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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章11 眼窩の窓 ③



 その頃、散々巻き込まれ掻き回された挙句に置き去りにされた他の方々は、二人の様子を固唾を飲んで見守っていた。


「びっ……びっくりしたぁ……キスするのかと思ったぁ」

「また突然何か始まったと思ったら完全に二人の世界だもんねー……」

「でもちょっとあこがれるー……けど弥堂かぁ……」

「弥堂ねぇ……顏は悪くないんだけど、せめてなんというかもうちょっとだけ人間味が備われば……」

「てかさぁ、あの流れるような変形顎クイ見たぁ? あいつ結構慣れてるのかな?」

「抜かずに3発ってマジなのかなー?」

「ねーねーてかさー、あの二人ってやっぱ付き合ってんの?」

「いやーそりゃないっしょー。そういう感じじゃなくない?」

「えーでも水無瀬ちゃん全然抵抗しないっていうか、なんかもうどうぞ召し上がれ体勢じゃなかったぁ?」

「でも弥堂よー?」

「でもでも、こうして見るとちょっと犯罪臭いけど意外とアリっていうかー?」

「でもでもでも! なんか今朝教室で七海とキスしてたとか聞いたよー?」

「えーー! 何その三角関係! 滾るわ」

「紅月くんも混ぜたらもう何角かわからない超絶泥沼劇よ! 燃えるわ!」


 見守っていたと思ったらそこはやはりプロフェッショナルなJK集団。傍から見たらそういう光景に見えなくもない先程の二人のやりとりにありもしない色恋の匂いを敏感に嗅ぎ取り、きゃーきゃーと所感を垂れ流す。


 しかし男子生徒たちは、幾人かはかわいい女の子のほっぺをなでなでする行為に嫉妬をし、そうでない者達はまた違った印象を抱いていた。


「そ、そうか? そんなラブちっくな光景だったかあれ?」

「ちげぇだろあれ……弥堂の眼ぇ見たか? 薬品ぶっかけたリトマス紙観察するみてぇな眼ぇしてたぞ……サイコパスかよ……」

「水無瀬さんも水無瀬さんでよくわかんねえよなぁ? …… 俺も頼めばほっぺ触らしてくれんのかな?」

「バッカお前今のご時世考えろよ。普通にセクハラだろ……てか、希咲にバレたらぶっ殺されるぞ?」


 其処彼処で思い思いの雑談が繰り広げられる。


 この私立美景台学園では、放課後は部活動や委員会の活動がない者は速やかに帰宅をすることが推奨されている。意味もなく校内に居残りをすることは罰則はないにしろ望ましくはないのだ。

 それらを正す責務を負う風紀委員である弥堂は、意味もなく校門前で立ち止まり雑談に興じる彼らを見咎めたので、注意をしようと思い立った。


「び、弥堂君……あ、あの……」


 弥堂が生徒たちに声をかけるその前に、遠慮がちに弥堂に話しかける者があった。それは水無瀬ではなく、一人の男子生徒だった。


「む?」

「カ、カメラ……そろそろ、いいですか?」

「あぁ、助かったぞ山下君。協力感謝する」


 それは捜査協力の為だと弥堂によって私物のカメラを徴収されていた写真部の山下君であった。


 高校生の彼にしてみればとても高価で大切な物であるので、心配性な彼は弥堂の捜査に同行してきていたのだ。先程危うくそのカメラが投擲武器としての使用を検討されていたことなど彼は知る由もないが、それを考慮すると彼の懸念は杞憂ではなかったと云える。


 そもそも捜査の為とは言え、風紀委員に一般生徒の私物を徴収する権限もなければ、当然一般生徒にもそれに応じる義務もない。しかしアーティストである山下君は日頃、自身の芸術の探求の為に女生徒のパンチラ写真を秘密裏に撮影することをライフワークにしており、以前その犯行の現場を弥堂に抑えられたことがあって以降、それを弱みとして握られ事あるごとに脅迫され、彼の子飼いとして便利に使われていた。


 弥堂はこの『希咲 七海おぱんつ撮影事件』を捜査するにあたって、放課後になるとまずパンチラ写真のアーティストを自称する山下君の元を訪れ、尋問という形で専門家である彼の忌憚のない意見を伺っていた。

 どうやら今回のこれは彼の作品ではないようだったので、こうしてカメラを奪い検証の為に現場に訪れた。大事なカメラを壊されてはかなわないと山下君は弥堂に同行をし、そしてそこに水無瀬が現れ先程の騒ぎに発展をしたという流れである。

 ちなみに弥堂に対して敬語を使っているが、彼は弥堂や水無瀬の上級生、つまり今年大学受験を控えた高校三年生となる。



「そ、それじゃあ僕はこれで……失礼します」


 弥堂からカメラを受け取った山下君はサッと彼から隠すようにそのカメラを腹に抱くとこの場を辞そうとするが、一歩踏み出そうとしたところで弥堂の隣に居る水無瀬と目が合う。


