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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章10 善意の洞 ③

「どうやら失敗のようだな」


 弥堂 優輝(びとう ゆうき)は別段、固執することもなく即座に作戦の失敗を認めた。

 彼は『いま』『ここで』『見込んだ』『効果』を発揮できるものにしか価値を見出さないのだ。


 しかし世間様は彼ほど切り替えが早くはない。


「失敗のようだなじゃないでしょ! 弥堂あんたこれどうすんのよ!」

「お前これ弥堂これ、もとに戻せるんだろうな? 水無瀬さん完全にバグってんじゃねえか」


 極めて常識的な倫理観をお持ちの方々からご尤もなお怒りのメッセージが届けられる。この間も水無瀬は棒読みで同じ単語を連呼し続けている。そして中には――


「水無瀬ちゃん水無瀬ちゃんこっち向いて?……お姉ちゃんだいすきっ!」

「……おねーちゃんだいすき……」

「きゃーかわいいーーー!」


「水無瀬さん自分もいっすか……んんっ、くせぇんだよこの豚野郎!」

「……くせーんだよこのぶたやろー……」

「ああああありがとうございますっ‼」


「あ、あの水無瀬さん……お兄ちゃんごめんなさい」

「……おにーちゃんごめんなさい…… 」

「ありがとうございます! ありがとうございます‼」


――中には早速悪用する者たちが居て、この私立美景台学園は一般生徒と謂えどもその民度は割と最悪であった。


 野次馬たちは続々と我も我もと水無瀬の周りに集まり、思い思いの台詞を彼女に復唱させる。感極まって涙を流す者までおり、会場は大盛り上がりだ。場には異様な熱気と人々の情念が渦巻き、そしてそこにあるのは圧倒的な感謝だった。


「……ありがとうございます……」

「ありがとうございますっ‼」

「……ありがとうございます……」

「ありがとうございますっ‼」

「……ありがとうございます……」

「ありがとうございますっ‼」

「……ありがとうございます……」


 もはや水無瀬が復唱しているのか、水無瀬の言葉を周囲が復唱しているのかわからない状態へと陥り、感謝を伝える言葉は怒号となり学園の敷地中に響き渡りそうな勢いだ。もちろんこの場の全員が感謝の合唱に参加しているわけではなく、極めて常識的な者達にとっては侮蔑の対象なのだが、しかし世間一般的には常識的でマジョリティであってもこの場に於いてはマイノリティ側に立たされ、この差異の感覚はその者達にとってはただただ恐怖でしかなかった。


「え? ちょっとマジで怖ぇんだけど……なにこれ? カルト?」

「……私これ知ってる……うちのパパが昔勤めてた会社でさ、入社してすぐ合宿だとか言って携帯奪われて山奥の収容所に入れられて、わけわかんないセミナー受けさせられたらしいのよ。んで、自分でもよくわかんないけど最終日はこんな感じでみんなで泣きながら叫んでたって聞いたわ……えぇ、もちろんブラック企業よ」



 場は混迷を極めた。もはやこの場を収拾することはたとえ教師や警備部であっても難しいかもしれない。だが、そうであったとしてもこれを見過ごすことは出来ない者もいる。

 弥堂 優輝は風紀委員だ。校内の風紀の乱れを正す職務を担っている以上、このような学園敷地内での騒乱を認めるわけにはいかない。


 なので、速やかにこの場を鎮圧することに決めた弥堂は、慣れた動作で暴徒鎮圧用に懐に忍ばせていた爆竹を取り出すと100円ライターで素早く着火し、感謝の合唱をしている集団の手前のスペースに迷いなく放り込んだ。


 爆竹から発せられるパパパパパパーンっと乾いた破裂音により集団の感謝の合唱は止み、代わりに多数の悲鳴が上がった。


「ぱぱぱぱぱぱーん」


「おわぁっ⁉ てってててててってめぇこら弥堂こらボケェっ! やっていいことと悪いことがマジでわかんねえのかてめぇこら!」

「てめーこらびとーこらぼけー……」

「黙れこのクズどもが」

「だまれこのくずどもが」

「んだこら? 爆竹なんぞ放ってくれやがってクズはてめぇだろうが」

「んだこら……」

「俺は風紀だ。校内での騒ぎは認められない」

「元はと言えば1から10まで全部てめぇのせいだろうがあああっ‼」

「……てめーのせーだろーがー」


 見ようによってはより一層に阿鼻叫喚となったかもしれないが、ともかく多くの者がショックと怒りにより正気へと返り、儀式めいた怪しい合唱を止めることには成功した。幸い負傷者は出なかったようだが、しかし水無瀬さんの不具合は解消されなかったようだ。


