序章18 偽計に散る義侠の火花 ②
「その意気やよしっ‼‼」
『お前には知る資格がない』
弥堂のその答えを予測していたのだろう。叫ぶと同時、高杉はダンっと大きな音を立てて床を蹴りこちらへ迫る。
「へ?」
弥堂もそれを予測していたのだろう、特に焦ることもなく左手で掴んだ希咲を高杉との射線から引っ張って外し、右手で突き飛ばす。
べちゃっ――「ふぎゃっ」という音と声が聞こえた時にはもう高杉は間合いに入っておりその長いリーチを使った右の正拳を突きこんでくるのが視えた。
希咲を突き飛ばした右手を戻す動作から繋げて、高杉の右肘に外側から手を当てて内に流し、その動作のまま左肩を前に半身になる。
右足を引き左肩を前に出す動作のままカウンターの左拳で高杉の空いた肝臓を狙う。高杉もそれを察知しており左手を伸ばして上から弥堂の左手首を抑えることでこちらの拳を止めた。
それにより高杉の左のガードの空いた顔面に弥堂は右を突き込もうと腰と肩を回すが、先程流した高杉の右が裏拳で側頭部を狙っていることを肌で感じる。右のストレートはキャンセルし、膝を抜いて頭を下げ、振り回された裏拳を潜りながら高杉の懐へと踏み込む。
タックルを嫌った高杉は入ってくる弥堂の顔面にカウンターの膝を当てにいく。しかしそれを読んでいた弥堂はその膝の出を抑え両手でガードする動作とともに、相手の膝を流して肩を高杉の胸に押し当てて、足先から腰までを捻る回転の力のみで吹き飛ばす。
鳩尾を狙ったのだが、打点は外されたようで高杉にもダメージはない。鳩尾に入って相手の息がつまっていればそのまま仕留めにいくつもりだったのだが、距離が空いたことにより両者ダメージのないまま仕切り直しとなった。
弥堂によって突き飛ばされた希咲が壁に貼り付き顔面を打ち付け、「あいたー」と鼻を抑えて振り返るまでの間の出来事である。
「あんた女の子の顏に何してくれてんのよ!」
「やるではないか弥堂。ただの喧嘩自慢ではなさそうだな」
弥堂はどちらの言葉にも答えずに半身のまま腕を下げ高杉を見据える。
「クククク――いいぞ。滾ってきた。風紀の狂犬。お前は素敵だ」
ニタァと凄惨な笑みを浮かべ高杉は目を爛々とギラつかせる。
「俺に怒りをぶつけるのではなかったのか?」
「野暮なことを言うな。闘争の口火を切ったのならばもはや怨恨は不要。弥堂、勝負だ。俺が勝ったら俺の知りたいことを話せ。お前が勝ったのならばお前の知りたい情報を全てくれてやる」
「口約束など必要ない。先に言った通りだ、お前らがどうしようと必ず全て吐き出させる」
「上等っ! ならば俺が勝った暁には――」
言葉の途中で高杉は再度踏み込んでくる。
「――お前を抱くっ‼」
先程同様右の正拳を放ってきた。しかし、先の交戦でも巨体の割には速いと感じた高杉のその踏み込みと突き入れの速度は、先程を大きく上回った。
「ぬんっ」
ベタ足で床を踏みしめ腰を回し、脇の下で引き絞った右の拳を、前に突き出していた左手を引き寄せる動作と連動し射出する。よく修練された型から放たれるその空手の基本となる攻撃技は、暴風を伴ったような錯覚を起こす速度と威力で弥堂の顔面に迫る。
弥堂は迫るその拳をよく視て、首を右に少し傾けるだけで空かし相手のリーチの内へと潜ろうとする。
その弥堂に対して高杉は、今度は左の正拳で迎え撃とうとする。弥堂はその第二撃が放たれる直前に、右の掌で高杉の左手を下からカチ上げた。
「なに⁉」
力により強引に打ち上げるのはなく、相手の攻撃の始点をずらし相手自身の攻撃に使った力を利用して崩し身体を開かせる。左腕を跳ね上げられたことによりガードの空いた顔面を右の掌でそのまま狙う。高杉は右腕を顔面のガードに戻すが弥堂はそのガードを打つのではなく、右手で触れ高杉の視界を塞ぐように彼の腕を押し込んだ。
(フェイントかっ、無様っ!)
