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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章30 その福音は唯独りの勝利者の為に鳴る ④


 今のこの場にそぐわない、余りに鮮烈で余りに突然なKO劇に、『しん』と静まる。



 両手を交差させるようにして胸を抑えながら、ハァ……っ、ハァ……っ…………と荒く息を吐く希咲を、誰かが宥めたり咎めたりするよりも先に、彼女はぐりんっと首を回し次の獲物を捉える。



 目尻に涙を溜めたままだが、はっきりと強烈な戦意の伝わるその表情に、敵意を向けられることに身に覚えのある者たちはビクっと肩を揺らし、そして揃って壁際に目線を持っていく。



 先程まで暴虐の限りを尽くし、この学園内でもトップクラスの強さを持つと評判であった風紀委員が、一瞬でぶっ飛ばされ力なく壁に凭れている。


 その凄惨な有様に、普段日常的に気を失った人間を見る機会などのない一般的な生徒である者たちは「ひっ……」と小さく悲鳴を漏らした。



 彼らに言い訳や命乞いのチャンスを与える間もなく希咲は動き出す。


 彼らには彼女のその動き出しを捉えることすらできなかった。



 希咲から見ての位置関係は、近い順に西野、本田、法廷院、高杉と並んでいる。



 最前列に立つ西野が認識できたのは見えない何かが自身の横を通り過ぎたと思われる、ヒュンっという音のような感覚だった。



 希咲はその圧倒的なスピードで西野の横を通り過ぎると、彼と本田との間で急停止し身を沈める。


 股割りをするような体勢で大きく開脚したままクルっと回転をし、西野と本田の両名の足を同時に払った。



 後ろから足を払われた西野は上体を反らし背後へ、前から払われた本田は前のめりに大きく身体を崩し倒れ込む。何が起きたかわからないまま、彼らはただ『ふわっ』とした浮遊感だけを感じた。



 前に倒れようとする本田の視界に、自分の方へ向けて背中から倒れてくる友人の姿が写り込む。気の優しい彼は咄嗟に西野を受け止めようと手を伸ばした。


 しかし彼の手が友人に届くよりも速く、希咲の飛び膝蹴りが本田の顔面に突き刺さる。鼻骨が後頭部の向こうまで貫通して飛び出したかのような衝撃を受け本田の意識は飛んだ。



――1KILL!――



 天を仰ぎながら後ろ向きに倒れる西野が捉えられたのは、本田に膝蹴りを見舞った後の希咲のスカートの裾だ。



 典型的なインドアオタクである彼には当然戦闘能力など備わってなどいない。


 しかしそれでも自分と仲間たちに危機が訪れていることだけは彼にもわかった。



 戦うことはできない。だがそれでも、せめてもと――せめて上空に居る希咲のスカートの中だけはこの目と記憶にしっかりと刻み、もしも生き残ることができたのならばどうにか後世へと伝えていこうと気を強くもった。



 ギンッと、強く強く意志をこめて生命力の全てを注ぎ込む様に両の目に力を集める。



 だが、それすらも叶わず、先程の弥堂よろしく――スカートの中を視認する前に顔面を室内シューズで踏みつけられ視界を閉ざされた。


 その踏みつけられた衝撃で西野は後頭部を床へと強打し気を失う。



――2KILL!



 希咲は本田の顔面に膝を入れ、床へと降り立つ前に西野の顔面を踏みつけて、さらに高く空へと舞い上がる。



 空中で身を捩り回転をしながら、驚異的なその身体能力で彼女は慣性やベクトルさえも支配下に置き、両足の裏を向けながら法廷院へと迫る。



 自分の上へと両足で着地をするかのように迫ってくる彼女を前に、法廷院は動けなかった。



 車椅子に乗っていたのはブラフであり、肉体の健康に何ら問題がないと言った彼であったが、しかしそれでも運動能力に優れているわけでもない。彼はやせ細った貧弱な身体を震わせることしか出来なかった。



 だがそれでも、せめてもと――せめて自分の上に降り立とうと迫りくる希咲のスカートの中だけはこの目と記憶にしっかりと刻み、もしも生き残ることができたのならばどうにか後世へと伝えていこうと気を強くもった。



