序章30 その福音は唯独りの勝利者の為に鳴る ①
「わぁーーっしょいっ!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!」
「あ、そぉーーーれっ!」
「いやあぁぁぁぁぁっ!」
「よおぉぉぉいしょっ!」
「おうちかえるうぅっ!」
放課後の私立美景台学園内の文化講堂二階にて、そこに集まった生徒たちは、まるでホームでリーグ戦初優勝を決めた試合後に監督を胴上げする時のような最高潮の盛り上がりを見せていた。
円陣を組むように密集した男たちの輪の中から、ほぼ一定のリズムでポーン、ポーンと放り上げられた半べその女子高生が宙を舞う。
勿論その女子高生とは、本日の当学園の生徒の中で『ひどいめにあったランキング』などというものが仮にあったとしたら――間違いなくぶっちぎりで優勝するであろう、とっても不憫な希咲 七海さんである。
彼女は運動能力に優れる女子であり、同時に戦闘能力も高い。
先程クラスメイトで風紀委員である弥堂 優輝と乙女の尊厳を懸けて戦った時には、空中に滞在したままで何発も蹴りを放つなどという離れ業をもやってのけた。
そんな彼女ならば、現在意味不明に自分を胴上げしている法廷院 擁護を代表とした『弱者の剣』などと名乗るイカレた集団の凶行から、仮に逃れることだけを考えるのなら、弥堂に見舞った時と同じように蹴り飛ばしてしまうことによって可能といえば可能である。
しかし、それは乙女的な事情により現実的とは言い難い。
位置関係が非常にまずいのだ。
希咲から見た彼らの位置は、空中に放り上げられた時にはほとんど自分の真下になる。
そのような位置関係のまま、制服の短いスカートを穿いた状態で彼らに対して蹴りなどを放とうものならば――どういうことが起きるかは考えるまでもない。
希咲 七海はプロフェッショナルなJKである。
例え普通の女子高生らしからぬ戦闘能力を備えていようとも、物事の優先順位は乙女アルゴリズムによって決定されるのだ。
これがもしも、彼女の幼馴染でありクラスメイトでもある天津 真刀錵であれば、たとえ全裸を見られることになろうとも敵へ凶器を振るうことを躊躇わないだろう。
あの女とは違うのだ。
警棒を隠し武器として持ち歩くためなどという野蛮な理由でスーパールーズを好んで着用するような女とは。
(あたし的には、制服には70から80㎝くらいがカワイイと思うの。ちょっと流行ってるし。長いのも好きだけど、センセによっては眉顰めるのよね……あ、明日はルーズにしよっかな……)
時代が廻り現代の女子高生の制服コーデの選択肢に再来した、米国に起源を持ちながら何故か我が日本国の伝統的な民族衣装となったルーズソックスについてそんな風に思いを馳せていたが、すぐにハッとなり自分が現実逃避をしていたことに気付く。
今はそんな悠長なことを考えていられるような状況ではないのだ。
改めて自身の現状を確認する。
トチ狂った男連中に追い回された挙句に胴上げをされている。
以上!
(なにがどうなったらこんなことになんのよ!)
わけがわからなすぎて対処のしようがなかった。
先刻に自分の欠点は突発的な未知の事態に弱いことだと自省したばかりだったが、いくらなんでもここまで頭がおかしい連中に初見で対応できる者など相当に限られると認識を改める。
それこそ相手と同じか、もしくはそれ以上に頭がおかしい者でもなければ無理だろう。
例えば弥堂とか。
しかし、己の裡でいくら自分を擁護してみせたところで現実は変わりはしない。外の世界を変えるにはそこで何らかの影響を及ぼす現象を起こすしかないのだ。
今の自分はほぼ無抵抗な状態にある。
頭のおかしい風紀委員に放り投げられ、頭のおかしい集団の魔の手に落ちいく最中で自分に出来たことといえば、姿勢制御し地に降り立つ前に空中で全員蹴り倒してしまうことでもなければ、誰かを踏み台にして彼らの手の届かない範囲まで飛んで逃げること――でもなく、足を折りたたんだ状態で背中から落ちていくことだけだった。
前述した乙女的な諸事情――とにかく下着を見せたくない、胸やお尻やふともも等の部位にも触れられたくない、背中ならギリがまん出来るかも――により、このような哀れな境遇となった。
天井に正対し膝を抱え込むように丸くなることで胸や尻に足といった部位に触れさせないようにする。
左手でお尻側のスカートを抑え、畳んだ足の踵で裾を固定。前側の裾を掴んだまま右手を股の間に突っ込んで両の腿でぎゅっと挟んだ。
このような体勢で出来ることといえば、宙に放り上げられて落下する際に身体の向きが変わらぬように姿勢を維持することだけで精一杯だ。
触れられるのが背中だけなら――先はそう考えたが、それは甘かった。
ブラウスとカーディガンの布二枚で隔てた背中ごしに伝わってくる複数人の男の手の感触。再び宙にあげようとする際に、横になった自分を上から覗き込んでくる複数人の男の顏。
「ひぅ……」
女の身で感じる本能的で根源的なこの恐怖感と嫌悪感は堪えようもなく心身を苛み、瞼には涙が滲み肌は粟立つ。
喉の奥から漏れた小さくか細い悲鳴は、男たちの狂声の中に呑み込まれた。
(ちゃんとキャミも着てくればよかった!)
