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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章14 悲運に捧ぐアーシャーム ②


 希咲 七海(きさき ななみ)は覚悟を決め居住まいを正し白井へと真摯に目を向ける。白井は「いいわ、聞かせてあげる」と前置くと一度言葉を切り、胸に手を当て湧き上がる感情を外へと吐き出すように息を一つ吐くと静かに切り出した。



「――ねぇ、希咲さん。女子生徒の下着に関する校則――知ってるかしら?」


「下着の校則? そんなの決まってなかった気がするけど……ごめんなさい、詳細は把握してないわ」


「ふん。呑気なものね。まぁいいわ――代表、彼女に教えてあげてください」


「えっ? それボクが言うの?」


 自分に振られるとは思っていなかったのだろう、突如センシティブな話題に関して言及するよう要請され、完全に油断していた法廷院はギョッとした。


 白井はじっと法廷院を見た。まばたきもせずじっと。


「――わ、わかったよぉ……えぇと、そうだね。校則にはこうある。『女子生徒の下着の色は白』ってね。やれやれまったくだよぉ。今時の世界基準から考えたら時代錯誤もはなは――「あ、もう結構です。黙ってください」――あ、はい」


 法廷院は指示通りに口を閉ざすとしょんぼりとした。慰めるように高杉の手が彼の肩にそっと添えられ、法廷院はその高杉の手に頬を寄せた。


「補足すると正確には、『女子生徒の下着は白色が望ましく、またその形状・模様なども現代日本社会的な通念に基づき高校生としてふさわしいと思えるもの』と記載されているわ」


「そ、そうなんだ……でもそれが何か――」


 希咲はお互いの体温で痛みを和らげ合う男たちは極力見えないフリをしつつ、その真意を問う。


「――そうね、これだけなら別に何も問題ないわ。代表は何か難癖つけようとしてたけど、この文章を要約すると『別にやりすぎなければ何でもいいよ』ってことだもの。比較的校則のゆるいこの学園らしい校則だわ」

「じゃあ、それが――」

「――教頭よ」

「え?」

「三田村教頭先生。あの無駄にプライドの高い行き遅れのクソババアよ。あなたも自分が通う学校の教頭くらい知ってるでしょう?」

「えっ⁉ あーー……うーん、お名前とお顔はもちろん知ってるけど、その……それ以外の部分についてはどうかなぁ~……ちょっとわからないかなぁ~……」


 希咲さんは明言をすることを避けた。


「ふん、賢しいことね、まぁいいわ」

「えっと、ごめん。また話が見えなくなってきたんだけど、その、下着の校則と教頭とあたしが一体……」


 希咲が慎重に詳細な説明を求めると、白井さんはスッと表情を落とし遠い目をして虚空を見上げ語りだした。


「そうね――あれは半年ほど前の秋の頃だったわ……」

「あ、はい」


 ふと周りを見ると手持無沙汰になった男子たちはそれぞれスマホを弄りだしていた。希咲はわずかながら現状に不満を感じたが、白井さんの気に障らぬようさりげなく室内シューズのつま先で床をグリグリすることで気を紛らわせた。


「――去年の秋のある日。朝起きた時にね、珍しくとても気分がよかったの。私寝起きが悪くてね、朝はいつも最低な気分なことが多いんだけれど、何故かその日はさわやかに一日を迎えられたの。だからね……ちょっといつもと違うことがしたかったのかしら、私は黒のTバックを穿いて家を出たの。ローライズのね」


「は? あ、いや……続きをどうぞ……」


 思わず声を出してしまった希咲だったが白井さんがじっとこちらを見てきたので、彼女に謝意を示し続きを促した。


「――何で黒のローライズTバックを? って聞かれても答えられないわ。そういう気分だったとしか説明できないわね。それは許してちょうだい。もともとはね、私服でパンツ穿く時に透けたり下着のラインが出たりしないようにする為に購入した商品でね、学校に穿いて行こうだなんて思ってもいなかったし、穿いて来たこともなかったわ。ただの実用品よ。だからね、魔が差したってわけでもなく、起きたらたまたま気分がよかったから何となく思い付きで穿いてみた。それだけのことなの……でもそれは大きな過ちでそして、悲劇の始まりだっ――ちょっと? 聞いているの?」


「は、はいっ。ごめんなさいっ」


 そーっと自分もカーディガンのポッケからスマホを取り出そうとしていた希咲であったが、目敏くそれを見咎められ注意をされた。希咲は泣く泣く両手を身体の前で組んで清聴する姿勢を白井さんへとアピールした。


