第12話 予想通りで予想外
俺は口に含んだポーションを窓の外に吹き出した。
不味いとかそういう次元じゃない。
口に入れた瞬間、身体が拒絶する。
「まさかこんな……うぇ……」
俺は急いで桶の中の水を口に含むと、家から飛び出し、少し離れた茂みの中に吐き出した。
「ふぅ……はぁ……」
そして、肺の中の空気もすべて吐き出して、新鮮な空気を目一杯吸い込む。
予想外だった。
いや、予想通りではあったんだけど……まさか、ここまでとは。
ポーションが失敗することは最初から分かっていた。
どんなポーションでも、作成にはスキル『調合』が最低でもLv1以上は必要だ。
だから、俺にポーションを作れるわけがない。
ただ、失敗したポーションが、こんなに体が拒絶するほどのものなんて……。
俺は遠くの景色を見ながら呼吸を整え、気持ち悪さが消えていくのを待った。
そもそも、なんで俺がポーションを作っていたか。
それは、スキル『調合』と『毒耐性』を手に入れるため。
『オラトリアム・オンライン』ではスキルごとにスキルExpが存在する。
スキルExpは特定の行動をすることで獲得でき、一定量溜まるとスキルを習得し、さらに溜めることでスキルがレベルアップされていく。
また、多くの場合、スキルExpは該当する職業でしか獲得することはできない。
『調合』は『調薬士』などの職業で調合をすること、『毒耐性』は『暗殺者』などが毒を受けることがスキルExpを獲得する条件だ。
逆に、『剣士』や『弓使い』がいくら調合をしたところで、スキル『調合』を習得することはできない。
ただ、俺が選んだ『旅人』は違う。
『旅人』は職業による縛りを無視して、スキルを習得することができる。
ただ、他の職業に比べて、スキルの習得やスキルレベルが上がるのに必要なスキルExpが馬鹿みたいに多いが。
それでも俺の想定だと、数日でこの二つのスキルを手に入れられる予定だったんだけどな。
『調合』は問題なく習得できそうだけど、『毒耐性』は……。
作成に失敗したポーションは、飲んだとしても一時的に軽い頭痛や吐き気をもよおすだけで、人体に問題はない。
だが、それでも一応”毒”に分類される。
だから、数日飲み続けていれば『毒耐性』を習得できるかと思ったんだけど……、
「これを飲み続けないといけないのか」
さすがにそれはキツイ。
あの口に入れたときの感覚を思い出すだけで、今でも吐き気をもよおすほどだ。
ポーションじゃなくて、薬の作成に変えるか?
そうすれば、失敗することもないし、材料が無駄になることもない。
でも、ポーションを作った時に獲得できるスキルExpって、かなり多いんだよな。
成功したときに比べれば、失敗時のExpはもちろん少ない。
ただ、それでも薬作成時に手に入るExpよりはずっと多い。
最短で『調合』を習得するには、ポーション作成一択だ。
それに薬作成に変更したところで、どちらにしろ『毒耐性』を習得できないことには変わらない。
だったら、大人しくポーションを作っていた方がいいかもしれないな。
となると、問題は失敗したポーションの処分方法だ。
一応、毒ではあるから適当に捨てるべきじゃないよな。
もちろん飲むことはできないし……。
「コウタさん?」
草むらで考え込んでいる俺に話しかけたのは、フルーラさんだった。
「え…あ、はい」
「やはり。突然、家から走って出ていく人の姿が見えたもので」
「あっ…すみません……」
「いえいえ。そんなことより大丈夫ですか?少し顔色が悪いようですが」
「あ、はい、大丈夫です。少しポーションを飲んでしまって」
「ポーション?」
「はい、失敗したポーションを……あっ、そういえば、ここに前住んでいた人が、どうやって失敗したポーションを処分していたか分かりませんか?」
フルーラさんは一瞬困惑した様子で俺を見つめると、咄嗟に我に返ったように話し始めた。
「……し、失敗したポーションですか?そうですねぇ、確かちょうどこの辺りに……」
フルーラさんは何かを探すように、足元の草をかき分けると、そこには銀緑色の葉が生えていた。
周りをよく見ると、生い茂った雑草の中に、同じようなものが何本か生えている。
「これは……ルナフィルムですか」
「そうです、詳しいですね。この辺りにはルナフィルムがいくつか植えられているんですよ」
『ルナフィルム』
根から土壌の毒素を吸収し、月明かりを浴びることで、吸収した毒素を分解。
葉の裏から純粋な魔力として空気中に放出する。
「ここに住んでいた方も、失敗したポーションは、よくここに捨てさせていましたよ」
「捨て”させて”いた?」
「はい。孫と二人で暮らしていたんですよ。それで、その子がポーションの調合をよく失敗してしまっていて……それで、ここにルナフィルムを植えたそうです。今では誰も使っていないので、こんなに雑草が生えてしまいましたけどね」
「そうなんですね……」
フルーラさんの表情は、何か懐かしんでいるような、それでいて悲しんでいるようだった。
「なので、もし失敗したポーションがあるのなら、ここに捨ててください。きっとルナフィルムも喜びますよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「はい。では、私はこれで」
俺はなんとなく、フルーラさんが帰っていくのを見えなくなるまで見届けた。
―――――――――
「おはようございます」
「あら、おはよう!朝食にする?」
「はい、お願いします」
俺はあれから、ポーションを二回、計10本作り終えると、ポーションを飲んだ時の気持ち悪さが残っていたこともあり、宿に戻って眠りについた。
「よう、今日も早いな」
カウンターには、ラフタスさんが座っており、一人で朝食を食べている。
「そういえば、フルーラさんから聞いたぞ。ポーションを作ってるんだって?」
「あ、はい。ラフタスさんから教えてもらった場所に行ったら、錬金術作業台があったので。それに魔石も貰いましたし」
「そうか。まぁ、別にお前が何をしようと勝手なんだが……なんでそんなことしてんだ?」
「なんで……?あぁ、俺『旅人』なんですよ」
「ああ…そういうことか……すまないな」
「え、なにがですか?」
「いや、なんでもない」
「そうですか………あっ、そういえば、ラフタスさんに聞きたいことがあったんですが」
「ん?なんだ」
「ラフタスさんって、この辺りにある薬草の群生地とか知りませんか?」
昨日の調合で、だいぶ素材を使ったからな。
魔石はまだ十回くらいは使えるだろうが、薬草があと数本しかない。
「ああ、ガームショールの群生地なら知ってるぞ。お前とスティグが一昨日行ってたところだが」
「一昨日行ったところ……?」
あっ、そういえばそんなところあったな。
ベルクとの一件のせいで忘れてた。
「あそこまでどうやっていくのかって分かりますか?この間はスティグ…についていっただけなので、道を覚えてなくて」
「うーん、そうだな。分かるには分かるが、口で説明するとなると難しいな………あっ、そういえば、調合台のあった家に本があっただろ?」
「あ、はい。あの大量の本ですよね」
「その中に群生地までの道が書かれた本があったような気がしなくもないな」
気がしなくも……ない?
