序章25 庭へは續かない道 ①
しばしの膠着があった後、私立美景台高校の学園内文化講堂にて、『弱者の剣』という集団によって引き起こされてから続いた一連の騒動、その状況に終止符を打つべく風紀委員である弥堂 優輝は対面するクラスメイトであり現状況下に於いては敵である希咲 七海へ向かって口を開いた。
大元の騒動の主である『弱者の剣』のメンバーたちは完全に蚊帳の外に置かれていたが、弥堂も希咲も最早彼らのことなど気にも留めてはいなかった。
「フッ、語るに落ちたな希咲 七海」
「そっすか」
嘲笑するように告げる弥堂に対して希咲さんは意外とやる気がなかった。
だが、弥堂はそんな彼女の様子を気にするでもなく、ベルトコンベアに乗って流れてくる製品を眺める作業員のように無感情な目で彼女を見定める。
彼は自らの勝利を確信していた。
彼女を自身の活動の資金源とする為に、ここでしっかりと上下関係をはっきりさせた上で脅迫して働かせるという友好関係を築く。
他人が聞いたらちょっと何を言っているのかわからない謎の理屈だが、弥堂としては己のその方法論に一切の疑いを持っていなかった。
そして自分ならばこの程度のタスクは余裕で熟せるという確信があり、それは過信からくるものではなく、自身の持つスキルや経験から考慮したただの事実からくる自信であった。
故にこれから行うのはただの作業である。
弥堂は強烈な自負を眼光に宿し希咲へと牙を剥く。
「その様子だとどうやら観念をしたようだな。自分でもわかっていると見える」
「いや、ちょっとわかんないっすね」
「とぼけても無駄だ。お前の証言にははっきりと矛盾がある」
「そっすか」
普段目力の強い彼女が色のない目で投げやりに返事をする姿が、弥堂にはギロチンに掛けられ己の最期を悟った罪人のように映った。
「お前は俺が手を押し付けて『むにっ』とした感触を自身の胸で感じ取ったと、そう言ったな?」
「そっすね」
「であるならば、その時には同時に俺の手にも『むにっ』とした感触がするはずだ。そうだな?」
「そう――だけど、生々しいこと言わないでくんない? 何が言いたいわけ?」
自分の胸を勝手に触ってきた男に、その感触の感想を目の前で述べられることについて、彼女は嫌悪感を隠しもせず表情に出して示すが、弥堂にはその姿は真実を突き付けられることに怯える犯人のように見えた。
「認めたな? ではそれが共通認識であるということを前提とした場合、お前の発言には矛盾が生じる」
「回りくどいわね。どうせまたわけわかんないこと言うんでしょうからさっさとしなさいよ」
「本当にいいのか? 今なら俺の胸の裡に留めておいて、お互いなかったことにしてやることも吝かではないぞ? 無論、お前の態度次第だが」
「…………あんたって敵対したら断固として許さんって感じのスタンスじゃなかったっけ? あたし段々わかってきたの。あんたさ、基本的に問答無用で頑固な性格なのは間違いないと思うんだけど、そうやって言ってることが変わる時はろくでもないこと企んでる時だって。ねぇ、当たってるでしょ? どうなのよ?」
「…………」
都合の悪い真実を突き付けられた被告人のように弥堂は黙秘権を行使した。希咲はしらーっとした目を向けるがそれ以上の追及はしないでおいてあげた。
だがそれにも関わらず、自己中心的な男は自分の追及したいことだけはしっかりと主張すべく、なかったことにして再び口を開く。
「都合が悪くなったからといって話を逸らすな」
「よくも真顔で言えるわね。あんたのメンタルどうなってんの? アスリートなの?」
「アスリートではないがプロフェッショナルではある」
「だからなんのプロなのよ……あんたそれ言いたいだけでしょ」
「うるさい、黙れ」
「はいはい、んじゃ言いたいこと言いなさいな。どぞー」
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ」
「わかったわよ。ちゃんと聞いたげるから。で? なんだったっけ?」
呆れた口調ながらもどこか楽し気な様子で、下から覗くようにこちらの顏を見てくる希咲だが、弥堂の言うとおりすぐに顔色を変えることになる。
