序章18 偽計に散る義侠の火花 ⑤
高杉 源正の身体が床に沈んでいくのが、希咲 七海の目にはやたらとゆっくりと映ったような気がした。クリーンヒットという見方ならば、たった一撃で斬って落としてみせ、特に何を成したという風もなく立つ弥堂 優輝の姿を呆けたように見つめていた。
今その心の内を占める想いは――
(――卑怯すぎるっ‼)
決着をと対峙してから実際に決着が着くまでのほんの少しの時間の間に弥堂が見せた、様々な動き、手段、手練手管。そのあまりの悪辣さと手際のよさに茫然としてしまっていた。
(一対一で勝負してたかと思ったら突然戦えないような人たちを人質にするみたいに……最初からこれ狙ってたっていうの? 人数多い方が不利になるって……あいつらもあいつらで卑怯な連中だけど、でも、だからっていくらなんでも車椅子の人に――って!)
「ちょっと弥堂っ‼」
そこで我を取り戻したように弥堂に詰め寄る。
弥堂は高杉のKOシーンを目撃して自失したように立ち尽くす『弱者の剣』のメンバー達の様子にチャンスと見たか、手近にいた西野に向ってパンチを叩き込むため肩を回そうとしたタイミングで大声をかけられ、チッと舌打ちをして希咲に目を向けた。
「あんた、いくらなんでもひどいわよっ! 車椅子の人に爆竹投げるとか何考え……て……ん……んん?」
弥堂を糾弾しながら法廷院の安否を確認しようと彼に目を向けた希咲は、上げていた眦が段々下がっていき胡乱な眼つきになる。
その懐疑的な視線の先には、別段負傷はないように思える法廷院が居た。先程まで座っていた車椅子のその脇に『立って』居た。
「なんてこった。あぁ、高杉君。なんて『ひどい』んだ。友人が目の前で失神KOされるとか初めて見たよ。衝撃映像すぎてボクの心は痛く傷ついた。怒りに震えて涙が止まらないよぉ」
「ちょっと」
「だってそうだろぉ? この平和な日本でこんな凄惨なシーンに出会うことなんて普通ないからね。この学園だと一日一回くらいはそのへんに倒れてる人見るけれども」
「ちょっと法廷院」
「だからってこんな暴挙が許されていいはずがない! ボクは断固として――ん? なんだい希咲さん。ボクのことは苗字で呼ばないでくれよ」
倒れた高杉へと悲痛そうな面持ちを向け、大仰に嘆いていた法廷院はようやく希咲の呼びかけに気が付く。
「なんだい、じゃねぇわよ。ねぇ――あんたさ。足大丈夫なわけ?」
「足? 足がなんだって? 御覧の通り何ともないよ? 真ん中にある第三の足はさっき危機一髪だったけどね」
「しねっ――じゃなくて、えっと……あんたって普通に歩けるの?」
「おいおい、これはバカにされたもんだねぇ。ナメないでくれよ? いくらボクが『弱い』からって歩くことくらいはできるさっ! だってそうだろぉ? ボクの足は健康健常そのものだからね」
「は? じゃあ、あんたなんだって車椅子なんか使ってるわけ?」
己の健脚を見せつけるように法廷院は軽快にタップを踏んで見せる。ただし、踵の硬い革靴ではなくゴム底の室内シューズなので、キュキュキュキュッと床を擦る不快な音が鳴った。
その元気な様子に、半眼になっていた希咲の目はさらに険しくなっていく。
「いいところに着目したね。ボクはあることに気が付いたんだよ。車椅子に座ってるとね、特になんともないのに勝手にみんな足が悪いって勘違いして少しだけ優しくしてくれるんだぁ。割と無茶言っても通りやすくなるし。あと高杉君が押して運んでくれるから疲れない」
「サイッテー……」
希咲は心の底から目の前の上級生を軽蔑した。
「ん。てことは、あんたはこいつの車椅子が嘘だってわかってたの?」
