序章25 庭へは續かない道 ⑤
彼の質問は続く。
「次だ。お前は俺より年下だな?」
「……? なに言ってんの? 同じクラスじゃない。あんた留年でもしてるわけ?」
「していない。こんな所に4年も5年も通っていられるか」
「いみわかんない。あんたガッコきらいなの?」
「…………」
「……また無視するし。なんですぐ無視すんのよ……べつにいいけど……じゃあどういうことなのよ。タメなのに年下とかいみわかんないっ」
自分は訊きたいことは好きに訊いてくるくせに、こっちの質問にはめんどくさそうにしてちゃんと答えない。
そんな身勝手な男に眉根を寄せて「むー」と抗議の視線を送るが、答えを待っていても無駄そうなので合間に鼻をすんすん鳴らしながら、弥堂からの質問の意図を考える。
「……えっと、あんたの誕生日って次の日曜よね? あたしは7月3日だから、そういう意味なら一応年下? ってことになるかもだけど……そういうこと?」
「そうか」
希咲からの答えに正解とも不正解とも告げず自分だけで納得をする。
何故彼女が自分の誕生日を知っているのかという点は多少気にはなったものの、それはこちらも同じことで下手に藪を突きたくなかった為にこの場では聞かなかったことにした。
そもそも質問という形をとったものの、実のところこれはただの確認作業であった。
元々彼女が年下であることは知っていたが、無駄な抵抗のつもりで念のため本人に形式上訊いてみただけのことである。
これから何をするかはもう既に決めているようなものではあるものの、弥堂はそれをやりたくないが為にこうして『それをするための理由』造りをしていた。
弥堂 優輝という男は理由と必要性さえあればどんなことでもする男であるが、やりたくないことや必要のないことをする場合は、それをする必要があると自分を納得させる為にこのようにあれこれと牽強付会のような理由付けをして折り合いをつけるという、他人からすれば面倒くさくて厄介で傍迷惑な習性を持っていた。
「では、お前は敵ではない年下の女、ということだな?」
「そう、だけど……ねぇ、これ一体なんの――」
「――そうか。じゃあ、仕方ないな」
「――は?」
どこまでも会話相手を置き去りに、情報の共有も感情の共感もないまま勝手に一人で話を進めて勝手に一人で納得をする。しようとした、が――
「――で、でも……」
「あ?」
「誕生日はそうかもしんないけど、絶対あたしの方がおねえさんなんだからっ……」
「…………」
希咲にとっては弥堂の内心など知る由もないのだが、せっかく解放してやるための意味づけをしていたのにそんな負け惜しみを言ってくる。
弥堂としては珍しく口を開けたまま彼女の顏を見た。
負けず嫌いなのか何なのかは測れないが、綺麗な輪郭を描く瞼の縁に涙を溜めながらも弥堂を上目に見て、精一杯眉根を寄せて挑戦的に眦を上げてくる。
反射的に口から出そうになった反論の言葉をどうにか溜め息でどこかへと流すことに成功したのは、自発的な自制や泣いている希咲への配慮ではなく、記憶の中の女にそれを強く咎められた気がしたからだ。
(うるせぇな、わかってるよエル……)
心中でここには居ない彼女に悪態をつく。
今目の前でベソをかく希咲と、過去に自分の中で大きな存在であった女とを重ねて見てしまって、弥堂は現在このような無様を晒してしまっている。
しかし、半分以上泣きながらもこのような子供染みた口ごたえをしてくる希咲の姿に、エルフィーネなら一度泣いたら絶対にこんな態度をとってくることはないなと、ブレながらも重なっていた輪郭の逕庭が拡がったことに何故か安堵を得た。
奇しくもそのことで弥堂の中では折り合いがついた。
「ねぇ、お願いだからもう放してよっ」
「いいだろう」
「へ?」
会話が成立している手応えがまったくない上に、自身が置かれている現状も相まって多少強めに嘆願をしたものの、まさか承諾されるとは考えていなかった希咲は目を丸くした。
「お前を解放してやると言ったんだ」
