序章12 梔子の花 ②
水無瀬の肩を放し手を後ろに組むと、代わりに彼女の周りをぐるぐると歩く。わざとらしく虚空を見上げながら質問をした。
「では、水無瀬。これは仮に、そうあくまで仮にの話だ。その対象が不特定多数の誰かではなく――特定の一個人……そうだな。例えば。あくまで例えばの話だぞ? その対象が希咲 七海だったとしたらどうだ?」
「なんでななみちゃん⁉」
「む? 貴様即答出来ないのか? 何かやましいことがあるのか? どうなんだ?」
「どうってどういうことなのぉ⁉」
「ほう。口答えをするか。随分と強気な態度だな」
弥堂は水無瀬の正面に来たところで歩くのをやめた。
「もう一度訊くぞ水無瀬 愛苗。貴様は希咲 七海のおぱんつに並々ならぬ関心を寄せてはいないか?」
「ないよおおおっ‼」
弥堂は彼女の目を視る。その言葉に嘘がないか判断する為に、彼女の様子に不審がないか一点の瑕疵すら見逃さぬよう注視する。
水無瀬は目を回し、汗をダラダラ流し、手は忙しなく奇怪な踊りをするように動かし続けている。
不審な点しかなく逆に判断を下し難かった。
判断が難しかったので弥堂はとりあえず視線を強めて水無瀬を視た。困った時のゴリ押しだ。
水無瀬はわたわた動かしていた手を顏の前で交差させるとバッテンした。ないもんのポーズだ。そして彼女なりに視線を強めて、無実を主張するつもりで、むむむっと弥堂を見返す。
数秒そのまま視線を交わし合うと、ふんっと鼻を鳴らし弥堂の方から目線を切った。
「……では訊き方を変えようか……」
「ま、まだ続くのぉ……?」
愛苗ちゃんは眉毛を情けなくふにゃっとさせて疲労を訴えた。ちょっとおめめがうるうるし始めた。
「なぁに、ほんの少しだ。キミがあとちょっと、ほんの少しだけ、協力的になってくれさえすればすぐに終わる。無事に解放すると約束しよう」
「私ちゃんと答えてるのにー……うぅ……」
弥堂は被疑者の背中を優しく撫でてやることで、当方は人権というものに最大限のリスペクトを抱いているということを示唆した。
そして彼女の背中から手を離し改めて訊く。
「では、水無瀬 愛苗。キミは先程、希咲 七海のおぱんつには関心がないと、そう言ったな? 間違いないか?」
「なっ、ないですっ」
「よろしい。毛ほども興味はないと?」
「けほどもきょーみないですっ……ん? あれ?」
弥堂はじっと彼女を見つめながら続ける。
「では、そうだな。希咲のおぱんつを、例えば写真に収めたいと、そう思ったことは?」
「ななななないよ! そんなことしないもんっ」
「そうか。立派だな。では、そんなものには関心がないと? 希咲 七海のおぱんつには米つぶ一粒程度の価値も感じていないと、そう言う訳だな?」
「えっ? えっ? あれっ? なんかどう答えてもカドがたつ⁉」
「おい、どうなんだ?」
「だって…… でもっ、でもっ……価値がないとかそんなことないもんっ」
弥堂はスッと表情を落とした。元々無表情なのだが表情を落としたつもりで一度間を空けた。
「ほう……ついにボロを出したな。水無瀬 愛苗」
「なんで⁉ でもでも! あのね? ななみちゃんいっつもね、すっごくかわいいパンツ穿いてるんだよ?」
「いつもだと? それは毎日という意味か? 貴様日常的に希咲のおぱんつを確認する習慣があるのか? どうなんだ?」
「えっと……必ず毎日じゃないけど……ほら、体育の着替えの時とか普通に目に入るし、あとね、一緒におトイレ行った時とかに下着のお話したりすることあって、その時にちょっとみせっこしたり……」
