序章12 梔子の花 ③
放課後。
私立美景台学園の正門前で水無瀬 愛苗は、自身の親友である希咲 七海と、彼女のパンツの名誉を守るため、衆人環視の中、如何に彼女のパンツがかわいいのかを熱弁していた。
弥堂 優輝の意味不明で執拗な尋問の結果、混乱と疲労に見舞われた彼女は今自分が何を口走っているのかを正確に認識出来ていなかった。
そのことを周囲に集まった野次馬たちは正確に理解していたが、誰もが水無瀬 愛苗の口から語られる希咲 七海のおぱんつに並々ならぬ関心を寄せており、誰一人として彼女を止めてあげる者はここには男女問わず存在しなかった。
「――あのねあのねっ、フリフリとかリボンとか付いてたり、お花とかもあったりするの! あとね……色とか柄とかもかわいかったり……あとぉ……たまにだけどちょっとだけえっちなのとか……とにかくいっぱいかわいいの! 女の子のパンツに雑草とか言っちゃダメだと思いますっ」
「そうか」
いまいち要領を得ない解答だったが、しかし手持ちの希咲のおぱんつ情報と一致する部分もあったので弥堂はそれ以上関心を持たなかった。
野次馬の皆さんは心の中で『いけ! いけ! もっと深堀りしろ!』と彼にエールを送っていたが、共感能力が著しく欠如した弥堂はそれには気が付かなかった。一般生徒からの弥堂に対する好感度がさらに落ちた。
ちなみに『ちょっとだけえっちなの』の部分でさらに何人かの男子生徒が若干前かがみになった。
「私ね、お洋服とか下着とかどうやって選んでいいかわかんなくてね、でもななみちゃんすっごくセンスいいから、あのね、一緒にお買い物に行ってね、選んでもらったりするの。お休みの日とかお買い物行ったりして一緒に遊んでるんだー、えへへ」
「そうか」
若干話がズレ始めて弥堂は特に興味がなかったので適当に流した。
「あと、ななみちゃんお洋服と下着もかわいいけど、ななみちゃん自身がすっごいキレイなの! あ、そうだ! お休みの日といえば! きいてきいて、あのね――」
「お、おい――」
『ななみちゃん大好き』な愛苗ちゃんは親友の自慢をし始めたら本来の目的を忘れたのか、自分が今『事情聴取』をされているという事実が完全に頭から飛び、聞いてもいない情報までぶちまけ始める。その勢いは学内で『風紀の狂犬』と恐れられる弥堂 優輝をもたじろがせるほどだ。
「――あのね、お休みにお泊り会とかするんだけど、あ、ななみちゃんのバイトのお休みと合えばね? でねでねっ、一緒にお風呂入るんだけど、ほら、ななみちゃんってすっごい細くてキレイじゃない? お洋服着ててもスラーってしてて足とかもキレイで。弥堂くんもそう思うよね?」
「あぁ」
「だよね! でね、お洋服脱いでもやっぱりキレイでね、痩せすぎとか全然そんなことなくて、それからお肌もすっごいキレイじゃない? ほっぺとかいつもつるつるで、私たまにニキビとかできちゃうんだけど、ななみちゃんいっつもつるつるでキレイだよね? 弥堂くんどう思う?」
「キミの言う通りだ」
「えへへ、やっぱそうだよね! あのね、ななみちゃんお顔も細いんだけどでもね、ほっぺ触るとやわかいのっ。今度弥堂くんもほっぺ触らせてもらうといいよ。でねー、おなかとかもやわらかいのにシュッとしててツルってしてるの! 私ちょっとぷにぷにしてるからななみちゃんのおなかいいなーって思ってて。でもね、ななみちゃんおなか擽ったいみたいであんまり触らせてくれないんだけどね、お風呂の時はいつも洗いっこするからその時触るとやっぱりお肌つるつるなの! 足も細くてキレイだけどね、腕も細くてスラーってしてて、ななみちゃんってモデルさんみたいじゃない? やっぱり男の子って細くてキレイな女の子が好きなのかな? 弥堂くんもななみちゃんみたいにキレイな子好き?」
「そうだな」
弥堂はオートモードになっていた。彼の経験上、女が『きいてきいて』などと言い出したらとてつもなく話が長い上に内容がないということは身に染みて理解していたので、素早くオートに切り替えていた。彼は修練の末、女の話に自動で肯定の意を示す相槌をうつ業を身に付けていた。
