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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章13 弱さと書かれた免罪符 ②


 正体の知れないもの。目的のわからないもの。

 得体の知れないものに対する畏れ。


 希咲 七海(きさき ななみ)は対峙する『弱者の剣(ナイーヴ・ナーシング)』と、そう名乗った集団からそれを感じていた。


 

 だが、知らないものは調べる。わからないものは考える。それでもわからなければ直接訊けばいい。


 希咲 七海はそのように考える。


(まっ、このまま黙ってても勝手にこっちの意向を汲んで教えてくれるなんて、そんな親切な奴らには見えないしね。友好的でないのは間違いないし……)



「で?」


「ん?」


「答えになってないんだけど?」


「おや、そうかい? 『何』と訊かれたから正確に確実に僕らが『何』であるかと名乗らせて戴いたつもりだったんだがねぇ。あぁ、もしかしてボクの名前が知りたかったのかなぁ? これは大変失礼したね。至らなかったよ。これはボクの過失でありそして弱さだ。だから許してくれよ。ククク……」


「いっちいち回りくどいし厭味ったらしいわね。とりあえずあんたが『ヤなヤツ』ってことだけはよくわかったわ」


 一向に進まない会話。望んだ情報・答えが得られないやり取りに苛立ちが募る。しかし、おそらく――というかほぼ間違いなくわざとやっているのだろう。何の為にかは知らないが、こちらを怒らせる為に煽るような言葉ばかりを口から吐くのだろう。希咲はそれにはのらないよう努めて怒りを抑える。


「おいおいひどいじゃあないか。『ヤなヤツ』だなんて。そんなレッテルを貼るのはやめてくれよぉ。ボクのことをよく知らない人が誤解したらどうするんだい? それでボクがイジメられでもしたらどう責任取ってくれるんだい? まさかイジメられる奴が悪い。『ヤなヤツ』はイジメられても仕方ない。自力で解決できない、弱いことが悪いだなんて、そぉんな『ひどいこと』言わないよなぁ?」


「そうやって変な風に拡大していちいち大袈裟に喚くのが『ヤなヤツ』って言ってんだけど?」


「あぁ……大袈裟だなんて『ひどい』ぜぇ。被害者の気持ちを考えてやれよぉ。キミには大袈裟でもその人にとっては耐え難く辛いことだっていっぱいあるんだぜぇ? それこそ自殺にまで至ることだってある。そんな『ひどいこと』はこの世界からなくさなければならない。怒りに震えて涙が止まらないよぉ。人の気持ちを考えましょう、だ。だからボクは弱者の味方をするのさ、どんな時もね。だってそうだろぉ? 弱者には弱者の気持ちがわかるからねぇ。キミにもわかるはずさ、弱いか弱い――希咲 七海さん」


「あんた――」


「おっと、これは失礼! そう、ボクはキミを知ってる。キミの名前を知っているよ希咲 七海さん。でもキミはボクの名前を知らない。だから名乗ろうじゃないか。だってそうだろぉ? そんなのは『平等』じゃあないからね」


(――こいつ、やっぱりあたしを知ってて……)


「ボクの名前は法廷院 擁護(ほうていいん まもる)だよ。三年生でキミの先輩さ。おっと。だからって敬えとか敬語を使えとか、そんなことを言うつもりはないよ? 先に生まれたからって偉いなんてことはないからねぇ。 だってそうだろぉ? そんなのは『不公平』じゃあないか」


「――法廷院……」


 ここで待ち伏せをしていた上に自分の名前を知っている。間違いなく自分を狙って来たのだろうがしかし、彼が名乗った『法廷院 擁護』という名には全く聞き覚えがなかった。面識も間違いなくないであろう。目的が見えない。


「あぁ、すまない。これは伝え忘れた。ボクのことは名前で呼んでくれたまえ。自分の姓があまり好きではなくてね。『擁護(ようご)』と書いて『まもる』だ。『擁』も『護』もどっちも『まもる』って読めるんだぜ? おっと、守りすぎ――だなんて言わないでくれよ? 弱さは守られなきゃあならない。守っても守っても足りないんだ。『過保護』だぁなんてことには絶対になりえないんだよ。キミにならわかるだろぉ? 『過保護』な希咲さん」


「…………」


(……あたしのことを知っててあたしを待ち伏せしてた……話を聞いても、言ってることは要領を得ない、目的も見えない。けど、そんなのもう全部関係ない!)


「――どういう意味?」


「ん? なぁにがかなぁ?」


「『過保護な』ってどういう意味? あんた何を知ってるの? 『過保護』って何のことを言ってるの? 誰のことを言ってるの?」


(こいつ……もしも愛苗のことを言ってるんなら――)


「ねぇ――どういうイミ?」


(――ここで潰す……っ!)



