序章18 偽計に散る義侠の火花 ④
『征くぞっ‼』
そう宣言しようとしてしかし、それは叶わなかった。
まるで高杉の意志が決まる瞬間を知っていたかのように、高杉が攻勢に出ようとする瞬間を読み切っていたかのように。
高杉が声を発しようとして口を開きかけたその時にはもう弥堂は懐に入っていた。
(――縮地だとでもいうのか‼⁉)
驚愕に目を見開き反射で対応をしようとする。しかし、己の身体に攻撃命令を出して身体が動き出すまでのその間隙を突かれたかのように先手をとられたことで、それに対する最適な行動を選択し、意志決定をする処理に齟齬が起きた。僅かな僅かな硬直。
「ぐうううっ」
それでもどうにか相手の姿だけはしっかりと目に映す。急激な緊張状態に固まってしまった筋繊維に強制命令を出す。姿勢を下げて沈み込むように入り込んできた弥堂は、伸び上がるように左の肘を突き入れてくる。狙いはボディだ。無理やりに腕を動かす。
攻撃をする動きはキャンセルされてしまった。先に決めたプラン通りに先手をとり間合いの内の弥堂を迎撃するのはもう間に合わない。
では、この攻撃をもらって摑まえるか?――それも無理だ。もらう覚悟を決めて準備をしていなければさすがに耐えられないだろう。それに、この男は先程100㎏近い体重の本田を片腕で持ち上げていた。決して非力などではない。今の硬直した身体の状態で急所に直撃をもらえば確実にこちらが沈む。
横隔膜を貫こうと迫る弥堂の肘を無理矢理動かした右腕でガードした。
(その技は知っているぞ! 裏拳だろう!)
推測通り、ガードされた反動で跳ね上がった左の裏拳が顔面に迫る。高杉は戻した左腕で顎を守った。
「ぐぬっぅっ」
しかし、先の交戦時のハイキック同様に弥堂は高杉のガードに拳ではなく手首を当て、そこを支点に手首を返して伸ばした指で高杉の目を打った。左の眼球を打たれ視界が滲む。
どうにか右目は守れたものの戦いの最中で突如として半分塞がれた視界にパニックを起こしそうになる。反射的に閉じそうになる無事だった右目を、高杉は意志の力で無理矢理見開き続けた。
状況としては先程と同じだ。視界を塞いだのなら次は死角からフィニッシュを叩き込んでくる。図らずとも高杉が想定していた通りの展開となった。
(来いっっ! 右ハイを撃ってこい! 必ず耐える‼ 武器を使うなら使え。意地でも道連れにしてやるっっ‼‼)
意志を固め、首の筋肉も固める。しかし――
――来ない。
先程の弥堂の蹴り足の速度に合わせて備えていたが、あの速度でなら2・3発叩き込んでもお釣りが出るほどの時が経っても攻撃が来ない。
――カチッ、シュボ…………パチパチパチ……
来るはずの攻撃が来なく視界の外から異音が鳴る。何かが弾けるような音が。
(なんだ? 一体なにをして――)
「――おい、目を離していてもいいのか?」
右目で捉え続けている視界の中、弥堂はそう口を動かした。
(目を離す……? なにを――まさか⁉)
勘に任せて大きく振り返る。敵を目の前にして、その敵に背を向けるようにして背後を見る。
己の守るべき仲間と主の居る方向を。
車椅子に座る法廷院とその周りに集まった『弱者の剣』の仲間たち。特に変わった様子はない、しかし、その彼らの方へ向かって空中を、『何か』が放物線を描くように落ちていく。
その『何か』は、車椅子に座った、高杉が主と仰ぐ法廷院の、深く座り踏ん反り返るようにして開いたその右と左の足の付け根の間に、落ちた。
不思議そうにゆっくりと視線を下ろす法廷院と、焦燥し大きく見開いた高杉の右目に、その『何か』の正体が映る。それは――
「――へ? 爆竹っ?」
「代表おおぉぉぉぉっ‼‼」
呆けたような声を出す法廷院の元へ、高杉は足の筋肉の全てを爆発させるような勢いで床を蹴り突っ込んだ。先程まで見せていた以上の踏み込みの速さで車椅子へ腕を伸ばし飛び込む。
「ぐっぐうぅぅぅぅっ」
座席部分に落ちた導火線に火花を散らす爆竹を無理矢理握り潰す。間一髪火薬に引火する前に消し留めることが出来た。
「代表!――ご無事ですか⁉」
高杉は己の主の安否を確認しようと見上げるが、その座席上に法廷院の姿はなく、首を振ってその姿を探すと、彼は車椅子の脇、高杉から見て右手側に立っていた。
「よかった、お怪我は――」
「――目を離していいのか、と言ったぞ」
安堵しそうになったその瞬間に聞こえた弥堂の声で気付く。自身の前に立つ法廷院のその向こう側で、蹴りを放とうとしている弥堂 優輝の姿に。その蹴りの軌道上にいるのは法廷院だ。
「キサマアアァァァァっっ‼‼」
怒りの声と同時に限界以上の力で以て足で床を蹴る。法廷院を庇うために。
弥堂の蹴りは先程よりも遅く見えた。わざと遅くしているのだろう、高杉が法廷院を必ず庇いにくることを知って、わざと受けさせるために。高杉はギリギリ間に合った。下から伸びてくる弥堂の蹴りを両腕でガードしようとする。
(ここでは相打ちには持ちこめんっ。代表を巻き添えにしてしまう )
しかし、先程は余裕をもって受け止められた弥堂の蹴りは、先よりも速度がないにも関わらず、先とは比べ物にならない威力で以て高杉の両腕のガードを弾き飛ばし開かせた。
「――なんだとっ⁉」
弥堂はすぐさま踏み込み左手で高杉の肩を押し壁に叩きつける。
「がっ!」
背中から叩きつけられ息が詰まるが、高杉は状況を脱しようと、反射的に掴まれている肩で弥堂を押し返そうとした。
しかし、その瞬間には弥堂の手は外されており、高杉は体勢を完全に崩し前につんのめる。
(すべて、計算ずくだとでもいうのかっ)
高杉はせめて敵の姿を捉えようと目線を向けるが、その無事なままの右目の視界に映ったのは己を見下ろす冷酷な瞳のみ。先程の目潰しで塞がれた左側の死角から迫る、己を沈めるその拳を見ることは叶わなかった。
「――見事っ」
せめてもと挙げた己を倒す男へのその称賛の言葉の直後、鈍い音をたてて弥堂の打ち下ろしの右が前のめりに体勢を崩した高杉の顎をカウンターで捉えた。
バチンと大きな火花が散ったように視界は白く弾け、その一撃で高杉はぐりんと目玉を裏返し、巨体は横倒しに床へと沈んだ。