彼の師が勧めた技法の修練のいくつかは早々に見切りをつけて真面目に修行をしなかったが、このオートモードに関しては心血を注いで修練し、彼自身で開発したオリジナルの特技である。
女が『どう思う?』などと聞いてきてもどうせ奴らは肯定以外は求めていないのだ。意見をしてやったとしてもどうせ最終的に言うことなど聞きはしないので、不興をかってまで反対するだけ時間の無駄だという、真相を女性が聞いたら不興をかう程度では済まされない、弥堂の偏った経験に基づいた偏った思想のもと設計・開発された業である。
「やっぱりそうなんだー、えへへ、ななみちゃんかわいいよねっ。それでね、お胸がね、形キレイでね、こうツンって感じで上向いててかわいいの! あとね、背中も洗ってあげるんだけど背中もキレイでつるつるだよ! おしりもこうキュってしてて小さくてかわいいし、やっぱりキレイでつるつるだし! つんってするとぷるんってするの! あとあと! いつもはカラコンしててお化粧してて少し大人っぽい感じなんだけどね、お風呂入る時はお化粧落とすじゃない? そうするとねちょっと幼い感じになってね? それもすっごくかわいいの! それでねそれでね? ななみちゃん髪長いからお風呂浸かる時にこうやって髪をまとめるんだけど、そうするとねすっごいお顔もちいさくてかわいいの! ななみちゃんのお顔すっごいかわいいよね! 弥堂くんもかわいいと思うよね? ななみちゃんのお顔好き?」
「キミは素晴らしいな」
「え? 違うよ。私じゃなくて、ななみちゃんのお顔好きだよね? かわいいと思う?」
「あぁ」
「えへへーそうだよねー、それでね、お風呂出たら一緒にベッドで寝るんだけどね、ななみちゃんがいつもぎゅってしてくれて、私もぎゅってするんだけど、ななみちゃん細いのにやわらかいの! あとねとってもいい匂いがするの。一緒にお風呂入ったからおんなじボディソープ使ったのにね、なんか私とちょっと違う感じでなんだかいい匂いするの。普段もいい匂いするけど、あ、今日弥堂くんななみちゃんとお顔近づいたけどその時いい匂いしたよね? 思わずクンクンしちゃうよね?」
「キミの言う通りだ」
「やっぱそうだよねー。えへへ、私だけじゃないんだ。弥堂くんもななみちゃんの匂い好き?」
「そうだな」
「そうだよねー。わかってくれてうれしいっ。あとねあとね、ななみちゃん髪の毛もねいい匂いして、それでねすっごいサラサラで手触りもいいの。ちゃんとセットしてるからグチャグチャってしたら怒ると思うけど、髪型崩さないように優しくなでなでするだけなら大丈夫だと思うの。弥堂くんにもなでなでさせてあげてってお願いしてあげるね」
「キミは素晴らしいな」
「えへへ、まかせてー。明日一緒にななみちゃんなでなでしようねっ」
「あぁ」
弥堂は己の心血を注いだ業により順調に地獄の入り口へと向かっていた。
「それでそれであとね――ほぇ?」
大好きな親友のななみちゃんと弥堂がなかよしになれるかもしれないと、愛苗ちゃんはとっても張り切ってさらに畳みかけようとするが、そこでふと周囲に目が行き、いつの間にか人だかりが出来ていることに気が付いた。何故だか男子生徒たちは皆不自然に地面に体育座りで座り込んでいた。
最初はただ人だかりに驚き、そしてややあって、今自分が長々と何を口走っていたか思い出し、ハッとした水無瀬はバババッと周囲の野次馬を見回した。
野次馬の皆さんはまるで訓練されたかのように統制された動きで全員が視線を逸らした。
「あ、あのっ……みなさん今の話聞こえてました⁉」
(聞こえてないわけがないだろう)
オートモードから回帰した弥堂はそう心中で指摘したが、
「ん? 水無瀬さんか。気付かなかったよ。やぁ、今帰りかい?」
「話? すまないな。俺今来たとこでさ、お前ら何かわかるか?」