「これは怖いねえ。文字通り目の色が変わったねぇ」


 視線で突き刺す。猫などがそうするように視線の先の獲物を逃さぬよう、瞳孔が縦長に収縮してピントを合わせる。


 こちらの纏う雰囲気が変わったのを感じたのか、今度は彼らが気圧されるように後退る。ただし、車椅子の男とその後ろで車椅子を補助する男は動かなかった。


「やめてくれよぉ、こわいなぁ。そんな眼で睨まないでくれよ。見てごらん、ボクの同志たちを。こぉんなに怯えてしまってかわいそうに。ボクだって震え上がってしまうよぉ。だってそうだろぉ? ボクたちは弱いんだぁ」


「質問に答えろってのよ。言っとくけどこれはとぼけさせたりしないから。絶対に喋らせる――無理やりにでもね」


「なんてこった。無理やりだって? おいおいおい、やめてくれよ、野蛮だなぁ。誰だって誰にも無理強いをしてはいけないよ。だってそうだろぉ? そんなの『自由の侵害』じゃあないか」


「だったら少しはあたしと『会話』してくんないかしら? 人の通行妨げてわけわかんないこと一人で喋って。あたしこれからバイトなの。人の時間奪っておいてよく言うわね。これはあんたの言う『自由の侵害』にはならないわけ?」


「おぉっと、こいつはぁ一本とられたねぇ。そうだね、キミの言う通りだぁ。ちょっと調子にノリすぎちゃったねぇ。どうか自制心の弱いボクを許してくれよぉ」


 言っていることとは裏腹に車椅子の男は――法廷院と名乗ったその男はまったく悪びれてもいなければ悔しそうでもない。その態度はずっと変わらず、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら不敵なままギラついた目を向けてくる。


 しかし、希咲としてもここに至ってはもはや退くわけにも見逃すわけにもいかない。



『過保護』。


 自分でも十二分に自覚はある。自身の親友に対して。水無瀬 愛苗(みなせ まな)に対して希咲 七海は過保護だ。目の前のこの神経を逆撫でする男の言ったとおりに、守っても守っても足りないくらいの想いで。


 だから。


『過保護』な自分は法廷院の言う、希咲 七海が過保護になっているという対象がもしも水無瀬 愛苗のことを示唆しているのであれば、彼女に対して彼らが悪意を持っているのか、もしくは何か行動を起こすつもりがあるのか、それを確かめずにはもはやこの場を一歩も動くわけにはいかないし、彼らを動かすわけにもいかない。



「許されたいってんなら、無理やりがイヤだってんなら、ちゃんと答えることね。女一人が相手だからってナメんじゃないわよ」


「おぉ、これは怖い。怖いから弱いボクは言われたとおりに喋ってしまおうじゃないか。喋るとも。でもさ、希咲 七海さん――」


「なによ?」


「キミ、ホントに出来るのかい? 無理やりなんて。おっと、キミにその実力があるのか?って聞いてんじゃあないぜぇ? このボクら相手にそんな『ひどいこと』を、キミには出来るのかなぁ?」


「…………」



 言葉に詰まる。



 そう、先に挙げた希咲が感じている『やりづらさ』がまさにそれであった。



 いつものような不良連中を相手にしている場合、このような言葉の応酬はそう長くは続かず、もっと早い段階で短気な相手が実力行使をしてきて、それをハイキック一発で沈める。いつもであれば、それでもうとっくに終わっている。



 だが、この連中は毛色が違う。


 間違いなくこちらにとって害となる行為をされているのだが、かと言って暴力に訴えてくるわけではない。


 自分から暴力を仕掛けることを、希咲は自分自身に絶対的なタブーとして禁じているわけではないのだが、ただこの連中相手にそれを――というと、何というか、そう。


――憚れる、のだ。



 取り囲んでわけのわからないことを言ってくるだけで、襲いかかってくるわけではない。こちらから仕掛けるにも、いつもの不良連中と違って彼らは弱そうだ。もっと言ってしまえば普通の生徒の中でも、さらに暴力などとは無縁な弱そうな部類に見える。弱すぎる。

 気の弱そうな太った男。陰気そうな普通の男。大人しそうな地味な女子生徒。まして先程から話している法廷院と名乗った彼は車椅子だ。


 憚れる。こういう彼らに、こんな彼らに暴力を振るうのは憚れる。『やってはいけない』と、そう思ってしまう。感じてしまう。

 

 これが希咲が踏み出せない要因であり、先程法廷院が指摘した『キミにやれるのか?』という言葉の指す意味なのだろう。そうであるなら正しく――


(――やりづらいっ)


 表情には出さぬように歯を噛み締めると、その血色のよい唇の形が僅かに歪んだ。


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