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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章03 白鍵上の短二度 ②


 弥堂が他の生徒たちから冷遇される理由の一つ目が“それ”であり、そして二つ目は――



――この新2年B組の生徒達が初めて顔を会わせた日、新学期初日に行われたクラス内の自己紹介での件だろう。



 名前、所属する部活や委員会、趣味に特技、1年間の抱負など――


 教壇に生徒が一人一人順番に立ち、そんなお決まりとも謂える題目を、これからの1年間学友として共に過ごす者達に向かって聞かせる。


 この季節での学び舎では風物詩ともいえるイベントだ。

 


 第一印象は大事だ。


 現代社会での人間関係は希薄である。


 ともすれば、ファーストコンタクト以降は特に深く関わることもないまま時間だけが経ち、そのまま関係が確定してしまうことも多いという。


 過日に視聴したニュース番組で、専門家を名乗る男がそのようにコメントしていた。



 確か――


『ある小学校から女生徒の縦笛が多数紛失した。盗難の線で捜査をしていた所、近所に住む一人暮らしの大学生の男の部屋からこれらが発見され、盗難の容疑者としてその男は当局に身柄を拘束された』


――といった事件であったろうか。



 後日犯行を認めた男は――


『女子児童の唾液がどうしても欲しかった。ずっと耐えていた。しかし我慢ができなくなった。女児の唾液の染み込んだ笛の吹き口を削り出し、粉末状にしたそれを練り込んで差し歯として自身の歯と入れ替えれば、自分は神に会えると確信していた』


――などと供述したという。男には将来を誓い合った同年代の恋人もいたらしい。



 現場から中継をしていたレポーターの女が、近隣住民から容疑者の男の為人とその印象を聞いたところ――


『好青年風で人当りがよく、明るく挨拶をしてくれた。但し挨拶以上の接点はなく、まさかこのようなことをする人間だとは思わなかった……』


――などと、口を揃えて同じような解答をしたという。



 ちなみにこれは美景市内で起きた事件であった。

 


 専門家とやらは――


『このように人には見えざる一面があり、それは初見でわかるものばかりではない。継続して関係を持ち共に時間を重ねていくことで、希薄になってしまった現代の人と人との繋がりを深めることに繋がり、そしてそれが社会的弱者への救済へと……』


――などとつらつらと語った。



 恐らくこれがこの話の肝なのだろうが弥堂は逆に受け取った。


『継続した関係さえ持たなければ第一印象しか残らない』


 つまり、第一印象でこちらの望むままの印象を与えておけば、その後の工程は全て省くことが出来る。



 それは他人との関係を深める予定のない弥堂にとって大変都合がよかった。


 酷く効率がいい。


 そう考えた。



 その考えを実践したのが先日、このクラスでの新学期初日に行われたHRでの自己紹介の時である。



『普通』に一般的な生活を送っていれば、小学校から数えて誰もが何回も行ってきているこの自己紹介という通過儀礼には辟易としている生徒も多い。


 だからこのクラスでの自己紹介においても、明らかに気が進まない者、適当に当たり障りのないことを話してやり過ごしている者、それが殆どのようであった。



 しかし弥堂は、ここは手を抜くべき箇所ではない。


 そう判断した。



 この学園では出席番号は男女交互に割り振られる。


 男子が奇数番号で、女子が偶数番号だ。



『あ』行最初の男子生徒が1番、女子が2番、と数えていく。


 弥堂に割り振られた番号は21番だ。自己紹介は出席番号順に行われているので彼の手番は後半となる。


 考える時間は十分にあった。



 不要な馴れ合いを求められたり私事を探られたりしない間合いを作り、且つ必要以上に軽んじられないように、それでいて必要以上の興味も持たれないような印象を与える。


 そのために必要なプロフィールを組み立てていく。



 やがて弥堂の順番になると、教壇へ向かうべく席を立つ。


 歩いていく傍ら、不意に以前一時的に世話になっていたかつての自分の保護者のような立場にいた女が脳裡に浮かんだ。



 (あか)い女だった。


 赤より熱い黄色混じりの緋色の女。


 そんな熱量を持った炎のような女で強い女であった。


 鮮烈で熱烈で周囲全てを獲り込み巻き込み燃え上がらせる――そんな荒々しく獰猛で情熱的な女だった。



 そして『世界』の中で右も左も失った優輝に生きる術を仕込んだ。


 彼にとっては篝火のような女でもあった。



 その女は言った――

 

「いいかァ? クソガキ。世の中ナメられたらおしまいだ。どこに行っても、誰が相手でもだ。まずは見下ろせ。んで睨みつけろ。そしたらハッタリでもなんでもいいから一発カマしてやんな。そんでも反抗的な態度とる奴ァぶん殴っちまえ……、あぁん? ンだぁ? そのツラはよォ? ハッ――女の子みたいに小っちゃくて細っこいかわいいかわいいユキちゃんは、アタシみたいにゃあできねェかァ? アアン?」



 そう言ってその女は――ルビア=レッドルーツは獰猛に嗤った。



「じゃあよぅ、テメェはこう言ってやんな……」と――


『ルビア』という彼女の生まれ育った地方では男性名になるらしい名前を名乗り、優輝をユキと呼び何かと少女のように扱ったその女は――ガシガシと優輝の頭を乱暴に撫でながら言葉を続けた。


 柄が悪くがさつな女であった。



 彼女はその時何と言っただろうか。


 記憶の中から記録を取り出し教壇に立つ――




――そうして首尾よく、自己紹介にて彼女に教わった通りに一発カマしてやった弥堂は、驚愕や畏れや奇異に教室が騒めくのを満足気に見下ろし、それから自席に戻って行く中、ふとその後の彼女の言葉を思い出した。



「だがよォユキ。テメェは弱っちいからなぁ。もしよォ喧嘩になって負けちまいそうだったらよ、とりあえず逃げてこいよ。何をしてもいい。どんなに無様にションベン垂らしながら逃げようが、みっともなく這いつくばって命乞いをしようが。生きてさえいりゃあそりゃあ負けじゃあねェよ。どうにかして逃げ帰ってよ、そん時ゃこのアタシに言いつけな。相手が誰でもお姉さんがバチっとシメてやっからよぉ。アタシは強ェからな。知ってんだろ?」



 酒が波々と注がれたジョッキを片手に、その緋い女はそう言って鮮烈に笑った。



(知ってるよ。だけどさ。俺もちゃんとやれてるだろ? ルヴィ)



 胸中でいつかのその女に、彼女の嫌がる本名で喚びかけた弥堂は笑わなかった。



 

 とはいえ、ちゃんとやれていないからこそのこの現状な訳なのだが。


 弥堂自身は予定通りに事が運んだと認識していた。



 しかし、廻夜部長に言わせれば『やらかした』ようだし、担任教師の木ノ下には件の自己紹介のHR後に呼び出されとんでもない失言だと厳しく咎められた。


 教職に就いてまだ2年目だという、今期初担任を任されたその若い女性の教師に、随分と顔を真っ赤にしながら叱責をされたので、恐らくは失策だったのかもしれない。


 だが、何が悪かったというのかという点に関しては、弥堂は全く理解出来ていなかった。


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