 ギンッと、強く強く意志をこめて生命力の全てを注ぎ込む様に両の目に力を集める。



 だが、それすらも叶わず、左右の足の裏を法廷院の両肩に乗せて着地した希咲は、片手で胸を抑えもう片手を両腿の間に入れて完璧なガードを築いていた。



「ちくしょおおぉぉぉぉぉっ!!」



 悔しかった。ただ、ただ、悔しかった。


 目まぐるしい状況の中それしかわからなかった。



 希咲は足場にした法廷院をそのまま両足で強く前に押し出すようにして、彼の背後に居た高杉に押し付けてやると、再び天へと舞い上がる。



 そして宙でトンボを切ると、法廷院を受け止め無防備となった高杉の脳天へと激烈に踵を墜とす。



 呻きをあげた高杉の顔面と彼の胸元に居た法廷院の顔面とが衝突し、法廷院の意識は吹き飛んだ。



――3KILL!



 さらに希咲は踵を決めた直後に逆の足で法廷院の肩を蹴り、反動で宙返りをしながら背後にふわっと飛ぶ。



 すると、そこに先ほど膝蹴りをくらってその肥満体を宙へと浮かび上がらせてから落下してきていた本田が、まるで計算されていたかのように落ちてくる。彼女はそれを踏みつけた。


 気絶中の本田は踏まれた衝撃で背中から強く床に叩きつけられる。



――OVER KILL!



 希咲は背中から落下中の本田の腹を足場にして、最後の一撃を決めるべく一際高く跳び上がった。



 天井にまで舞い上がると空中で身の上下を反転させ、床にしゃがみこむような姿勢で天井に着地をした。



 ピタっとその一瞬だけ時が止まったかのように錯覚する。



 その錯覚を感じたのは、次に己を仕留めにくるであろうと予測をし彼女を目線で追っていた高杉だ。



 天井に立つ希咲と目が合う。



 その瞬間に生き残る術はないと判断をした高杉は、腕の中に抱えた法廷院を巻き添えにせぬようにと気絶中の彼の身を横へと放る。


 投げ捨てられた法廷院の脳天が、床に横たわったままでいた白井の腹に突き刺さり彼女は悶絶した。



――4KILL!



 希咲は己自身を標的を貫く弾丸とするように強く天井を蹴る。



 初動を切ると空中で加速をしながら身を捩り回転を加え、再び上下の姿勢を変換しトップスピードへと到達をする。



「――見事っ」



 来るとわかっていても、来るとわかっていたのに反応できず、高杉はただ己を打倒する者への賛辞を、その顔面に希咲の足裏が突き刺さる直前にどうにか口にすることができた。



 強烈に捩じりを加えて叩き込まれた飛び蹴りに、高杉はギュルンギュルン回転しながら壁にぶち当たり、まるで床を転がるように壁を走った後で床に頭を強打し昏倒した。



――5KILL!



 高杉の顔面にファイナルアタックを叩き込んだ希咲は、そのまま再び宙でバク転をするように身を返し、高杉を吹き飛ばした攻撃の威力の強烈さとは真逆に、ふわりと軽やかに着地をする。



「ふぅ……」



――STAGE CLEAR! COMPLETE!!



