序章31 バイアスの種 ②
(もしかして…………あたしのこと、庇ってくれてる……?)
相変わらず何を考えているのかわからない無表情で淀みなく嘘の言葉を連ねる、今日まであまり深く関わったことのないクラスメイトの男の子の顏を見て、どうしたらいいかわからない、希咲はそんな気持ちになる。
何故なら、彼が言っていることは完全に混じりっけなしの嘘だからだ。真実な部分は下手したらひとつもない。
正当防衛うんぬんの所だけは議論の余地があるかもしれない。
希咲としても存分に言い分はあるものの、それでもやはり先生に嘘をつくのはよくないという一般的な倫理観から、取り返しがつかなくなる前に口を挟んで本当のことを言うべきか逡巡し、お口をもにょもにょさせた。
希咲がそう迷っている間にも弥堂の答弁は続いている。
「ですが、彼女はまだ職務に就いてから日が浅く、実戦経験にも乏しい。慣れない現場での極度の緊張の為、誤って味方である俺を攻撃してしまった。それが今回の事故のあらましであり、まぁ、よくあることです」
「……いち生徒である風紀委員が個人的に協力者を雇う……だと……? 聞いたことのない話だな」
「現在当委員会主導により学園内の警察機能・司法機能・行政機能を一極化し、立法の長たる生徒会長閣下による直接統治をより円滑にすべく日々構造を改革中です。そのため細かい規定の変更についての方々への報告が遅れることはありますが、所詮は大事の前の小事。あなたがた教師にも理解と協力を願います」
案の定、ちょっと目を離しただけで奴は早速不穏なことを言い出した。希咲は「あわわわわっ」と権藤の顔色を窺う。
「…………随分と素晴らしい思想を持っているようだな……面白い冗談だ」
「はっ。恐縮です」
「ちょ、ちょっと……! 褒められてねーってば! やめときなさいよ……!」
幸いにも本気だとは受け取られなかったようだが、まともに空気を読める者には挑発としか思えない弥堂の態度に、慌てて希咲は小声で止めに入った。
「とりあえず今回は聞かなかったことにしてやるが……いいか? 絶対に余所でそんなこと口にするんじゃないぞ。我が校の教育が疑われる」
「ご忠告痛み入ります――が、余計なお世話です。機密の保持には充分な注意を払っています。ご安心を」
「バっ、バカ! 先生にそんな口きくんじゃないわよ!」
「馬鹿はお前だ馬鹿。場を弁えろ。報告の場で発言の許可もなく勝手に喋るな」
「あ、ん、た、が、わ、き、ま、え、ろっ!」
教師が相手でも相変わらずな調子の弥堂の無礼に、段々とヒートアップし希咲の声量も上がっていくが、権藤がコホンと場を正すように咳ばらいをしたことによって、慌ててお口にチャックをし弥堂の横に並びなおした。
「そういうわけで、仮にこちらに落ち度があったとしたら、それはこの女の経験不足と訓練不足です。後で俺の方でしっかりと言い聞かせましょう。また、後日に研修を開いて徹底的に指導を行い、よりいっそう意識を高め、このような失態を二度と起こさぬよう全力で努めていきますので、この場では不問にして頂きたい」
「こっ、このやろう…………なにを偉そうに……」
教師である権藤に対して段々と上から目線になっていきながら、全く改善される見込みのない展望を語る弥堂の態度に、希咲は苛立ち拳を震わせた。
権藤は無礼な弥堂の言葉をひとつ息を吐いてスルーをした。
「言いたいことは満載だが、とりあえずだ。クラスメイトの女子を『この女』などと呼ぶな。わかったか?」
「はっ。善処します」
「まるで政治家のような小賢しい言い回しだな」
「はっ。恐縮です」
「あっ、あんたマジでやめなさいって……!」
「……これも前に言った覚えがあるが…………その軍人が上官に対するような口調をやめろ。外聞が悪い」
「はっ。善処します」
「ばかっ……ばかっ……! なんで先生まで煽るのよ……っ!」
そろそろフィジカル的な対応をも視野に入れ始めた権藤は、隣の希咲に制服を掴まれガクガクと揺さぶられる弥堂を目を細めて見遣った。
「いいか弥堂。俺はお前の言うことなど何一つ信用していない。これから同じ質問を他の者にもして確認をとるが、構わないな?」
「もちろん構いません。しかしその必要はない。そう進言します」
「……どういう意味だ?」
尚も挑発的な言動をする弥堂に対して、一際鋭くなった権藤の眼光に、弥堂以外の生徒たちは冷や汗が止まらない。
「そいつらは、最近放課後に孤立した生徒を狙い迷惑行為を働いている『弱者の剣』などと名乗る薄汚い犯罪者どもだと、こちらには既に報告があがっておりました」
「『弱者の剣』だと……?」
弥堂へと復唱しながらギロッと視線を法廷院たちに向ける。彼らはビクっと肩を震わせた。
「はい。校則違反を働いた生徒は下級生徒となります。下級生徒には弁護士を雇う権利が与えられておりませんので、仮に俺の報告内容に瑕疵があったとしても、法廷ではこちらが報告書に書いた内容が真実であると認められます。なので、あなたが聴取をする必要はないと言ったのです」
「…………その下級生徒とはなんだ……?」
「はっ。現在こちらで進めている改革の一つです。素行の悪い生徒の多い当学園において、犯罪者予備軍どもと善良な生徒たちを同じに扱うのは不平等であるという考えのもと、『上級』『一般』『下級』と3段階の身分制度を導入する予定です」
「身分、制度……だと……? 正気か?」
「もちろん。まだ正式に許可はおりていませんが、それは時間と順番の問題に過ぎません。いい機会なのでテストケースとしてこいつらを初の下級生徒として扱います」
極めて過激かつ不謹慎で、世界中の何処に出しても完全にアウトな発言を教師へと向ける弥堂の蛮行に、希咲は両頬を抑えながら「ひゃあぁぁぁぁっ」と声にならない悲鳴をあげた。
「そんなことが許されると思っているのか?」
「許す・許さない。その権限は貴方にはない。勿論俺にも。ただ学園の意志により総てが在るべき形になっていく。それだけのことです。だが、真に学園に貢献をした者が正しく報われる、そんな公平な学園になることは間違いない」
「……貢献とはなんのことだ……?」
「そうですね……あくまで。これはあくまでも例えとしてあげるだけで、様々あるものの中のほんの一部ですが…………例えば、寄付金の額――などでしょうか」
「面白い冗談だ。いいか? 冗談だとこの場で言え。今ならそれで済ませてやる」
腕組みを解いて最後通牒の様に宣告してくる権藤に、一切顔色の変わらない弥堂が尚も口を開こうとするのを、希咲が物理的に止めに入ろうとしたその直前――