「それでね、登校中に風でスカートが捲れてしまってとかそういう話じゃないの。そんなとるに足らない出来事ではないわ……学校には無事に何事もなく着いたの。私はね、いつも決まった時間に登校をしていてね。特別な用事などがない限りは必ず毎日同じ時間に。別に潔癖なほど規則正しい生活をしなければ気が済まないとか、そういう性格ではないわ。目に余るほどのだらしなさは嫌いだけれどね」


「そーですか」


「登校時間だけ。これだけは必ず同じ時間に到着するように決めて実行しているの。何故だと思う?」


「いや、ちょっとわかんないっすね」


「ふふふ、そうよね。これだけじゃわからないわよね」


「そっすね」


 希咲さんの集中力はとっくにゼロになっていた。ふと見ると、希咲を取り囲んで散っていた男子たちも法廷院の周りに集まり、男子4人で何やら仲良くスマホゲーをしているようだった。彼らの集中力もとっくにゼロだった。


 希咲はこのままダッシュで逃げればこの一連の出来事を全部なかったことに出来ないかなと、そんな考えが一瞬頭に過る。

 だが、法廷院が先程示唆していた水無瀬について――彼らが彼女に対してどういうスタンスなのかを確かめるまでは、自分も彼らを逃がすわけにはいかないという事情を思い出し、世の無常と己の境遇を嘆いた。


「――どうしてもね、毎日その時間じゃないといけないのはね、そう……あのね、私ね――好きな人がいるの」

「はぁ……」

「その人がね、毎日登校してくる時間があって。まぁ、毎日ぴったり同じ時間ってわけじゃないわ。日によって多少前後するの。だからね、私はその人に逢いたくて、彼より少しだけ早めに毎日同じ時間に登校して、室内シューズに履き替えて、昇降口の隅っこで彼が登校してくるのを待つの」

「ほうほう、それでそれで?」


 恋バナ展開を見せてきた白井さんの話に希咲さんの興味が急速に回復してきた。彼女もまたJKのプロフェッショナルなのであった。自分の恋バナは苦手でも他人のそれは大好物なのである。


「でもね、それで彼と一緒に教室までとかそんな展開にはならないの。ごめんなさいね。あのね、彼はとても人気のある人でね、いつも場の中心にいるような人で。明るくて、優しくて、格好よくて。あと、ちょっとだけかわいくて……もちろん朝の登校の時も彼の周りには仲間がいっぱいで、その中にはかわいい女の子もいるし私なんかじゃとてもその輪には入れないわ。私はそんな彼をずっと、もう一年以上遠くから見ているの。片想いなの 」

「えーー白井さんかわいそうっ。でもでもちょっとそれ胸きゅん。話しかけたりしてみないのぉ?」

「ふふっ……話どころか挨拶もしたことないわ。多分彼は私のことなんて存在すら知りもしないと思う……なかなか勇気がでなくて話しかけられないってのも勿論あるんだけど、それだけじゃなくてね。言い訳に聞こえちゃうかもだけど、私ね。人の中心にいる彼の笑顔が大好きなの。だからね、こんな私みたいな女が声をかけて、彼の周囲の空気を壊したくないなって」

「きゃーーーなにそれぇ、白井さんちょーおとめー、かわいいーー」


 男子生徒たちはその頃死んだ目で各々のソシャゲのデイリーミッションを消化していた。男とは自分以外の男がちやほやされる話になど一切の興味がない生き物なのだ。


「でもね、私もね、一個だけ勇気をだして頑張ってることがあってね」

「うんうん、なになに?」

「あのね、登校してきた彼とその仲間がねシューズを履き替えて教室に向って歩き出したらね、私はそっとその後を追うの」

「うんうん、それでそれで?」

「もちろん声をかけたりはしないわ。私ね、急いで教室に向ってるフリして、少しだけ小走りでね彼らを追い抜くの」

「おぉ、でっ? でっ?」

「それでね彼の前に出て、行先が分かれるまで彼の前を歩くの。その時は――その時だけは、後ろ姿だけだけれど、彼が私を見てくれるのっ」

「きゃああああああっ、いいっ! それいいっ‼」

「でしょでしょ⁉ ほんのわずかな時間だけど私もう毎日ドキドキしちゃってぇ!」

「きゅんきゅんするぅー」


 多分敵同士である希咲さんと白井さんは手を合わせてキャッキャッと姦しく燥いだ。しかし今回はすぐに自力でハッとした白井さんに手をパシッと払われキッと睨まれる。希咲はまた指を咥えて目をうるうるさせるあざとい仕草をしてみた。

 白井さんはクッと呻くようにして視線を逸らすが頑なな姿勢は崩さなかった。


「慣れ合わないでちょうだい! 私とあなたは敵同士よ! それに言ったでしょう……これは悲劇なのよ」

「ちぇー、なかよくしよーよー」


 この子とは友達になれる。希咲はそんな手応えを感じていた。



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