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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章16 公正なる執行者 ③


 そこで、希咲は「そういえば静かね」と、先程まで散々悩まされていた法廷院 擁護(ほうていいん まもる)のことを思い出し、彼の様子を探ろうとする。


 すると、白井に詰められていた時以外は、常に不敵な態度を崩さなかった彼は、苦虫を噛み潰したような表情で弥堂を睨みつけていた。その口がようやく開かれる。


Unfinished(アンフィニッシュ)……」


 法廷院が恨めしそうにまた、悔しそうに弥堂をそう呼んだ。


「アンフィニッシュ?」

「だっ、代表。それは一体……?」


 慄いたように問いかける西野と本田の声に、法廷院は我に返ったように表情をまた不敵なものへと改めその疑問に答える。しかし、その頬には一筋の冷や汗を垂らしたままで。


弥堂 優輝(びとう ゆうき)。別名『風紀の狂犬』。そこにいる彼がそれだってことはキミらも知っているだろぉ? 同志たち」

「え、えぇ。それはもちろん」

「新入生でもなければ知らないやつはいないんじゃないですか?」


 弥堂からは目を離さぬまま囁き合うように情報を共有していく。


(へー。やっぱこういう迷惑なことする連中には恐がられてんのね)


 その彼らの様子を見て希咲はある種の感心したような印象を抱いた。



『風紀の狂犬』弥堂 優輝。


 その噂は希咲も当然耳にしたことがある。当然悪名だが。

 様々な内容で伝えられている彼に関する話は、中には少々常軌を逸したような内容のものもあり、希咲としてもその全てを真に受けていたわけではないのだが、しかしこうして今、彼が実際にその風紀委員の業務を行う場面に行き会ってみて、あながち眉唾でもなかったのかとそう思った。


「そうさ。誰でも知ってる。狂犬。官憲の犬め。だが、これはわりと新しい話でね。聞いたことないかな? つい一週間ほど前の話さ。新クラスでの彼の自己紹介の時の噂について……」

「じ、自己紹介……?」

「えっ⁉ だっ、代表! それってまさか……?」


(ん? 自己紹介?)


 聞こえてくる彼らの話の内容に希咲は激しく嫌な予感がした。



「彼はこう言ったそうだね。『抜かずに3発出せる』――と」

「あぁっ……あぁっ……‼」

「くそっ……! あの野郎っ! ちくしょう……っ!」


 法廷院の説明に合点がいったのか、西野と本田の目にも強い屈辱からくる激しい憎悪の炎が灯る。


(あーーもーーやだーー……聞きたくない……)


 希咲は直接関係はないものの、自分が所属する学級の恥部が露呈したようで何故だか恥ずかしくなった。


「抜かず、終わらず……即ちその銘は――絶倫(Unfinished)‼‼」

「うあああああっ! くそがっ! くそがっ!」

「こんなのって……こんな格差が許されるのかよ……!」


 男たちは悔しさのあまり泣いた。敗北感と屈辱に身を囚われながら。怒りに震えて涙が止まらなかった。


「バッカじゃないの、どいつもこいつも」

「死ねよクソ童貞」


 そんな様子の彼らを女子2名は冷たく見放した。



 しかし――こういった彼らの態度について、希咲は以前から感じていた疑問を、聞きたくはなかったがつい何と無しに口から出してしまった。


「ねぇ、てかさ、うちのクラスでの自己紹介の時もそうだったけど、何であんたたち男どもはみんなこれ聞いて泣くわけ?」

「はああああああっ⁉ これが泣かずにいられるかよおおおおっ⁉」

「ひっ、きもっ」


 軽はずみに投げかけた質問だったが、先程自分に迫った時以上の正気を失った表情で怒鳴られ、希咲は早くも聞いたことを後悔した。


「いいかい⁉ 『抜かず』。彼はそう言ったんだよ⁉ そもそも『抜く』ためにはまず『挿れる』必要がある。だってそうだろおぉぉっ⁉」

「あ、あーー、うーーーん、あたしちょっとわかんないかなぁ……」


 希咲は明言を避けた。


「つまり彼は『挿れた』ことがあると! そう言っているんだ! その上で3発だって? ふざけるなああああ! ふざけやがって! 僕たちのようにね『挿れた』ことすらない者たちは! 『挿れる』目途すら立っていない者たちはね、勝負の舞台で鎬を削るどころか……勝負に参加する資格すらないと。奴はそう言って見下したんだ! くそっ! 許さないっ! 絶対に許さないぞ! 弥堂 優輝ぃぃっ!」


 本気だった。それは紛うことき男の本気の涙であった。


「あ、あほくさ……」


 想像以上の酷い答えで、やっぱり聞かなきゃよかったと希咲は強く後悔をした。


「ふん、負け犬どもが」


 弥堂は男泣きに咽ぶ彼らを見下ろし嘲った。


「うあああああっ! 哂うなぁ‼ 僕を哂うなぁっ!」

 

