんだ」
笹原莉奈「別の世界線から来たってどういうことですか?」
俺は今回起こった世界線移動のことを詳しく莉奈に説明していった。そんな俺の話を聞いていた莉奈は再び涙を浮かべていた。特殊能力を使えるからこそ信じられる話だから俺は説明したのだ。
笹原莉奈「じゃあ、今の水嶋さんの意識と本来この世界にいた水嶋さんの意識とは別だということですね?」
水嶋祐樹「残念ながらそうなんだよ。記憶も全く違う」
笹原莉奈「えっと、17という世界線の意識が・・・って難しいですね。つまり、世界線移動していなければ、この世界の水嶋さんはまだ昏睡状態のままということになるのですか?」
水嶋祐樹「そうだね。ただ、あと数日でこの世界線の俺は目覚めるような気がする。それは感覚でわかるんだけど、それまでに俺は元の世界線に戻らないといけない。だから莉奈ちゃんの気持ちに今は答えられない」
笹原莉奈「わかりました。それにしても特殊能力というのも大変なことが起こるのですね・・・えっと、今の水嶋さんがいた世界線にわたしはいますか?」
水嶋祐樹「もちろん存在しているよ。こっちの莉奈ちゃんも自分の子どもは欲しくないって思っているかな?」
笹原莉奈「どうしてそんなこと知っているのですか?わたし、そのことは誰にも話してないと思うんですが・・・」
水嶋祐樹「これでハッキリしたでしょ?そんなことをこの世界線の俺は知らないはずだからね」
笹原莉奈「あの・・・もしかしてなんですが、17の世界線では水嶋さんとわたしって結ばれているのですか?」
水嶋祐樹「そうだよ。ちなみに莉奈ちゃんのお父さんとお母さんの年の差は5つ。お母さんはよく喋る人でお父さんは無口だったけどそれはどう?」
笹原莉奈「驚きました!!正直、水嶋さんの話してくれたことってにわかには信じられなかったんですが、これでハッキリしました」
水嶋祐樹「信じてもらえてよかったよ。それより、この世界線の俺は2年前の7月21日に前峰谷で莉奈を助けたことによって滝壺へ落ちて頭を打ったんだよね?」
笹原莉奈「そうです。あれはわたしがブルーの滝の上をトラバースしていた時に足を滑らせて転倒した瞬間、タイミングよく水嶋さんが手を掴んでくれて引っ張ってくれたと同時にその反動で水嶋さんが滝壺へ落下してしまったのです」
水嶋祐樹「タイミングよく!?そんなところをトラバースするときって通常は一人ずつなはずなんだけどね?」
笹原莉奈「今にして思えば、まるでわたしが足を滑らすことをあらかじめ知っていたかのようにタイミングが良かったような気がします。それにあの日の水嶋さんって入渓する時から何かを警戒しているかのように険しい表情をしていました」
水嶋祐樹「あらかじめ知っていた!?どうしてそんな気がしたの?」
笹原莉奈「一瞬のことでしたので勘違いかもしれませんが、わたしが足を滑らせる直前、咄嗟に水嶋さんは手を握ってきて引っ張ったよう気がします」
水嶋祐樹「まあ、バランスを崩しそうになったのを見ての行動かもしれないから、それはもう考えないほうがいいよ。それに山岳事故なんてのはこの世界の俺だって覚悟してやってることだから、莉奈ちゃんは自分を責めなくていいよ」
笹原莉奈「それはいっしー(石岡秀之)さんや村瀬君にも言われたので頭ではわかってはいますが、どうしてもわたしは責任を感じてしまっています」
水嶋祐樹「この世界の俺の命があっただけでもラッキーだと思っておいたほうがいいよ。どうせこれに懲りずにまた登山や沢登りに行くと思うから」
笹原莉奈「あははは、それもそうですね」
その後、莉奈は17の世界線のことをやたら質問してきたが、俺はあまり別の世界線での出来事は知らないほうがいいと思ったので詳しく答えなかった。19時になると面会時間終了の院内放送が流れたので莉奈は病室を出て行った。
莉奈の話を聞いた俺はまた考えさせられた。特に気になったのは、莉奈が言った「あらかじめ知っていたかのようにタイミングが良かった」という部分だ。しかも入渓する時から何かを警戒しているかのようだった点についてもだ。それらのことから一つの仮説が立てられる。この世界線の俺は2年前の7月21日にタイムリープをしていたということだ。そうなると滝壺に転落したのは莉奈だったのかもしれない。何度もタイムリープをした結果、莉奈を助けるためにこの世界の俺は最終的に自分を犠牲にしたのだ。これは莉奈の勘違いなどではなく、どの地点で足を滑らせてしまうのかの位置まで知っていたのだ。この程度ことであれば世界線は大きく変動することもないだろうし、もしこの世界線でも2033年の未来の俺からメールが送られてきているのであればこの世界線の俺は死ぬようなことはないはずだと見込んでのことだろう。とにかく今はこの仮説を確証させることはできないので、これ以上は考えてもわからない。それにしても今日はいろいろあって頭がぼーっとしてきた。俺はそのまま目を閉じて眠りについた。はたして俺達はこの15.39の世界から元の世界に戻れるのだろうか!?