第20話 夕焼けの野営地
「はぁ……」
「どうした、ため息なんかついて」
「そりゃ、ため息の一つくらい、つきたくもなりますよ」
せっかく売り物にしようと思っていたポーションを、結局三本も自分に使う羽目になった。
歩くたびに、胃のあたりに微かな圧迫感を感じる。
俺とラフタスさんは、森の中を歩いていた。
夕暮れの森は、昼間とはまるで違う顔をしている。
木々の影は濃く伸び、枝の隙間から覗く空は、オレンジと青が溶け合ったようだった。
静かで、落ち着く。
なのに、どこか少し不安な気持ちに駆られる。
「ここって……」
気が付けば、俺たちは木こり小屋へと来ていた。
昼間は何度も訪れている場所なのに、時間が違うだけで全く違う場所のように感じる。
「これでも持っとけ。何も無いよりはマシだろ」
ラフタスさんは、俺が薪割りで使っている斧を手渡してきた。
「え、これって……何かと戦う感じなんですか?」
「そうだぞ。言ったろ”最低レベルの実戦”だって」
「いや、なら、もう少し詳しく教えてほしいんですけど。ただ、帰ってこなかったスティグを探しに行くってことしか聞かされてないですし」
「まぁ、そうだな」
斧を渡すと、ラフタスさんは振り返りもせず、森の奥へと歩を進めた。
「簡潔に言えば、この森には盗賊……いや、密猟者がいる……かもしれない」
「密猟者?随分突拍子もない話ですけど……しかも、”かも”って。見たわけではないんですか?」
「ああ、予想だ。なんでそう思うかは、話せば長くなる」
「それって……昼間、宿屋でおばさんと話してたことと関係あります?」
「まぁ、そうだな……知りたいか?」
「あ、いや、別に話しづらいことなら」
「話しずらいってわけじゃないんだが……まぁ、色々面倒くさいんだよ。母親ってやつは」
「……?」
今の一言で余計分からなくなったな。
「じゃあ、その密猟者がスティグを攫った”可能性”があるってことですか?」
「まぁ、そうなるな」
それって……生きてるのか?アイツ。
あんなうるさくて生意気なガキを、わざわざ生かしておくものなのか?
いや、そもそも、なんで俺があんなガキのために……
「えッ、ちょっと待ってください。もしかして、戦うんですか……俺が?」
「さっきからそう言ってるだろ。まぁ、良い感じの敵がいればだがな」
「いや、無理ですよ、絶対」
そもそも、”良い感じの敵”ってなんだよ。
何がどうなってたら良い感じ判定なんだ。
「無理って、お前、冒険者になりたいんだろ?密猟者の一人や二人倒せないでどうするんだよ」
「いや、モンスターと人は少し違うというか……」
PVEとPVPじゃ訳が違うだろ。
そこら辺にいるモンスターですらまともに出来ないのに、人相手なんてすぐ殺されるのがオチだぞ。
「まぁ、いずれにしろ密猟者がいないと始まらないんだがな」
「そ、そうですね……。もしかしたら、ただ迷子になってるだけってこともありますもんね」
「四六時中森に行ってるアイツに限って、そんなことは無いと思うがな。下手にベルクを攻撃して死にかけてるって可能性はあるかもしれないが」
「そう…ですか……」
頼む、ノロジカのせいであってくれ。
ノロジカに殺されかけてる”だけ”であってくれ。
今の俺には、そう祈ることしかできなかった。
「とりあえず、見通しのいいところにでも……」
ラフタスさんは急に言葉を切り、歩みを止めた。
「ん?どうし―――」
次の瞬間、すぐさま俺の口を塞ぎ、茂みに身を沈めた。
何が起きたのか理解できずに固まる俺をよそに、ラフタスさんは森の奥をじっと見据えていた。
遅れて視線を追うと、その先には影の中で黒いものがもぞもぞと動いている。
「せっかく……だったのによう。あんなガキ殺し……いいだろ」
「ダメだ。面倒ごとは……避けたいって……。おとなしく……」
「あんまり……殺される……」
「な、いたろ?」
「……はい」
そこには、動かなくなった一頭のベルクに縄を括りつけ、それを三人で引きずっていく密猟者の姿があった。
彼らは、くすんだ緑色の短い外套を羽織り、顔が見えないほどフードを深くかぶっている。
最悪だ。
一番、外れてほしかった予想が当たった。
断片的にしか聞こえないが、内容が物騒すぎる。
「ついていくぞ。気づかれない様にな」
「は、はい」
俺は改めてフードを深くかぶると、足元に注意しながらラフタスさんの背を追った。
密猟者たちはベルクを引きずりながら、ムーシュルームの群生地を抜け、地図に記されていた苔むした巨岩を横切り、さらに上流へと進んでいく。
やがて、似たような巨岩がいくつも転がり、迷路のように視界を遮る場所へと辿り着いた。
ラフタスさんは、狭い巨岩の隙間を通りながら、奥へ消えていく密猟者を見ながら足を止めた。
「どうしました?」
「少し遠回りしていこう。見通しの悪い場所だと何が起こるか分からないからな」
「あ、なるほど」
確かに、待ち伏せとかされてたら何もできずに殺されるかもしれない……。
怖すぎるだろ、この世界。
俺たちは、密猟者が通った岩場を避けるように、近くの丘を登っていった。
すると、
「あれって……」
「ああ、運がいい。ここからならあいつらの”野営地”が見渡せる。スティグは……やっぱり捕まってるな、あの馬鹿」
丘の上からは、夕焼け空を背に、大岩に囲まれた迷路のような場所の中心にある、密猟者の野営地らしきものが見えた。
ただ、百メートルほど離れているせいで、詳しいことは分からない。
ラフタスさんには見えているようだが。
「あっ」
俺は思い出したように、ポーチから双眼鏡を取り出し、覗き込んだ。
野営地にいるのは、ベルクを運んできた三人と、元々野営地にいた二人の、合計五人。
危険度は四人が”黄色”で、一人だけ”赤色”が混じっている。
スティグは……あれか?