 その言葉に西野君がキレた。


「あっ、ちょっ、ダメだよ西野君。落ち着いて!」

「そ、そうだよ。暴力はよくないよっ」


 弥堂に殴りかかるような勢いの、西野君のあまりのキレっぷりを見て逆に冷静になったのか、「殺してやる、殺してやる」と喚く彼を法廷院と本田が必死に止める。



「ちょっと! あんたも煽るんじゃないわよ! てか、そんなことでマウントとるな。相手の女の子にも失礼でしょうがっ」


 希咲も弥堂を窘めるが――


(――ん? 相手の女の子?)


 自分の発言によって何かに気付きサーッと血の気が引いていく。


(そっそそそそそういえばそうよね。今まで気にしてなかったけど、法廷院の奴の言葉じゃないけど、『それ』ってことは『そういう』ことよね……? どっどどどどどどどうしよう⁉)


 気付いてはいけなかった因果関係に行き着いてしまい、自身の親友である水無瀬 愛苗の恋路に大きな障害が存在することが判明してしまった。


(こんな奴に彼女とかいるわけないって安易に決めつけてたけど、うわ、これやばっ……どっどうしよ……えーと、えーと……あばばばばばば)


 七海ちゃんはおめめとサイドテールをぐるぐる回して混乱した。



「まぁ、そういう訳さ、弥堂君。狂犬クン。つまりはキミはボクたちの怨敵であり、ボクたちもまたキミにとっての敵ということさ。だってそうだろぉ? 何せキミは疑う余地もなく強者だからねぇ。キミは恵まれているんだ。キミは『持つ者』であり『権力側』だ。ならば、ボクはキミと戦わなければぁならない。ボクたちの『平和』と『自由』と『権利』を守るために」


「…………」



 宣戦布告。


 法廷院のその言葉に――先程のような怒りに任せた叫びでなく、粘着いた厭味たらしい口調で、しかし、その目には希咲に対峙していた時にはなかった強烈な敵意が宿っており、そんな表情で紡がれた明確に敵対を告げる言葉に因って場に緊張感が張り詰められていく。

 彼の仲間たちもまた、はっきりと敵意を顕す視線を弥堂へと向けた。


 弥堂 優輝はその宣誓には応えない。


(恵まれている――だと?)


 答えず、言葉には出さずにただ、心中で嘲った。彼らを――ではなく自分自身を。



「び、弥堂っ。あのね、こいつら――「――二つだ」」


 希咲は弥堂の左腕の腕章にそっと自身の左手で触れ、彼らの異常性を伝えようとするが、その言葉は聞き届けられなかった。


 弥堂は身体を完全に集団の方へと向けることで、希咲を拒絶するように彼女の手を外し、その左手の指を二本立てて法廷院たちに見せてやり勧告する。


「いいか。『不自由』な貴様らがとれる選択肢は二つだ。一つは、今すぐ自分の足で学園の外へ出ること。もう一つは、今から自分の足で歩けなくなるまで俺に痛めつけられてから、学園の外に放り出されることだ。俺はどちらでも構わん。好きに選べ」


「おいおい、のっけから野蛮極まりないねぇ。一周回って嬉しくなってくるよぉ。風紀委員ってのは生徒の話を訊くこともなく初手から暴力を背景にした『脅迫』をするのかい?」


「結果は変わらんからな。貴様らが『何者』で『何』をしていようと、学園から公式に認められた活動・団体でないのならば、話を訊いたところで最終的には立ち退かせるだけだ。ならば、最初から叩き出した方が効率がいい。貴様らになぞ興味はない」


「なんてこった。興味がないだなんて、ひどいことを言うねぇ。ボクら『弱者』のことなんて眼中にもないってのかい? そいつはずるいぜぇ。ボクたちはこぉんなにもキミを憎んでいるっていうのに。それにボクたちはキミの名前を知っているっていうのに、キミは知らない。そんなのおかしいと思わないかい? だってそうだろぉ? そんなのは『不公平』じゃあないかぁ」


「知ったことか。そんなに名を知ってもらいたければ首からIDタグでもぶら提げておけ。後で無様に気を失った貴様らを学園外に放り出す時にでも検分して生徒名簿と照合し、その名前の横に『不良品』と書き加えておいてやる」


「そいつは明確に『差別用語』だぜぇ。官憲の犬風情が――このボクの前でよくぞ言ったぁ!」



 弥堂 優輝(びとう ゆうき)法廷院 擁護(ほうていいん まもる)。対立する二人の間でお互いの敵意が言葉以上に不可視の干渉を起こす。


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