表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
121/176

序章32 ルサンチマンの墓標 ②


「ねぇ、それよりもさ」


「なんだ?」


「なんであたしがバイトしてるの知ってるわけ? あんたの情報網とやらのいかがわしさの方が気になるんだけ――「――お前には知る資格がない」――もうっ! マジむかつくっ!」



 隠しているわけではないが、大っぴらに発表をしているわけでもない自分の個人情報を何故か掴んでいる弥堂にその事の次第を尋ねたが、職務に忠実な風紀委員は機密事項を秘匿した。



「ハッハァー! どうやら年貢の納め時のようだねぇ! 狂犬クゥ~ン? あ、先生。ボクは彼に顔面鷲掴みで宙吊りにされました」

「僕はビンタされました」

「僕はお腹蹴られました」



 ここぞとばかりに法廷院たちはチクリを入れる。


 少し前には弥堂に対して仲間意識を感じていたように見受けられた彼らだったが、今の姿勢に躊躇いや罪悪感などはまったく見受けられなかった。



「おい。静かにしていろと言ったはず――」


 全員に一度に話を聞いても騒がしくなるだけなので、黙っているように命じていた法廷院へと注意を入れようとした権藤は、先程の再現のように発言の途中で『ある物』が目に入り、言葉を途切れさせた。



 自然と生徒たちもその視線の先を追う。



「おい、法廷院」


「なっ、なんでしょうか。先生」



 そこにあったのは車椅子だ。



「お前何度同じことを言わせるつもりだ? あれをオモチャにするな。その車椅子は来客への貸し出し用の学園の備品だ」


「おっ、オモチャだなんて心外だぜぇ。ボクが使うのはダメだなんてそんなの『差別』じゃあないか。だってそうだろぉ? 学園の備品はここに通うみんなの物なはずだろぉ!」


「何をするのも言うのも自由だが、越えてはならない『線』は越えるな。外聞が悪い。その線がわからないほどの馬鹿なら何もするな。いいか? もう一度言うぞ。あれは来客への貸し出し用にと寄贈された物だ。お前のオモチャじゃない」


「だっ、『弾圧』だっ! これは教師という強者による非道な『差別』だぜぇ!」


「……やはり、普段は倉庫に入れて鍵をかけておくべきか……」


「いっ、いやだっ――」


 法廷院はダッと駆け出して車椅子に縋りつく。


 勝手に連れ帰って隠していた捨て猫が親に見つかった時の子供がそうするように、権藤から守るために己の身体を盾とするように抱きしめた。



「ハイゼルシュタイナーはもうボクの一部なんだ! 家族なんだ!」


「お前……学園の備品に勝手におかしな名前を付けるな」


「こんなの理不尽だぁ! 身体の悪い人だけが車椅子に乗れるだなんてそんなのずるいじゃあないかぁっ!」


「ガキが――越えるなと俺は言ったぞ」



 言った矢先にあっさりとラインを越えてきた愚かな生徒の方へ権藤は歩き出す。平常サイズに戻っていた権藤の両の腕の筋量が再度膨れ上がった。



「ひっ――」


「これ以上の問答は無駄だ――む?」


 権藤の体躯の威容に短く悲鳴をあげて怯える法廷院の前に立ちはだかる者が現れ、権藤は足を止めた。



 高杉 源正だ。



「権藤先生か…………フっ、嫌いではないぞ。以前からそのフィジカルの美しさの理由(わけ)を知りたいと思っていた」


「高杉。一度しか言わん。そこをどけ」


「言葉など無粋。貴方はその鍛錬の成果で以てのみ応えればいい」



 その言葉を聞くや否や、無言で全身に力をこめた権藤の既に袖がなくなっていた残りの上半身の衣服が弾けとんだ。



「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!」

「いやあぁぁぁぁぁっ!」


「……素晴らしい…………」



 見事なまでに鍛え上げられた、彼の人生そのものと謂えるその肉体美にある者は悲鳴をあげ、ある者は感嘆する。


 ちなみに「ぎゃあぁ」と叫んだのは希咲だ。



 膨れ上がり蠢いて硬質化する。


 圧倒的なフィジカルの権化を前にして、高杉は棒立ちのままで見惚れた。



 その高杉の目の前で権藤は大きく足を開いてからゆっくりと腰を捻って上体を捩じる。


 高杉は動かない。



 ギチギチと異音が鳴るほどにほぼ限界まで広背筋が引き絞られ、一時の溜を置いた後に権藤の右の拳が射出される。



「――――っ⁉」



 肉体の強さのみで放たれたそれに速度はない。只々迫力があった。



 技と呼べるものなどない拳。



 極めたとはとても云えないが、それでも空手を修めた高杉にとって、その攻撃は躱すのも捌くのも容易い。



 しかし、ここで彼は魔が差した。



(究極的なまでにフィジカルのみに特化した拳。これを受ける機会などこの先――)