もうこれ以上は法廷院を追及する気も起きず、足の不具を偽装していたのを見抜いていたのかと弥堂へと尋ねる。
「知らん」
「は?」
しかし、弥堂からの返答は期待したようなものではなかった。
「そいつの足の具合など知ったことか。実際にどうであれ戦場でそんなものに乗っていれば狙ってくれと言っているようなものだ。敵の弱点をつくことなど当たり前のことだろう」
「……んじゃ、あんたは本当に足が悪いかもしれないってのに爆竹なんか投げつけたわけ?」
「それがどうした?」
「サイッテー……」
希咲は心の底から目の前のクラスメイトを軽蔑した。
「あんた何考えてんのよ。一歩間違えたら大怪我よ。さすがにそれはやっちゃダメよ」
「怪我をしたくないのならばノコノコと出てこなければいい。自ら争いを起こしておいて怪我をしたくないだと? 戯言は死んでから云え。ここはもう――戦場だ」
「何が戦場よ! ここは学校よ! バッカじゃないのっ!」
「さっきからいちいち煩いぞ。勘違いをしているようだが、お前の批評や理解など必要ない。黙ってろ」
「真面目に言ってんのよ! あんたそんなんじゃそのうち事件起こしちゃうわよっ」
真剣に訴えかける希咲に対して、弥堂は変わらずにべもない。希咲はヒートアップしていき段々と二人の間の空気も剣呑なものとなっていく。
「それこそ余計なお世話だ――世話をするなら一番大事なものだけにしておけ。とりこぼしてから後悔しても知らんぞ」
「……なにそれ……どういうイミ……?」
「知るか。少しは自分で考えろ。お前が――お前らがどうなろうと俺の知ったことではない」
「あんたなんで……なんで、そんなんなの⁉」
「お前には関係ない」
熱くなっていくのは希咲ばかりで弥堂はまともに取り合わず口調にも表情にも一切変化がない。言葉や態度どおりに、本当に関係なく、本当に興味がないようで。希咲は何故かそれが無性に癇に障った。
「弥堂っ‼」
何か言い返したい、何かを伝えたい。だが、目の前のこの男に何を言っていいかわからない。それは、この男の――弥堂 優輝のことを何も知らないから。
だから希咲は彼の、その名前だけを大きな声で叫んだ。
「もういい黙れ。言いたいことがあれば後で聞いてやるからこれ以上邪魔をするな。こいつらを終わらせるのが先だ」
しかし、希咲本人にすらあやふやなその想いなのか、気持ちなのか、その何だかわからないものは彼には伝わらなかった。
それも当然だ。
弥堂には彼女がどういうつもりなのか全くわかっていなかった。邪魔だ、としか思っていなかった。
何が言いたいのかわからない、何を伝えたいのか――どころか、何かを伝えようとしていることすらわかっていなかった。弥堂もまた、彼女の――希咲 七海という少女のことを何も知らず、知ろうという気すら持ち合わせていないから。
弥堂は希咲から目線を切り、その無機質な瞳を敵へと――『弱者の剣』達へと向けた。
「さて、もう抵抗出来る戦力はあるまい。大人しく情報を吐き出すか、それとも――その男のように無様に床にキスをするか」
高杉を介抱しようと傍らに座り込んでいた本田と西野の怯えが強くなったのが見えた。白井も顔を青褪めさせ震えている。
「さっきも言ったが俺はどっちでもいいぞ。お前らがどうしようが結果は変わらんからな」
仲間たちが動けない中で、冷酷な眼で見下ろす弥堂の前に彼らの王が立ち塞がる。守るように。
しかし、玉座から降り立った彼らのやせ細った王はその狂犬の前ではあまりに頼りなかった。それでも粘着いた視線を弥堂へと絡みつけ、そのギラギラした目は不敵なままだ。
両者の間で高まる緊張に希咲ももう弥堂への追及は出来ずに息を飲んだ。
決着の時は近い。




