序章17 適応異なる異なら不る因子 ③
通じ合うことが出来たと思ったらすぐに感情的に怒り出す目の前の女を見て、高杉は失望するとともにやはり男を愛する自分の道は誤りではなかったのだと己を誇った。
「ふむ、だが隠し秘めるのもまた性癖か。いいだろう」
「おい、このくだらん与太話はいつまで続くんだ?」
「ふふっ、せっかちな男だな。嫌いではないぞ。しかし、下らないなどということはない。弥堂よ。お前にもあるはずだ。お前だけの愛を紡ぐ性癖が……」
「意味がわからんな」
「おっほ、焦らしてくれるじゃないか。嫌いではないぞ。お前はどんな女が好みなんだ? もしくはどんな男が好きなのだ?」
高杉のその問いに「おっと、それは重要な情報だ」と、希咲もくるっと身体の向きを弥堂へと向けて、彼の顔をじっと見る。
「なんだ?」
「いえいえおかまいなく。ささ、続きを、どうぞ」
訝し気に問う弥堂に希咲はその綺麗な指を伸ばした掌を見せボーイズトークの続きを促した。
「女の好みだと? ふむ――」
何の必要性も感じない会話だったが、弥堂は経験上何でもいいから適当に答えた方が早く済むことを知っていたので、記録を探ってみる。
「そうだな。メイドかシスターだ」
「あんた意外と俗っぽいのね……てかそれただのコスプレじゃん」
過去のあれこれから真っ先に浮かんだものを適当に口に出したが希咲からは侮蔑の視線を当てられた。
「弥堂ちがうぞ、それはちがうっ。好みのコスプレを訊いているのではない。上辺を飾る服装ではなく裸のままの相手と肉体と肉体でぶつかりあうのが愛だ!」
「そうか。では、裸に剥いても腹の中に何を隠し持っているかわからないような地雷女が好きだ」
「なにそれ。なんか倒錯してるわね、なんか変態っぽい」
「ふむ。難しいな。つまりメンヘラ女が好みということか。よかったではないか、希咲」
「は⁉ どういう意味よ! あたしメンヘラじゃないしっ」
「まだ終わらんのか」
「照れるな。熱心に聞いていたではないか」
「はぁ? これはそういうんじゃないからっ! あんたも勘違いしないでよねっ!」
「何の話だ」
前半は高杉に否定しながら、そして途中で弥堂に矛先を変えて、キレイに整えられた爪を載せた細長い人差し指でビシッと指さす。日本国の歴史と伝統を感じさせるような見事なツンデレ芸であった。
弥堂が鬱陶しそうにその突きつけられた希咲の指を、人差し指と中指で挟んで自分から外すと「さわんなぼけっ」と悪態をつきながらガシガシと足を蹴ってきた。
こいつ段々遠慮がなくなってきたなと思いながら、うんざりとした面持ちで高杉に続きを促す。
「で?」
「ほう、俺に興味が湧いたのか? 嫌いではないぞ」
「俺は興味ないが、こいつが聞いていただろ。途中で打ち切って後でギャーギャー言われても面倒だ。さっさと済ませろ」
希咲の方を親指で示しながら催促する。
「おほ。優しいのだな。嫌いではないぞ」
「こいつって言うなっ。あたしあんたの女じゃないんだからっ」
「お前ほんとうるせーな」
「お前って言うのもやめてっ」と尚も喚く希咲を弥堂はもう無視した。
「まぁ、続きというほどのものもないのだが、さっきのでほぼすべてだ。要は俺のような者たちのことは、自分の住む物語とは別の物語の住人だと思ってくれればいい。不当な差別を受ければもちろん戦うが、かといって過剰に尊重もしなくていい、称賛をするなどは持っての他だ。ただ、そっとしておいてくれればそれでお互いに幸せになれる」
「ふむふむ、なるほど。セクハラは最低だけど、よくわかったわ。ちゃんと考える」
「うむ。お前らはよくSNSなどをやるだろう? 我々を過剰に称賛をして理解を示すような素振りを見せて己のステータスにしているような者どもは明確に我々の敵だ。感情に訴えかけられて移入してしまったからといって、その者の言うことを全て真に受けて簡単に影響されてはいかんぞ」
「あたしそんな浅はかじゃないわ、バカにしないでっ。でも、ちゃんと受け止めて注意します。ありがとうございます」
そう言ってぺこりと頭を下げる希咲を見て、既に高杉の言葉に影響されている気がするし、弥堂から見て割と成熟しているイメージを持っていたが、やたらと子供っぽい仕草が見えてくるのは水無瀬の影響を受けているのではないかと、弥堂は懐疑的な視線を希咲へと向けた。
「うむ、あとはそうだな、出来れば、LだのGだのなんだのといった記号で一括りにはするな。ホモとは言っても千差万別。男なら誰でもいいわけではない。線の細い美少年が好きなホモもいれば、俺のように熱い汗の迸る屈強な男が好みのホモもいる。ホモとホモでも性癖は違うそれぞれ別のホモなのだ」
「あ、そうか。まぁ、そうよね」
「そうだ。ちなみに俺は屈強で逞しい男と全力でぶつかり合った果てに、力づくで組み敷かれて蹂躙をされるというのがフェイバリットパターンだ」
「訊いてないんだけど」