 まるでそのような文字が頭上に表示されていそうなくらいの晴れ渡った気分で、手の甲で額の掻いてもいない汗を拭う。



 今日これまでの全てのストレスを吐き出したかのように、とにかく魂の解放感が半端ではなかった。



「ぉごごごごぉ……っ」


「ん?」



 すると肉食の獣の唸りのような重低の呻きが耳に入る。


 不審に思いそちらに眼を遣ると腹部を抑えた白井が地べたで丸くなっていた。



「あんたなにしてんの? ねぇ、ちょっとだいじょぶ?」


 女性として出してはいけない尋常ではない音程を出す彼女を心配し声をかけるが――



「ひっ――ひいぃぃぃぃぃっ! 殺されるうぅぅぅっ!」



 つい今しがたの無双っぷりにガチで怯えられ不名誉な悲鳴をあげられた。



「人聞きの悪いこと言うんじゃないわよ。なんだっつーの」


 白井の様子を窺おうと歩み寄る。



「いっ――いやあぁぁぁっ! たすけて! たすけて、先生っ!」


「はぁ? せんせい……?」


 何を言ってるんだと眉を寄せようとしたところで、ハッとする。



 そういえば、先程大暴れする直前に誰かこの場に現れていたような――



 バッと覚えのある方向へと身体を回す。



「…………」



 そこには無言で佇む、弥堂や高杉が華奢に見えるほどの筋肉の塊が居た。



 その数学教師らしからぬ屈強な肉体の持ち主は、学園内でもこわいと評判の権藤先生だ。



 希咲はさらにハッとすると、ババっと再び上体を回し周囲を確認する。



 そこらには、今さっき自身が皆殺しだとばかりに纏めてブチコロがした男どもが5名、無残にも床に転がっていた。



 希咲はサーっと顔を青褪めさせ滝のように脂汗を流すと、あわあわと権藤先生へと向き直る。



 権藤という教師は、今時の世論など知ったことではないとばかりに、口で言っても理解することのできない野性動物のようなナメたガキには、その鍛え上げた強靭なフィジカルを以てして思い知らせる、そんな圧倒的に雄度の高い教師であると周知されている。



 しかし、その彼は何故か沈痛そうな面持ちで何やら気まずそうにしていた。



 よりにもよって一番怖い先生の前で自分が何をやらかしてしまったかを正確に認識した希咲は、どうにかこれは不幸な行き違いから起こった事故のようなものなのであると説明をしようと試みる。



「ち――」


「……ち?」



 聞き返す教師に対して続ける言葉を探し、頭を急速回転させる。



 しかし、どう考えてもいい訳のしようがないほどの圧倒的現行犯だったので、結果的に何も効果的な言葉が思いつかず、七海ちゃんはおめめとサイドテールをぐるぐると急速回転させてあわあわした。



「ち、ちがうんですぅぅぅっ」



 どうにか違うということだけは主張してみる。



「……希咲。その…………なんだ……」


「ひゃいぃっ」


 何が違うのかはまるで理解出来なかったが、権藤は重苦しそうに口を開いた。



 先生に叱られる。



 ちょっとばかり見た目が派手で戦闘力は高いものの、極めて一般的な感性をもつ希咲は、大半の学生がもつであろう本能的恐怖感からピシっと『きをつけ』の姿勢をとる。



 しかし、権藤の口から出た言葉は予想とは反するものであった。



「今時分のな……特にキミのような若い娘にこう言っては、時代遅れだとか、そういう風に思われてしまうかもしれないんだが……」


「……?」



 怒鳴り付けられるかもと身構えていた希咲としては、肩透かしをくらったようなその静かな喋り出しに、真意が掴めず首を傾げる。


「女の子らしく――とまでは言わんが…………いや、違うか。くそっ…………あぁ、すまない希咲。先生な、恥ずかしい話だが、キミのような華奢な女生徒が男子を5人も、見たこともないような秒殺の仕方をした映像がな……その、ちょっとショッキングで…………正直まだ受け止め切れていない」


「ごっ、ごめんなさぁいぃぃぃぃぃっ!」



『イマドキ』だろうと『カコドキ』だろうと、全くを以て返す言葉がなかったので、最終的に全員をKOをし勝利者となったはずの彼女は勝鬨をあげるどころか、クイ気味に謝罪をすると両手で顔を覆いながらしゃがみこんでメソメソと泣き出した。



 怒鳴られはしなかったものの、予想と反した別方向からのご指摘が正論すぎて、ある意味もっと『きついお言葉』のように感じられた。穴があったら入りたいほどに恥ずかしい気持ちになる。



 権藤は目の前で泣き出した生徒と、戦場に打ち捨てられた遺体のようにそこらに転がる数名の生徒達を見渡すと、悟られぬように重い息を吐き出す。



 本日の業務時間終了直前に運悪く行き遭ってしまったこの厄介ごとに、眉間を揉み解しながら『仕事だから仕方がない』と、そう心中で自分を納得させた。


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