話の内容がおかしな方角に向かい始めた。すでに周囲にちょっとした野次馬が先の弥堂の懸念通り集まっており、その中の男子生徒の幾人かは『みせっこ』のあたりで若干前かがみになった。
「……あとね、ななみちゃんスカート短いからちょっとした時に見えちゃったりするし……う~ん、あとはぁ……」
「それはこういうことか? おぱんつ自体は意匠が凝っていてそれなりに値が張るものではあるが、希咲が日常的に其処彼処で気安くおぱんつを見せて廻っているから、そんなものはわざわざ改まってありがたがるものではないと。見ようとしなくても勝手に見せてくるような安っぽいものに払う労力はないと。探さなくても道端にいくらでも生え散らかっている雑草のようなおぱんつであると。そういうことが言いたいのだな?」
「ちっ、ちがうよ! ななみちゃんそんなことしないもん! あと雑草じゃないもんっ」
自分の会話能力が拙いせいで親友のイメージにあらぬ傷をつけてはいけないと、水無瀬は強く否定をした。
「ほう、矛盾をしたな。貴様のさっきの証言と食い違うぞ。どういうことだ? 言え」
「だ、だってねだってね。私ね、ななみちゃんにいつも『男の子に簡単にパンツとか見せちゃダメよ』って言われてるもんっ」
「ふん……続けろ」
「え、えっと、あとね? 『知らないおじさんにお金あげるからパンツ見せて、とか、着いてきてって言われても絶対言うこと聞いちゃダメよ』って言われてるもんっ。――あ、そうだ!」
そう言って彼女は制服のポッケを探ると取り出したものを弥堂に見せた。
「……なんだこれは?」
「あのね、ネコさんブザーなの。ななみちゃんがくれたの。クリスマスにねプレゼント交換してね、私はお花のヘアピンあげたんだぁ、えへへ」
それは防犯ブザーであり、やたらとファンシーなデザインだった。彼女の説明どおり猫を模したもので、デフォルメされた『シャーっ』してるネコさんの顏が描かれた、本当に犯罪を防ぐつもりがあるのか疑いたくなるようなデザインであった。
しかし見た目とは裏腹に、これは持ち主である水無瀬も知らないことだが、この防犯ブザーは特注品でGPS機能と発信機能があり、ボタンを押した瞬間に本体が警報を鳴らすのは勿論のこと、さらにGPS機能から得た現在地情報を希咲のスマホに送信をしつつ、本体に隠された録音機能で現場の様子を記録し専用のサーバーに送り保管し続けるのだ。初回発信から以後5分毎にその位置を更新して送り続けるようになっている。メインの動力源となる通常の交換式電池とは別にソーラーバッテリーも搭載し、常に非常時用のエネルギーをストックし続け、初回発信から最低でも48時間は発信をし続けられるだけの性能を持った、希咲 七海が決して安くはない資金を投じて作らせた渾身の逸品である。
過保護な親猫からのしつけはきっちり行われているようだったが、それだけではなく防犯への意識が完璧で、ちょっと引くくらい完璧すぎて愛が重かった。ボタン一つ掛け違えればただのストーカーである。
「ふむ……まぁ、いいだろう。では、先程雑草おぱんつがかわいいと言ったな? 何がどうかわいいんだ? 言ってみろ」
弥堂は自身のスマホに収められた希咲のおぱんつ画像と水無瀬の証言に相違がないか、詳しく聴き取りをする。完全にアウトな聴取なのだが、お友達想いの愛苗ちゃんは自身の潔白の証明よりも、大切な親友のおぱんつの名誉の為にさらに爆弾を放り続ける。
セクハラ以外の何物でもない弥堂の質問ではあるが野次馬の皆さんも、水無瀬 愛苗の口から彼女の言葉で語られる希咲 七海のおぱんつに並々ならぬ関心があるのか、誰一人として止めに入らずに様子を見守っていた。
この私立美景台学園は、一般生徒と謂えどもその民度は割と最悪であった。