「お前ら女でも個人差はあるだろう? 白井のように特定の男に粘着質な想いを絡み付け頼まれもしないのに尻を見せつけることを好む女もいれば、お前のように仕事でもないのに不特定多数を対象に毎晩別の男の上でスクワットをすることを好む女もいる。俺には理解はできないが、見て見ぬフリをしてやることは出来る」
「だからあたしそんなんじゃないって言ってんでしょ‼ なんで頑なに聞き入れないわけっ⁉」
先程と全く同じパターンで感心していたと思ったら怒り出す希咲に、弥堂は懲りない女だと侮蔑の目を向ける。
「あによ、その目は。ちがうっつってんでしょ! ばかっ」
その弥堂の目にありもしない性生活を誤解され想像されているのではと勘違いし抗議をしてくる。そんな希咲を無視して、弥堂は話を締めに入った。
「よし、もう終わっ――「あ、ねぇねぇ、てかさ――」――……」
しかし、希咲に邪魔をされて今度は弥堂が無言で抗議の視線を送る。無表情だがどこか不満気だ。
「あによ? こっちみんな」と威嚇してくる希咲に顎をしゃくってみせ、さっさと終わらせろと促す。
「んん。てかさ、なんであんたこいつらと連んでるわけ? なんか主張もちょっと違……別っぽいし」
高杉は『違う』と言いかけて慌てて言い直した希咲に満足げに頷くと答える。
「そうでもないさ。俺は敗者でも被害者でもないが弱者ではある。俺もまた居場所を失くした弱き者であり、それを代表に拾っていただいたのだ」
「ふーん……みんな色々あんのね」
高杉はそう言うと目を閉じる。そしてバトンを受けとったように法廷院が続きを引き継いだ。
「まぁ、拾ったって言うと語弊があるけどね。友達になろうってそれだけさ。だってそうだろぉ? ボクらは対等だからね」
「あ、あんたまだいたんだ」
辛辣な希咲の言葉を法廷院は聞こえないフリをした。
「彼はね、空手部だったのさ。狂犬クンには馴染みあるよね? 何せ空手部を潰したのはキミなんだから」
「は? あんたそんなこともしてるわけ? ――え? てことは――」
「あぁ、違うよ。誤解しないでほしい。確かに練習中の空手部に乗り込んでいって、乱暴にも部員全員を叩きのめして無理矢理に解散をさせたのはそこの狂犬クンだけどね。でもそれで高杉君が居場所を失くしたわけじゃあない。高杉君はそれよりも以前に空手部をクビになっていたのさ」
「あ。そうなんだ」
希咲は自分に関係ないこととはいえ、クラスメイトの無法な行いによる被害者ではなかったのかと少し安堵する。それを抜きにしても大概酷い弥堂の行いを非難したいところではあったが、自身の幼馴染でクラスメイトの天津 真刀錵もほぼ変わらないことをしでかしているので、お口をもにょもにょさせ、間違ってもこの二人がタッグを組むようなことにはならないよう留意しようと誓った。
「彼がクビになったのはとっても不当な理由でね。あまりの不幸に彼は大変に傷ついてしまい、そして寄る辺をなくしてしまったんだ。一体どうしてクビだなんてことになったと思う?」
「え? クビ……不当に――あっ」
不当な退部処分。通常では部活動などはよっぽどの理由がなければクビになどなるものではない。
居場所をなくす。不当な除名。そして高杉という男の性質。
嫌な推察を辿ってしまい、希咲は高杉へと痛ましい目を向けるが、「憐れむな」と、先の彼の言葉を思い出し、すぐに表情を改め法廷院へと向き直る。
「フフフ。キミは優しい子だね、希咲さん。そっちの狂犬クンは全然興味もないみたいだけれど。まぁ、ご推察のとおりの悲しい出来事さ。みんながほんの少し他人に優しくなれれば、こんなことにはならないのにね。心が痛いよ。でも仕方ない。集団の中で『違う』と思われてしまえば排斥されてしまうのさ。痛ましく許せないことではあるが、それもまた人の持つ『弱さ』と考えれば、ボクはそれもまた許さなければならない。どっちも擁護しなければならない。守っても守っても足りないのさ。そうだろぉ?」
「でもっ。いくら――だからって、そんなの許されちゃダメよっ!」
早速感情移入してしまった七海ちゃんは義憤を燃やす。
「俺を庇うな、希咲。そもそも事が露呈したのは俺のミスだ。自分の弱さを許すためにはまず、自分の弱さを認めなければならない」
「だけどっ――あ、そうだ。ねぇ、弥堂。あんた風紀委員でしょ? こんなの不正もいいところなんだからあんた達の方か……ら……」
風紀委員の方から不当な処罰であると言及をして退部を取り消してはもらえないのかと、そう弥堂に提案しようとした希咲であったが、喋っている途中でそもそも復帰するにしてもその空手部を丸ごと潰したのはこいつだったという事実を思い出し、悲痛そうにうるうるしていたおめめが見事なジト目になる。
「あんたにはがっかりだわ」
「そうか」
「ていうか、何で空手部潰したりしたわけ? なんか悪いことしてたの?」
「お前には知る資格がない」
「あんた説明すんのめんどくさいからって適当にそれ言ってるんじゃないでしょうね? ――あーーっもういいわ……」
こいつに訊いても無駄だと希咲は諦めた。




