序章17 適応異なる異なら不る因子 ②
「現代のホモは恵まれている」
そう発言をした高杉は遠い目をした。
しかし何やら続きがありそうだが話を続けようとはせずに虚空を見上げている。と、思ったらチラっと横目でこちらを見る。しかし喋り出す気配はない。
希咲は自身の隣にいる男に「あんたの担当でしょっ」と視線を向けながら肘で突いて促すが、弥堂は応じる気配を見せない。七海ちゃんは一回お口をもにょもにょさせると、「何でこの連中いちいち語りたがるのよ」と不満を漏らしながら高杉に相槌を送る。
「え、えと、はい。恵まれている、ですか?」
「そうだ」
高杉君は再起動した。どうやら聞き手役を欲しがっているので正解だったらしい。希咲は室内シューズのつま先で床をぐりぐりした。
「先人のホモたちはもっと過酷であったと聞く……表だった場所でもやはり差別や弾圧はザラに存在したそうだ。笑いのネタになっているものなどまだマシな方であったと伝え聞く」
「なるほど」
「それを考えれば、今の時代は恵まれている。勿論まだ問題は山ほどある。しかし、表向きの差別などはなくなった。いや、表向きしづらくなった、見えづらくなった、と言うべきか。今よりももう一歩進むためには皆がしている大きな誤解を解かねばならない」
「誤解?」
「そうだ。今は自分と『違うもの』も尊重しよう。そういったスローガンのもと俺たちに理解を示さない者に『非人道的』『差別主義者』といったレッテルを貼って袋叩きにすることで抑圧をしている。だが、それはとても歪なのだ」
「それは――でも、そうね。確かにそういう見方もできるかも」
想像していたより遥に真面目な話でなんかすっごい大事なことっぽかったので、七海ちゃんは普通に聞き入り始めた。
「まず、前提が違う。我々は『違うもの』ではない。『別』なだけなのだ。そして根底にあるものは総て『同じ』なのである。俺も、女――お前も『同じ』なのだ。それが何かわかるか?」
「え? えっと……なんだろ……ごめん、わかんない……」
「謝るな、女、代表も仰っていただろう。知らぬは罪ではない。こうして今、お前は俺の話を聞いている。理解を示そうとしている。その心がけと行動は立派なものである。誇れ、女――いや、希咲 七海」
「あ、ありがとうございます」
七海ちゃんは高杉先生に褒められた。
「うむ。では、俺たちの根底にある『同じ』ものとは何か。なに、難しいものではない。それは――『愛』だよ……」
「あ、愛……」
七海ちゃんは口に出した後でちょっと照れてキョロキョロした。そんな自分の仕草に気付かれてないかと窺うように隣の男の顏を見たら、全く愛も情も解さぬ目でつまらなさそうに聞いていた。希咲は大きく失望した。
「そうだ。愛だ。お前が誰か男を愛するのも、そこの男が誰か女を愛するのも、そして俺が誰か男を愛するのも、その時俺たちのこの胸に宿る気持ちは『同じ』ものであるはずだ。違うか?」
「……ちが、わない……うん、そうね。あんたの言うとおり同じだと思う」
希咲は理解を示した。脈絡もなく開口一番性癖をカミングアウトし、女呼ばわりをされて、この高杉という男には最悪に近い第一印象を抱いていたのだが、だがこうして考えを聞いてみるとこうも簡単に印象が変わるものなのかと感心をした。
弥堂ほどではないが、希咲もやたらとトラブルに見舞われるせいで、いつの間にかそれが作業化されており、他人と対立した際に少し話をして通じなければもうぶっ飛ばしてしまえばいいという短絡的な思考に自分が陥っていたことに気付き、そしてそれを恥じた。
よく知らない他の誰かも、それぞれみんな一人一人、自分と同じように何かを思って、何かの考えを持っているのだと、そんな当たり前のことを失念していたことに反省をする。
思いもかけずこれはとてもいい話が聞けたぞと、嬉しくなってしまった七海ちゃんはプロのJKなので早速その喜びを誰かと共有したいと、今この場で同じ話を聞いて共感しているはずの隣にいるクラスメイトの男の子に話しかけようと、彼の制服の袖をクイクイひっぱる。
「ねぇねぇ弥堂、あんたも聞いてたでしょ。これすっごくだいじな――」
しかし、希咲の期待にはそぐわず隣の男は死んだ目でどこを見るともなく、ぼーっと視線を虚空に漂わせていた。希咲は大変に気分を害した。
「あんたにはがっかりだわ」
「なにがだ」
「ふんっ」
珍しく返事は返してくれた弥堂からぷいっと顏を逸らした。
(でもこいつ彼女いるのよね……? 愛する彼女……こいつが? 愛? うーーーん、想像できない……)
「では次は何が『別』なのか――」
弥堂 優輝の恋愛事情に想像を巡らしそうになったが、続く高杉先生の授業にハッとなって希咲は静聴の姿勢を作る。
「同じ愛であるが、それは人によって『違う』のではなく、ただ『別な話』なだけなのだ。例えば希咲、お前が誰かを愛すること、お前の友達の女子が誰かを愛すること。それは人の持つ普遍的な愛という感情で、ヒトという種が誕生してよりずっと行われてきた同じ愛という営みではあるが、だが別の愛の物語なのだ。それはもちろん俺が誰か男を愛することも同じ人の生命の根源にあるものでありお前たちとは別の愛の物語で紡がれており、だが決して違うものではない。俺たちは違う種ではないのだ。それぞれただ別の物語を演じているだけであって、同じ愛をもって生きている」
「――うん、うん。わかる。ちゃんとわかるわっ」
希咲は前のめりになって首肯する。しかし、サラッと弥堂は例え話のキャスティングから降板させられていた。
「仮に『違う』ものがあるとすれば――それは性癖の違いでしかない」
「うん――……うん?」
「同じ愛から来る衝動をしかし異なる性癖でもって別れた道を辿り、しかし最終的には同じ頂きへと昇りつめ、そして至る。つまり、お前が好みのイケメンを想い毎晩股を掻き毟るのも、俺が好みのマッチョを想い毎晩摩擦係数の限界に挑むのも、同じ自己の啓発であり研鑽なのだ。違うか?」
「ちがうわよっ。あたしそんなことしてないしっ! 普通に感動してたのに何であんたたちって、ちょいちょいセクハラ挟んでくるわけ⁉」
今日寝る前にこのお話の感想をSNSで絶対投稿しようとウキウキしていたのに、突然汚い下ネタを混ぜられ希咲は憤慨した。
すると、隣の男が眉根を寄せてこちらを見ていることに気付く。珍しく彼の表情に変化が表れているがその目に宿る色は軽蔑だ。
「あによっ、してないっつってんでしょ! こっちみんなへんたいっ」
色々台無しにされて七海ちゃんはまたプリプリ怒り出した。
「恥じることではない、誇れ」
「しねっ‼‼」




