第6話 大人の余裕
遠くでは小川のせせらぎと鳥の声が響き、木漏れ日が苔を淡く照らしている。この静けさに心が癒される気がした。
涼しく澄んだ空気と、湿った土の香りが鼻をくすぐった。
遠くでは小川のせせらぎと鳥の声が響き、木漏れ日が苔を淡く照らしている。
その風景は、何でもないこの場所が神秘的な空間に感じられるほどだった。
「涼しい……」
俺は身支度を整えると、小道を進み、近くの森まで来ていた。
と言っても、別にモンスターを倒しに来たわけじゃない。
昨日の戦いで自分の無力さは痛いほど分かったからな。
まぁ、戦いですらなかったけど。
森に来ている理由は、
「あっ、これ……」
俺は地面にしゃがみ込むと、目の前に生えた花を見つめた。
花は白く、中心部にはほんのりクリーム色が混ざっている。
小さな花が傘のように密集して咲き、丈は20センチほど。
葉はノコギリの刃のようにギザギザしている。
これは、たぶん”ガームショール”。
オラトリアムオンラインにも薬草として登場する。
そう、俺がこの森に来た理由は”薬草採取”。
この世界でゲームでの戦闘の経験を生かすことは難しいが、”知識”を生かすことは出来る。
オラトリアムオンライン内に存在する薬草、そして、その薬草を使った調合のレシピは全て頭の中に入っている。
ただ薬草を売るだけでは大したカネにはならないだろうが、調合して薬にすればそれ相応の値段で売れるかもしれない。
まぁ、今は調合できる場所がないから無理だけど。
俺は茎の根元をナイフを使って慎重に切り取ると、ポーチの中へと入れた。
荷物を整理してきたからポーチの中にはかなり余裕がある。
この調子でポーチが一杯になるまで頑張ろう。
周囲にはいくつかの切り株があり、小屋の隣には丸太が屋根の高さまで積まている。
切り株の一つには、大きな斧が刺さっているのが見える。
小屋に近寄り僅かに開いた窓から中を見ると、そこには大量の薪が詰められていた。
中に人が生活するようなスペースは無い。
どうやらここでは丸太を切り出して薪を割り、それを貯蔵しておく倉庫らしい。
森の奥へと続く細い道を歩いていると、視界の隅に古びた小屋の姿が突然現れた。
小屋は苔むした木材で作られており、屋根には落ち葉が積もっていて、長い年月の流れを物語っている。
「なんだ?あれ……」
近づくにつれ、木を切り出したときに漂うかすかな木の匂いが鼻をかすめた。
周囲にはいくつかの切り株が点在し、小屋の隣には屋根の高さに達するほどの丸太の山が積み上げられている。
その中の一つの切り株には、斧が深々と突き刺さっているのが見えた。
さらに小屋に近寄り、僅かに開いた窓から中をのぞき込むと、びっしりと詰められた薪が目に入った。
どうやらこの小屋は、丸太を切り出し薪を割って貯蔵するための倉庫らしく、人が住むようなスペースは見当たらなかった。
あの斧とか武器になりそうだな。
貰っておこうかな……って駄目に決まってるだろ。
普通に犯罪だ。
この世界はゲームとは違うってことを、きちんと頭に入れておかないと。
俺は近くの切り株に腰を下ろすとポーチの中を開いた。
結構探し回ったけどゲームみたいには見つけらないもんだな。
草木が生い茂っていて視界も悪いし、自由に歩き回ることも出来ない。
この調子でいくと、ポーチが一杯になる頃には日が暮れてそうだ。
まだこの世界の時間感覚がはっきりしてないから、慎重に空の様子を見て時間を把握しておかないと。
ただでさえ知らない森を散策なんて危ないのに、暗くなったら確実に迷子になる。
早いうちに集めるだけ集め―――
「おい、誰だ!」
立ち上がろうとした時、後ろから突然誰かに話しかけられた。
俺が驚いて後ろを振り向くと、そこに居たのはさっきフルーラさんの店ですれ違った少年だった。
彼は弓を俺に向けて構えながら、鋭い目つきで睨んできている。
「ちょ、ちょっと待って。俺だよ、俺。さっき店でもすれ違った」
「なんだ、お前か……」
俺が慌ててフードを脱ぐと、彼は構えていた弓を下した。
アニメや漫画では矢じりや銃口を向けられるシーンがよくあるけれど、実際に向けられたらとんでもなく怖い。
あの尖った矢じりが突き刺さったら、ケガどころじゃ済まないだろう。
幸い、この子が俺の顔を覚えていたおかげで事なきを得たけど、もし覚えていなかったらどうなっていたか……
考えるだけで背筋が寒くなる。
「こんな所でなにしてるんだ?」
「ちょっと薬草採取を」
「本当か?密猟じゃないだろうな」
「密猟?」
「ああ、許可なしでの狩猟は犯罪行為だ。まさかお前……」
少年は疑いの目を向けると、再び弓を構え始めた。
「いやいや、してないって。ほらっ、狩りに使うような武器なんて持ってないだろ?」
「ん?確かに……」
「だ、だろ?」
まじでコイツ、そんな簡単に弓を構えるなよ、心臓に悪い。
異世界ではこれが普通なのか?
