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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章09 八面六臂の猫 ②


「じゃ、樹里も香奈もそういうことなんでお土産待っててね。てか、あたしだけじゃなくて真刀錵(まどか)とリィゼに望莱(みらい)も一緒なんだからそこんとこ勘違いしないでよね」


「はいはい、紅月ハーレムねー」


「ハーレムじゃねぇっての。てか蛮もいるのにハーレムはおかしいでしょうよ」


「蛭子って停学中だろ? 旅行とか行ってていいのかよ」


 幼馴染達の中には蛭子 蛮(ひるこ ばん)という名の男子生徒がおり、その蛭子といえば新学年始まって早々暴力沙汰で停学中の身となっていた。


「許可はちゃんととってるわ。問題なしよ」


「えー、蛭子くんもう戻れるんだぁ。うちの男衆がまた手貸して欲しいとか言ってたから伝えといてよー」


「せっかく停学解けたのにまたケンカなんかさせないっての。今回はダメよ」


 蛭子は典型的なヤンキー君で他の幼馴染の例に漏れず希咲に多大な心労をかける存在であった。


「てかさ、学園最強の不良と風紀の狂犬が同じクラスとか、うちらのクラス大丈夫かよ? マジうけるわ」


「……やめてよ……せめてあと10日はそのこと考えなくて済むんだから……あいつら席が前後で並んでるとか……先生たちも何考えてクラス替え決めたのよ……」


 思わず真顔になってしまった希咲に友人達はまた「マジうけるー」と笑い合う。ちなみに風紀の狂犬とはもちろん弥堂 優輝のことである。



「んじゃ、これから先輩んとこにも挨拶しなきゃだから、あたしもう行くわ。またね」


「おー。んじゃな七海ー」

「またうちらとも遊ぼうねー」


 適当に「はいはい」と答えにならない返事を友人達に返しながらその場を暇し、三年生校舎へと向かうため希咲は昇降口へと歩き出した。

 今日はこれから部活前の先輩たちの元へ、明日は放課後までに同じ2年生のA組と放課後は今日回り切れなかった先輩たちにご機嫌伺いだ。




 背筋を伸ばして綺麗な歩調で歩いていた希咲は、昇降口棟二階通路の中間辺りまで進んだところで突如ガクッと肩を落として立ち止まる。そのまま重い足取りで窓際に寄ると壁に肩を預け、ハァと大きく溜め息を吐いた。


(あーもうやだ……ほんとサイテー……)


 必要なことで出来ることをしているとはいえ、もう何年も続く人間関係の管理に希咲は疲れを感じていた。


 中学まではまだ幼馴染グループで全員一緒に行動していることが多かったので、見える範囲にだけ気を配っていればそうは酷いことにはならなかったが、高校に入学してからはそれぞれが単独で行動することも増えて、それに比例してトラブル件数も増えていった。


 特に去年の夏休みに強制的に連れていかれた “ちょっと長め”の『旅行』以降は、新たにあの生意気なお姫様もメンバーに加わりさらに拍車がかかった。


 さすがにそろそろ手に負えないだろうと諦めかけてから半年が過ぎ、しかしそれでも、なまじ希咲自身の能力が高いこともありどうにかこうにかここまで何とかなってきてしまった。

 完全に破綻してしまえばいっそ開きなおってしまえるのだが、綱渡りでもどうにかやっていけているうちはそれを維持したくなってしまう。


 特にこの新学期からは水無瀬とも同じクラスになって行動を共にすることが以前より多くなり、自分と近しい関係にあるということはきっと多くに知られてしまった。前述のとおり彼女に危害が加わる可能性がある以上はもはや下りるという選択肢は消失した。



 それ故必ずやり遂げなければならないし、またその自信もある。

 何よりこれまでに、西に東にと目を光らせ気を配り、北に近ければ南に遠い面倒な厄介ごとを南船北馬東奔西走し、そしてその全てを撃墜してきた実績もある。


 だがその為に四方八方で時には心にもない言葉で言い繕い猫を被り、それが結果的には八面六臂の活躍となっているとはいえ――


(これじゃただの八方美人よね……)


 ハァ、とまた大きく溜め息を吐く。何となく気分と空気を入れ換えたくなって窓を開けるとその窓枠に浅く腰を預ける。



(とはいえ、見えないフリするのもできないしね……)


 幼馴染達に文句を言いながらも結局は面倒を見てしまうのも、親友に庇護欲を感じてしまうのも総ては自分自身の性分だ。これは自分という人間からは切っても切り離せない。

 定期的に自己嫌悪し同じ悩みをループさせることになったとしても、結局は開き直ってやるしかないのだ。



(あーあ……あたしもめんどくさい女になったなぁ……)


 そう自嘲し背を反らして窓から頭を出して空を見上げると背後から優しい春の風が吹き込む。柔らかな風に身を任せると少しだけ慰められているような気持ちがした。


 その緩い風が一片の桜の花びらを室内へ運び込む。

 春の空と人工物との境界で、その花びらは身の置き所を探すように宙をひらりくるりと彷徨い、希咲の元へと舞い落ちてくる。

 なんとなく寄る辺になってあげようと手のひらを上に向け受け止めようとした時、少しだけ強い風が吹いた。



 窓枠に座る自分を追い抜いていくかのように幾つもの花びらが通り過ぎていく。受け止めようとしていた最初の花びらはその同胞たちの雑踏の中に紛れてしまい、廊下の先へと風によって運ばれていく。

 捕まえようと取り縋るように伸ばした手を腕をなぞるようにして、次々と花びらが自分を追い抜いていく。


 希咲 七海(きさき ななみ)はそれがまるで何か大切なものを奪い去られてしまったように感じて、或いは自分だけ置き去りにされてしまったように感じて、何か言い知れない強い不安を抱いた。



 反射的に立ち上がり、これ以上はもう何も奪わせまいと後ろ手に窓を閉める。


 焦燥感に駆られ花びらの逃げて行った先に目を向けると――




「うげっ⁉」


 どこか幻想的な光景の中での喪失感が一瞬で喪失させられた。


 床一面に花びらが散らかってしまっていたからである。そういえばこの時期はここの通路の窓は開放厳禁になっていて、その理由はこの目の前の光景を見れば言うまでもない。


 これは間違いなく窓を開け放った希咲の過失であった。

 


 三度、肩を落として溜め息を吐くと、ここから一番近い清掃用具の置き場を記憶の中から探る。俯きながら苦笑いを浮かべてしまう。


 つい一瞬前まで悲哀的な心象ではあるもののロマンティックな舞台に出演していたのにも関わらず、汚れた床を早く片付けなければと、瞬時に現実的な思考に切り替わる自分自身の淡泊さに辟易する。


 バッと顔を上げるとその勢いのままに希咲は歩き出した。予定は詰まっているのだ。さっさとここを掃除してしまわねば。


 また同じ思考をループさせたところで意味など何もない。だから――





――だから。 床に倒れ伏した、何か大切なもののように感じたそれらを、今から自分の手で捨ててしまわなければならないことに、希咲 七海は気が付かないフリをした。


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