初恋のえんぴつ~夏祭りの夜、僕は再び恋をする~
僕は上京する。
引き出しを開けると、一本のえんぴつが僕のもとへと転がって来た。
それは、嘗て心の奥に仕舞い込んだ初恋だった。
出逢いは小学生。赤と黒の二色が並ぶ中、ピンクのランドセルの君がいた。
名簿番号順に並べられたその座席は、僕らを隣にした。
彼女はいつもポーカーフェイスで、何を考えているのか分からなかった。
ある日、僕は筆箱を忘れた。
焦る僕に、彼女はえんぴつを差し出した。
「これ使って!」
彼女がニコッとした。
絵柄のひまわりのように眩しかった。
これをきっかけに、僕らは仲良くなった。
僕は、彼女を斜め後ろから見ていたいと思うようになった。
真横では、ドキドキして直視できないからだ。
気付けば、心は彼女にチェックメイトされていた。
でも、高校進学と共に離れ離れになり、記憶は薄れていた。
僕はまだ、えんぴつを返していない。
何故だか処分できず、諸々を屋根裏に仕舞い込んだが、僕はこの初恋を引き連れて上京した。
引越し先のアパートには、お隣さんがいた。
チャイムを鳴らす。
「はい」
女性の声がした。
「本日、隣に引っ越して来た桐谷と申します」
扉が開く。
現れたのは、まさかの初恋の君だった。
「また、お隣さんだね」
彼女がニコッとした。
僕らは同じ大学に進学していたのだった。
僕は写真サークルに入った。
部室には、体育祭でゴールテープを切る少年の写真が飾られていた。
コンテストの優秀作品らしい。
僕も写真を撮ろうと、サークルを言い訳に、彼女を夏祭りに誘った。
あくまでも写真を撮るためで、彼女は被写体だ。
花火がよく見える神社で、僕はファインダーを覗く。
夕日に染まる浴衣姿の彼女が、こちらに振り向く。
僕は何枚も彼女の姿をカメラに収めた。
日が傾き、僕は境内におふだが貼られていることに気付き、ゾッとした。
頬に冷たいものが触れる。
「ひぃい!」
彼女が缶コーヒーを手に笑っていた。
「もう、なんだよ!」
やはり僕は、彼女を斜め後ろから見ていたいと思った。
真横では、ドキドキして直視できないからだ。
彼女は、夜空を見て呟く。
「星を繋いだらさ、どんな星座にでもなりそうよね」
「昔の人の想像力は天才だよな」
量子力学によって説明される宇宙論みたいなものは、凡人の僕には分からない。
でも、今これだけは分かる。
僕は、えんぴつを取り出した。
彼女が驚いた顔をする。
「あの日、君を好きになった。そして今、もう一度」
夜空に花火が上がった。
缶コーヒーは、ほろ苦くて大人の味だった。