序章29 失伝:眇眇たる涅色、その手にはなにも ①
ジャッジ弥堂によるおぱんつ査定のお時間だ。
「あとは――そうだな……デザインについて、だが。俺の知見では芸術的な観点での評価を下すのは難しい。だから別の見方をしてみようと思う。先程のお前らの評価ではこいつのおぱんつは一見するとガキっぽいだの可愛らしいだのと、そんな評価をしたな? だが、俺はそれは罠だと捉える」
「あんた何言ってんの⁉ こいつらのマネしなくていいからっ!」
「罠――だって……?」
「そうだ。罠だ。よく思い出してみろ。こいつのおぱんつの形状を――」
弥堂は一度言葉を切ると目を閉じて、記憶の中に記録された希咲 七海のおぱんつのフォルムについて、その総ての情報を悉に取り出す。
それに促されるように法廷院たちも目を閉じて、希咲 七海のおぱんつについて可能な限り審らかに思い出そうとする。
「ちょっと! 全員思い出すな! 禁止ってゆったじゃん! きんし!」
慌てて止めようとする希咲であったが、例によって手遅れであった。
「いいか――よく思い出せ。女児用の下着にしては布面積が少ないとは思わなかったか? あれこそが純真無垢を装っておいて、そのような少女を毒牙にかけようと目論む浅はかな男を釣る為の罠なのだ」
「それは――しかし…………」
「そんな……そんなことって……」
「……即座に否定は……できませんね……」
ジャッジ弥堂の鋭い指摘に他の審査員たちはハッとして俄かにざわついた。自分たちにはない発想であったが一定の説得力を彼の言に感じたからだ。
純真無垢かは不明だが、幼気な同級生の少女を使って、美人局などという犯罪を軽率に目論む男の口から出る言葉は重みが違った。
「アホびとぉー! わけわかんないこと言ってんじゃ――もがぁっ⁉」
色々な意味で酷すぎる考察を語りだした男の口を物理的に塞ごうと、希咲は彼の顏に手を伸ばしたが、逆に弥堂の手に口を塞がれる。リーチの差が決定的な戦力差となった。
「そして己がハンターであると勘違いをした愚かな獲物は彼女のおぱんつに手を伸ばすだろう。道端にぶちまけられた小銭に這いつくばりながら手を伸ばす惨めな物乞いのようにな。その後は簡単だ。掴みどころの多いおぱんつを容易に手にし、速やかに次の行為に移るだろう。そして事が済んだ後で今の今まで獲物だと思っていた女に社会的立場を人質にとられ、金を請求された時にようやく気が付くのだ。己が主導権を握っていると思い込まされていたことにな」
長々と口上を述べ、バンっと片手を突き付けながら主張するジャッジ弥堂の弁論に各人は言葉を失う。脳裡では必死に反証のシミュレートをしていた。
逆の手には「むーむー」と呻き怒り心頭に抗議をする希咲が居たが、今は彼女に構う余裕のある者は――
「――うそだっ‼‼」
――たった一人だけ居た。
「きっ、希咲さんはそんな子じゃないっ! 彼女を悪く言うな!」
この短時間で七海ちゃんガチ恋勢となった本田くんだ。
「希咲さんは優しい子なんだ! そんな童貞を騙すようなことはしない!」
何故彼が自分を擁護するのか、その理由は希咲にはわからなかったが、現状のただ一人の味方と判断して「むぃむぃ」と本田を応援した。
弥堂に口を塞がれているため彼女の言葉は聞き取れなかったが、自分へと視線を向けて何かを訴える健気な姿に童貞は勘違いした。だって目が合ったから。
「希咲さんから汚い手を離せ! 僕と勝負しろ弥堂っ‼‼」
ただのガチ恋勢からたった一瞬で過激派へとミラクル進化を遂げた豚は、不細工なファイティングポーズで息を巻いた。突如として主人公ムーブをし始めた彼を慌てて仲間たちが止める。
「ちょ――本田っ、バカっ! 殺されるぞ」
「気持ちはわかるけどね、本田くん。でも暴力はよくないし、それに『言論の自由』は誰にでもあるからね? だってそうだろぉ?」
「だけどっ! あいつ、希咲さんをまるで悪女みたいに――!」
「いや、でもね――「――その通りだ」――え?」
内輪揉めに挿しこまれた同意の声に全員の動きが止まる。
「そいつの――ジャッジ肥満の言うとおりだ。希咲 七海は悪女などではない」
本田を擁護したのはまさかの弥堂であった。
本田と意見が対立していた相手からの援護に、希咲も含めて全員揃って戸惑い「え?」と彼の顔を見た。
「――ど……どういうことなんだい? ジャッジ弥堂」
「……どういうことなんだろうな?」
余裕たっぷりに質問に質問で返す彼の態度に周囲が騒めく。その言葉の真意を探る為に誰もが長考に入った。