ブラウスの下にキャミソールを着込んだところで嫌悪感の防波堤には到底足りる訳がないのだが、そんな薄布にまで縋ってしまいそうなほどに混乱しきった頭は、そろそろ本当に形振りを構わない――厭わない決断を下してしまいそうだ。
いくらなんでもこんな場所でそこまでを見せてしまうのはダメなことだ。
僅かに残った理性を総動員してグッと奥歯を噛み締め、決壊しそうな恐怖と涙を食い止める。
そして希咲は理不尽へと立ち向かう。
「ばかっ! あほっ! へんたい! キモオタっ! どーてー! 陰キャ! えーと……えーと…………もやし! めがね! でぶ! きんにくっ!」
七海ちゃんはいっぱい悪口を言うことで、わるい男子たちをやっつけようとした。
しかし身体的特徴を詰るような罵倒にすら今の彼らは大喜びだ。
「「「「ゆーしょー! ゆーしょー! ゆーしょー! ゆーしょー!!」」」」
「うるさいっ! なんで盛り上がるのよ! やだってゆってんじゃん!」
反撃をしたつもりが完全に逆効果を生み出し、何故かより一層盛り上がった男たちの野太い声が合唱となって響き渡る。
そんな彼女と彼らの様子を弥堂は心底見下げ果てた眼で見ていた。すると、足元に僅かに違和感を感じる。そちらに視線を向けると、地べたに頬杖をつきながら弥堂のズボンの裾に指を絡め、うっとりとした表情をしているメスのモップが居た。
チッと舌を打ち強引に足を払い白井の指を振りほどく。その勢いのままこの場を辞してしまおうと目論む。行きがけの駄賃とばかりに、ついでに白井を踏みつけてから踵を返そうとさらに足を動かそうとしたところで、乱痴気集団から声をかけられる。
「おぉーい、狂犬クン! そんな端っこで何してるんだよぉ? まさか一人ぼっちで帰ろうだなんて考えてないよねぇ?」
まるでそれを阻むようなタイミングで声掛けしてきた法廷院へと慎重に目を向ける。弥堂としてもこのような馬鹿騒ぎにこれ以上関わりたくないからだ。
「そんな寂しいこと言わないでくださいよ? 水くさいなぁ。僕たちもう仲間じゃないですか。ほら、ここ空いてますよ?」
何故か照れ臭そうに鼻の下を指でこすり、へへっと笑いながら言ってくる西野の言葉にビキっと口の端が引き攣る。
仲間? ――誰と誰が?
空いている? ――なんのことだ?
見れば、そう言った西野は希咲を胴上げするための円陣の中で僅かに横にずれて、隣の法廷院と自分との間にひと一人がどうにか入れそうなスペースを設けた。
(こいつら――まさか、この俺に加われと言っているのか……? バカな…………)
圧倒的気付きにより珍しく他人の意向を汲んだ弥堂は何故か戦慄した。
努力して自身の感情の処理を試みていると、
「なにモタモタしてんだよ! こいよ、弥堂っ!」
快活な声で男らしく豪快に手招きをしながら、本田に命令された。
その態度が無性に癇に障った弥堂は、この場に居る者どもを20秒以内に皆殺しにする具体的な手順を瞬時に頭で組み立て――




