第4話 中の下、もしくは下の上
異世界って、もっと色とりどりで美味しそうな料理が出てくるんじゃないのか?
このスープとか飲み物は本当に大丈夫なんだよな。
「い、いただきます」
俺はまず一番安全そうなチーズから手にした。
持ってみた感じも普通の硬めのチーズだな。
俺は特に警戒もせずに素直に口へ運んだ。
「ん……!?」
口に入れると、まず感じるのは酸味。
そして、その後に塩味がきて最後にほのかにチーズの香りが鼻を抜けた。
とてもじゃないけど、美味しいとは言えないな。
ただ食べられないほどじゃない。
俺は次に見た目が安全そうなパンを手に取った。
パンは普段見てきたものより表面も断面も茶色味が強く、ずっしりと重い。
よく断面を見ると、何かの小さな殻のようなものが混ざっているのが見える。
まぁ、いってもパンだしな。
まずいってことは無いだろう。
俺はついさっきの経験から何も学ばずに、何の警戒も無く口へ運んだ。
「ん……!?」
か、硬った。
パンは冷め切っていて前歯が折れてしまいそうなほど硬く、奥歯を使ってやっとの思いで噛みちぎると、穀物の香りと同時に酸味を感じた。
一口かじるたびに噛み締める音が耳元で響く。
これ、本当に腐ってないんだよな。
なんか、全部酸っぱいんだけど
「あら、黒パンを食べるのは初めてかい?」
「えっ、あ、はい」
黒パン?
今食べてるパンのことだよな。
「黒パンは硬いからスープに浸して食べるんだよ」
「スープって…これですよね?」
俺はそう言いながら、薄黄色いドロドロとしたスープを指さした。
「そうそう」
「……」
申し訳ないけど、出来れば食べたくない。
なんか、この薄っすらと黄色い感じが………腐ってそう。
本当に申し訳ないけど。
ただ、こうして作ってくれた本人が見ている手前、食べない訳にもいかない。
俺はパンの一部をしばらくスープに浸すと、それを恐る恐る口へ運んだ。
「ん!?ん……うん……」
冷め切っていたパンはスープのおかげで温かくなり、食感も確かに少しやわらかくなってマシにはなっている。
口に入れた瞬間は、反射的に息を止めてしまい味が分からなかったが、少しづつ鼻から息を吸うとやはり薄っすらと酸味がした。
ただ、この酸味はパンのものだろう。
スープ自体は……何の味もしない。
いや、実際味はしている。
野菜を煮た味が。
ただ塩味が皆無だ。
まぁ、不味くはない…か……。
この世界の食事は、味を楽しむものというよりかは腹を満たすためのものなのかもしれないな。
あまり食べ物に期待するのはやめておいた方がいいのかもしれない。
最後に残ったのはこの木製のコップに入った泡の浮いた黄色い液体。
明らかに飲んだらダメそうな見た目をしている。
しかも量が多い。
俺はコップを口元へ持ってくると、液体から目を逸らしながら、息を止め、ゆっくりとコップを傾けた。
口の中に冷たい液体が僅かに入ってきたのが分かる。
俺は慎重に鼻から息を吸った。
「うっ!?……う、うま…い?」
そして何度も舌を上顎につけて味を確かめた。
これは、おそらくリンゴを使った酒だろう。
フレッシュな酸味のなかに、ほんのりフルーティーな甘い味がする。
そして、それらがアルコールと共に口の中に広がり鼻から抜けていく。
「美味しいかい?」
「あ、はい」
「そうだろう、うちの自慢のリンゴ酒だからね」
「そ、そうなんですね……」
それを初めに言ってくれよ。
そしたら、こんなに怯えること無かったのに。
「よぉ」
カウンターで食事をしているとラフタスさんが声を掛け、隣に座ってきた。
「あ、お疲れ様です」
「ああ。エールを一杯。一番冷えてるのを」
「あいよ」
おばさんはラフタスさんから注文を受けると、カウンターの裏へと歩いて行った。
エールか。
異世界では定番の酒だよな。
どんな味がするんだろう。
ビールみたいな感じなのか?
