序章02 牽強付会 ②
以上が去年1年間の『災害対策方法並びに遍く状況下での生存方法の研究模索及び実践する部活動』の主な活動内容であったが、概ね満足な成果を上げることが出来たと謂えよう。
これによって、現代で起こりうる災害時に生き残る為に必要な物資は粗方用意することに成功し、部室や校内の至る場所に隠して設置(無許可)することが達成出来た。
三年生校舎から続く渡り廊下が終わりを迎え、現在地は一年生校舎へと変わった。
それを引き金に思考を去年の活動から今期へと切り替えた。
今期――つまり、これからの1年間では次のステップへ進もうというのが部長である廻夜の方針であった。
日常で起こりうる災害には既に備えた。
ならば次は起こる可能性の極めて低い非常事態に備えようと――部長は腹を揺らし高らかにそう宣言をした。
起こる可能性の極めて低い非常事態とは、授業中に突然校内がテロリストに占拠されたり――
偶然旅行で訪れた山荘で密室殺人事件が起きたり――
突然世界中で超能力に目醒める人類が次々と現れ、各地で異能力バトルが勃発したり――
ある日空から美少女が降って来たり――
そして――
ある日唐突に『異世界』へと迷い込んでしまったり――
――などの事柄だ。
つまりは言ってしまえば荒唐無稽な状況を想定していた。
現実に起こりうる可能性は限りなく低いが決してゼロだとは言い切れず、しかし仮に備えなくその事態に直面すれば確実に死は免れない――そんな事態への対策をしっかりと行う。
そして実際にそういった事態に直面した時に確実に生き残ってこそのサバイバル部であり、もしもそれが出来なければ他校のライバル達とは戦えない――と、廻夜は身振り手振りを交えそう熱弁した。
彼が持ってくる小説に異世界転生ものが多いのは、これらが教材だからである――と、今年最上級生となる男はそう強く主張した。
これには弥堂も同意を示した。
他校に同じ活動内容の競合勢力が存在するのかという事実関係については彼は寡聞にして知らなかったが、何事も徹底的に行うという姿勢には敬意を払うべきだと考えたのだ。
また、例え共感出来る内容ではなかったとしても、部長である廻夜は事実上自身の上官となる。
所詮末端の平部員に過ぎない弥堂には与えられた指示に対して疑問を持つ資格も意味もないのだ。
一構成員でしかない自分はただただ与えられた『役割』 を忠実且つ確実に熟すのみ――そして、それこそが弥堂の得意分野であった。
一兵卒には特定の思想も思考も必要ないのである。
このように活動内容については概ね不満はなかったが、未だ不明瞭な点もある。
それというのも、他に活動をしている部員を見たことが殆どないのだ。
この美景台学園では部活動として設立又は継続を認められるには、部員数5名以上が必要であると校則にて定められており、生徒手帳にもそう記載されている。
弥堂の知っている限りでは、サバイバル部の部員は部長である廻夜と、平部員の自分――
それから部室に顔を出した所を見たことはないが、隣のクラスの山田君――
ただの一度も姿形すら見せたことのない、正体不明の情報提供者Y’s――
その他にも、部の名簿に名前の記載はあれど実際にはどこの学年のどこのクラスの名簿にも存在しない数名の部員で構成されている。
だが、弥堂は実際に朝夕の部室での活動では、廻夜以外の人間の姿を見たことがなかったのだ。
部の消耗品である弥堂としては、下される命令に否やはないが同僚のことは知っておいても損はないだろうとの判断で、上層部である廻夜の不興を買わない程度にこの半年ほど他の部員の正体を探ってはみた。
だが、そうはしてみたものの、その成果は芳しくはなかった。
しかし十全とはいかなかったがその中で解ったこともある。
自身の所属する部活動の部員達について弥堂は思索を巡らせようとしたが、ここで一年生校舎から昇降口へと繋がる空中渡り廊下に出た。
景色が変わったことで一瞬思考が途切れる。
廊下が続く先へと視線を向け、自身の歩調が乱れず一定のままであることを確認してから弥堂は思考を再開する。
コッコッコッ――と、意識をして、大きすぎず小さすぎず遅すぎず速すぎずに音を鳴らす。
一定のリズムで床を踏んで離す。
まず、隣のクラスの山田君。
彼とはこの半年の間一度も部活動中に顔を合わせたことはない。
だが、この山田君のみが唯一、部の名簿と学園に登録されている名簿の記載が一致をした人物となる。
山田君には一度だけ弥堂から接触を図ったことがあった。