だが、実際は勿体ぶって煽る為でもなんでもなく、もはや弥堂自身にさえも、自分が一体何を言っているのかわからなくなっていたのだった。
あまりに議題がどうでもよすぎて、適当に喋っていたら方向性が取り返しのつかないことになってしまったのだ。
弥堂 優輝は、目的の為なら手段を選ばず何事も徹底的にやる男であったが、目的外のことについてはまるで関心がなく、適当な言動の果てにしばしばこのようなカオスを生み出すことがあった。
「あーその、アレだ。こいつは天才だ」
そしてそれを真剣に取り繕うことはしようともせず、さらに適当な言葉を上塗りしていく。
しかし、その弥堂の言葉に法廷院と西野は「ふむ」と関心を示す。見れば本田も若干満足気な様子だ。
日本人は『天才』という言葉が大好きなのだ。
「さっき言ったとおりの現象を悪意を以て意図的に起こせばそれは悪女だろう。しかし彼女にはそういう素振りは見られない。ちょっと男に触られただけですぐにギャーギャー喚くおぼこだからな」
その言葉にカチンときた希咲は大層お怒りのようだったが、審査員たちは全員処女厨だったので静聴の姿勢をとった。どうやらこの路線がお気に召したようだ。
「以上の証拠から、彼女は意図的に男を騙すわけではなく、あくまでも偶発的にそういう現象を起こしてしまう天性の才覚を持っていると謂えるだろう。つまり天然モノの――なんだ……? なんかそういうアレだ」
「――小悪魔である、と?」
「そうだ。それだ」
適当に喋り過ぎて結論が出てこなくなりつつあった弥堂に、ジャッジ西野が眼鏡を光らせながら助け船を出すと、弥堂はすかさず雑に肯定をした。
「これは男を勘違いさせるような言動と容姿で懐に入り込んだところで相手に主導権を渡し敵が攻勢に出る為に攻撃用の陣形に変わったところで素早く空いてるパスコースを限定しながら距離を詰め敵選手が孤立するような位置に追い込んでから囲い込むことでボールを即座に奪還し手薄となった相手ゴールになるべく近い位置から反撃を開始し少ない手数で決定的な場面を作り出すという欧州では主流となる戦術の一つだがそれに独自解釈を加えたこれは、そうだな……仮に――『七海式カウンタープレス』と呼ぶことにしよう」
半分白目になりながら話す男の口から出た言葉は法廷院たちにとってまるで意味不明だったが、「こ、これが……あの――⁉」などとそれっぽいリアクションで彼らは知ったかぶった。
日本人はヨーロッパで流行っていると聞くと、それがハイセンスなものであると勝手に思い込んで否定しづらくなるのだ。
「この『七海式カウンタープレス』は非常にロジカルに練られた戦術だ。タクティカル且つ、フィジカル的なプレイスタイルであり、それをフルタイムでやりきった彼女は極めて高度なインテンシティとクオリティを我々に見せてくれた。そして『このおぱんつカワイイでしょ?』などと宣いながらも、その時がくれば躊躇いなくそれを脱ぎ捨てる覚悟を常時備えているこの16歳の日本人は戦士のスピリットまで兼ね備えているのだ。彼女はスーパーだ」
白目で宙空を見上げながらベラベラと喋る男自身の思考と身体の強度は大分緩んだようで、彼に拘束された希咲がその手から逃れる。
「――ぷはっ。こんのアホ弥堂っ! あんた絶対ふざけてんでしょ⁉ なんなのよ、その外国のインタビューを無理矢理日本語に訳したみたいな台詞は⁉ おいこら! こっち見ろ! どこ見て喋ってんのよっ!」
すかさず彼に喰ってかかり胸倉を引っ掴みながら責め立てる。
「だいたい『ななみかうんたー』ってなに⁉ 変なもんに人の名前勝手につけておかしな技作んな、バカ!」
「おい。カウンターではなくカウンタープレスだ。その2つが使用されるのはまったく別の局面だ。二度と間違うな」
「なんであんたがちょっとキレてんのよ! あたしが怒ってんのに! おかしいでしょ!」
「うるさい。キレてなどいない」
「キレてんじゃんっ! いみわかんないことばっかゆってるあんたが悪いんでしょ!」
「だから、効果的にショートカウンターを決める為に的確に整備されたカウンタープレスで確実に相手のロングカウンターを潰すのだ。何故この意味がわからない?」
「だって一生カウンターばっかしてんじゃん! わかるわけないでしょ⁉ てか……あんたマジでなんの話してるわけ?」
「…………お前のおぱんつだ」
話の方向性を完全に誤った自覚のある男は、かろうじてスタート地点だけは覚えていることを、ジト目となった少女へとアピールした。




