第2話 元世界一位を教えてやる
荷台に座っていた男性は歳は中年くらいで、海外ドラマに出てくるような渋めの顔をしている。
髪は肩まではあるであろう白髪を後ろでまとめていて、横には少しボロめの剣鞘に入った片手剣を置いている。
「ん?ああ、すまないな」
そう言うと、男は伸ばして足を引っ込めあぐらをかいた。
男の声は低く、言葉の端々に重みがある。
「あ、すみません……」
俺は慎重に荷台に上がると、男の前の空いているスペースに腰を下ろした。
「………」
馬車がガタガタと揺れる音がやけに大きく聞こえる。
「……」
気まずい…。
人見知りっていうのもあるけど、この人が少し怖くて話しかけることができない。
前で馬車を引いている優しそうなおじさんとは、積み荷が邪魔で話せないし。
本当はこの世界について知りたいことが沢山あるんだけどな……。
「お前、旅をしてるって言ってたか?」
「えっ…?あ、はい。そうです」
男は気まずい空気に耐えられなくなったのか、それとも単純に気になることがあったのか、俺に話しかけてきた。
「この辺りの人間に見えないが、どこの出身なんだ?」
「出身…ですか?えーっと……」
なんて言えばいいんだ。
ゲームに登場する街の名前でもいいのか?
いや、でもバークなんて村の名前は聞いたことない。
ってことは、この世界とゲームの地名は違うのか?
それに、”その見た目”ってなんだ?
俺の装備って変なのか?
いや、もしかして…顔か?
顔がこの辺りの人間の顔じゃないってことか?
てか、俺の顔ってどうなってるんだ?
20数年見てきたいつもの顔なのか?
でも、キャラクリの時に『外見は現在のものを引き継ぎます』って表示されてたよな。
じゃあもしかして、今の俺の顔って超イケメ―――
「おい、大丈夫か?」
「え…あっ、すみません。その…故郷のことを思い出してて……。ずっと東にある国なんですけど……」
俺は怪しまれないように慎重に言葉を選んだ。
「東?もしかしてリューアンか?」
「リュ、リューアン……はい、そうです。リューアン出身です」
「そうだったのか。俺もリューアンには行ったことがあるんだ。酒が美味くていいところだったな」
「……そっすよねぇ」
リューアンってどこだ。
バークと一緒で聞いたことがない。
やっぱりゲームとこの世界の地名は違うのか?
「リューアンですか。随分と遠くから来られたんですね」
そう言ったのは、前で馬車を引いているおじいさんだった。
「確かにな。その歳でこんな遠くまで旅に出てくるなんて大したもんだ」
「は、はあ……」
「ミズガルドには最近来られたんですか?」
「……はい。」
もう何を言ってるかさっぱり分からない。
考えたところで分からないものは分からないし、とりあえず適当に返しておこう。
「なにか旅の目的とかはあるんですか?」
「いや…まぁ、特にないですね。とりあえず、のんびりしたいなって……」
「そうですか。この辺りは今の時期暖かくて過ごしやすいですからね。きっとのんびりできますよ」
「そうなんですね」
確かに日本は真夏で蒸し暑かったけど、ここは驚くほど快適だ。
湿度も低くて空気も澄んでるし、気温だって程よく暖かい。
「質問なんだがいいか?」
「あ、はい」
「お前、旅をしてるんだろ?どうやって金を稼いでるんだ?」
「えっ……」
「吟遊詩人にしては楽器も持ってないように見えるし、大道芸でもしてるのか?」
「……えっと………冒険者…的なやつです」
俺はとっさに頭によぎった言葉を口に出した。
「お前、冒険者なのか?」
男は少し驚いたような表情で聞いてきた。
”冒険者”というものが、そもそもあるのか分からなかったが、どうやらこの世界にも冒険者は存在するらしい。
「いや、冒険者というか、冒険者になりたいというか……」
実際、冒険者になりたいというのは嘘じゃない。