あの本の中から、あるかどうかも分からない本を探さないといけないのか。
「まぁ、もし今日見つからなかったら、スティグにでも連れて行ってもら―――」
「はい、お待ち!」
奥から朝食を持ってきたおばさんが、ラフタスさんの言葉を遮るように、それを俺の前に置いた。
「ラフタスさん、昨日も言ったけどスティグは、当分森には行かせませんよ!」
「分かった、分かった。じゃあ、俺が連れていくよ。それでいいだろ?」
「本当ですか?ありがとうございます!」
それだったら、別に本は探さないで、今ある素材だけでポーションを作っておこう。
それで、明日ラフタスさんに連れて行ってもらえば。
いやぁ、さすがラフタスさん、優しさの塊のような人―――
「当たり前だが自分でも探せよ。探した形跡がなかったら連れて行かないからな」
「………ハイ」
「薪割も忘れずにな」
「……」
前言撤回だ。
―――――――――
「ペラ……ペラ……」
静かな部屋に、紙をめくる音だけが聞こえている。
これでもないし、これでもない。
本には達筆な字で、薬やポーションのレシピが書かれている。
材料や手順、効果に主な使用用途、それに細かいコツまで。
まるで、誰かに書き残していたように。
攻略サイトに書かれていたレシピより丁寧で細かい。
孫がいたって言ってたから、その子に残そうとしたのかもな。
でも……その子ってどこにいるんだ?
もしかして、スティグのことなのか?
でも、もしそうなら、フルーラさんも”孫”なんて言い方しないでスティグって言うよな……。
まぁ、どうでもいいか、そんなこと。
今はとにかく、群生地の場所が書かれた本を―――
そう手に取った本をめくった時、一つの絵が描かれたページが目に入った。
「これだ……」
そのページの上にはガームショールと書かれ、二手に分かれた太い線に、そこから更に分かれる細い線。
そして、丸みを帯びた何かが描かれていた。
「……」
いや、わからんな……。
なんでレシピはあんなに丁寧なのに、地図だけこんなに適当なんだよ。
この線って道か?
それに、この丸いのはなんだ。
せめて、文字で補足くらいしておいてくれよ。
他のページも見ながら、この線が何を意味するのかを考えてみるが、全く分からない。
どのページの絵も似たようなものばっかりだ。
俺は本を棚に戻し、家を出た。
まぁ、一応ちゃんと探して見つけた結果、よく分からなかったわけだからな。
ラフタスさんも連れて行ってくれるだろう。
とりあえず、今日は薪を割りに行って、余った時間でポーションを………。
俺が村を出て、薪を割りに森に行こうと橋を渡ろうとしたとき、そこを流れる川が目に入った。
「もしかして……」
あることに気づき、少し村から離れ、村全体を見渡す。
そして、急いで家に戻ると、地図の描かれた本を手に取り、ページをめくった。
「やっぱり、これだ」
この村は、全体を囲むように二つの川が流れてる。
そして、それは上流の川が二手に分かれたもの。
この地図に描かれている、二手に分かれた線そのものだ。
ってことは、あの川を上流に向かって行って……そこから途中で合流してくるもう一本の川に沿って歩いて、丸い何かがあるところで右に曲がれば……いいってことか?
だとしても、この丸いのって結局何なんだ?
何かのマークなのか?
まぁ、行けば分かるだろう。
俺は推測通り、上流へと歩き続けた。
そして、しばらくすると、
「絶対これだ……」
目の前に現れたのは、苔むした巨岩だった。
俺の背丈など軽く飲み込むほど大きい。
まぁ、確かに来てみれば納得だな。
だとしても、文字で補足しておくべきだと思うけど。
俺がその岩から右に曲がると、すぐに開けた場所に出た。
そこに広がっていたのは、白く小さな花が風に揺れ、まるで雪が舞っているような光景。
間違いない。
俺とスティグが、ベルクに遭った場所だ。
「うッ………」
思い出しただけで寒気がしてきた。