「そう……なの? なんで……?」
「お前が放せと言ったんだろうが」
「いや、そう、なんだけど……あ、いや、いいや。とりあえず先に放して」
彼が翻意した理由は気になるものの、またわけのわからない話をされてこのままの体勢を維持されては敵わないと、聡明な彼女は身柄の解放を優先させた。
ただ、彼が譲歩する姿勢を見せた理由をもしも希咲が知れば、それはそれで怒り狂うことになるであろうが。
勝手に昔の女と重ねられるなどトップオブトップに失礼な行いである。
幸か不幸か今の希咲には弥堂の心中など知る術がなかった為、彼女自身が認知している本日の放課後にあったひどい目の一つとしてはカウントされなかった。
まぁ、知ったところでこの男と付き合っているわけでもなんでもないので、『うざっ』『きもっ』以外の感想などないのだが。
しかし、彼が何を想いこのような行動に出たのか知らないのにも関わらず、希咲は超常的な女の勘で自分を何故か物凄く嫌そうな顏をして見つめてくる男にとてつもなく不愉快さを感じた。
かなり切実に解放を望んではいるものの、この男の人間性に一切の信用がないので正当な要求をしたところでそれを呑んでもらえる望みは薄いと思っており、だからこそこんなにも絶望感に苛まれていたのだ。
希咲としてはこの好機を逃すわけにはいかない。故に、大変に不愉快で業腹ではあるものの、ここはとても慎重な対応が求められる。
「解放はする。だが、その前に最終確認だ」
「むー、なによぅっ。早くしてよぉ」
さっさとしろと怒鳴り散らしたい気分だが、今はこの卑劣なセクハラ男の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「お前が身柄の解放を望むのは、あくまでもおぱんつを見られて恥ずかしいからであり、騙し討ちをする為ではないということだな? 嘘はないな?」
「うそじゃないっ! ホントにはずかしいし、やなの!」
「そうか。では神に誓えるか?」
「神っ⁉ なんでっ⁉」
「む、貴様誓えんのか? なにかやましいことがあるのか?」
「ないっ! ちかうっ! ちかえるからっ!」
「では誓え」
「えっ⁉ …………え、えっと……かっ、神様っ、あたしはパンツ見られてはずかしいですっ!」
「俺の言うこともきけるな?」
「きくっ! きくからっ! だからもうはなしてっ‼」
「よし、いいだろう」
早く解放されたい焦燥感とようやく解放された安堵感から、どさくさに紛れて不穏な約束までさせられたことには気付かず、一体何の神に何を誓わされたのかもわからないままではあったが、希咲は拘束されていた右足を解放される。
「もう……なんなのよぉ……」
言いながらへなへなと腰から脱力し、またも床にぺたんとお尻をつけて座り込んでしまった。
少しの間、ぐしぐしと目元を擦り鼻を啜っていたが、割とあっさり調子を取り戻すと、
「あんた、絶対許さないからねっ」
すぐにキッと恨みがましい視線を向けてそう言ってくる。
そんな彼女に、弥堂は『ほれみろ、やっぱり嘘じゃねぇか』と思ったが、面倒なので口に出すことはしなかった。
一応はこれで彼女との争いは解決したと弥堂は認識したのだが、今の彼女のコンディションを考慮するとこの場ですぐに、アホを騙して金を巻き上げる美人局のキャストをやれなどと言っても話をスムーズに進めることは難しいであろうと判断をする。
馴染みの売人を聞き出す作業についても時間がかかるであろうし、出来れば場所は密室が望ましい。色々とツールも使うことになるかもしれないし、いずれにせよ準備が必要となる。
とりあえず今日のところは『なんでも言うことをきく』という言質を録っただけでも、充分に成果を得たということにしておこう。そう考えた。
もちろんそこまでのことを希咲は一言も言ってはいないのだが、弥堂の中ではすでに拡大解釈されていた。
もうじき完全下校時間を知らせる時計塔の鐘も鳴る頃であろうし、この現場ももう潮時だ。




