序章24 膠着瞞着 ③
「てか、どこからとかどこまでとか関係なく、服の上からでも触っちゃダメでしょうよ。特に女の子の胸とかお尻とかは絶対ダメよ。当たり前でしょ」
「ほう。それは女だけか?」
「は?」
「女が男の胸やケツを触るのはいいのか、と訊いている」
「そんな女いるわけないでしょ。てか男がそのへん触られたからってなんだって言うのよ」
「ほう。つまりお前はこう言いたいのだな。身体に触れられて性犯罪として相手を訴えることが出来るのは女の特権であり、男にそれは許されないと。すなわち、この国では法によって明確に性差別がされていると」
「差別? なんでそうなるのよ!」
「なんでだと? お前が言っていることはそういうことだろうが。おい、お前もそう思うだろ?」
そこで弥堂は外野に居た法廷院へと同意を求める。
「へ? なに? 差別?」
長丁場になっていた弥堂と希咲の立ち話にすっかり蚊帳の外となり、話を大して聞いていなかった法廷院は突然意見を求められて慌てた。
「話を聞いていただろ? お前は専門家ではないのか? まさかお前は差別を容認するのか? どうなんだ?」
「そんなわけないだろぉ! ボクは断固として許さないよ! 何せこういった問題についてはボクはプロフェッショナルだからね! だってそうだろぉ⁉」
「うむ、ご苦労」
専門家という肩書に気をよくした法廷院は勢いづいて吠えたが、同意ともとれない同意をしたあたりで弥堂が視線を強めて言外に黙るよう威圧すると、彼は車椅子上で両膝に手を置いて大人しくした。
「ということだ。恥を知れ、差別主義者め」
「あ、あんたってば、屁理屈こねるためには何でも使うのね……」
視線をこちらへと戻し強い言葉で非難をしてくる弥堂に、希咲は怒りよりも呆れが勝った。
「差別するわけじゃないけど、でも実際のとこ男の子と女の子の胸とかお尻じゃ話が変わっちゃうじゃないのよ。それはあんたもわかるでしょ?」
「何故だ? 俺にはわからんな。説明してみろ」
「嘘つくんじゃないわよ…………えっと、なぜって、その……え、えっちだから……とか?」
「お前はふざけてるのか?」
「ふざけてないわよ! だってこんなの答えづらいじゃない! 他にどう言えってのよ!」
「答えづらい? それはやましいことがあるということか? おい、どうなんだ」
「うっさいっ! あんた絶対あたしに変なこと言わせて遊んでるでしょ! いい加減にしなさいよ、へんたいっ!」
「それは言い掛かりだが、まぁいいだろう。つまりお前ら女の胸や尻に触れるのは性的な行為であるから同意が必要であると。そういう主張なわけだな?」
「え? うん、まぁ……そう……なの、かな……?」
「そして男のそれらに触れることは性的ではないと」
「だってそうでしょ?…………えっと、そう、じゃないの? ごめん、実はよくわかってないんだけど、あんたたちも胸とかお尻触られたらイヤなわけ?」
「想像してみるがいい」
「え?」
疑問の声をあげる希咲には応えずに、弥堂は無言でゆっくりと視線を動かした。希咲は釣られて弥堂の視線の先を追う。
そこには白井さんと高杉君が居た。
希咲は想像した。
先程の高杉が供述した部の先輩にホモ的な乱暴を働こうとしたという内容と、さらに白井さんが物陰に線の細い気の弱そうな美少年を連れ込んで彼の胸を弄っている情景を。
余談だが、弥堂もこの時同様の光景を思い浮かべていたが、彼の脳内で再生された白井さんに悪戯をされている気弱な美少年役には、隣のクラスの山田君がキャスティングされていた。特に誰にも語られないどうでもいい余談である。
顔を曇らせた希咲は黙って弥堂の顏へと視線を戻す。
「ごめん、あたしが間違ってたわ。発言を取り消します」
そう言ってペコリと頭を下げた。
「うむ、いいだろう」
弥堂はそれに鷹揚に頷いた。
外野から白井さんの「どういう意味よ」という不満の声が聞こえていたが、弥堂も希咲も取り合わなかった。