「君の方こそ何をしにここへ?」
「俺は狩りだ」
「え、でも許可のない狩猟は禁止って……」
「まぁ、許可を貰ってるってことだな」
「なにそれ?」
「冒険者ギルドの依頼書だ!驚いたか?」
「ん、んん……まぁ……」
「それってすごいものなのか?」
「当たり前だろ。冒険者はなろうと思ってなれるもんじゃないからな。そんなことも知らないのかよ」
「じゃ、じゃあ、俺が冒険者ギルドに行って冒険者にならせてください、って言ってもなれないってこと?」
「当たり前だろ。お前みたいな雑魚なれるかよ」
「…そっか」
なんか、昔アンチコメと戦ってた頃を思い出すな。
まぁただ、日々大量のアンチコメを見てきた俺からすれば、このくらい慣れっこなんだけど。
「俺みたいに強くなってから行くんだな。まぁ、お前じゃ一生かかっても無理そうだけどな」
「……」
マジで慣れっこ。
「じゃ、雑魚は雑魚で頑張れよ。ただ俺の方には来るなよ、狩りの邪魔だからな」
そう言うと、クソガキは森の奥へと歩き出した。
「……」
フルーラさんのいう通り、閃光球は持っておいた方がよかったな。
もし持ってたらアイツの眼球目掛けて投げてやったのに……。
俺はアイツの背中をじっと睨み、一呼吸置いてからゆっくりとフードを被った。
まぁ、いい。
あんなガキに煽られてイラつくほど、俺も子供じゃない。
構っているだけ時間の無駄だ。
そう考えながら、俺は振り向いてアイツとは逆の方向へと歩き出した。
その時、
「ガサガサ」
「ん?」
隣の草むらから、草をかき分ける音が静かに響いた。
俺は即座に昨日の出来事を思い出し、足を止めると、音の正体に警戒を向けた。
ふと少年の方に目を向けると、アイツも音の方を警戒していた。
「……ガサガサ」
「えっ」
しかし、予想とは裏腹にそこから出てきたのは、小柄でしなやかな体つきに赤褐色の毛、そしてつぶらな瞳が特徴的な”ノロジカ”だった。
ノロジカはベルクと同じように広範囲に生息しているモンスターで、交尾期や巣を守ろうとする場合以外で敵対することはほとんど無い。
ただベルクと大きく違うところは、例え敵対状態になったとしても危険性は低いということだ。
レベルは5~7。
初心者でも難なく狩れるレベルだ。
それにベルクと違って見た目も全く怖くない。
実際、草を食べている様子がやけにのどかだ。
俺は何だか拍子抜けし、必要以上に警戒していた自分に思わず苦笑いしながら警戒を解いた。
そして、同じく警戒していた少年を笑ってやろうかと目を向けると、
「ん?な、なに……」
少年は口を必死に動かしながら、声を出さずに何かを伝えようとしている。
その目は緊張感で鋭く光り、指先で言葉を補うように焦った動きでノロジカを指し示している
う…ご…く…な……?
疑問を抱きながらも、俺はとりあえず頷いた。
すると、少年は静かに弓に矢をつがえ、そのままノロジカに向けて慎重に弦を引き絞った。
なんだよ、狩りたいだけだったのか。
あんなに必死に伝えようとするから、こっちまで焦ったじゃないか。
少年は弓を握る手をさらに強くし、狙いを定める。
その瞳には真剣な光が宿り、呼吸を整えるように一瞬動きが止まった。
そして―――
「バシュッ!」
鋭い音を立てて放た矢は、
ノロジカの”隣”の太い幹に思いっきりぶっ刺さった―――。
「……」
「……」
矢の刺さった大きな音が森に響き渡ると、さっきまで賑やかだった鳥の鳴き声が嘘のように消え去った。
ノロジカは既に草むらの向こうへ消え去り、残ったのは気まずそうに弓を握る少年と、黙って彼を見つめる俺だけ。
そして、そんな二人の間には、妙な静寂が訪れた。
「……」
「……」
そのあまりの沈黙の長さに、どこかで小枝が落ちる「ポトッ」という音がやけに大きく響いた。
「……フッ」




