序章31 バイアスの種 ①
「それで――結局お前らは何をしていた? 喧嘩か? 答えろ弥堂」
「はっ」
数分が過ぎ、気絶した生徒たちを雑に介抱して意識を取り戻させた後に、大事をとって救急車を呼ぶわけでも自宅へ帰らせるでもなく、教師は生徒全員を横一列に並ばせた。
完全下校時間を過ぎているにも関わらず校内で騒ぎを起こしていた不届きな生徒達に腕組みをしながら正対し、権藤教師は容赦のない軍人のような眼つきで睥睨をしている。
「風紀委員である自分が当委員会の通常業務である放課後の見廻りに従事していたところ、この者たちが集団で希咲生徒を襲撃している現場に遭遇したため介入しました」
報告を命じられた弥堂は軍人のように意気よく返事をしてからハキハキと大きな声で報告を始める。
「……続けろ」
「はっ。主な罪状は『不要な居残り』『無許可での集会の開催』『一般生徒への脅迫及び暴行』『騒乱罪』となります。こちらの指導に従わず抵抗をしたため、風紀委員の責務に従い粛清を執行しました。その中で学園側に対する異論や不服の思想がみてとれる発言を確認しており反乱分子であると認定をしました」
スラスラと言葉を並べ立てる弥堂の報告内容に、『弱者の剣』の面々は色めき立つが、権藤が恐ろしいために口を噤んだ。
「まず、お前に言いたいことは2つだ。ひとつは、『希咲生徒』とはなんだ。クラスメイトをそのように呼ぶな。もうひとつは、これはお前に何度か言った覚えがあるが…………いいか、もう一度言うぞ弥堂。風紀委員とは、そういう、ものでは、ない。繰り返せ」
「はっ。風紀委員とはそういうものではありません」
権藤は淀みなく復唱する弥堂へと近づき、裏切者かどうかを見定める尋問官のような目で彼の顔を覗いた。
至近で顔を覗き込まれても、弥堂は彼とは目を合わさずに真っ直ぐ前を向いたままで、その表情は一切崩さず身動ぎ一つもしない。
「…………いいだろう」
疚しい事など何一つもないと謂わんばかりの堂々とした彼の態度に、権藤は不服そうにとりあえずの納得をした。
聴き取りを進めるために元の位置に戻ると、他の者にも事実を確認しようとする。
「希咲。今こいつが言ったことは――む……?」
現状、加害者なのか被害者なのか定かではない女子生徒へと水を向けようとしたが、彼女の様子が気に掛かった。
他の生徒たちと同じように一列に並んだ希咲は、しかし身を正している他の者とは違って、片手でスカートの裾をぎゅっと握り、もう片方の手で胸を隠すようにしながら、もじもじ……そわそわ……と何やら不安そうにも見える様子だ。
教師である権藤から見て希咲 七海という生徒は、その容姿から派手に映り誤解も受けやすいが、この学園に多数存在する他の頭のおかしいガキどもと比べれば、至って真面目な部類の生徒であるという認識だ。
普段は堂々としていて、はっきりとした態度をとることの多い彼女が、公の場でこのような落ち着きのない様子を見せるのは、何かしらの問題を抱えているのではと判断する。
「希咲どうした?」
「――へ?」
「具合でも悪いのか?」
「えっ? いや…………その、なんでも、ない……です……」
どう見てもそうは思えないが、彼女からは否定の言葉が返ってくる。
胸に置いた手でカーディガンの左右を寄せるようにしてギュッと掴むその立ち姿には違和感しか覚えない。
権藤はさらに踏み込もうとして、しかし寸前で踏みとどまった。
もう10年を超えるベテランの域に差し掛かってきた教員としての経験が、これはセンシティブな問題である可能性が高いと警鐘を鳴らしたからだ。
昨今のご時世、特に女生徒へ対する言葉は慎重に選ばなければならない。こちらとしては気遣ったつもりでも、相手がそう受け取らなければ何がセクハラになるかわからないのだ。
権藤はそんな地雷原を日常的に歩んでいる自分をプロフェッショナルな教師であると自負している。
チラっとここに居る希咲以外の面子を見る。
教師としてはっきりと口に出してそう表現することは憚れるが、先述したとおりこの学園の生徒には頭のおかしなガキが多い。
しかし奴らはその分、顔面に拳を叩き込んだとしても小一時間もすれば何事もなかったかのようにケロっと忘れているのだ。
それに苛立つことも多いのだが、ある意味ではやりやすいと言い換えることもできる。
視線をもじもじとしている希咲へと戻す。
だからといって、この希咲のような一般的な生徒にも奴らと同じようにフィジカルで対応するわけにはいかない。
しかし――
(一般的な女生徒が男5人を蹴り倒すか――?)
先程目撃した――希咲が宙でひとつ歩を進める度に男が一人ずつ倒れていく――あの衝撃的な無双アクションを脳内に浮かべ逡巡する。
(それでも、ここはリスクをかけるシーンではない――か)
権藤は迷いを払うように頭を振ると、これまでのキャリアで培ったスルースキルを発動させ、見なかったことにした。
自身のキャリアに傷をつける可能性のある危険なものには触れない近づかない。最も大事なのは毎月の給与という名の定期収入だ。
権藤はプロフェッショナルな教師であると同時に、プロフェッショナルなサラリーマンだ。
それが大人というものである。
「そうか。もしも調子が悪くなったら遠慮なく言うんだぞ? では――おい弥堂。粛清だのとぬかしたが、俺の目にはお前も含めてまとめて希咲にシメられていたように見えたが、どういうことだ? 説明してみろ」
そしてこの場で一番何を言っても大丈夫そうな生徒を問い詰めた。
権藤から見てこの弥堂 優輝という生徒は、頭のおかしいガキどもの中でもトップクラスに厄介な人物で、たとえどんな教師がどんなに熱心に指導したとしても間違いなくロクな大人にはならないと強く確信できる、そんな生徒である――そういう認識だ。
だが、だからこそ、普通の相手には言い辛い強い言葉や聞き辛いことでも言いやすい、そんな利点もある。
昨今それはパワハラであると認定をされかねないが、何を言っても大丈夫な相手というのは非常に便利で、そういう相手を日頃から見繕っておくのは社会を生き抜いていく上できわめて重要なスキルであると権藤は考えている。
それがプロフェッショナルということだ。
権藤の詰問に対し、隣に立つ希咲が「あぅ……」とばつが悪そうに小さく呻いたのに比して、問われた本人である弥堂は予想どおり眉一つ動かさない。
「はっ。その件に関しましては――そうですね、不幸な行き違いから発生した事故であると考えます」
「えっ?」
「事故――だと……?」
自身の認識とはまるで異なる弥堂の報告に権藤は目に不審を宿す。初耳だとばかりに思わず驚きの声をあげた希咲の態度を鑑みてもまるっきり疑わしい。
「はい。この女は実は自分が個人的に雇っている協力者――パートナーのようなものです。故に彼女が風紀委員権限を行使して不良生徒を粛清することには何も問題がないし、状況としては正当防衛も成立していたと証明することも可能です」
複数人に懐疑的な視線で見られる中、弥堂は教師に対してペラペラと虚言を並べ立てる。
(もしかして…………あたしのこと、庇ってくれてる……?)
まさかそんなことをしてくれるとは露ほども思っていなかった相手からの擁護に驚き、対面する権藤に悟られぬよう前髪で目線を隠しながらチロッと横目で弥堂を見上げた。