「でもさ――」
しかし、言いながら顔をあげた希咲はジト目で弥堂を見遣りながら続ける。
「男にも勝手に触っちゃダメって認めてもさ、あんたがあたしに触ったことは変わらないし、それが許されるってことにはなんないわよね? この会話必要だった? あたしがイヤな絵面想像させられただけで一歩も進んでない気がするんだけど? なんだったわけ、この時間?」
「…………」
都合の悪いことを尋ねられた男は質問には答えずに何もない空間を見るともなしに見た。つまり無視した。
「では一つ問題が解決したことだし話を戻そうか」
「無視すんな。あんた、もしかしてあたしが折れるまで話を逸らし続けるつもりじゃないでしょうね?」
「無駄口を叩くな。真面目に話をする気がないのならもう終わりにしてもいいのだぞ?」
「こ、このやろぉ……」
さらに都合の悪いことに気付かれそうになった男はさらに話を逸らして誤魔化すことを決断した。
「仮に俺がお前の胸を触ったとしよう。それは俺の手がお前の胸に触れた瞬間に成立すると仮定する」
「ん? なに当たり前のこと言ってんの」
「それは逆にこうも言えるのではないか?」
「は?」
めんどくさい男がまたややこしいことを言い出したので希咲は眉根を寄せる。
「俺の手がお前の胸に触れたのではなく、お前の胸が俺の手に触れたのではないか?」
「はっ、はぁっ⁉」
あまりにわけのわからない主張にびっくりして希咲は素っ頓狂な声をあげた。
「いいか? というのも、お前ら女どもは無用に乳だの尻だのが突き出しているだろう? お前は然程でもないがな」
「あんた今なにか言ったかしら?」
「言葉の綾だ」
せっかく混乱させた相手の目が一瞬で攻撃色に染まりかけたので弥堂は適当に誤魔化した。
「そうだな、例えば水無瀬だ」
「は? なんで愛苗がでてくんのよ」
大好きな親友の名前を出されてそっちに全ての関心が移り、わりと簡単に七海ちゃんは誤魔化された。
「それはな、あいつはガキみたいな顔をしたチビのくせに不釣り合いに乳がデカいだろう?」
「あんた、愛苗のことバカにしてるわけ?」
水無瀬を表現する弥堂の不適切な言葉の選択に希咲の雰囲気が剣呑なものになる。
「チャーミングな顔つきに加えてとてもグラマラスであると褒めたんだ」
「とてもそうは聞こえなかったけど? …………まぁいいわ、で?」
「うむ。そんな不用意に突き出した乳房をぶら提げたあいつが幼児のようにちょこまかとその辺を動き回れば、平均的な体型の男が同じ行動をするよりも、あの突出した乳房を何かに接触させる確率は高いだろう?」
「……だから?」
「だから必ずしも男が性的な下心を以てお前らに狼藉を働くわけではなく、お前らの突き出した乳房の方から接触をしてきたという事例が絶対にないとは言い切れないと俺は考える」
「……つまり?」
「つまりは、今回の件に関しては俺がお前の乳を触ったのではない。お前の乳房が俺の手に無許可で触れてきたのだ。よって今回の被害者は、触れたくもないものに無理矢理触れさせられた俺の方であると主張する」
「…………」
極めて特殊な理論を展開する弥堂に対して、希咲は怒るでも呆れるでもなく、ぽかーんと口を開けて言葉を失った。
弥堂はその様子を見て『効いている』と判断する。
「どうやら返す言葉もなくなったようだな。ついに己の罪を認めたか、この痴女め」
「んなわけないでしょ…………や、ごめん。なんか怒る気にもなれないというか……人ってここまで開き直れるのかーって、なんかびっくりしちゃって。人間ってすごいわね」
一周まわってどころか、グルグルと何周も周回遅れにするほどに怒りを超越してしまった謎の感心を抱く希咲の言葉を、弥堂は事実上の敗北宣言と受け取った。
しかし今この時が希咲 七海の知っている人間の中での『あたおかランキング』堂々の一位に弥堂 優輝の名前が燦然と輝いた瞬間であった。




