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俺は普通の高校生なので、 【序章】  作者: 雨ノ千雨
序章 俺は普通の高校生なので。
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序章04 不揃いな二項、歪な三項 ③



 ピタっと。10歩も進まない内に希咲 七海(きさき ななみ)は立ち止まると、ぐりんっと勢いよく振り返った。


 数瞬前のようなテレテレの表情は欠片もなく、その力強い眼に険しさを滾らせ肩を怒らせながら乱暴な歩調で逆走してくる。

「おや?」と周囲の生徒たちがその様子を見守る中、先程まで立っていた場所とほぼ同じ位置まで戻ってくるとそこで足を止めた。


 今度は自分をぽへーっと見上げる水無瀬の方ではなく、その反対側の生徒へと腕組みなどしながら声をかける。


「ちょっと、弥堂?」


 シュバババッと俊敏な動作で周囲の生徒達は教壇の方へ向いた。

 まるで訓練でもされたかのような動きで、誰もが本心から関わりたくないとそう思っていたが、幾人かは教科書やノートで顔を覆い隠しながら聞き耳をたて覗き見をしている。



「なんだ? 希咲」


 弥堂は机で彼なりの『予習』作業をしながら顔も向けずに答える。そのぞんざいな態度に希咲の形のよい唇と眉の端が僅かに引き攣った。


「あっ…… 、あんたねぇ……‼ それよ。そういうあんたの態度よ。なんなわけ? 浮いちゃってるって自分でもわかってんでしょ? 少しは愛想よくできないわけ? それ、よくないと思うわよ 」


「そうか」


 口調は強いものの、どうにか怒りを飲み込みながら努めて冷静に、多くの者が彼に対して思っているであろうことを指摘する。それにも弥堂はやはり顔を向けることすらせず、にべもなく短くそう返答すると『予習』を続けた。



 数秒、教室内は完全に無言になった。



 やがて希咲はプルプルと震え出すと、踏み抜くような勢いで靴底を床に叩きつけながら弥堂の正面へと周った。


「そうか――じゃねえのよっ! ぜっんぜんっ! わかってっ! ないじゃっ! ないのよっ‼ 」


 と、『!』に合わせて弥堂の机を両手でバンバン叩き自身の怒りを強烈に示唆した。そして、


「少しはあたしに興味をもてっ‼」


 ビシっとそんな音が聞こえたように錯覚するほど、腕を振りかぶって勢いよく弥堂の眼前にその細長い人差し指を突きつけた。 


 

 周囲の生徒さん達は怯えた。

 廊下からは殴りあうような音が響いている。



 机を叩かれたことで作業の中断を余儀なくされた弥堂は止むを得ず『予習』は諦め、筆記用具を置くと顔を上げてようやく希咲の顔へと目を向けた。


「ゔっ⁉」と、弥堂に昆虫めいた無機質な瞳を向けられ希咲は一瞬たじろぐも、気を取り直すように胸にその綺麗な指を伸ばした手を当て数回深呼吸をする。そうして気合を入れ直し、再び弥堂の机に両手をバンっと叩き付け至近で彼と目を合わせ、その眼差しに力を込めた。



「あんたねぇ、せっかく毎日毎日愛苗(まな)が話しかけてくれてるんだからもうちょっとマシな対応しなさいよ」


「マシとは?」


 弥堂は身じろぎもしない。


「さっき言ったでしょ? 愛想よ愛想。『少し』だけでいいから他の人を相手にするより愛想よくしなさい」

 

「しているつもりだが?」


「足りないから努力をしなさい。そう言ってるのよ」


「断る、と言ったら?」


「断らせるとでも思ってるの?」



 くすんだ鈍い金属のような弥堂の瞳と、強烈な意思がそのまま絢爛さとなった虹を内包したかのような希咲の瞳。お互い相手の瞳に映った自分の瞳がはっきり見える距離でしばし無言で見つめ合う。


 両者の視線がぶつかり、物理的な干渉を起こしているとさえ錯覚させるようなプレッシャーを周囲に撒き散らした。


 左隣では水無瀬が「あわわ……ななみちゃん……」と、緩く握った左手を口元に当て、右手を頼りなく伸ばす乙女チックな仕草をした。


 二つ前の席では元空手部の仁村君が、数か月前の一年生時に「粛清だ」と言って練習場に乗り込んできた弥堂一人に、素行は悪いものの空手部史上最高の黄金世代と謳われた当時三年生の先輩達がまとめてなすすべもなく制圧されていくのを、用具入れに隠れ三角座りで親指の爪を噛みガタガタと震えながら、僅かに開いた扉の隙間から見ていることしか出来なかった時のトラウマ光景がフラッシュバックし「ひぅ……」と暴漢に恫喝され怯える乙女のように己の身体を掻き抱いた。