「はい、キンキンに冷えたエールだよ」
そう言って、おばさんは大きなジョッキをラフタスさんの前に置いた。
ジョッキに入った液体は濁った琥珀色で、液面には細かな泡が浮いている。
「なんだ?お前も頼むか」
「あっ……いえ、大丈夫です」
確かに飲んでみたくはあるけど、もうお腹いっぱいだし、リンゴ酒も結構な量があったからあのジョッキ一杯分のエールを飲める気がしない。
「そうか。それでお前、これからどうするんだ?次の目的地でもきめたか?」
「あ、そのことについて聞きたいことがあったんですけど。この辺りで一番栄えてる都市ってどこですか?」
「……まぁ、”ステンホルム”だろうな」
ラフタスさんは少し考えると答えた。
いつも通り聞いたことのない名前……ん?
いや、聞いたことがある気がする。
ゲームの地名ではない。
なんだっけ……。
「”ステンホルム”……。そこってここから歩いてどのくらいですかね?」
「歩いてか。実際歩いたことが無いから予想でしかないが、三日くらいかかるかもな」
「三日!?」
そんなに歩いていられるか。
今日数時間歩いただけでこんなにボロボロなのに。
「もっと近くにあるところで栄えている街ってないですかね……?」
「ん~、無いな」
「そんな……」
「この辺りはここみたいな村ばっかりだからねぇ。ステンホルムくらい遠くに行かないと街なんて無いよ」
「そうなんですね……」
どうしよう。
でも、歩いていくしか無いよな。
死ぬまでここにいるわけにもいかないし。
「馬車に乗せていってあげたらいいじゃない」
「え?」
「ラフタスさんたちが行ってくれてる隣町ってステンホルムなのよ。今日もステンホルムから帰ってきたのんだよ」
ああ!そうだった。
おばさんが言ってたんだ。
”フルーラさんたちは今日ステンホルムから帰ってきたばっかりだから店は開かない”って。
地名が分からな過ぎて完全に聞き流してた。
「ああ、そうだな。もう一杯くれ」
「あいよ」
ラフタスさんはエールを飲み終えると、すぐに次のエールを頼んだ
「そうだな、フルーラさんに頼めば乗せていってくれると思うぞ。ただ……」
「ただ?」
「次にステンホルムに行くのは二週間後だが、大丈夫か?」
「に、二週間…ですか」
「ああ、それに馬車で行ったとしても出発してから二日はかかるぞ」
「そ、そうなんですか」
「色々と積み荷を運んでいくし、途中で馬も休ませないといけないからな」
「なるほど…」
じゃあ、歩いて行った方がいいのか?
二週間もここにいたって無いもすることないしな……。
「それでも乗せてもらった方がいいわよ、絶対」
そう言ったのは、カウンターの奥からエールを持ってきたおばさんだった。
おばさんは持ってきたエールをラフタスさんの前に置いて話し始めた。
「一人で歩いて行くなら迷っちゃうかもしれないし、野宿になるかもしれないからご飯だって持っていかないといけないでしょ。それにモンスターだって出るかもしれないし」
確かに。
おばさんの言っている通りだな。
歩いていくならそれ相応の準備をしないといけないし荷物だって増える。
モンスターのことも考えると歩いていくのは現実的では無いな。
宿代と飯代を考えても二週間滞在するくらいのお金ならあるし。
「まぁ、そうだな。大人しく二週間待って馬車に乗せていってもらった方がいいかもな」
「そうですね……。そうしたいと思います」
その二週間を使って、何かお金を稼ぐ方法でも考えよう。
街に行く前に一つくらい考えておいた方が安心だ。
「ああ。もうじきフルーラさんも来るだろうから、その時に言ってみるといい」
「分かりました。……それと、もう一つ聞いても良いですか?」
「ん?なんだ」
「この辺りの森って何か人を襲うようなモンスターって居たりします」
「居るには居るが、前にも言ったように人をわざわざ襲ってくるようなモンスターは居ないな」
「分かりました、ありがとうございます」
「おやおや、コウタさん。無事に宿には泊まれましたか?」
そう後ろから話しかけてきたのはフルーラさんだった。
「あっ、はい。おかげ様で……」
「それは良かったです。エールを一杯もらえるかい」
「あいよ」
フルーラさんはラフタスさんの横に座ると、さっそくエールを頼んだ。
「コウタさんは、もう夕食を済ませたんですか?」
「あ、はい」
「そうですか。エールはもう飲まれましたか?」