「ごめんな。今ちょっとこいつらと話しこんでてさ、聞いてなかったんだ、なぁ?」
「あぁ、ちょっとそのさ、あの、政治についてな。このままじゃダメだなって」
「そう、俺らも日本の将来について真剣に考えなきゃなって、ほら、その、ダメだなって」
「なんだ、誰も聞いてなかったのかよ。すまない水無瀬さん、ご覧のとおりで申し訳ない」
「何か重要な話だったのかい? よかったら聞くぜ」
「あぁ、面倒じゃなければもう一回話してくれるかい?」
不自然に体育座りで座り込んだ男子生徒たちはまるで訓練でもされたかのように統制された連携ですっとぼけた。よく聞かなくても薄っぺらいことしか言っていないのだが、水無瀬相手にはそれでも十分であった。
「い、いえ――いいんですっ」
水無瀬がそう固辞すると男子生徒たちは白々しく「必要だったらいつでも相談してくれな」などと言いながら、不自然に地面に体育座りで座り込んだままでそれぞれの雑談に戻ったフリをする。
その様子を女子生徒たちは冷めた目で見ていたのだが、この場に居合わせておきながら止めもせずに、並々ならぬ関心でしっかり水無瀬の話に聞き入っていた彼女らも大概同罪である。
その彼女らは、水無瀬が自分たちをじぃーっと見ていることに気が付くと、
「あ、水無瀬ちゃんじゃない。やっほ、今帰りー?」
「ごめんねー、うちらもちょっと話しこんじゃっててさー」
「えぇ、そうなの。ちょっとその……社会について、ね?」
「え? う、うん、そう……あのあれ、女性の立場についてね、ほら?」
「は? えっと、そうそう。これからはあたし達もほらさ、社会でもっと活躍しなきゃなーって、“きかい” が “びょーどー” にね……」
「だよねー。えっとあの“きぎょー”をね…… “とーし”して」
「やばいよね? “とーし”……あははー、水無瀬ちゃんはどう? 最近してる? “とーし”」
こちらも流れるように薄っぺらい言葉を吐いた。
「チッ、クズどもが」
弥堂は彼ら彼女ら全員を軽蔑した。
皆さんは『お前にだけは言われたくない』とツッコミたかったが、話の追及を逃れたかったので、目立たぬよう怒りを飲み込み弥堂へと怨嗟の視線を送るに留めた。
水無瀬は“とーし”? と首を傾げたがやがて、
「よ、よかったぁ……誰にも聞かれてなかったぁ」
と、安堵した。野次馬のみなさんも安堵した。
(んなわけねぇだろ)
弥堂はそう思ったが、彼としてもこれ以上の脱線は御免なので口を噤んだ。
「あ、あの、弥堂くんもごめんね、さっきのお話忘れてくれるとうれしいな。おねがいします」
ぺこりとおじぎをして謝罪をする彼女から目を離さず、さりげない動作でボイスレコーダーの録音を一時停止した。
「あぁ。わかった。俺は何も聞かなかった。」
「うん。ありがとう。ごめんね、へんなことしゃべっちゃって……ななみちゃんに謝らなきゃ……」
弥堂は彼女から目を離さずさりげない動作でボイスレコーダーの録音を再開した。
「でも、みんなすごいね。私難しいこととか全然わかんないから……政治とか社会とかいっぱい考えててえらいねっ」
私もいっぱいお勉強しなきゃーと言いながら、集まった彼ら彼女らに羨望の眼差しを向ける。汚れなきおめめがキラキラと輝いた。
周囲の皆さんは疎らな動きで目を逸らした。顔向けできなかったのだ。心が痛んで。その程度の良心はまだ彼ら彼女らにも残されているようだった。
「そんなことはどうでもいい。貴様らは聴取の邪魔だ。さっさと解散しろ」
と、一欠けらほどの良心も残されていない男が人々に解散を命じた。
業腹ではあるが、後ろめたい気持ちいっぱいでちょっと早めに一人になりたい気分だった野次馬たちは、大人しく指示に従い水無瀬に別れを告げて帰っていく。
やはりその内の決して少なくない人数の者が水無瀬に「ありがとうございました」と礼を告げ金を渡そうとしてきていたが、彼女はその全てを固辞した。その反省の色が見えない人々を見て、弥堂はやはり『世界』は変わりはしないのだと深く失望をした。