「み、水無瀬さん、どうもありがとうございました」

「え? どういたしまし……え? 何でお礼?」


 水無瀬の方へと姿勢を正しカメラを持ち直すと両の手を身体の脇に伸ばし、先言後礼で首と背筋は真っ直ぐ伸ばしたまま頭を下げ、45度腰を折り曲げた姿勢で山下君は感謝の意を示した。最敬礼だ。自身に表せる最大限の敬意を彼は水無瀬へと示した。


「あ、あの、持ち合わせがなくて、少ないですけどこれ……」


 続けて彼は何やら懐を探ると、決して自分の手が水無瀬の手には直接触れることがないように留意しながら慎重に、その取り出したものを戸惑う彼女へと手渡した。


「な、なんですかこれ……って! 二千円⁉ お金⁉ なんでぇ⁉」


 自身の手に握らされた物の正体を確認して、チャームポイントの両のおさげをぴょこんと跳ねさせながら愛苗ちゃんはびっくり仰天した。


 ちなみに山下君はパンチラ撮影の専門家だが、先程の催眠状態の水無瀬に「お兄ちゃんごめんなさい」と言わせていた人物でもあり、どうやら妹というものに対しても彼は芸術的に深い探求心があるようだった。そして、安易に卑猥な言葉を言わせたり、大好きなどと言わせるでもなく、過失もないのに謝罪の言葉を要求するあたりに彼の芸術性に業の深さが伺い知れた。


 水無瀬は突然渡されたくしゃくしゃに丸められた日本銀行券をどうしていいかわからずに自分の手の中のそれと、それを渡してきた山下君と、そして何故か弥堂の方にもと忙しなく視線を周す。


「気にするな」


 弥堂は決して彼女と視線は合わせずに短くそう伝えた。


 そうは言われても、極めて一般的な価値観を持ったご両親に育てられたよいこの愛苗ちゃんとしてはそんなわけにもいかず、「では……」と足早にこの場を去ろうとする山下君にお金を返すべく取り縋る。


「あ、あの!  困ります! こんなのもらえないです!」

「い、いえ、そんなわけにはいきません。困ります。お納めください」

「だからなんでぇ⁉ で、でも、そんなのお母さんに怒られちゃいますっ」

「そ、そんな、まさか……無料でいいとおっしゃるのですか⁉」

「無料ってなにがぁっ⁉」


 お互い譲らず金を押し付け合う。やがて困り果てた水無瀬は弥堂へと懇願するように視線を向けた。


 本心では無視したかったが、このまま何故金を渡されたかを彼女に知らされるわけにもいかない弥堂は、短く息を吐くと二人の方へと踏み出した。



 水無瀬の手からサッと金を掠め、山下君の顎の下からガっと親指と人差し指で頬を挟んで口を開けさせ、その口の中にゴっと金を捻じ込んだ。


「おい」


 そのまま彼の目を見下ろす。


「今日お前は俺と水無瀬には会わなかった。ここには来なかった。何も見なかった。――そうだな?」


 秒でビビりあがった山下君は金を捻じ込まれた口の端から唾液を漏らしながら必死に首をガクガクと縦に振った。


「よし、行け」


 弥堂に放り捨てられるように解放された山下君は転倒しそうになるが、どうにか不格好にバランスを持ち直し、弥堂と水無瀬にヘコヘコと卑屈に頭を下げると走り出した。


 しかし、あることを思い出した弥堂は彼の背中へ声をかけた。


「おい、帰り道には気を付けることだな」


「なっ、なんでですか⁉ 僕は誰にも会わなかった、ここに居なかった、何も見てません! あのことだって誰にも言いませんし言ってません‼ 本当だ! 信じてくれ‼」


 急ブレーキをかけた山下君は反転し涙ながらに助命を嘆願した。


 今週の風紀委員会では『下校時の声かけ週間』のキャンペーンが行われている。生徒達に下校時の安全を意識させる為に、「気を付けて帰ってね」と声をかける行事だ。

 当然風紀委員の弥堂としてはそれに従って山下君の無事な帰宅を願い、そして彼自身にも安全に留意するよう促しただけであった。


「黙れ。さっさと失せろ」

「ヒィっ」


 風紀委員の弥堂は生徒を速やかに安全な帰路に着かせるべく、山下君の尻をガっと蹴り上げた。暴力によって安全な帰宅を促された生徒は「殺さないで……殺さないで……」と呟きながらしかし決して振り返らずに下校を開始した。


 職務上の善意と責任から言葉をかけたのだが、何故か彼は殺害予告と受け取ったようだった。弥堂は己の職務の難しさと己の未熟さを憂い、しかし、より徹底して真剣に意識高く仕事に取り組むことで自身の成長に繋げることを誓った。


「おい、見たかよ。今の流れるような変形顎クイからの脅迫。野郎、完全に手馴れてやがるぜ」

「そろそろ風紀のあいつを取り締まるための風紀委員会が必要だろ。てか何でクビになんねぇんだよ」


 公権によって管理されることで生かされている愚かな民衆は愚かであり、当然その愚かな口から出る言葉も例外なく愚かで聞く価値がないので弥堂は耳を閉ざした。



 ふと、横に目を遣ると水無瀬がじぃーっとこちらを見ていた。


「……気にするな」


 弥堂は決して彼女と目は合わせずに、短くそう言った。


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