序章17 適応異なる異なら不る因子 ①
「俺はホモだ」
『どん‼』と大きな衝撃が空間に走ったかのような錯覚をその場に居る者全員に与えるほどに、唐突にしかしあまりに正々堂々と明かされたその男の性癖は誰しもに沈黙を強いた。
まるで戦場で名乗りを挙げた将のように威風堂々と佇む高杉、その後ろで玉座から見下ろす王のように不敵に哂い車椅子の上で踏ん反り返る法廷院 擁護、その二人と対峙して先程の高杉の言葉にも何の感慨も見せず普段通りの無表情は崩さずにしかし決して油断なく己の敵を見据える弥堂 優輝、そしてその弥堂により戦闘不能に追い込まれすすり泣く3名の『弱者の剣』の構成員たち。
この場にいるその全員を希咲は気まずそうにキョロキョロと顔色を窺うように見回し、誰もが口を開く様子がないと見て取ると、何か言わなきゃと口を開きかけるが、寸でのところで自身のカーディガンの萌え袖から出たお手てでお口を塞ぎ、やがて鎮痛そうな面持ちで俯いた。
無理もない。
近年何かとセンシティブな問題として世間を賑わせることの多い議題だ。迂闊に口から軽率な言葉を発してはどんな大惨事に繋がるかわからない。
希咲 七海はプロフェッショナルなJKである。場の会話が途切れることを恐れとりあえず何か喋って会話を繋ぎたくなる習性を持つが、同時に何よりも炎上を恐れる習性もあった。
七海ちゃんはお口をもにょもにょさせた。
そんな希咲の様子を高杉はくだらないものを見下ろすように「ふん」と鼻を鳴らし一瞥すると口火を開いた。
「女。俺を憐れむな、俺は敗者ではない」
「えっと、あたし、そんなつもりじゃ……いえ、ごめんなさい……」
「謝るな、女。俺は被害者などではない」
「はい……えっと……その、はい……あ、でも女って呼ぶな。散々あんたの仲間があたしの名前呼んでたから知ってんでしょうが」
「はい」と答えるしかなくあっという間に言うべき言葉がなくなってしまったので、希咲はとりあえず自分の要望だけははっきりと伝えた。
そして高杉はそんな希咲をまた鼻で嘲った。
「あ、やっぱ、こいつもムカつく奴なのね。ほんとなんなのあんたたち」
希咲は眉をピクピク跳ねさせて苛立ちを露わにするが、高杉はもう彼女へは取り合わず弥堂へと言葉を掛ける。
「弥堂 優輝。こうしてお前に会う日を待ち望んだぞ」
「そうか」
にべもなく端的に弥堂は返すが、希咲は「えっ、それってまさか……」と顔を青褪めさせて弥堂と高杉の顏の間で視線を往復させる。
「邪推をするな、女。俺はただこの男と拳を交える日を渇望していただけだ」
「あ、えっと、はい。勘違いしました、ごめんなさい」
七海ちゃんは素直にぺこりと頭を下げた。
「ふん。お前ら汚らしい女はすぐに『ソレ』に直結させる。その愚かしく浅ましい口を開くな、黙っていろ女」
「あんだとこのやろぉ? こいつより先にあたしがやってやんよ。かかってこいおらぁ、ぶちのめしてやる」
寡黙な男かと思えば口を開くたびに自分を罵倒してくる高杉に、七海ちゃんはぶちギレてチンピラのように恫喝した。
「やめろ希咲。校内での生徒同士の喧嘩、それも暴力行為を伴うものは重大な校則違反だ。貴様そんなことすら知らんのか。引っ込んでいろ間抜けが」
「なっ! んっ! なのっ! よっ! もうっ‼ ばかっ! しねっ! あほっ‼‼」
先程人間一人を校舎の二階の窓から放り捨てようとしていた男に「暴力はいけないよ、あと危ないから下がっててね」と注意をされ、希咲は行き場のなくした怒りを壁をゲシゲシ蹴って無理矢理発散させようとする。
その彼女の鬼の形相に近くに居た西野君と本田君は抱き合いながら悲鳴をあげた。
学園の治安を守る責務を負う風紀委員の弥堂は、学園の所有する建造物に危害を加える無法者を看過することはできずに、チッ、とめんどくさそうに舌を打つと怒り狂う希咲の背後へと歩み寄る。そして猫にそうするように、希咲のカーディガンと制服ブラウスの首の後ろの襟元を掴んで、ひょいっと持ち上げて壁から引き剥がした。
「おい、やめろ馬鹿」
「ぎゃーー! バカはあんたよばかっ! やめて放してっ、女の子になんて持ち方すんのよっ! はなせっひっぱんなお腹見えちゃうでしょあほー!」
「じゃあなんだ。肩に担ぐかそれとも横抱きにでもすればいいのか?」
「いいわけないでしょ! やだやだやめてっ! さわんないでおろしてっ、へんたいせくはらばかすけべしねっ‼」
「お前ホントうるせぇな」
希咲のあんまりな剣幕に弥堂はうんざりとした表情で、ぺいっと彼女を床へ放る。希咲は猫のように空中でくるっと姿勢を変えると着地と同時に弥堂に向って「ふしゃーっ」と威嚇をした。
「じゃれあいは終わったかな? 何でキミたちはすぐに脱線させるんだい?」
「「お前が言うな(っ!)」」
期せずして言葉と声が重なってしまい、それに不満を覚えた希咲がキッと睨んでくるが弥堂は無視をした。
法廷院がその二人の様子に「仲がよろしくて結構だよ」と呆れた調子で揶揄うと希咲は今度はそちらに威嚇の視線を向ける。
「まったく怖いねぇ。まぁ、それはともかくとしてさ、そういうことだよ狂犬クン。ボクら今日は基本的に希咲さんに用事があったんだけどね、この高杉君だけはキミに大変ご執心なのさ」
「そうか。だが、俺はそいつに興味はない。いいか、今からそいつを昏倒させる。目が覚めたら専用の用紙に俺への用とやらを書き込んで、明日にでも風紀委員会事務室前の意見箱に投書しておけ。然るべき検閲が入った後に必要であれば俺の元に届く。精々上手く文章を考えることだな。わかったか? ホモ野郎」
「ちょ、ちょっと!」
挑発的な姿勢を崩さない弥堂を希咲が窘めに入るが、弥堂は面倒そうに舌打ちをした。
「舌打ちすんな。あんたね、もうちょっと言い方考えなさいよ! 今のご時世的というかそういう配慮ってもんがあんでしょうが――あ、こら、なによその嫌そうな顔は――」
「構わん」
敵とは謂えどもアルファベットを数文字並べる系の事項については、最大限の配慮とリスペクトが必要であると、希咲はクラスメイトの男子に現代人としてのマナーを説いたが、擁護をした当の本人から赦免の沙汰が言い渡される。
「女、構わん。先程俺は自らホモであると名乗った。俺はホモであることを誇りに思っている。小癪な英字頭文字での上っ面の装飾などは不要だ。俺は逃げも隠れもせん」
「は、はぁ……そうですか」
「気遣いには感謝する。だが、以後は不要である」
「は、はぁ、どういたしまして……」
「今の時代を生きる俺たちは恵まれているのだ――」
高杉はそこで突然ふっと遠い目をした。