「おうこらぼけ、上等な口ききやがって三下風紀がよぉ、随分チョーシくれてんじゃねぇか、えぇおい? やんならやったんぞこらぁ」

「やったんぞこらー」

「黙れ低能。貴様にやれることなど何もない。失せろ」

「だまれてーのー」

「あぁ⁉ 試してみっかぁ? てめ、 こら! ぶち殺……あ、あの、水無瀬さん? 危ないからあっちのお姉ちゃんのとこ行ってようね? ね?」

「ぶちころー」


 随分とガラの悪い生徒さんであったようだが女子供には優しいナイスガイのようで、「水無瀬ちゃんこっちこっちー」と手招きする女生徒の方へと水無瀬を促した。ただ単に意気が削がれて邪魔だっただけとも謂える。


「待て」


 しかし、弥堂はか弱い女生徒の避難を妨害した。


「あぁ?」

「迂闊にそいつに触れるな」

「んだこら? 彼氏気どりかぁ? あぁん? チョーシのんなよてめぇ」

「今からそいつを元に戻す。俺の邪魔をするな。消えろ」

「戻すって……お前ホントに戻せんのかこれ?」


 弥堂はその言葉には答えず水無瀬へと顔を向けた。必要なことはもう伝えた。これ以上邪魔をするようなら実力を以て排除するだけだ。


「水無瀬」

「みなせ」


 水無瀬の目を見つめ彼女の状態を回帰させるべく以前に教わったことを記録から引き出す。その方法を――


――方法を……方法を……方法を……


「ふむ」


 弥堂は指先で顎を撫でた。


「お、おい。どう思う?」

「怪しいぜ……なんか考え込んでるぞあいつ」


 一応は静粛にしていたが、不穏な気配を感じた野次馬たちから囁き声が上がり始める。



 そういえば――


 そういえば、弥堂にこれを教えた女が所属していた組織は過激極まる宗教団体の暗部だ。

 そもそも対象を洗脳し、必要とする情報を引き出すために主に使われた技法であったのだが……情報さえ得られればその対象はもう用済みなわけであって――



 つまりは、もとに戻す方法など存在しなかった。



「おい弥堂……お前、まさか……」


「黙れ」

「だまれ」


 だが、まぁないものは仕方ない。弥堂はもう面倒になった。


「あー、水無瀬ー。その、あれだ。俺の手を見ろ。今から指をパチンっと鳴らす。それでお前は元に戻る。もうそれでいいな?」


「ちょっと! 何よその投げやり!」

「それでいいな?ってなんだ⁉ お前ふざけてんのか、クソ野郎!」

「……くそやろー」


 周囲からは非難の嵐だが、弥堂は全てを無視してカウントを始める。カウントした方がなんかそれっぽいと思ったからだ。


「あー……3……2……1……」


 パチンと弥堂は指を鳴らした。


「――はっ⁉ 私は一体何を――⁉」

「「「「「嘘でしょ⁉⁉」」」」」


 ちょっと考えられないくらい単純で思い込みの激しい水無瀬さんは正気に返った。


 一同からの総ツッコミであったが、しかし一応は状況は事無きを得たようで、催眠時の記憶がないのか事態が掴めずにキョロキョロと辺りを見回す水無瀬の姿に人々は安堵した。

 そして不本意ではあるが一応形上は功労者である木の上の男に労いの言葉をかける。その功労者は下手人でもあるのだが。


「ははっ、なんだよ弥堂お前。出来んなら早くやれよな。マジでビビっただろ」


 朗らかに弥堂へ賛辞を贈るがしかし、当の本人はだんまりで水無瀬へと懐疑的な視線を送っていた。声をかけた男子生徒がその様子を不審に思い彼を見ていると、誰に聞かせるつもりでもなく思わずといった様子で弥堂の口から言葉が漏れた。


「――嘘だろ」


「おい!」

「マジかよ……こいつ、マジかよ……!」

「頭おかしいんじゃないの」


 今日イチどん引きした人々からの、元々最低な弥堂の好感度がさらに最小値を下に更新した瞬間であった。


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