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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章04 不揃いな二項、歪な三項 ②


 必死に表情には出さぬようにしていながらも、その内心の嬉しさを隠しきれていない希咲の仕草に気付くと、水無瀬は慈しむようにその目を細めた。

 そして、改めて自分の髪を編んでくれている親友の顔を見つめる。


 

 希咲 七海(きさき ななみ)。一年生の時に所属する委員会で出会った同い年の女の子。


 その顔だちで一番印象的なのが大きく形のよい猫目だ。つり気味の目尻に大きな瞳、綺麗な曲線を描く瞼に均等に生えそろった長いまつ毛が強気な彼女の性格を表すかのようにその目に力を与える。

 小さめの鼻や口、薄めの唇のおかげで面差しは派手にはなりすぎず、小ぶりな耳たぶの下から顎先にかけてシャープなラインを描き、全体的にすっきりとした印象を感じさせる綺麗な顔だちをしていた。


 162㎝の平均より少しだけ高めの身長に小さな頭、スラっと伸びた細い手足に、水無瀬の短い腕でも余裕をもって周り切ってしまう細い腰。痩せすぎにはならない絶妙なバランスで全身も形成されていてあと数年もすればとんでもない美人になることが大きく期待できた。


 現在の彼女にはまだ少女らしいあどけなさも混在していて“キレイ”と“カワイイ”が共存しており、同年代の少女達の中でも特にファッションについて関心の高い方になる希咲は、制服もしっかり自分流にアレンジしていて、簡単に分類するのならば所謂『ギャル系』というカテゴリに属する。


 茶髪よりは色が薄く金髪とまではいかない、光の当たり方次第ではピンクゴールドにも輝く亜麻色に近い髪は、後ろは腰の辺りまで長く綺麗に伸ばされており、左側だけ水色のシュシュで髪を括ったワンサイドアップにしていて、日によっては髪を編んだりなどのヘアアレンジをしたりヘアピンを付けたりなどしていた。

 ストレートの細い髪質にボリュームを持たせるために毎朝早起きして時間をかけてセットしており、毛先までコテを使いワックスで細かい毛束を複数丁寧に作っている。


 幸い恵まれた顔の造形をしているため、メイクは軽いアイメイクとリップを塗る程度でも十分となっており、一見派手に見えるものの全体的に小綺麗な印象を誰しもに持たせた。



 学園指定のプリーツスカートは下品に見えない程度に丈を短くし、上は同じく学園指定のブラウスを着用し今日はそのボタンを上から三番目まで外し軽く襟を開いて大きめのリボンを着けていた。ブラウスの上からは自前の薄い生地のピンクのカーディガンを羽織っている。


 この学園の女子制服はブラウスとスカートは学園指定の制服の着用を義務付けていて、その上に着るものは制服のブレザー、ベスト、カーディガンの他に『常識』を逸脱しなければ制服外のものの着用も許可されていた。

 ちなみにブラウスは白以外に薄いピンクとブルーの3種類があり、スカートも白と黒のラインの入ったチェック柄が基調ではあるが、赤、青、グレーの3種類が用意されていた。胸元もリボンとネクタイの2種類にそれぞれ3色の選択があり、どれを好きに組み合わせて着てもよいことになっている。


 男子は白のワイシャツにネクタイ1種類。スラックスはグレーかカーキ色の2択はあるものの、女子の制服と比べて露骨に力の入り具合が違う。一度理事会に『不公平』であると生徒側から署名を集めての抗議があったのだが、「じゃあ、希望のデザインを出してみろ」と当時の男子生徒達に意見を募ったところロクな意見が上がってこず、抗議をした男子生徒達の大半も「とりあえず騒いでみたものの別に俺らにはいらなくね? いっぱいあってもどうせ着こなせないし?」と熱が冷め現在の形に落ち着いている。



 とはいえ、全ての女子生徒がそうするわけではないが、希咲に関してはその日の気分で制服を組み替えたり、ブレザーやパーカーを着たり、様々にコーディネートして学園の制服を最大限に楽しんでいた。


 細く綺麗な指が器用に動き髪を編み上げていく。時折見える爪には薄いピンクのマニキュアが塗られナチュラルな光沢が艶めいており、よく見ればわかる程度に控えめなラメが煌めいている。ネイルチップなど付けてしまえばもちろん校則違反となるのだが、大人に見咎められない範囲でうまく飾っていた。


 このように全体的に見れば派手めなギャル系JKとして見えるのだが、当学園の校則は他校よりは比較的緩いと謂われてはいるものの、それに大きく違反する箇所は各部分的に見ると一つもなく、つまり希咲 七海とはそういった『バランス感覚』に非常に優れた少女であった。



 彼女との出会いとなる去年一緒になった委員会での立ち振る舞いにしても、そのバランス感覚は当時から遺憾なく発揮されていた。


 同性の生徒はもちろん、男子生徒や教職員相手でも何も遠慮することなく意見をし、強い口調で喋ったとしても相手に強い反感までは抱かせない。


 自分の仕事はテキパキとこなし他の進行が遅れている場所を的確に見つけ出してそれを手伝いつつも、過剰に頼りにされ余分な仕事を押し付けられたりすることはないようにうまく立ち回っており、対人コミュニケーションの部分でも集団内でのポジショニングにおいても優秀なバランス感覚を発揮していた。


 当時同僚であった水無瀬はというと、専らそんな彼女の世話になることが多く、しかしそれが彼女との接点となり友人となる切っ掛けとなったのは今にしてみれば至上の幸いである。


 器用な希咲とは対照的に鈍くさくて手際の悪い自分は、与えられた仕事を素早くこなすことも、手が空いた時に自分で仕事を見つけ出すことも出来ず、集団の中で思考停止をしてしまうことが多かった。