「ふん、難しい話ではない。先程の話を踏まえた上で俺の手には『むにっ』などという感触はカケラもなかったというだけのことだ」
「は? あんたまだそんな――」
「――俺の手に伝わってきたのは『ふにっ』という柔らかなものではなく、もっと硬くて分厚い布の感触だけだ」
「なっ――」
名探偵が真犯人を暴き出す時のように人差し指を突き付けてくる弥堂の口からでた言葉に、希咲は絶句し頭が真っ白になる。
「俺は女の乳房には多少の見識があるが、あれは乳房の感触などではなかった。推察するに希咲 七海――貴様は胸部に見た目のサイズを誤魔化す類のおブラを着用しているな? そしてそれだけでは飽き足らず派手に詰め物もしているだろう? 俺の手を誤魔化せると思うなよ」
弥堂はデカイ乳も小さい乳も嗜んだことがある己の経験に基づいた記憶に絶対の自信を持っていた。しかしながら、そのデカイ乳と小さい乳の持ち主である、紅髪のガラの悪い女とくすんだ金髪の無表情メイドさんがその絶対の自信を持つ記憶の中で、道端にぶちまけられた生ゴミを見るような眼でこちらを見ている気がしたが、気がしただけなら気のせいなので彼は気にしなかった。
「…………」
ひた隠しにしていた自身に纏わる重大な秘密を、少人数しかいないとは謂え公の場で露わにされた希咲は無言で俯く。
少し離れた場所から「ほう……」と興味深げで感心したような白井の声が聴こえたが、今の希咲にそれに構う余裕はなかった。
「仮に俺がお前の胸部に触れた手を押し込んだとしても、お前の装備している強固な装甲に阻まれて実際には内部の乳房には全くと言っていい程に届いてはいなかった。つまり、俺が触れたのはお前の衣服と強化装甲であり、よって今回の件は完全に冤罪であると――「――黙れ」――む?」
声高な雰囲気で己の無実を証明する弥堂の答弁を遮って、俯いてプルプル震えていた希咲から、先程までの揶揄うように少し楽し気にしていた時とは打って変わって低い声が漏れる。
地鳴りを轟かせるような暗鬱なオーラを纏った彼女がゆっくりと顔を上げる。
その眼は攻撃色一色に染まっていた。ガンギマリである。
「殺す」
「なんだと?」
重大な秘密を暴かれた乙女から端的に殺害宣告を受けた弥堂は訝しんだ。
可能不可能は置いておいて、このような衆目に曝された現場で殺人を行うメリットを思いつかなかったからである。怒りによって衝動的に犯行に走るにしても、そこまで正気を失わせるような挑発をした覚えはない。
加えて、このような状況で殺人事件を起こすデメリットが計算できない程に無能な女だとも思っていなかった。
「……気付いてはならないことに気付いたわね…………知ってはいけないことを知ったわね…………」
「…………?」
彼女が何を言っているのか弥堂には理解出来なかった。
乙女の、特に思春期の彼女らの身体的情報に無遠慮に男が触れることは基本的にご法度である。それ以外にも本日の放課後に散々彼女に働いてきた狼藉の数々。普通に考えればどれか一つをとっても完全にアウトである。
それを考えれば、半ば以上有耶無耶にされたようなものではあるが、渋々でも許してくれそうな雰囲気を出してくれていた希咲 七海は十分以上に寛容な少女であると謂える。
しかし、自分が悪いことをしたと思ってもいない。したことの意味もわかっていない。自分の口に出した言葉の齎す影響を推測出来ない。相手の気持ちがわからない。
彼がその眼窩の窓から覗いた外の世界に存在するものを視て、彼という人格が収監された小部屋の中で、これはこうであろう、こうなるであろうと考えた認識と、実際に現実世界で起こる出来事には悉くズレが生じていた。
即ち、弥堂 優輝という男は正真正銘、本当の意味でのどうしようもないコミュ障であった。
「あんたの頭蹴っ飛ばして記憶ごとぶっ飛ばすわ」
故にこうして人を本気で怒らせる。
弥堂本人的には、どうしてそうなるという理屈はさて置いても、一応友好関係を結ぼうと会話をしていたはずなのに、何故かこうしてよく相手と戦闘になる。彼の日常にはこういった儘ならない事態が間々あった。
「残念ながら俺は一度記憶した情報は絶対に失わない。それこそ文字通り頭を吹き飛ばしたとしてもな」
「そう。なら――試してみるわ」