「あ、いえ。今はもうお腹一杯なので、また今度飲むかなと」
「”また今度”と言うと、しばらくバークに滞在されるんですか?」
「あ、はい。そのことでフルーラさんにお願いしたいことがあるんですが……」
「お願いしたいことですか?私にできることなら」
俺はフルーラさんに、ステンホルムに行こうと思っていること。
そして、フルーラさんたちがステンホルムへ行くときに一緒に乗せていってほしいということを伝えた。
「そういうことでしたら、もちろん大丈夫ですよ」
「本当ですか!ありがとうございます」
「この歳になると積み荷を降ろすのにも一苦労だからな。若い奴が一人いるのは俺もありがたい」
どうやらラフタスさんは俺に手伝ってもらう気満々らしい。
まぁ、一緒に乗せてくれるんだから喜んで手伝わせてもらうけど。
「そうですね、確かに今まで荷物の積み下ろしはラフタスに任せっきりでしたから。すみませんが、ステンホルムで荷物の積み下ろしを手伝ってもらっても良いですか?お金は大丈夫ですから」
「はい、もちろんです。むしろ、そんなことで大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ。ただ一緒に乗せていくだけですから。では、日が近くなったら、また詳しいお話をしますね」
「分かりました。本当にありがとうございます」
俺はそう言うと、席を立った。
今日は長いこと歩いて体が疲れただろうからもう休もう。
精神的には異世界に来た興奮で全然疲れてないけど、明日やりたいこともあるしな。
「あっ、これ……」
俺はポーチからお金の入った袋を取り出し、300ペルをおばさんに渡した。
「あいよ。もう寝るかい?」
「はい」
「そうかい。体を拭く用の布とお湯の入った桶を用意できるけどいるかい?」
布とお湯の入った桶?
もしかして、この世界ではそれが一般的なのか?
となると風呂にも入れないのか……?
考えただけで憂鬱になる。
「……あ、ください。いくらですか」
「100ペルだよ」
「あ、はい……どうぞ」
俺は再度ポーチからお金を取り出し、おばさんに渡した。
「じゃあ、ちょっと待っててね。今持ってくるから」
そう言うと、おばさんはカウンターの裏へと行き、しばらくするとお湯の入った桶に布を掛けて戻ってきた。
「あいよ、気を付けてね」
「はい……ん?」
桶を受け取ると、爽やかで清涼感のある香りがほのかに香ってきた。
「あら、気付いた?今朝摘み取ったばかりのミントだよ。いい香りだろ?」
「はい」
よく見ると、お湯の上に数枚の小さな葉が浮いている。
きっとこれがミントなんだろう。
「使い終わったら、またここまで持ってきてくれるかい」
「分かりました。ありがとうございます」
桶を慎重に受け取ると、俺はゆっくりと階段を上り、部屋へと戻った。
桶を床に置き、窓を開けると既に日が沈みけている。
空に染まる鮮やかなオレンジ色が木々を際立たせ、遠くで聞こえる鈴虫やヒグラシの鳴き声や川のせせらぎが夕焼けに溶け込むようだった。
その風景は、胸がじわりと温かくなる感覚と共に、不思議と故郷のような安心感を湧き上がらせた。
俺はしばらく外を眺めると、床にしゃがみ込むと、右手でお湯をかき混ぜた。
お湯といっても、ほとんど水に近いぬるま湯だな。
”温かい”というより”冷たくない”って感じだ。
「スン、スン」
それにしても良い匂いだ。
嗅いでいるだけでリラックスできる。
俺は目をつむるとしばらくミントの匂いを楽しんだ。
「ふぅ……」
目を開ける頃には、さっきまで激しく揺れ動いていた水面は落ち着きを取り戻していた。
自分の顔が反射するほどに―――
「……えっ」
俺は言葉を失った。
そして、すぐにステータスを開いた。
「――ステータス――」
喰代コウタ(18)人間Lv1 旅人Lv1
HP:100/100
SP:50/50
MP:10/10
武器:なし
防具:薄茶色のチェニック
:黒色のホーズ
:皮のブーツ
:小さなポーチ
:猟師のフード
「………じゅ、18歳ッ!?」
水面に映る自分の顔は明らかに若かった。
「本当に…本当に若い俺の顔だ」
水面を見つめながら、俺は自分の顔を何度も触った。
「でも、どうせ若くするんなら……せめて、もうちょっと…なあ?」
その顔はイケメンからは程遠く、平凡というにも躊躇われる、
―――まさに”中の下”の顔だった。