布袋のようなものを頭にかぶせられ、手首を後ろで縛られた人影。
弓や矢筒は無いが、服装からしてスティグだろう。
「意外と殺されないものなんですね。ああいう人達に捕まったら、すぐに殺されるものかと思ってました」
「お前、どんだけ野蛮な場所で暮らしてきたんだよ。変に抵抗しない限り、一時的に捕まえても、脅すなりなんなりして解放するのが普通だ。殺すなんて、よっぽど切羽詰まってるときくらいだ」
「じゃあ、スティグは抵抗しなかったってことですか?意外ですね」
「まぁ、それか抵抗こそしてみたが、脅威とは思われなかったのかもな」
「あぁ、なるほど……」
確かに、矢もまともに当てられない子供なんて、大して脅威にはならないか。
「というか、お前って意外と良いアイテム持ってるよな」
「え、あ、これのことですか?」
「それもそうだが、閃光玉だって持ってただろ?ポーションだって。もしかして、いいとこのボンボンなのか?」
「いや、別にそういうわけじゃないんですけど……そんなことより、これからどうします?」
俺はわざと話題を逸らすように問いかけた。
あんまり、俺の身の上話はしないで欲しいんだよな。
設定が甘すぎて、詰められれば簡単にボロが出る。
「まぁ、そうだな。人数も思ったより多いし、場所も悪い。残念だが、お前にはここで見ててもらうか」
「え、ラフタスさん一人で行くってことですか?」
「ああ、それしかないだろ」
「でも、危険じゃないですか?それにさっきの話だと、別に放置しててもスティグは戻ってくるんですよね」
「それはそうなんだが、アイツには”ヴェルミア”を渡してるんだよ」
「あぁ、あれってラフタスさんが渡してたものなんですね」
『ヴェルミア』
ベルクとの一戦で、スティグが矢に塗って使った毒。
毒が侵入した部位に再び攻撃が加えられた瞬間、激しい痙攣と神経の混乱を引き起こす。
ゲームですらかなり高価なものだったから、どうやってスティグが手に入れたのかと思っていたが……。
「出来れば、ここで取り返しておきたい。あの毒が密猟者の手に渡れば、確実に悪用されるからな」
「まぁ、確かに……」
「それに、アイツらがいつまでも、あの野営地に居続けるとは思えない。ベルクの解体が終わったら、きっと場所を変えるだろう。あと半日ってとこか」
「なら、村の人に助けを求めに行ってからでも遅くないんじゃ」
「助けを求めに行ったところで何になるんだよ。あんな年寄りしかいない村に、戦える奴なんていると思うか?」
「まぁ……」
いや、別に俺は大丈夫なんだけど……。
相手は五人で、こっちは一人。
しかも、相手の強さはベルクと同等、もしくはそれ以上だ。
ラフタスさんも強いんだろうけど、さすがに分が悪い。
出会って二週間経ってないとはいえ、この世界に来たばかりの俺に親切に……まぁ、色々してくれた人が目の前で殺されるのは、後味が悪い。
「結構、強そうですよ?あの人たち」
「ああ、大丈夫だ。ただ、ちゃんと見ておけよ」
そう言い残し、ラフタスさんは俺の心配をよそに密猟者の野営地へと歩を進めた。
迷いのない足取りで岩場を抜け、数分もしないうちに野営地の手前へ辿り着く。
大きな岩陰に身を潜め、じっと様子を窺う。
そして、鞘に収められた剣の柄へと、ゆっくりと手を伸ばした。
その時―――
「おい、あとはお前が運べ。俺たちは先に水浴びに行ってくる」
後ろから声が聞こえた。