というか、異世界に来てそれ以外の選択肢はないだろう。
「一人で旅をしながら冒険者か。いいなぁ、俺も若かった頃を思い出す」
男は初めて穏やかな表情になると、感傷に浸るように外を眺めた。
「冒険者だったんですか?」
「ああ……。だが気を付けろよ。人生、命あってこそだからな」
「……はい」
確かに。
ここはゲームじゃないんだから、死んだら終わりなんだよな。
まだ、”死”というものへの実感が沸かない。
きっと、この世界を遊びだと思っている自分がどこかにいるからなんだろう。
「バキッ」
「―――ッ!」
そんなことを考えていると、荷台が大きく揺れると同時に枝が折れたような音が辺りに響いた。
突然の音に驚いて辺りを見渡すと、馬車は森の中へと入っていた。
どうやら、道に落ちていた枝を馬車が踏んだらしい。
鮮やかな緑色の葉をつけた針葉樹が空高く伸びている。
辺りは薄っすらと暗くなり、時折、木々の隙間から暖かい木漏れ日が優しく差し込んでいた。
「この辺りの森って何か襲ってくるモン……ヤツとかっていないんですか?」
「まぁ、いないことは無いが、わざわざ人を襲ってくるようなモンスターはいないな」
「そうなんですね」
なら、そこまで高レベル帯の地域ではないっぽいな。
それに、どうやらこの世界でもモンスターはモンスター呼びらしい。
「まぁ、ああいう呑気なヤツは平気で道に出てくるけどな」
男がそう言うと、馬車は止まり、目の前の男は剣を持って荷台を降りた。
何事かと思い、俺も積み荷の横から顔をだして前を見ると、そこにいたのは大きな”ベルク”だった。
ベルクは道の真ん中で、脇に生えている草を呑気に食べている。
やっぱり、リアルで見ると凄い迫力だな。
ゲームで見るのとは訳が違う。
「お前、やってみるか?」
そう言うと、男は俺に自分の持っていた片手剣の柄を向けてきた。
「えっ?やるって…殺すんですか?」
「いや、何も殺せって言ってるわけじゃない。道をどかせればいい。このままじゃ通れないからな」
「それはそうですけど……」
「なんだ、怖気づいたか?冒険者になりたいんだろ?」
男はニヤつきながら、早く取れと言わんばかりに剣を押し付けてくる。
明らかな挑発だ。
こんな安い挑発に乗ってしまうほど子供じゃないが…まぁ、しょうがない。
その挑発、”あえて”乗ってやろう。
そして、この人に俺の”実力”を見せつけてやろう。
元世界一位の実力をな!
「分かりました。じゃあ、これ借りますよ―――」
って重ッ!
馬車から降り、男から剣を受け取ると、その想像以上の重さに驚いてしまった。
片手剣ってこんなに重いのか。
ゲームだと軽々振り回していたけど、現実だと腕がもげそうだ。
こんなの振り回して戦えるわけがない。
「やっぱり…返します……」
「返すってお前、大声出せば逃げるってもんじゃないぞ?」
「分かってます。ただ俺にはこれでがあるので」
俺は片手剣を返すと、ポーチからナイフを取り出した。
「そんなので大丈夫か?」
「ええ、これで”十分”です……」
その剣は重くて触れないのでこっちを使います、なんて俺のプライドが許さない。
元一位としてのプライドが。
俺はナイフを鞘から抜くと、ベルクに向かって少しずつ歩き始めた。
正直、怖い。
相手は俺より格上。
本能がこれ以上近づいたらダメだと言っている気がする。
だがそれ以上に、俺が今まで培ってきた知識、そして技術が大丈夫だと言ってくる。
俺がベルクとの距離を縮めると、相手も俺に気づき、こちらに顔を向けてきた。
大丈夫。
ベルクのモーションは全て頭に入ってる。
それに今の俺の武器は身軽なナイフ。
あとはアイツが攻撃してくる瞬間をモーションから予測して、華麗に避けてからの一撃。
このヒットアンドアウェイを繰り返せば……。
「…………」
えっ、避けるって何。




