表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
20/176

序章08 嘘と誠実の硬貨 ②


 体育館裏。



 希咲 七海(きさき ななみ)が教室で、窓の外へと祈りを願いを想っていた頃、穏やかな春のよく晴れた青い空の下、弥堂 優輝(びとう ゆうき)は鋭い眼差しでパンツを睨んでいた。



 正確には、手に持ったスマホのディスプレイに映った女性が着用していると思われる下着の画像を見ていた。



 先程のY’s(ワイズ)との意味不明なやりとりの最後に、奴からメールで送られてきた画像リンクをタップしたらこのような画像がDLされたのだ。


 かなり被写体に近い距離で撮ったのか、それとも遠くから撮影したものをズームしたのかはわからないが、下半身の下着部分に寄っていて、画面に映っているのは捲れた学園指定の女子制服の青のチェックのスカート、地面へと伸ばしていると思われる左足の太腿、膝を上げていると思われる右足の内腿に、股間部分を覆う下着が映っていた。


 仕事に関連した内容のメールを開封したつもりだったので、画像を開いた時は少々驚いたもののそれよりも疑問の方が勝る。


(何故下着……いや、『おぱんつ』が……?)


 弥堂は所属する部活動の上司である部長の廻夜(めぐりや)が定めた『サバイバル部』の掟として、妙齢の女性の下着については『おぱんつ』と『おブラ』と呼称するように義務付けられていた。素っ気なく『下着』と呼ぶのは余りにも敬意が足りない。なので感謝と尊重と親しみも込めてそう呼ぶようにと強く言い付けられていた。


 弥堂としては道具は所詮道具でしかなく、肌着の呼び方などどうでもいいのだが、気になるのは何故そのおぱんつの画像が仕事の連絡で送られてきたのかだ。



 先ほど弥堂はまず情報収集担当の部員であるY’sに『不良生徒』に関するデータを集めるようにと要請をした。


 そうしたらY’sからは報酬として『使用済みの靴下』を要求された。


 弥堂は渋々その要求を飲み、これを受諾する代わりに『仕事の成果に色をつけろ』と要求した。


 奴は『よろこんで』と快諾し交渉は成立した。


 その結果としてすぐに送られてきたのがこの『おぱんつ』画像である。



 一連の狂った流れに『色』ってそういう意味じゃねえんだよ、と言いたくもなるが不可解な点がある。



 まず要求した成果が送られてくるにしては速すぎる。

 要請してから数秒だ。するとこれは予め準備されていた画像データであり、そうであるのならば別件だろう。


 これまでを考えるとY’sが、意味のわからない奴ではあるが意味のない情報を寄こしたことは一度もない。

 先程対話をした印象では相当に巫山戯た人格ではあるようだが、あの廻夜が集めたメンバーだ。『仕事』を知らせる暗号文入りの連絡で悪戯と混同するようなことはしないだろう。


 ならば別の案件で必要な情報、もしくはこれから必要になる可能性の高い情報、ということになる。だが――


(これが必要になる事件とはなんだ……?)


 むしろどう見ても盗撮にしか見えないこの画像が弥堂の手元にあることこそが事件だとしか考えられないが、まさか奴が自分をハメる算段な訳でもあるまい。弥堂は何か意味があると思い、目を細め一点の瑕疵(かし)も見逃さぬ心意気で画像のおぱんつを注視する。



 そのおぱんつは薄い青もしくは緑のどちらにも見えて、どちらとも定義しづらい色の布地で出来ており、中央に黄色いリボンが、その両サイドに同じく黄色の花が、スカートの影になっていて見えない部分もあるが恐らく2つずつ刺繍されていた。

 身体の側面を覆う部分の布地は薄いピンク色になっており、少々凝った意匠のように弥堂には見えたが、そもそもおぱんつの意匠の基準に関する造詣は深くはないので弥堂には判断しづらい所であった。


 スカートは間違いなく学園指定の女子制服のプリーツスカートで三種類ある配色の内の青色のチェック柄。右足の膝を上げたことによりスカート内部のおぱんつが露呈したものと推測される。相当にカメラの性能がいいのか右の足の内腿には薄く青い血管が何本か走っているのまでが映っていた。


 直立状態の僅かに映った左足の太腿と右の内腿から推測するに、細い足、だが極端に肉付きが悪いわけではない。健康的な印象を損なわない程度に白い肌で日焼け跡はなく、また目立った傷やシミなどもない。端的に言えば綺麗な足だと思われる。



 真剣におぱんつを考察してみたものの、これだけではこのおぱんつの主もわからないし、やはりそもそもの問題であるこれを送ってきた意図も掴めなかった。


(盗撮事件が起きているからそれを解決しろということか? ……む? )


 そう考えたところで画像がもう一枚あることに気付く。

 

