序章28 終リ裁キ ③
「よって! ここに延長戦の開始を宣言する‼‼」
わっと歓声が湧きあがった。
「ちょっと! あんたまた――」
「――さぁ! 正真正銘の決着の瞬間だぁ! 最後の審判を下すのはキミだよ!」
すかさず希咲が制止しようとしたが、残念ながらこの場には彼女の話を聞いてくれる人間は一人もいなかった。
法廷院がオーバーアクションで指し示したのは当然、弥堂だ。
弥堂 優輝は思う。
なんなんだ、このくだらない状況はと。
この連中は一体どんな意味や必要性を感じてこのような事態を起こし、そして自分を巻き込むのだろうと。
この場の人間の全ての目が自分へと向けられている。
弥堂はかつて一時的に過ごしていた地方で神敵認定を受け、異端審問にかけられた時のことを思い出す。
街の広場にて磔にされ足元に火をくべられながら多くの人間に石を投げつけられた時の記憶だ。あの時もこうして多くの注目を集めていた。
そのようなロクでもない経験を想起し正気を保つが状況が変わるわけでもない。
「弥堂っ! あんた絶対やめてよね! 思い出すのも禁止なんだから!」
すぐ近くで希咲が何か言っているが無視をする。
「アハハハハハハっ‼‼ 観念することね、希咲 七海っ! あなたはもう終わりよ!」
イカれた女があげる哄笑の声が耳障りだったので意識から外した。
「作法はもうわかっているだろぉ⁉ 恥ずかしがらずにキミの女子のパンツへの思いの丈をぶちかましてくれよぉっ!」
そう煽りながら法定院がバチバチっと不細工なウィンクを送ってくる。
先程の自分たちの審査の真似事を踏襲しろという意図だろう。
弥堂 優輝は考える。
この戯言に付き合うか、付き合わないか。
当然普通に考えたらこのような茶番に付き合う理由はない。公序良俗に反する催しであり倫理的にも憚れる。
しかしその場合、この連中との問答をさらに続けることになる。それは大変に不毛なことであると、これまでの時間でよく解っている。
では、付き合うか?
そんなことをしても何もメリットはない。
とはいえ、メリットがないのはどっちの場合でも一緒だ。
ならば、どちらを選んでもメリットがないのであれば、よりデメリットの少ない方を選択するのが賢明だろう。
この場合のデメリットとは、主に時間――それに伴う体力と精神力の消費だ。それは少なければ少ないほどいい。
鑑みて、弥堂は彼らの茶番に付き合うことを選択する。
次に問題となるのが――思考しながら胸元の希咲の顏をじっと視る。
「……ん? あによ? あに見てんのよ」
(――どちらを勝たせるか、だが……)
怪訝そうに表情を歪める希咲の言葉には応えずに考える。
一応、今後自分にとって有益に使用していく予定なのはこの女の方だ。白井には要はない。
だからこいつに都合よく審査をすべきだろう。
そうすると、この女を勝たせるべきか。果たしてそれが正解なのか。
対象の心情を探るべく、より希咲の顔を注視する。
「ちょっ、ななななななにっ⁉ なんなのっ⁉」
近距離で自分の顏を凝視してくる男からの圧迫感が増したことで、距離までもが縮んだように希咲には感じられ、彼女は激しく狼狽した。
「あっ、ああああんたまさかキスしようとしてんじゃ――やだやだやめてっ! ちかいっ! ちかいってば!」
弥堂の顔面に手をあててグイっと押し返したところで彼女はハッと気付く。
(てか、あたしなんでこいつにずっとくっついてんの⁉ いくら身体がだるいからってありえないでしょ!)
先程自分から彼の顏をボーっと見つめた時は気に掛からなかったが、彼の方からジッと顔を見詰められたら何故か急に嫌悪感と気恥ずかしさが湧きあがってきた。
希咲は怠さの残る身体に鞭を打って弥堂から身体を離す。
しかし未だ本調子でないのかバランスを崩しよろめくと、腕を伸ばした弥堂に腰を支えられた。即座にその手をぺちんっと叩き落とし、一歩分距離をとってからサイドテールをぴーんっと上に伸ばして威嚇する。
それから手早く衣服の乱れを直し、体裁を繕うようにコホンとひとつ咳払いすると――
「勘違いしないでよねっ! たまたま寄りかかるのに便利そうだから使ってやっただけで、別に触るのオッケーしたわけじゃないんだからねっ!」
右手をぶわっと振りかぶってから、びしっと指差してそう宣言する。
戦後、敗戦のショックにも負けずに日本国民一丸となって培ってきた伝統的なツンデレ芸に、わっと歓声をあげて法廷院たちが拍手をする。
「なっ、なによあんたたちっ! バカにしてんでしょ⁉ 嘘じゃないんだからっ!」
照れ隠しなのかなんなのかは弥堂にはわからないが、周囲にそう喚き散らしている彼女を見て考える。
奴らの言う審査とやらに対して彼女はずっと否定的な姿勢であった。
だが、それはあくまでも自らのおぱんつに関して言及されることを嫌っているからであって、仮に審査自体が強行されることになれば、その勝敗についてはどうでもいい――という訳では必ずしもないだろう。
弥堂はそのように考察した。
彼にしては珍しくだいたい合ってた。だいたい、は。
「ちょっと、あんた聞いてんの⁉ あたしが背もたれにする為に背中であんたを触ってただけで、あんたがあたしに触ってたわけじゃないんだから! わかってんの⁉」