 そんな水無瀬 愛苗に声をかけてくれて、助けてくれたのが希咲 七海である。



 希咲は通常不機嫌そうに見える顔をしてることが多く、最初に話しかけられた時はその眼力に怯えて涙ぐんでしまったりもしたのだが、口調はぶっきらぼうなものの丁寧に根気よく自分の面倒を見てくれて、時間を重ねるごとに水無瀬は彼女の人柄を理解していった。


 水無瀬も人と話すのが大好きで物怖じなどはしないのだが、ある理由から数の多い集団の中ではうまく立ち回ることを苦手としていた。高校生になって頑張って人の輪に溶け込んでいこうと意気込んではいたものの、やる気とは裏腹に空回りしてしまうことも多かった。


 そんな折に出会った希咲 七海は自身の理想像そのもので、頭の回転が速く、何でも出来て、誰が相手でもはっきりと物を言う。水無瀬からは彼女がそのように見えた。


 自分は特に見た目や精神的な幼さをコンプレックスにしている為、他の同年代の少女達と比べても希咲は大人びて見えて、オシャレで、カッコよくて、二年生になって同じクラスになれた時は本当に心の底から嬉しくて、とても優しくて、キレイで、そして――「よしっ」



 そんなことを思いながらボーっと希咲を見つめているといつの間にか作業を終えていた彼女の声で現実へと立ち返る。


「ほらっ出来たわよ」とカーディガンのポケットから取り出した手鏡を開いて自らの仕事のデキを見せてくれる。鏡面に映った彼女がキレイに編んでくれた方のおさげを見る。


 逆側の自分で編んだものより少しだけキレイに出来ていて、本当はもっと上手に出来るのに出来栄えを揃えてくれたそれを見ていると、憧れの『ななみちゃん』の力を半分貰ったように感じて嬉しさが胸から溢れた。


 ニコニコしながら軽く頭を動かして、鏡に映った『ななみちゃん』製のおさげの動きを楽しんでいると「どう? だいじょぶ?」と作者から声がかかる。


 それに対して思いつく限りの称賛の言葉を並べ挙げていたら、希咲は少しそわそわとしながら手鏡を閉じてポケットにしまった。


 あまり豊富ではない水無瀬の語彙の残弾はすぐに底を尽き始め、それでも一生懸命に賛辞を送ろうとしていると、


「やっぱり自分でするよりななみちゃんにしてもらった方が上手ですごくいいっ!」


 ビシッと。周囲の空間に聞こえるはずのない擬音を走らせるような爆弾を放ってしまった。


「えっ⁉ ……うぇ?……えぇっ…………」


 希咲は顔を真っ赤にし目線と手の動きを彷徨わせ言葉を失い、彼女らのやり取りを遠巻きに眺めていた周囲の者どもは、水無瀬の無自覚な際どい発言に一層騒めきを強くした。


 隣の席の弥堂だけは恐らく何も気付いていないのだろう、動揺もなくマイペースにこの後の授業で行われるであろう小テストで、出題が予想される箇所のカンニングペーパーを黙々と作成する『予習』をしていた。そして廊下からは『ちち』『しり』『ふともも』といった単語と聞くに堪えない罵詈雑言が響いてきた。



 水無瀬は所在なさげに宙を泳ぐ希咲の手を摑まえると両手でやんわりと握る。


「ありがとう」と口に出してから、彼女の細い手を自身の小さな手で大事に大事に握って言葉以上の感謝を込める。そしてしっかりと彼女の目を見つめ


「ななみちゃん……だいすきっ!」


 恐らく今日一番となるであろう笑顔を咲かせた。


 希咲はただでさえ紅潮していた顔色を下から上へとさらに真っ赤に染め上げ、沸騰したヤカンから立ち上る湯気のように髪を逆立てた。


「あう……あう……」などとまるで正体を失くしたかのように言葉にならぬ声を上げ、視線の置き場を求めてその大きな瞳を彷徨わせる。


 しかし決して親友の手は振りほどいたりはせずにやがて、キュっと遠慮がちに水無瀬の手を握り返すと、顔を逸らしたまま恥ずかし気に目線だけをチラっと向けて、


「……あ……あたしも…………すきっ……」


 彼女らしからぬ消え入りそうな声でそう言った。


 そんな希咲の様子に水無瀬は安心させるようにニッコリと笑みを深める。

 

 もちろん周囲の生徒の皆さんもこれにはニッコリだ。心の汚れた者にはスラリとした茎に大ぶりの白い花が一面に咲く情景が幻視されたであろう。


 生温い視線で周囲から注視されていることに気付いた希咲は「じゅっ、授業始まるからっ!」と誤魔化すように言いながら、丁寧に水無瀬の手を解いて踵を返そうとしてすぐに止まると、肩越しにチラっと視線だけを寄越して、


「あ……あとで反対側も、やったげる…………」


 自身の表情を見せないようにそう言って水無瀬の反応は見ずに自席へと歩き出した。



 その背をにこやかに見送りながら水無瀬 愛苗は想う。



 希咲 七海は自分にとって、一番の親友で、優しくて、大人っぽくて、カッコよくて、とてもキレイで、そして……


(とってもかわいい人っ‼)


 胸中で彼女への友愛をまた募らせ、今日も大好きな親友の大好きなところが増えてしあわせいっぱいな気持ちとなった。



 こうして自分ではクールなお姉さんキャラだと自負している少女は、今朝も教室にほのぼのとした空気を振舞い、2年B組の一日は平和に幕を開けた……

かのように見えた。が、しかし。





 そう思ってた時期が幾人かの生徒さんにもございました。

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