一瞬とはいえ立ち合いの中で視界を塞がれればそれは充分な隙となる。高杉は次に来るであろう大技に備えて覚悟を決める。たとえガードが間に合わなかったとしてもくるのがわかっていれば一撃くらいは余裕で耐えてみせる。彼は自分のタフネスに自信を持っていた。
弥堂は高杉の腕を押した右腕を戻しながら右足を振り上げた。
最小限の動きで跳ね上がった弥堂の右足が高杉の側頭部を狙う。高杉が視界の端にそれをどうにか捉えた時にはもう目前まで迫っていた。
(右ハイ――速いっ!)
首を固め歯を食いしばり、もらう覚悟は決めながらもどうにか戻した左腕を相手の蹴り足との間に割り込ませるのに成功した。
(速いが軽い)
急所となる顎とコメカミを守るように入れたガードから伝わる衝撃は思ったよりも軽かった。しかし。
パァンと、平手で頬を張ったような音が耳を撃った。
「ぐっ」
弥堂はガードの上から強引に蹴るのではなく、ガードポイントを支点にしならせた爪先で高杉の耳を叩いた。揺れる三半規管。高杉はまた一瞬敵を見失う。牽制のために当てずっぽうで右を打つがそれも弥堂に躱される。しかしその時にはもう高杉は正常を取り戻しており自身の左側へとズレて右拳を躱した弥堂の、右肩を狙い左の打ち下ろしを放つ。
弥堂はその打ち下ろしも難なく外に流して捌く。
(かかった!)
これまで攻撃を捌いて内に入るポジションを維持し続けていた弥堂への罠であった。右肩を狙った攻撃を外に捌いてまた内へと移動する弥堂を右のローキックで迎え撃つ。これまでパンチしか見せていなかった高杉の戦闘プランであった。
「おぉぉおおぉぉぉぉっ‼‼」
裂帛の意気とともに、細かいステップを踏んで内に潜った弥堂をめがけて、繰り返した修練通りの体捌きでローキックを繰り出す。着地をして重心の乗っている弥堂の左ひざを圧し折るつもりで、打ち下ろすような軌道の蹴りを放った。
だが、初見のはずのその蹴りの射程を知っていたかのように、弥堂は軽いバックステップでローを空かした。
「――⁉」
驚愕に目を見開くが、高杉は空かされたローキックの勢いは止めずにそのまま身体を回す。回転の勢いを乗せたバックハンドブローでこの後飛び込んでくるはずの弥堂を迎撃しようとするが、それも読み切っていたかのように弥堂は動かなかった。
裏拳が過ぎたタイミングで弥堂は飛び込んでいく。
「うおおぉぉぉっ‼」
高杉は流れる体を強引に止めて保ち、自分を仕留めにくる相手に前蹴りを放った。
胸を狙ってその巨体から放たれる前蹴りは、正中線を捉えられ弥堂も躱すことはできずに蹴り足との間に両腕を挟み込みガードする。高杉の攻撃が初めて弥堂を捉えた。
前蹴りにより吹き飛ばし強引に距離を作り出し、再度仕切り直しとなる。
(派手に飛んだように見えたが手応えが軽い。自分で飛んだか)
荒く息を吐き出しながら高杉は相手へのダメージを考察する。弥堂は半身になるだけで構えのようなものは相変わらず見せない。そしてその呼吸には一切の乱れはないように見える。
劣勢なのは高杉だ。しかしその戦況の中で高杉は哂った。
「いいぞ、弥堂。ここまでの業、どうやって身に付けた」
「さぁな」
「色々混ざっているな。立ち姿はアウトボクサーのようだが外には回らず内に立ち続ける、蹴り方はムエイタイかブラジリアンか? タックルのような動きも見せたな? 総合か? ……いや、違うな。中国拳法も混ざっているように思える。我流で色々齧ったのか? それともそういう流派があるのか? 師がいるのか? ケチケチするな。教えろ」
「流派など知らん。何かしらの源流はあるようなことを、俺にこれを仕込んだ女は言っていたがな」
「やはり師がいるのか。女性だと? なるほど。確かに力で押すのではなく力をうまく流していたな。そうか女性か。納得だ」
「お前は『業』と言ったが、あの女に言わせれば俺程度の『デキ』では稚拙すぎてとても『業』などとは言えんそうだぞ」
「おほっ。それは凄いな。お前のそれよりも遥かな頂があるのか。燃えるではないか。どんな方なのだ、その師は」
「さっき言っただろう。メイドかシスターの格好をした地雷女だ」
興奮したように問い詰めてくる高杉に、弥堂は先程前蹴りをガードした時に制服に付いた汚れを払いながら彼にしては珍しく素直に会話に応じる。
そんな様子を離れた場所で希咲は訝し気に探っていた。




