『暴食』との出会い
「神の力が欲しいかい?それならさ...」
差し出されたリンゴは黄金に光り輝く。
夕焼け、存在しないはずの空き教室。
白衣に身を包んだ小さな少女は、その真紅の瞳で僕の心を離さない。
抜けた腰もそのままに、僕はその果実に手を伸ばそうとして・・・。
________________________________________
僕が通う七宮N高校の3階中央棟、ここには空き教室が多い。
大抵が多目的室だの準備室だのに振り分けられてはいるものの、基本的に要件も無く人が寄り付く所ではない。
___まぁ、僕みたいな人間を除いては。
高校一年5月。
昼休み、クラスの中は昼食時間。
GWを過ぎても友達の出来ない僕は、いつものように一人で食事を摂ろうとしていた。
しかし運悪く、今日は彼らの独壇場だったらしい。
「すまーん須田、今日ここ貸してくんね?」
ニヤけた顔の明るい彼は、返事も待たずに僕の席を持って行った。
どうやら今日は他クラスの男女も加えて、大勢で弁当を食べるらしい。
クソ陽キャめ…。
そんなこんなで僕は今、この閑散とした空き教室の一つに入り、ぼっち飯を嗜んでいた。
どうにもこうにもこの弁当というものは苦手だ。
やけに揚げ物が多いし、生野菜は大体萎びるし全体的に味が濃い。
あととりあえずご飯でゴリ押しとけみたいな雰囲気を醸し出してくるのも嫌だ。
作ってくれる母親に申し訳ない気持ちは湧かないでも無いが、だからといって我慢して毎日食べ続けるのも辛い。
以前、弁当はもういいからとパンとジュースにしたことがある。
そしたら、財布を温めていたお金がすぐ飛んでいった。
物価上昇にはもう反対だ…。
以前、弁当の具材を変えてとお願いしたことがある。
そしたら母に、漬物祭りに白米と謎のラインナップを並べられた。
梅干し沢庵きゅうりは飽きた…。
しまいには、
「私の弁当ひとつ耐えられないなら社会に出るのは諦めろ」
と大変ありがたいお言葉を頂いてしまった。
思い出したお言葉にため息ひとつ。
僕は食べ終えた弁当がらを持って空き教室を出る。
クラスに戻ろうと廊下を歩き出したその刹那。
目の端にそれは見えた。
「……ん??」
この階の空き教室は6つ。それぞれの扉の間は当然壁である。
しかし、今、確か5つ目と6つ目の合間の壁に...。
「あれは……いや、いやいやいや...無い、無いよな」
僕は二、三度振り返り、壁を見返す。
しかし、やはり見間違いだ。ありえない。
だってさっきまで無かったものだ。
まさか、そんなあるわけない...。
壁自体が、存在しないはずの教室扉に見えたとか、きっと普通に見間違いだろう。
放課後。
今日も誰とも喋らず終わってしまったぞ...
そんな寂しい感慨もよそに、僕は足を進めていた。
「いや、流石に......」
なんだかあの壁がどうにも気になる。
なんというか、言葉には出来ない違和感がずっと僕の中で拭えなかった。
壁の前まで辿り着く。
どこから見ても壁は壁、なんの変哲もないコンクリート。
「ま、何にもないよなぁ」
僕は、そのまま帰ろうとして、気付く。
廊下の窓から、夕焼けの光が差し込んで、気づいてしまう。
光に照らされた壁が、いつのまにか、変わっていることに。
「...扉」
微かな驚きと共に、僕は周りを見渡す。
まるで、ここだけ、別世界に切り離されたかのような違和。
よく見れば、壁の長さすらも変わっていて。
壁そのものがひとつの教室扉となっている。
しかし周囲の教室扉はいつもの大きさに収まっていた。
......まるで目の錯覚のようだ。
自ずと右手は戸に向かう。
僕は、きっと、もうちょっと深く考えるべきかもしれない。
そんなことわかりきっているはず。
だが、しかし___。
ガラガラと、ゆっくりと、しかし確実に、僕は扉を開ける。
存在しないはずの教室、明らかな異空間。
オレンジ色に染まる教室の中で、ただ一人椅子に座る人影。
「おや、この『暴食』の領域に入ってくるとは...何者かな?」
真紅の瞳に白衣の少女は、口をもぐもぐしながらそう言った。