ある日、廻夜から弥堂の隣のクラスに『山田 薫』という部員がいるので、彼から“レポート”を受け取ってくるようにとの指示を受けた。
そこで過日の昼休みに隣の教室を訪問してみたのだ。
時期的にはちょうど他部潰しを始めた頃だろうか。
各種工作をするにあたって同僚がどの程度“出来る”のかを把握しておくのも悪くはないと、そういった思惑も勘定に入れつつ弥堂は彼の者を訪ねた。
しかし、実際に対面をしてみての印象は異質の一言に尽きた。
対面した山田君は、まるで少女のような面差しに少女のようにか細い手足で――やたらと怯えた様子で受け答えをするその男子生徒の様相は、どこからどう見ても只の弱者であり小者にしか見えなかった。
人を見る目はあると自負をしている弥堂をして、山田君は見たままの臆病な女子供にしか視えなかった。
だが、キレ者の廻夜部長がそのような役立たずの無能者を登用するはずがない。
間違いなくこれは“擬態”であると――弥堂はそのように見た。
恐らく彼は潜入工作に特化したタイプの諜報員なのであろうと判断した。
端的に「仕事の話がしたい」と迫った弥堂に対して、山田君はヒッと短くか細い悲鳴をあげる。
すると、まるで野卑な盗賊に襲われたか弱い貴族の令嬢のように目に涙などを浮かべ、ふるふると震えながら「やめてください」「話が違う」などと言った。
これは演技に合わせろということだろうと判断した弥堂は、山田君のロールに乗る形で「例のモノをよこせ」と手近にあった机を蹴り上げつつ要求をした。
すると山田君は、まるで首筋に刃物でも突きつけられた人質のように顔を青褪めさせ「これで勘弁してください」と財布を差し出してきた。
まさに迫真の演技であった。
なるほど、こうやって部員同士の物資の受け渡しを偽装するのかと得心しながら弥堂は財布を受け取る。
そして用は済んだと、教室を後にしようとした。
その際、出口へと向かいながら周囲の騒めく生徒達の様子を横目で確認する。
『これではまるで、周囲の者たちには不良生徒が気弱な生徒から金品を巻き上げたようにしか見えていない――』
――と、そのように山田君の手管に感心し、完璧な“取引” であったと、弥堂は胸中で自分たちの仕事に満足をした。
その後教室を後にし、素早く且つ不自然に見えない動作で男子トイレの個室に入る。
だが、受け取った財布の中身を確認しても、レポートと見えるような物は何も入ってはいなかった。
もしや『レポート』とは何かの隠語なのではないかと、弥堂は当日の放課後の部活動時に廻夜に財布ごと手渡し確認をした。
そうしたら、廻夜は一瞬言葉を失ったかのようにも見える仕草をして――
『この財布は自分の手で山田君に返しておく』
『レポートは恐らく弥堂が訪問した直後と思われるタイミングで、山田君のクラスメイトが廻夜の教室へと持ってきた』
『山田君は保健室で寝込んでしまったので代わりにクラスメイトが来た』
――などと顛末を語った。
若干廻夜部長の表情が引き攣っていたようにも見えたが気のせいであろう。
彼は大きなサングラスをかけているせいで意外と表情が読みづらいのだ。
弥堂はなるほど、どうも自分は陽動に使われたのだなと理解をした。
多重に張り巡らされた偽装工作の中の捨て駒の一つとして使われたことに怒りを覚えることはない。自分は素人ではないのだ。
だからむしろ、味方でさえ騙し切り、確実に目的を達成した上司と同僚のその巧妙な手腕を高く評価した。
どうやら試されていたのは自分の方であったらしいと弥堂は自覚をし、また同時に彼らとならば今後も『いい仕事』が出来そうだと判断をした。
このように謎の多い活動内容や部員達ではある。
だが、廻夜から自分へとその詳細が語られないのは、未だ木っ端部員に過ぎない弥堂にはそれは『知る必要のないこと』であり、その資格を得たいのならば自らが使える男であることを示せと――
これは廻夜からのそういうメッセージなのであると認識をした。
ならばと、自身の有用性を示すべく弥堂は『部活動』へと励み、ここまで及第点以上と自己採点出来る程度には『仕事』を熟し、成果と実績を積み重ねてきた。
そして今日へと至る。
次いで、謎の情報提供者Y'sへと思索を移そうとしたところで、一年生校舎からの渡り廊下を踏破し、正面昇降口の棟へ差し掛かる。
敷居を踏みつけ足を踏み入れる。
思考を再度戻しつつ、一歩、二歩と足を進めたところで。
瞬間――
――その思考の全てが吹き飛ばされた。




