第19話 普通に暴力
「トポトポ……」
濃い緑色の液体が小瓶に注がれていくたび、水音が静かな部屋に響く。
慎重に分量を見極めながら、俺は最後まで注ぎ切ると、そっと栓を閉じた。
小瓶は俺の手の中で薄っすらと光り始める。
「よしっ」
やはり『魔力制御』を習得していないと、ポーション作成の成功率が極端に下がるようで、『魔力制御』を習得し、Lv3になった今では、格段に成功率が上がった。
今作っているレベルのポーションなら、3本中2本は成功するだろう。
あとは、この作ったポーションがそこそこの値段で売れれば……。
「おい」
「―――ッ!?」
突然、背後から男の声が聞こえた。
思わず体が跳ね、ポーションを落としかけたが、ギリギリのところで何とか持ち直す。
「なにやってるんだ、お前」
「……」
こっちのセリフだよ。
何してくれてんだ、あんた。
危うく床にぶちまけるところだったぞ。
「……なんですか?」
「なんですかって、この前の約束の件だ。今日の夕方からって話、聞いてなかったか?」
「あっ、そうだった……」
「ほらっ、さっさと片付けろ。時間がないんだ」
「わ、分かりました」
俺は手に持っていたポーションを机に置くと、火のついた薪に灰をかぶせた。
そして、素材をポーチへ詰め込むと、ラフタスさんのあとを追うように家を出た。
宿屋でのことを聞こうかとも思ったが、あの時の様子からして、俺から聞いていいものじゃない気がする。
「……すみません」
「ん?」
「これって……夕方なんですか?」
外に出るが、まだ空は淵まで青く、日も沈みかけてすらいない。
「まぁ、夕方と昼の間ってとこだな」
「ああ……なるほど」
なら、あんなに慌てて片付ける必要なかったんじゃないか。
机の上もポーチの中も、かなり雑に片付けてしまったし、何ならもう数本くらい作っておきたかった。
「さっきも言っただろ、時間がないんだ」
「えっ、あっ……ス、スミマセン」
ラフタスさんの言葉が、まるで俺の心を読んだようで、思わず変な声が漏れる。
気恥ずかしさに耐えきれなかった俺は、そっと一歩半ほど距離を取った。
「そういえば、酒場でお前を見たときから思ってたんだが、随分、魔力の様子が変わったな。『魔力制御』を鍛えてるのか?」
「えっ、あ、はい、一応」
「何をしてるんだ?」
「それは、えーと……」
言ってもいいんだろうか。
この世界で、俺が持っているものと言えばオラトリアム・オンラインで得た”情報”くらいだ。
もし、瞑想による『魔力制御』のレベリングが、この世界で一般に出回っていない情報なら、あまり気軽に言うべきではないのかもしれない。
情報はカネになる。
場合によっては、それを売って生計を立てることだってあり得る。
「あぁ、別に言いたくないなら言わなくていい。ただ、数日見ないうちに、随分様子が変わったていたから、何か身体に異常があるのかと思ってな。なにせ、『魔力制御』ができなかったヤツなんて、そうそういないからな」
「あっ、そういうことだったんですね……すみません、心配してもらってたのに。俺は全然大丈夫です」
「そうか、ならよかった」
ラフタスさんの後ろをしばらく歩いていくと、数日前に『魔力制御』を習得した、あの空き地に辿り着く。
彼は振り返ると、以前にも俺とスティグに渡してきた木の棒を、こちらへ放り投げた。
「ほらっ、構えろ。もう魔力強化はできるだろ?」
「あ、はい」
言われるままに棒を受け取り、何となく構えながら魔力を流す。
『魔力強化』がLv3になったからか、薪割りで慣れたからか、この棒程度なら目を瞑ることもなく容易に魔力を流すことができるようになっていた。
「本当はスティグとやり合ってもらおうと思ったんだが、今はいないみたいだからな。俺が相手をする」
そう言うと、ラフタスさんも俺と同じ木の棒を手に取った。
「基本、俺から攻撃することはない。防ぐだけだ。だから、お前は好きなように攻撃しろ」
「え、いいんですか?」
「ああ。ただ、攻撃に魔力強化が乗ってなかったときだけ、俺も反撃する。いいか?」
「……はい、分かりました」
この世界に来たばかりの俺なら、”舐めないでください”なんて言っていたかもしれない。
でも、今は違う。
これだけ自分の無力さを痛感しておいてまで、そんなことを言うほど馬鹿じゃない。
「そうだな……もし、俺に一撃でも当てられたら、もう一個魔石をやる」
「本当ですか⁉」
「ああ、だから本気で来い。いつでもいいぞ」
「……分かりました」
俺は攻撃を仕掛ける前に、ラフタスさんの魔力を改めて観察した。
魔力を見るうえで重要なのは、三つの要素。
色と量、そして質。