 二つ右隣の席では自称『元中NO.1のモテ男』の雰囲気イケメンである小鳥遊君が、一年生時に「俺が付き合ってやるよ」と超絶上から目線で希咲に告白したところ、「は?」と強烈な眼力で睨め付けられながら、あんたのこことこことここがダメと、服装、髪型、性格、話し方、立ち振る舞いなどを、衆人環視の中で一つ一つ丁寧にダメ出しをされた挙句、「え? 普通にムリ」とフラれた時のトラウマ光景がフラッシュバックし、彼氏に突然別れ話を切り出されて現実を受け入れられないといった乙女のように「いやっ……いやっ……」とお顔を両手で覆って首を左右に振った。



 教室内の緊張は際限なく高まっていき一触即発かと誰もが思ったその時――ふぅ、と短く息を吐き出し、


「……いいだろう。善処しよう」


 弥堂が折れた。面倒になったのだ。


「ん。よろしく」


 こちらも意外とあっさりと納得をし、それだけ言って希咲は姿勢を戻した。

 


 教室中から安堵のため息が漏れ、視えない重圧のようなものはやわらいだ。廊下からは、親友なのに時代に流され敵にならざるを得なかった男同士の最終決戦のような台詞を叫び合う声が聞こえた気がした。



 そうしてそのまま希咲は水無瀬がいる側とは逆の通路を通り抜けようとして、弥堂の脇に来た所で彼の右肩に手を置き耳元に顔を寄せると彼だけに聞こえるように囁いた。


「特に、今日は、お願い。優しくしてあげて? ……お願いよ」


 気の強い彼女にしては珍しく本当に心から願うような切実な声音であった。


 目線だけを向けた弥堂の右目と、水無瀬からは見えないように、彼の顔で自分の顔を隠すように覗きこむ希咲の右目が再び視線を交わらせる。


 ややあって、


「善処しよう」


 弥堂は先と同じようにそれだけ答えた。


「ん。お願い」


 希咲は先と似たようにそれだけ請うた。



 今度こそ用事は済んだと希咲は立ち去っていく。


 二人の距離が開くに連れ重圧から開放されていく他の生徒達にも騒めきが戻った。


「美人の怒り顔はこえぇってあれマジだったのな?」

「希咲こえぇよ……目力ぱねぇよ…………興奮しちまった……」


「ふえぇぇ……絶対七海ちゃんの匂い嗅いでたよぅ……きっと今夜思い出してさん――」

「ちょ、ちょっと! 最近アンタの妄想の方がやばいんじゃないかって思えてきたんだけど⁉ 弥堂めっちゃ無表情だったじゃん!」


 また多数の囁き声があがっていく。その中で「キスの距離」、「キスの距離」、「キスの距離」……と同じ単語が複数の声で囁かれていた。


 希咲はまた聞こえないふりをしながら廊下側の列の一番後ろの自席へと戻った。片側だけ露出した左の耳輪はしっかり朱に染まっていた。




 やがて授業開始の放送のチャイムが鳴る前にガラっ! と大きな音をたてて一限目の数学の担当教師である権藤が入室してきた。


 権藤はその数学教師とは思えない競輪選手の太もものような逞しい左右の腕で、それぞれ一人ずつ生徒の首根っこを摑まえていた。先程揉み合って廊下に出て行って争っていた二人である。


 新クラスが始まって僅か1週間弱で足フェチであることが白日の元となった鮫島君と、新クラスが始まって10日足らずで女性の魅力は乳か尻の二つに一つという過激な二元論者であることが露呈した須藤君だ。


 鮫島君と須藤君は青褪めた表情で頬を抑えながら大人しく席に着く。五十音順で彼らは真ん中の列で縦に並んでいる。その二人の後ろでは未だ頭を抱えたまま机に突っ伏す雰囲気イケメンの小鳥遊君の姿があった。



 教壇に立った権藤教諭はその数学教師らしからぬ屈強な軍人のような出で立ちで教室内を睥睨する。教壇の目の前から鮫島、須藤、小鳥遊と順にその筋の方のような鋭い眼光で見遣り、次いで視線を右にずらせば凛とした姿勢で座る弥堂 優輝(びとう ゆうき)に、その列の手前最前列では爪を噛み虚ろな目でブツブツと何やら呟く仁村の姿があった。


 権藤は目を伏せ溜息を吐いた。


 新学年になりたったの10日ほどでこの惨状となった、『問題児を一か所に纏めて放り込んだのでは?』と職員の間で噂されるこのクラスと、それを押し付けられた教職に就いてまだ2年目の未熟な後輩教師を憂いたのである。


 そして授業開始の声を上げようとしたところで、午前9時の一限目の開始を知らせるチャイム音がスピーカーから鳴り、出鼻を挫かれ盛大に舌打ちをした。


 ややあって、チャイムが鳴り止むと学級委員長の野崎さんの号令がかかる。


 こうして本日の2年B組の一日が開始された。


 

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