――きっとない。



 そう思ってしまったら、もう駄目だった。



 高杉は両の腕をバッと広げ、己の顔面へと迫りくる岩石のように硬められた肉の塊を受け入れた。



 ドゴシャアァ――と。



 およそ人体から鳴らされるべきではない過激な音を立てると、高杉は地面と平行になって冗談のようにぶっ飛んだ。



 そして背後にあった車椅子に衝突すると身体が折れ曲がったような状態で座席部分にぶちこまれ、脇で腰を抜かす法廷院を置きざりに、追突の衝撃で生み出されたエネルギーによって車椅子は高杉を乗せて走り出した。



 圧倒的な筋量によって生み出された衝撃エネルギーは、車椅子にその設計限界を超えるような不適切な速度を強いる。



 やがて慣性に従って走る車輛は高杉を乗せたまま行き止まりの壁に容赦なくぶち当たり、耳を覆いたくなるような破砕音を立てて派手に爆裂四散した。



 宙に打ちあがった車輪が天井に弾かれて落下すると、座席から投げ出されて糸の切れたマリオネットのように壁と床に凭れた高杉の脳天に直撃した。



「…………」



 一同は言葉もなく全員真顔で高杉の頭を打った車輪がカラカラと回り、曲がり角の向こうへ転がって消えていくのを見送った。



 ふしゅぅーっとまるで廃熱をしたかのように吐き出した権藤の吐息で我に返る。



「弥堂」


「はっ」



 自分が呼ばれたわけでもないのにビクっと震えた希咲は、「お願いだからよけいなこといわないで」と祈るような気持ちで薄く涙を浮かべた目を俯けた。



「その壁を壊したのはお前だな?」


「知りません」


 希咲はバッと顔をあげると、この期に及んでまだしらばっくれるメンタルお化けを驚愕の目で見た。



 言いながら弥堂へと近寄っていた権藤は目の前で立ち止まると、冷酷な顔つきで見下ろす。



「嘘をつくな」


「そう言われましても、証拠も何もなしに認めるバカがいるとでも?」



 もはや自白に等しい開き直りをする弥堂の右の手首を権藤はガッと乱暴に掴んだ。



 そのまま腕を上げさせようと力をこめる。


 弥堂も腕に力を入れて抗う。



 ギチギチ……と異音が聴こえるほどに拮抗し、男二人至近で真剣な眼差しで見つめ合いながら膠着した。


 権藤の数学教師らしからぬ眼光炯々とした目玉と、弥堂の瞳孔の奥に蒼銀を燻らせた目玉が睨み合う。



「むんっ!」



 権藤がより一層に腕に気合をこめるとその筋肉がさらに膨張し、それによって均衡は崩れた。



 ギリギリ……と破滅的な異音を出しながら弥堂の腕が持ち上げられていく。



 権藤は手に取った弥堂の手首を壁の方へと近付けていくと、破壊跡の穴へ彼の手を突っ込ませた。



「…………」



 まるで誂えたかのように、弥堂の右拳と壁の穴はジャストなサイズ感でミラクルフィットする。


 皮膚とコンクリの間の隙間が0.01㎜程度しかないのではと感じられる程の驚きのフィット感の前では、さしもの弥堂とてもはや言い逃れのしようもないだろう。



 なんとなく目も当てられない気分になった希咲は「うっ」と顔を伏せた。



 真犯人にトドメを刺す探偵のような権藤の眼差しが弥堂を突き刺す。



「弥堂。これ――「――先生」――…………なんだ?」



 権藤の言葉を遮るように口を挟んできた弥堂は、教師からの問いには応えず目も合わせない。


 その視線はただ通路の奥の方へと向けられていた。



 真意を求めて権藤はその視線を追う。



 そこにあったのは、バラバラに千切れ飛んで無残にも床に散らばる車椅子であったモノの亡骸と、ついでに高杉だった。



「…………」



 私立美景台学園高校に雇用されている教職員である権藤は、自分の目に写った学園の所有する備品と学園に所属する生徒の成れの果てを思い、何かしらの手応えの残る右の拳を左の掌で覆うと黙祷を捧げるように瞼を閉じ、そしてやがて天を仰いだ。



「…………お前ら。今日はもう遅い。特に何事もなかったことはわかったからもう帰りなさい」


「誤解が解けたようでよかったです。長生きしますよ、先生」


「黙れ。クソガキが」



 何やら男たちの間で何かしらの折り合いがついたらしい。その詳細について明言したり記録に残したりすることは諸事情により困難ではあるが、とにかく『何もなかった』という方向で事件は解決したようだった。



 死体など何処にもなかったのだ。



「えぇ…………なにそれ……」


 事の次第を公にして何かをしたいというわけでは決してないが、あまりにあやふやで締まりのない結末に脱力した希咲は思わず呻き、口裏を合わせた共犯者たちを軽蔑した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