ラフタスさんの身体を流れる魔力は、色こそ俺と同じ透明よりの灰色だが、その量は俺より多く、動きも煙というより液体に近い。
それでも、魔力だけ見れば、今の俺でも”絶対に勝てない”なんてレベルじゃない。
魔力だけ見れば……。
ラフタスさんは木の棒を構えることすらせず、まるで日常の一場面のように、自然体でその場に立っている。
”隙がない”
そんな言葉を使えるほど、俺に実戦の経験はない。
ただ、そんな俺でも、目の前の様子に違和感を持ち、警戒するだけの勘はあったようだ。
「おい、見てるだけじゃ時間の無駄だぞ。こっちから攻撃はしないって言ってるんだ。早くしろ」
確かに、あっちから攻撃してくることは無いんだから、そこまで警戒する必要はない。
試しに、一発打ってみるくらいの感覚で―――
「ッく……!」
俺がラフタスさんの右横腹目掛けて、全力で振った攻撃は、呆気なくラフタスさんに跳ね返された。
「いいぞ、ほら、もっと来い」
「は、はい!」
その言葉に背中を押されるように、俺は何度も攻撃を繰り出した。
だが、まったく当たる気配がない。
ラフタスさんは攻撃を弾いているだけ。
それなのに、攻撃を弾かれるたびに衝撃が手に伝わり、次第に痺れが広がっていく。
「ふぅ……」
魔力強化状態での攻撃にも、ようやく慣れてきた。
しかし、このままでは埒が明かない。
俺は一度呼吸を整え、棒を握り直しながら、打開策を探り始めた。
そして、
左上から振り下ろす……と見せかけて、右から渾身の一撃を―――
「お前、前に使ってた回復のポーション、まだ残ってるか?」
「えっ……?」
ラフタスさんは、俺のフェイント混じりの攻撃を何事もなかったかのように受け止めると、まるで雑談でも始めるかのように問いかけてきた。
唐突すぎて、俺は棒を握ったまま、ただ立ち尽くすしかなかった。
「あ、はい……ありますけど……」
「そうか。ならよかった」
「え?」
次の瞬間―――
「―――イッ!?」
左腕に鋭い衝撃が走った。
骨の芯まで響くような感覚に、呼吸が一瞬止まる。
鈍い痛みが左腕全体に広がり、思わず足元が揺らいだ。
「ッた……」
「フェイントに意識を向けすぎだ。魔力強化が攻撃に乗ってないぞ」
俺は木の棒を離し、左腕を抑えながら、その場で膝をついた。
「魔力強化が切れたら攻撃するって言っただろ。防ぐなり、避けるなりしろよ」
「……」
マジかよ、この人。
ちゃんと暴力じゃん。
……いや、さっきまで一方的に攻撃してた俺が言えることじゃないんだけど。
にしても痛すぎる。
本当に同じ木の棒なのか?
体感、鉄パイプで殴られたかと思うくらいの重さだった。
スピードは目で追えないほどではない。
ラフタスさんが振り始める瞬間も、確かに見えた。
なのに、体が反応出来ない。
「ほらっ、さっさと立て。何回も言ってるだろ、時間がないんだ」
「……はい」
俺は地面に落ちた木の棒を拾い上げ、再びラフタスさんに向けて構える。
そこから先は、ただひたすらに攻撃を繰り返した。
何度も、何度も。
そして、そのすべてが防がれ、何度も……
「…………」
土の柔らかさと冷たさが、頬にじんわりと伝わる。
視界はぼやけて、視点が定まらない。
微かに見える空の端は、うっすらと夕焼けに染まり始めていた。
「そろそろか。ほら、いつまでも倒れてないでさっさと立て」
「……」
もう、いじめじゃん、これ。
鍛えるとか言う次元じゃないぞ。
体のあちこちが鈍く痛み、内側から熱が湧き上がってくる。
筋肉が軋み、骨が重い。
「おい、早く起きろって。今日は時間がないって言ってるだろ」
「……なんだよ……時間がないって」
限界を超えた疲労度に、敬語を使うことすら忘れた俺は、地面に頬を擦りつけたまま、絞り出すように言葉を返した。
「今のが最低レベルの模擬戦なら、次にやるのは最低レベルの実戦だな」
「……え、まだ続ける―――」
「ラフタスさんッ!!」
俺の言葉を遮るように、遠くから宿屋のおばさんの声が響いた。
おばさんは焦った様子で俺たちのもとへ駆け寄ってくる。
そりゃ、今の状況を見たらそんな反応にもなる。
棒を持った男と、その前に倒れるボロボロでボコボコの少年。
日本なら、即通報だぞ。
「ちょっと、ラフタスさん!!」
そうだ、言ってやってください。
”会って二週間も経ってない人になんてことしてんの!!”って怒鳴りつけてくださいよ。
「あの子が……スティグスがまだ帰ってこないの!!」
その言葉を聞いたラフタスさんは、俺の方を振り返り、ニヤリと笑みを浮かべた。
「な?今日は時間がないんだ」
「……」
掛ける声間違えてますよ、おばさん。