さっきの痴漢問答の時とは真逆のことを主張してくる希咲の言葉に、それは一体どう違うのか、どんな心理状態でそんな意味のわからないことを発言するのかと若干気をとられる。
そして、『まぁ、負けるよりは勝つ方が好みだろう』と見当をつける。先程彼女の片足を拘束していた時もよくわからない負け惜しみを言っていたし、多分負けず嫌いで合っているだろうと。
長考したわりに最後の最期でそんな大雑把な結論を出した。面倒くさくなったのだ。
「さぁ、弥堂クン! この全裸でしか勝負の出来ない憐れな女に現実というものを突き付けてあげてちょうだいっ!」
「どういう意味だコラっ! ひっぱたくわよ!」
「アハハハハっ、滑稽ね。もはや暴力に頼ることしかできないだなんて。そんなことしたって審査員の心象が悪くなるだけだわ。私をどうにかするよりも、審査員に媚びでもしたらどうかしら? その場でガニ股スクワットでもして、そのぶりっこおパンツを見てもらいなさいよ」
「別にぶりっこじゃないしっ! ふつーにカワイイでしょ!」
「さぁ? 生憎それを決めるのは私じゃないの。あ、ちなみに。弥堂クンは特別審査員だから彼の票は100ポイントよ。つまり彼の票を得た者が勝者となるわ」
「清々しいほどに後付けね……さっき言ってた公平性はどこにいったのよ……」
「フフフ、なぁにぃ? そんなに敗けるのが恐いのぉ? さっきまでの余裕はどこにいったのかしらぁ?」
「必ず自分が選ばれるっていう、その絶対的な自信はどっからくんのよ……メンタルどうな――って、あっ!」
ハッと気付く。
(――そうよ! なにも無理してこいつを説得する必要ないじゃない。ムリだし。さっさとこの変態女を勝たせてやってお開きにすればいいんだわ)
「あらぁ? どぉしたのぉ~? 急に黙っちゃってぇ。また泣いちゃうのぉ~?」
発言の途中で言葉を切り少し俯きながら思考を始めた希咲の様子を見て、効いていると判断したのかクソウザ口調で煽ってくる変態をチロリと見遣る。
人差し指で唇を軽く撫で思考を続ける。
(一回勝たせたら卒業するまでマウントとってきそうで死ぬほどウザイけど……そうね――今後関わんなきゃどうにかなんでしょ。とっとと帰ってもらおう)
「ん~ん、ゴメンねぇ? ちょっと考えこんじゃってぇ。だってぇ~、またあたしが勝っちゃったらぁ、白井さん泣いちゃうかもしれないしぃ~、かわいそーかなぁってぇ」
「やだもぉー、希咲さんやさしー。でもぉ、希咲さんが心配してるようなことにはなんないからぁ、だいじょーぶだと思うなぁ。私は希咲さんの方が心配ぃ~」
「えー、そうかなぁ~? でもぉ、あっちの二人ともあたしの勝ちって言ってくれたしぃ~。白井さんすっっごくショック受けてたからぁ、なんかゴメンねぇーって感じぃ? ぜぇんぜんそんなつもりなかったんだけどぉ~」
「うふふふふふふ。もぉ~、気を遣いすぎだってばぁ~。ショックなんかちっっとも受けてないからぁ」
朗らかな笑顔と柔らかな口調で繰り広げられる女子たちの会話に、その場に居た男子たちの中で気の弱い者どもは怯えた。誰も止める者がいないので尚も続いていく。
「私なんかのことよりもぉ~。希咲さんの方がたいへんかもぉ~」
「えぇ~、なんでなんでぇ? あたしわかんなぁ~い」
「だってぇ、明日から男子たちに『媚び媚びなパンツ穿いてる』ってイジメられちゃうかもぉ。男子って子供だから『ちょっと見せてみろよ』とかってぇ、いい年してスカートめくりとかするかもしんないしぃ? 希咲さんって繊細だからぁ、またパンツ見られて泣いちゃうかもぉ~。希咲さんかわいいしぃ~、色んな男子にモテるからぁ、私とぉってもしんぱぁーい」
「えーーっやだぁ~、そんなのこわぁ~~いっ。でもぉ、あたし的にはぁ~、白井さんの方が心配かなぁって。だってだってぇ、前にせんせーに下品な下着を注意されちゃったのにぃ、まぁたそんなえっちぃパンツ穿いてきちゃってぇ。せんせーとか好きな人にバレちゃったらたぁいへぇ~んっ。でもでもぉ。安心してねー? あたし聖人と一緒に居ること多いからぁ~、なるべくバレないよーに気をつけておいてあげるねぇ~?」
翻訳すると、『お前のぶりぶりパンツ言いふらすぞ?』という脅迫に対して、『てめーのエロ下着を教師と好きな男にチクんぞ?』という脅迫が応酬された図だ。
二人とも依然、爽やかな微笑みを浮かべ余所行きの声音のままだが、よく見ると額に青筋がビキっていた。そんな様子を男子たちがハラハラと見守る。
「わーありがとー。希咲さんやっさしー。やっぱりー、かわいい子ってやさしーよねー」
「えー、そんなことないよー。白井さんの方がかわいいってー」
あははー、うふふーと笑いあった少女たちはそこで同時にスッと真顔に戻ると、ぐりんっと顔を回しギンっとした眼差しを向けてくる。
「弥堂っ!」
「弥堂クンっ!」
二対の眼を向けられた弥堂はうんざりといった様相で、ただ鼻から細く嘆息した。
「スカしてんじゃないわよっ! 他人事みたいな顔すんな!」
「早くこの女に引導を渡してちょうだいっ! 私のパンツを選ぶのよ!」
恋人でも夫でもない男に対して、自らの着用している下着の品評をするように強要をしてくる。
弥堂はこの国の女学生たちの性の乱れを嘆き、目の前の二人の少女を強く軽蔑した。