 すぐにそちらを開くと、一枚目の画像はズームしたものだったのだろう、二枚目のものはそれよりももっと引いた位置で撮影された画像でしっかりと人物の全体像までフレームに収まっており、そしてそこに映っていたのは――



――希咲 七海(きさき ななみ)であった。


 画像の中には希咲 七海と、カメラ側から見てその希咲の手前にこちらに背を向けて座っている水無瀬 愛苗(みなせ まな)と思われる人物が映っていた。

 

「ふむ……」


 指で自身の顎先を撫でながら考える。



 希咲は座席に座った水無瀬の正面に立ちこちら――つまりカメラ側を向いて右膝を上げている。右手は胸の高さで空中にある何かを掴んでいるようであり、左手は水無瀬の影になっていて定かではないが恐らく彼女の髪を掴んでいるように見える。


 恐らくこれは今朝のHR終了後から一限目が始まるまでの間の一幕だ。自分はこの時この現場のすぐ隣――すなわち、この画像の希咲の背後にいたことになる。


 撮影当時の現場の状況は見えてきたがその場合問題になるのが、カメラ位置だ。



 2年B組の教室は二階だ。そしてカメラの角度的に被写体の上の位置でも下の位置でもなく、ほぼ正面から撮影をしている角度だ。背中が映っている水無瀬の座席は一番窓際であり、その背後は屋外だ。故にこれは外から撮影した写真ということになる。しかし――


(学園の外壁の外からここまでを撮影するのは不可能……)


 現場検証をするまでは断言できないが、敷地外の建物からこの教室までの距離はかなりあり、その距離を撮影できる望遠レンズがあったとしても、そこまでに遮蔽物が何もないわけではない。

 教室の窓の外に並んでいる木の上からという線もあるが、すぐ傍に自分が居てそれに気付かない程に腑抜けたつもりも油断していたつもりもない。



 これを撮影出来た可能性があるとしたら一つだけ。



 学園敷地内の安全監視のために運用している『半自立型ドローン』だ。

 これの撮影機能を利用すればこの写真の撮影は不可能ではない。しかし――


 このドローンは監視カメラのようなもので、これを管理しているのは学園が雇用している専属のセキュリティスタッフだ。外部への委託で警備会社から出向して来ている者達ではなく、学園のオーナーである理事長が専属の警備員として直接雇用しているかなりのプロフェッショナル集団だ。


 考えられるのはその『警備部』がこの撮影システムを悪用しているか、もしくはその警備部と学園の一部の職員しか閲覧が出来ない撮影データに不正にアクセスをして、この画像を抜き取ったか。


 そんなスキルを持った奴がこんなくだらない画像を抜き取る理由はわからないが、技術をひけらかしたい愉快犯という可能性はゼロではない。


 それが出来そうな心当たりといえば、これを弥堂に送り付けてきたY’s自身が弥堂の知る限りでは最有力候補だが、奴がそれをする意味はまったくもってない。Y'sが撮影データを抜きだすのなら、希咲の意味もなくカラフルなおぱんつの画像などではなく、他部の生徒のいじめや喫煙などの不祥事の現場写真であろう。


 そしてここまでの推察はあくまで、これの撮影をした犯人の目的が『盗撮』であることが前提となる。



 ドローンの利用ではなく、もしも学園敷地内外問わず遠距離から望遠カメラでこれの撮影が物理的に可能であったと仮定して、この瞬間を撮影するには余りにも偶然に頼りすぎている。


 希咲がこの時間この位置に立って足を上げて、本来は衆目に晒すものではないのにも関わらずやたらと主張の強いおぱんつを晒したのは、ただの偶然だ。


 そしてこれの撮影を実現するにはこの場所にカメラをずっと向けていなければ、それは実質不可能であると言える。だとすれば、ここを張っていた目的として推測されるのはこのアングルのフレーム内に収まる誰かの監視、もしくは――


(――狙撃)



 しかし、それが目的だったとしてこんな画像が流出している理由もわからない。考えられるとすれば脅迫だろうか。


「ふむ……」


 現時点で考えられることには手詰まりを感じ、一度思考を切る。



 Y’sにこれの意図を問うメールはもうすでに返信済みだが、先程のやりとりの時の返信速度が嘘だったかのように音沙汰がない。

 もしも狙撃だった場合に弥堂には銃火器の運用に関する専門的な知識はない。業腹ではあるがあのいけ好かない警備部へ報告・相談をするべきだろう。


 いずれにせよ現状で出来るのはY’sからの連絡を待つことと、その間に現場の検証だ。

 弥堂はこの『希咲七海おぱんつ撮影事件』をレベル4案件と設定した。



 最後の画像付きメールだけを残してそれ以外のメールは完全に削除をする。その作業の際にディスプレイ上部の時計が目に付く。

 すっかりと気をとられてしまったが昼休みの残り時間は大分少なくなってきていた。


 

