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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章20 奇人の箱庭 ①

――スンスン――うっく、えぐっ――スンスン――ひっく、ぐすっ――スンスン……




 複数の人間が鼻を啜り嘔吐く音で廊下は包まれていた。



 あれから弥堂は事態を収拾しようと嗚咽を漏らす希咲を宥めようとしたのだが、声をかけた瞬間に烈火の如き怒りを再燃させて、またギャン泣きをするループに入ってしまい、仕方なく諦めて彼女を泣きやませる役目は時間という敏腕ヘルパーに任せることにした。


 法廷院たちも同じような状態ではあったが、男のギャン泣きなど見苦しすぎて触れたくもないので、弥堂はその間の時間を利用して現在交戦中の『弱者の剣(ナイーヴ・ナーシング)』の構成員の一人である、白井 雅という女子生徒に聴取を行っていた。


『むきだしてくれたら、知っていることを話す』


 先程、そう取引を持ち掛けてきた白井自身の言葉通り、彼女はわりと従順に質疑に応えてきた。



「すると、なんだ。お前らの活動を指示・支援している者などいないと言うのか? 隠すとためにならんぞ」


「えぇ、そうよ。何度も言っているでしょう。私達が勝手に集まって勝手にやっているだけ」


「そんなわけがあるか。お前らに資金や報酬を支払っている者が裏にいるだろう? 吐け」


「それこそ、そんなわけがないでしょう。こんな馬鹿なことやらせてお金払う馬鹿がどこにいるのよ。誰も得しないわ」


 強めの口調で先程から詰問を繰り返しているが、白井の返答は変わらない。弥堂の望んでいるような真相は得られなかった。そのことに弥堂は大きく失望をした。


「ならば、何故こんな無駄なことをしている? 多勢に無勢で一人の生徒を責め立てることに何の意味がある?」


「意味? そんなものないわよ……でも、そうね。強いて言えばストレス解消かしら」


「なんだと?」


「いかにもリアルが充実していて普段から楽しく過ごしていそうな奴が呑気に一人歩きしてるところを襲撃して、その無自覚で幸せそうな顔を絶望と恐怖に染め上げた上で理由もなく謝罪をさせてやるのよ。最初は私も意味がわからなかったけど、やってみたら存外すっきりするのよ」


「…………」


 弥堂は言葉を返さず目を細めて白井 雅を視た。

 何の変哲もない、ありふれた普通の人間の女で、どこにでもいくらでもいる女子高校生にしか視えない。


「やだ……そんな値踏みするような視線で本人の目の前から堂々と眺めるなんて……責任とってもらうわよ」


「チッ、ゴミが」


「んっ……なんてひどいの。人間に対して向ける眼じゃないわ。でも嫌いじゃないわよ」


 弥堂はそれっきり白井に興味を失くし目線を切った。


「ねぇ、そんなことよりも聞いてちょうだいよ、弥堂クン」


「あぁ、キミの言う通りだ」


 弥堂は素早くオートモードに切り替えた。


 この白井という女は隙さえあらば聞いてもいないのにやたらと自分のことを語ってくる。どれだけ自分が可哀想なのか、自分は被害者なのだという語り口でアピールしてくるこの手のタイプは、どれだけ愚痴に付き合ってやったところで結論などは絶対に出ないことを、弥堂はこれまでの人生で培った偏見に塗れた己の価値観により決めつけてかかっていたので、以降は彼女の話はシャットアウトし返答は定型文で対応することにした。



(さて――どうするか)


 顎に手を当てて思考する。


 白井の証言は弥堂としては目論みには副わないものだった。このような活動家のような真似をしているのは、金でも貰っているからなのだとばかり考えていた。


 弥堂の展望としては、この連中を制圧して暴力で脅し、存在と活動を見逃してやる代わりに、彼らに提供されている資金をこちらに横流しするように要求するつもりであったが、学園の生徒会から予算を配分されている委員会や部活動などの公式な団体でもなく、裏側の世界から金を得ている非合法な団体でもないのであれば、『弱者の剣(ナイーヴ・ナーシング)』と名乗るこの連中に一切の価値を見出せない。


 このただ迷惑なだけの集団を解散させたという成果を風紀委員会にて報告をすれば多少の実績の足しにすることくらいは出来るだろうが、考えていた以上にこの連中の活動内容が低俗で卑小すぎて、やったとしても大した見返りにはならなそうだ。


(一応裏はとるが、その前に――)


 チラリと。目線だけを動かし希咲 七海を見る。


 

 彼女はまだ床に尻をつけて座り込み泣いているようだが、先程までに比べれば幾分落ち着いてきたようであった。


 まずはこいつからどうにかするかと、『スンスン、ぐすっ、ズズッ』と両手を目元に当てて鼻を啜る希咲へと、溜息を一つ吐いてから歩み寄った。



「おい、希咲」


 弥堂は彼女の前に立ち声をかけるが、彼女は答えずにスンスンやっていた。


「はぁ」と、もう一つ溜め息を吐くと制服の上着からポケットティッシュを取り出し、無言で彼女の顏の前に差し出してやる。希咲はそれを無言でガっと乱暴に奪い取ると、弥堂とは反対側に身体ごとクルッと回って「びーー」と鼻をかんだ。


 しかし、そのまままたスンスンやり始めて立ち上がる様子を見せないので、弥堂は面倒そうな顔をしつつ彼女の正面側へ回り込んでから、希咲の顔の前に左手を差し出す。



 希咲は数秒その差し出された手を不機嫌そうにじーっと見つめてから自身の左手を緩慢な動作で振り上げる。


 手を叩き落とすくらいで気が晴れるのなら別にいいかと、弥堂は黙ってその様子をみていたが、希咲は手を振り上げたままでまたも数秒ほどじーっと弥堂の手を見てから、その手をゆっくりと降ろし弥堂の掌に自身の左腕の手首を乗せて自分は弥堂の手首を掴んだ。


 弥堂は拍子抜けはしたもののそのまま彼女の腕を引き上げてやる。こちらに体重を預け過ぎることもなく、希咲は引っ張り上げられる力を僅かばかり利用して自分で立ち上がった。


 バランスを乱す様子が微塵もなかったのですぐに彼女の手を解放してやると、手の離れ際にこちらの左手をぺちんと叩き落としてきた。特にそれを咎める気もなかったのだが、彼女はこちらの顔を少し赤くなった目で威嚇するようにじとっと睨んでくると、ややあって身体の向きごと変えてぷいっと顔を逸らした。


 よく見るとこちらからは陰になるような位置で後ろ手でスカートの中に指を差し入れていた。隠し武器でも取り出す気かと一瞬弥堂は警戒したが、どうやら床に直接着けていた尻や下着についた埃を見えないようにさりげなく指で払っているだけのようであったので、危険はなしと彼女から目線を切った。



 結局何で泣いていたのか、機嫌は直ったのか、彼女の気持ちはさっぱり弥堂にはわからなかったが、『まぁ、こいつはもうこれでいいか』と切り替えることにした。



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