 弥堂は水無瀬から渡された弁当の存在を思い出し、ここで『仕事』は打ち切ることにしてそちらの処理にとりかかる。

 手に丸めて持っていたEnergy(エナジー) Biteバイトの空の包みを、ポリ袋の中へと捨てる。そしてその袋の隣に置いていた、水無瀬から渡されたファンシーな青色の弁当袋の縛り口の紐を緩め、中から弁当箱を取り出した。


 出てきた弁当箱はシンプルなアルミ製のものだ。弥堂はそのことに安堵した。弁当箱まで外袋のように、やたらと幼稚なものであったのなら堪ったものではない。時間もないのでとっとと解体にかかる。


 箱の上に載せてゴムで固定された保冷剤を退けて、箱の両脇の留め金を外すと、目を細め少し慎重にその蓋を持ち上げる。蓋は特に問題なく外れ、その中身が露わになる。弥堂は箱の内容物へと目を向ける。特に変哲もない弁当であるように視えた。



 あの言動が幼くそそっかしいところのある水無瀬 愛苗のイメージからすると、無難で卒のない出来栄えに視える。最悪食べ物の形状を保ってすらいない物体が出てきてもおかしくはないと、そう構えていた弥堂からすると少々拍子抜けとも思えた。



 奇を衒ったようなものではなく、シンプルな弁当。


 仕切りで二つにわけられ片側にはおかずが綺麗に詰められており、登校時に走ってきたという割には配置が崩れているようなこともなかった。『練習をした』という言葉通りなのだろう。彼女の母親がレクチャーした通りに真剣に作ってきたようだ。


 おかずは一度熱した根野菜とブロッコリーに、プチトマトを並べたサラダと鶏のからあげ、半分にカットされて並べられたハンバーグに黄色い卵焼き。定番とも謂える無難なラインナップだ。


 それはいいのだが問題はおかずと仕切りで分けられた隣の米だ。


 白米の上にやたらとカラフルな何かが数種類振りかけられており、キャラクターの絵柄がデザインされていた。

 

 弁当袋のアップリケと同じ、眼つきの悪いデフォルメされた犬と、その隣に桜のような花が描かれている。それに加え先は無視したがおかずの肉には小さなフラッグの付いた串が何本か刺してあり、やたらと賑やかになっていた。


(あいつは一体俺を何だと思っているのだ……)


 少々頭痛を覚えそうになりながら、犬が好きなのか?と水無瀬に関するどうでもいい情報を更新する。



 弁当袋に同梱されていた箸箱から箸を取り出し右手で持つ。


 もう一度目を細め弁当の中身を一つ一つ視遣ってから、箸をハンバーグへと持っていき、すでにカットされていたそれをさらに二つに割る。箸で持ち上げ肉の断面を視てから、そのハンバーグを箱の中へと戻した。


 次に箸を米の上に描かれた犬の口に突き入れ敷き詰められた米ごと掬う。それを口元へは持って行かずに、掻き混ぜるように、ひっくり返すように弁当箱に戻す。


 数度、何か所かに同じ作業を行ってから箸を揃えて指で挟む。空いた右手で先程使用したポリ袋を手元に引き寄せ、左手に持った弁当箱を袋の口の上に持っていき、その弁当箱の上下を裏返した。



 綺麗に敷き詰められていたおかずと、丁寧に描かれていた絵柄が袋の中へ落ちていく。

 先に捨てていた栄養バランス食品のゴミの上へ、から揚げが、ハンバーグが、桜が散り、米が、野菜が、そして卵焼きが、ぼとぼとと零れ落ちていって等しくゴミになった。

 

 再び箸を手に持ち、箱の底に残った米粒をゴミ袋の中へ落としていく。


 その作業が完了したら立ち上がりすぐ近くにある水道へと歩く。弁当箱の中身を軽く濯ぎまた元の位置に戻ると、座りはせずにゴミ袋の中からゴミと一緒に落ちた仕切り板と、旗のついた串を箸で掴み回収し、弁当箱の中へと戻す。箸を箸箱に戻し、弁当箱も蓋をして元通り弁当袋へ戻した。


 ゴミ袋の口を持ち手部分で縛り封をしながら焼却炉へと歩いていく。扉が開けっ放しになっていた炉の口からゴミ袋を放り入れそのまま扉を閉めた。


 他人が目の届かない場所で作ったものなど口に入れる気にはならない。

 


 飲みかけの水のペットボトルと弁当袋を回収し教室へと戻るためこの場を立ち去る。



 炉の中で、少女によって生み出され男によって打ち捨てられた想いが、無情に閉ざされていく扉の隙間に自分を見向きもしてくれなかった色のない横顔と、容赦なく狭まっていく光の帯を見ていた。


 その身が焼かれ燃やし尽くされるまでもう二度と何も見ることはない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